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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第一章 スローライフ(?)
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0019 海……天国と地獄

涼は、ウォータージェットならびにアブレシブジェットを、完全に自分のものにした。

魔法による狩りは、相当に楽になったと言える。

そうなると、未だ制覇していないものへの飽くなき野望と言うものが生まれてくる。

そう、それは海!


涼の家から南西に五百メートルほどの場所に、海がある。

ミカエル(仮名)はそう言っていた。

水属性魔法に慣れたら、海水から塩の採取ができるとも。

塩の備蓄は、魚醤樽でけっこう使ったとはいえ、まだ半年分くらいは問題ない量がある。

とはいえ、海の塩がどれほどのものか、確認は必要であろう。


それに、海の幸、というものもある。

魚は、確かに河で川魚を手に入れて食べることができた。

ピラニアみたいなやつであったが。

だが、海には海魚の良さがある。

あるいは貝、ウニ、イカやタコなども手に入るかもしれない……まあ、手に入れるには潜る必要があるだろうが。

大丈夫、田舎育ちだから泳ぐのは得意な方だったし!



南西に、結界を出て四百メートル、そこには白い砂浜のビーチが広がっていた。

プーケット島やバリ島の写真で見たような景色!

もちろん涼はそんなところに行ったことは無い……写真からのただのイメージだ。


イメージは大切!


しばらく時間を忘れて眺めていたが、ふと我に返った。

「塩、採取してみよう」

まずは直径一メートルほどの氷の樽と、海水をくみ上げるための氷の桶を生成する。

海水を氷の桶で汲んで、氷の樽に入れる。


入れる。

入れる。

入れる。


だいたいいっぱいになったところで、氷の樽から水を除去するイメージを頭の中に浮かべる。

「<脱水>」

水は除去され、白い粒とちょっとだけ色のついた粒とが残される。


白い粒を舐めてみる。

「うん、しょっぱい。塩だ」

成功した!


「この色のついたのは……あれ、これ砂だ」

砂浜の海岸近くで海水を採水したために、海水に浮いていた砂も桶に入ってしまったのだ。

「砂浜じゃないところで採水すれば、塩だけ手に入るかな」

とりあえずの実験だったので、氷の桶とその中の塩は海に投棄。

北の方に見える岩場を目指す。

「海の幸が手に入るといいなぁ」



岩場につくと着ているものを全て脱ぎ捨て躊躇なく海に飛び込んだ。

そこには、想像通り素晴らしい世界が広がっていた。

透明度が高く、海底までのぞき込める。

色とりどりの魚やサンゴ、他にも涼にはよくわからない海洋生物。

そして涼は見つけた。美味しそうな魚!

一度海面に出て息継ぎをし、再び海面を蹴って海底に向かう。

右手にはいつものナイフ付き竹槍。

体長は五十センチほどだろうか、見た目タイに見える白身の魚。

ナイフ付き竹槍を銛の様に一突き。

見事に突き刺した。


だが、その瞬間……世界が変わった。

少なくとも涼にはそう感じられた。

今まで天国だった海が、一気に地獄となるような。


涼は浮かれていたのだ。そして忘れていたのだ。

ここは地球ではないということを。ここは『ファイ』であるということを。

そう、魔物の住む海なのである。



タイらしきものを海の中で殺した瞬間、涼はこの海の敵となった。

色とりどりの魚たちは逃げ去り、世界が変わったのは気のせいではないことを涼は嫌でも認識した。

(これはまずいよね、逃げよう)


だが遅かった。


涼が振り向くと、そこにはベイト・ボールと呼ばれる魚の群れがあった。

イワシが、マグロなどに対抗するために球形に群れている、あれがベイト・ボールである。

イワシなら、まだかわいいのかもしれないが、涼の前でベイト・ボールを形成しているのは魔物のようだ。

そう、『ようである』なのだ。

何という魔物なのか涼にはわからない。

『魔物大全 初級編』には、海の魔物については一切書かれていない。

ただ一文、

「海に棲む魔物については、『魔物大全 海棲編』を参照のこと」

とだけある。海にも魔物がいるのは確かであり、一冊別に設けるほど、かなりの種類がいるということであろう。



この時点で涼の勝てる確率は格段に落ちている。

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』

孫子の一節であるが、今までの戦闘は、必ず敵の情報があった。

『魔物大全 初級編』で予習していたからだ。

あのアサシンホークに対してすら、いちおう情報をもって戦えた。


それなのに今回は、敵の情報が全くない。

『敵を知らず、己のみ知れば半ば勝ち半ば負く』

一気に勝率が半分の五割にまで激減……。


戦の世界には、こんな言葉もある。

『天の時 地の利 人の和』

天の時はともかく。

地の利は相手にある。

海の中は海の魔物のホームである。

呼吸すらままならない涼にとってはアウェイ以外の何物でもない。

人の和も、あれほど見事なベイト・ボールを形成しているのだ……意思の疎通は完璧であろう。


そう、どうやっても勝ち目はない。

(三十六計逃げるに如かず)


だが、ここで涼は異変に気付く。

(水を蹴れない……水を手で掻くこともできない……)

身体は沈んでいない。

だが、水を掴むことが出来ず、動くことが出来ないのだ。



涼は水属性の魔法使いだ。

いくら海の中がアウェイとは言え、水を掴むことが出来ないという状況が、全く理解できなかった。

半ばパニックに陥った涼に対して、敵は待ってはくれない。

ベイト・ボールから、ミサイルか魚雷のように魔物が涼に向かって突っ込んできた。

(<アイスウォール>)

海の中でアイスウォールというのも理解しにくい状況だが、とりあえず動けない、つまりかわせない以上、防御するしかない。


だが、魔物魚雷をいくつか弾いた後、今度はアイスウォールのコントロールが効かなくなる。

涼の前からはがされ、途中で消えていった。

(生成したアイスウォールの制御を奪われた?)

