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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
200/930

0186 <<幕間>>

涼たち、南部軍一行がルンの街に戻ってきて一カ月が経った。


涼の生活は、かなり規則正しい。

朝、日が昇ると同時に起き出し、ストレッチと素振り。

朝食を食べると、午前中いっぱい、錬金術と魔法に関する何かをし、お昼を『飽食亭』を中心とした東門付近のお店で摂る。

午後は、騎士団演習場でセーラと模擬戦をし、時々図書館やゲッコー商会に顔を出す。

帰りがけに晩御飯を食べて、遅くならないうちに家に戻ってお風呂に入って、寝る。



そんな規則正しい涼の生活を乱す勢力は大きく分けて二つ。


一つは、元ルームメイトである『十号室』の面々。


もう一つは、B級……いや、インベリー公国への遠征でポイントを稼ぎ、ついにA級となったアベル。

これにより、アベル率いる『赤き剣』はA級パーティーとなった。


ちなみに、これまで王国に属する冒険者で、A級パーティーは王都所属のただ一つだけであったため、赤き剣は、現役で二つ目のA級パーティーである。



ルン冒険者ギルドで行われたアベルの昇級式は、涼も十号室の面々と一緒に観覧した。


感動し、号泣するニルス。

それを隣であやすエト。

いつか自分もと、固く決心するアモン。

三者三様であった。



涼?

涼は、腕を組んで、何度も頷いていた。


なぜか親目線で、成長した息子を喜ぶ親の心境だったのだ。

「アベルは僕が育てた」……心の中でそう思っていたのかもしれない。

アベルにしたら、そんなことは露ほども思っていなかっただろうが。




昇級式から数日後の朝、涼の家を訪れる剣士が一人……。


「さすがに早すぎたか……?」

懐中時計を取り出して確認すると、まだ朝の八時。

起きてはいるだろうが、さてどうしたものかと、アベルは家の前で逡巡する。


その時、右の勝手口が開いて、中から人が出てきた。


「ん? アベルか? 早いな」

それは、ルン騎士団剣術指南役のエルフ……、

「ああ……、セーラ、おはよう……」

「そうだ、A級昇格、おめでとう。領主様も、ことのほかお喜びだったぞ」

「ああ……、ありがとう」

「では、私は急ぐので」

セーラはそう言うと、風を巻いて消えた。


風属性魔法で高速移動を行ったのだとアベルが理解したのは、しばらくしてからであった。




アベルが我に返った瞬間、セーラが出てきた勝手口が開いて、今度は涼が出てきた。


「何か声が聞こえると思ったら、アベルでしたか。珍しいですね、こんな朝早くから」

「お、おう……。いや、その、そんなつもりじゃなかったのだが……」

アベルが、なぜかしどろもどろに答える。


「なんです? 言いたいことがあるならはっきり言った方がいいですよ?」

「いや、今、出てきたセーラに会ったから……」

「会ったから?」

「昨夜は泊まって行ったのか?」


アベルは顔を真っ赤にして聞いた。あまりその方面への免疫がないのか……。

二十代半ばのいい大人なのだが。



「はぁ……」

涼はため息をつき、何も答えないまま家の中に入って行った。


「お、おい、待て」

慌ててアベルも勝手口から家に入る。

中には、何やら料理のいい香りが漂っていた。

机の上には、料理は無く、十数枚の紙束が置いてある。


一番上の紙には、ルン辺境伯の押印が見えた。


「セーラは、その紙束を持って来てくれたんですよ。ついでに、ご飯も一緒に食べましたけどね。今日は、騎士団に抜き打ちで魔物戦闘訓練が入ったそうで、剣術指南役は訓練評価で出るそうです。だから、午後は模擬戦が出来ないというのも伝えに」