魔物魚雷は間断なく襲ってくる。

それを防ぐために連続でアイスウォールを生成しているのだが、生成して一秒もすると涼の前からはがされて、海中に消えていくのだ。

(水を掴めないのも、そういうことなんだろう。僕の周りにある水が、彼らの制御下に置かれているからか)



涼は水属性の魔法使いだ。

そして魔法制御はかなり修行した。

分子制御は、涼の魔法制御の熟練を相当に上げてくれたのである。


だが、今回は相手が悪い。


海の中の魔物……それこそ遺伝子レベルで、水属性の魔法を使う技術を持っているような相手たちなのだ。

何世代にも渡って、水属性魔法の魔法制御を生活の一部として使ってきた者たちなのだ。

他の追随を許さないレベルでの修業をしたとは言え、わずか数カ月前に水属性魔法使いになったばかりの、いわば新人の涼が相手になるわけがない。


しかも敵の数は数千……。

ベイト・ボールを形成しているので、正確な数はわからないが、おそらく千は下らないであろう。


魔物魚雷とアイスウォールの生成は、ぎりぎり均衡を保っている。

作ったそばから剝がされるとはいえ、衝突直前に生成しているため、用を終えたアイスウォールが剝がされていっている状況ではある。

防御は大丈夫なのだが、問題は酸素だ。

毎日のトレーニングのお陰で、息継ぎ無しで四分ほどは大丈夫。

だがこの状況だと、『たった四分』でしかない。


どうやって打開すればいいのか。

(とりあえず、手足の周りにある水、これをこっちの制御下に置けないかな)

周りにある海水を、魔力でもって触ろうとすると弾かれる。

以前、ミカエル(仮名)が凍らせていた貯蔵庫内の肉を解凍しようとして、弾かれたのと同じような感じだ。

だが、あれよりもかなり激しく弾かれる。

少なくとも今の涼に、敵の制御下にある水を自分の制御下に置くことはできなさそうだ。

さすが海の魔物。あるいはその数が原因か。

どちらにしろ、魔法制御の奪い合いでは勝ち目がない。


具体的に、敵の制御下に置かれている海水を探ってみる。

(手と足の周りか。それもかなり薄い。まあ、薄くても掴めないんだから、かなり効率的な方法ではあるか。ぶっつけ本番だけどやってみるしかない! 原理はウォータージェットと同じなんだから、やれるはず!)


ほぼ無意識にアイスウォールの生成を続けながら、頭の中にイメージする。

両足の裏からウォータージェットが噴き出すイメージ。

ただし、今回はいつもの細い水の線ではなく、極太の水。

それこそ最初の頃、ウォータージェットが形にならなかった頃に、洗車ホースの水くらいの太さだったそれくらいの水、それを片足三二本ずつ。

勢いはウォータージェット並みで。


「<ウォータージェット64>」


唱えた瞬間、海底に向かって噴き出されるウォータージェットの反発力によって、涼の身体は一気に上昇する。

海面まで一瞬であった。

その勢いのまま海面から飛び出る。


だが、それで終わらない。

息継ぎをして、頭から海面に再び飛び込む。


狙いは、直上からのベイト・ボールへの奇襲であった。

案の定、涼が突然上昇して消えたために、ベイト・ボールの魔物たちは混乱していた。

いくら完璧な意思疎通を行える魔物の群れであっても、これまで経験したことのない事態には対処できない。

その状態のところに、真上から涼は突っ込んだのだ。

そして突っ込みざま、ナイフ付き竹槍を何度も突き刺す。

さらに辺りかまわず振り回す。

海中のために槍の振り回しは抵抗があるかと思ったが、それほどでもない。

相当の魔物たちにダメージを与えている。

魔物たちは、強力な魔法制御を扱える様だが、物理的な耐久力は普通の魚と変わらなかった。

竹槍の一薙ぎで、脱落していく。

ベイト・ボールが割れて、形成していた魔物が逃げ散るまでほんの一分足らずであった。



(ふぅ、なんとかなった)


涼は油断した。

敵は一集団だけではない。

涼は、海全体を敵に回したのだ。


最善手は、海面に出た時にそのまま陸上に逃げることであった。

とは言え、もう遅い。

すぐそばの岩の影に、体長一メートルほどのエビがいるのは目に入った。

(右手のハサミだけ異様に大きい……あれは何だ? 気泡?)



一瞬後、涼は意識を失った。


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