涼はそう言いながら、手早くコーヒー豆をミルで挽いている。

ミルはゲッコー商会製の物で、これまで錬金道具の乳鉢で挽いていたのに比べれば、かなりいい感じで挽けるので最近のお気に入りであった。



「そ、そうか……」

セーラが泊まって行ったわけではないと知り、真っ赤になっていたアベルの顔は通常状態に戻っていた。



「で、この紙束はなんだ? 俺が見てもいいのか?」

「あ~、見ても分からないんじゃないかと? 錬金術に関連したやつなので」

「おい、馬鹿にするな。確かに錬金術を扱うことは出来ないが、俺だって錬金術に関する知識は……知識は……知識……」


手にした紙束を読み進めながら答えていたアベルであったが、言葉は段々と小さくなっていった。

書いてある内容が、ほとんど理解できなかったからである。

辛うじて読み取れた言葉としては、『ケネス・ヘイワード男爵』や『ヴェイドラ』などであった。



そうこうしているうちに、涼は出来上がったコーヒーを氷製カップに注ぎ、アベルと自分の前に置いた。



「それ、この前のインベリー公国の魔導兵器に関する情報ですよ」

「魔導兵器? 尖塔から撃たれた緑色の光か!」

アベルも思い出したようである。隘路の崖の上から、南部軍一行はその一部始終を見ていたのだから。


「ええ、それです。どうもあれはコピーで、オリジナルは王国の錬金工房、つまりケネスが作っているヴェイドラというやつみたいで……」

「ああ、やはりか。だが、なぜそれがインベリー公国に……。まさか……」

「技術を盗まれたみたいですね。もちろん、ケネスの元からではないですよ。ケネスはそんなに間抜けではありません。錬金工房を所管する内務省経由だそうです。その辺りの経緯も、報告書に書いてありました」



涼はコナコーヒーを一口飲んで、その味に満足していた。

言っている内容と、その表情のギャップたるや、なかなかのものである。



「そもそも、なんでリョウがこんな報告書を見ることが出来るんだ?」

「そのヴェイドラもどきをゴーレムが迎撃したでしょ? そっちの、迎撃した原理について領主館に報告書を出したんですよ。もちろんギルドを通して『依頼』の形にしてもらって。で、そのお返しとして、『緑の光』について教えてもらえる範囲でいいので情報が欲しい、って言ったらそれが届けられたのです」


あの衝撃波は、海中で涼が気絶させられたテッポウエビのものと同じような原理である。

その屈辱の記憶から、涼はかなりの部分を理解していた。



「小さな雷、とか言ってたよな……」

アベルは、涼が説明した言葉のうち、本当に断片部分だけを思い出しているらしい。

あの時、「なるほど」と言ったが、やっぱり理解できていなかったのである。


「アベル……大丈夫、アベルには剣がありますから。他に、なにもできなくても、剣があるから大丈夫です」

「うん、リョウ、お前、絶対馬鹿にしてるだろ」

指摘された涼は愕然とした表情で言った。

「なぜ、わかったのですか……」

「いつか絶対、泣かす!」




「そうだ、A級剣士に、ぜひ聞きたい質問があったのでした」

「馬鹿にした直後に、よくそんな事が言えるな……」

涼が、わざとらしく手をポンッと打って、努めて明るい口調で言うと、対照的にアベルは、ジト目で涼を見て答えた。


「アベル、人間切り替えが大事ですよ」

「誰のせいだと思っているんだ!」

「もちろんアベルのせいです。どんなことでも、気の持ちよう、と言うではありませんか。全てはアベルの気持ち次第です」

「ああ、ああ、もうそういうことにしておく。で? 質問ってなんだ?」


アベルは色々なものを諦めて、涼に質問を促した。


「実は闘技についてなのですけど、闘技は魔法を使えない人だけが身につけることが出来る、という話を聞いたのです」

涼の質問を聞いて、アベルは片方の眉だけほんのわずかに動かした。


「珍しいことを聞くな。それは、誰が言ったんだ?」

「セーラとフェルプスさんです」

『風』のセーラと、『白の旅団』のフェルプス。

どちらも、ルンの街を代表するB級冒険者である。



「恐らく、そうであろうと言われている」

「恐らく?」

「ああ。そもそも、闘技を身につけることが出来る物理職の奴ってのも、けっこう強くならないと無理だ。だから、情報が多くない。そもそも、闘技というものが出来上がったのも、わずか百年前だからな。それは、以前話したよな?」

「ええ。僕が腕を斬り飛ばされた時ですよね」


王都からルンに帰る途中、涼がレオノールに腕を斬り飛ばされた道中に話をしたのである。


「あんな経験を、笑いながら話せるリョウの胆力には脱帽だよ」

アベルは、首を振りながら言った。

そして続ける。


「あの後、俺も少し気になっていろいろ調べたんだが、闘技は西の方から拡がったらしい」

「西?」


王国の西は、エルフの住む『西の森』がある。そのさらに西には山脈がそびえ、人が行き交うことはない。


「ああ、リョウが考えていることは想像がつく。エルフは恐らく関わっていない。例えばセーラは、あれほどの超絶技巧の剣を振るうが、闘技は身につけていないそうだ」

「う~ん……いろいろと謎です」

より、謎は深まった。



本日は二話投稿です。

21時に投稿する「0187」より、「第十一章 トワイライトランド」が始まります。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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