0185 <<幕間>>
一般的に、武器はメンテナンスが必要である。
それは、現代地球における武器であろうが、『ファイ』における剣の類であろうが、関係なく必要である。
もちろん、冒険者にしろ、騎士にしろ、自分の武器は自分で手入れをする。
だが、一カ月に一度、あるいは二カ月に一度くらいは、なじみの鍛冶師にきちんとしたメンテナンスをしてもらうのが普通だ。
辺境最大の街であるルンには、そんな鍛冶師たちが数多くいる。
それら鍛冶工房を含め、職人街となっているのが、西門付近であった。
そんな鍛冶工房の一つ、ドラン親方の店の前に、セーラと涼は来ていた。
「こんにちは、親方~」
扉を開けて入ると、セーラが店の奥に呼びかける。
「おう、ちょっと待ってな」
低い男性の声が、店の奥から返ってくる。
ほんの数秒で、店の奥から、横に大きく縦に小さい髭面の五十歳ほどの男性が出てきた。
(勇者パーティーのベルロックに似ている! 異世界ものの定番、ドワーフの鍛冶師! エルフとドワーフの対立があるのか……それとも、頑固ドワーフで、僕らは店から叩きだされるのか……。お前らに売る武器なんざねえ!って喧嘩になるのか……)
なぜか変な方向にワクワクしている涼である。
「おう、セーラ嬢ちゃんか。剣の手入れの日だったか」
「うむ。いつも通り頼む」
そういうと、セーラは剣を鞘ごと机の上に置いた。
「おう。で、そっちの魔法使いは……」
ドラン親方は、密かにワクワクしている涼の方を見て、言う。
「あ、こっちはリョウだ。付き添いだ」
「つ、付き添い……。まあ、鍛冶工房だから、金属鎧しかないし、魔法使いの杖も無い……って、杖持ってないのか」
ドラン親方は、リョウを上から下まで眺めて、手ぶらであることを確認すると言った。
そう、魔法使いは、普通は杖を持つのだ。
杖があるのと無いのとでは、必要魔力が十倍も違い、魔法の発現効果も十倍の違いが出ると言われている。
そのため、魔法使いと杖は一体のものとして考えられていた。
「はい、杖は持たない主義で……」
涼は頷きながら答える。
「そうか……まあ、いろんな奴がいるからな」
「リョウは、近接戦もこなすからな。杖よりも剣の方が使える。剣の腕は、私と互角だぞ」
セーラが、自分の事の様に自慢げに話す。
それを聞いて、ドラン親方は目を見開いた。
「マジか……。ん? そう言えば、館で聞いたことがあるぞ。セーラ嬢ちゃんと、毎日模擬戦をやっている冒険者がいると……」
「それが、このリョウだ」
セーラは微笑みながら、深く頷いて答えた。
翻って涼は首を傾げて問いかける。
「館?」
「ああ、ドラン親方は、ルン辺境伯の開発工房にも属しているんだ。とにかく腕のいい鍛冶師だからな。そんな優秀な人材を領主様は放っておかない」
「よせやい」
ドラン親方は、顔を真っ赤にして答えた。
善い人である。
涼が当初期待したような、頑固親方ではなく、偏屈ドワーフでもなく、ましてやエルフであるセーラとも非常に仲がいい……。
「まあ、剣は預かる。昼過ぎには出来てるだろうからよ。で、そっちの魔法使いの……リョウだったか。リョウの方は、剣の手入れはいいのか?」
「そういえば、リョウの剣は見たことが無いな……」
ドラン親方は涼の方を見て尋ねた。
セーラも、涼の方を見て、首を傾げて見せる。
確かに、模擬戦は毎日行っているが、涼が使っている剣は、刃を潰した演習場備え付けの剣である。
「多分、必要ないです。僕のはこれですから……」
そういうと、涼は腰から村雨とミカエル謹製ナイフを取り出して机の上に置いた。
「こいつぁ……」
ドラン親方は机の上に置かれた村雨を見て、言葉を失った。
そして、しばらくすると、口の中でブツブツと何か言い始めた。
「……いや、しかし、これは……これがそうなのか? そうとしか言えないが……だが……まさか生きている間に拝めるとは……」
そんなドラン親方をよそに、セーラはあっさりと言い切った。
「妖精王の剣か! ローブといい剣といい、リョウは妖精王に愛されているな!」
嬉しそうに、笑顔を浮かべながら言い切る。
それを聞いて、ドラン親方は一つ大きく頷いた。
「そうか。やはりこれは妖精王の剣か……。俺も噂でしか聞いたことが無かったからな。さすがに自信が無かったが」
「リョウ、その剣は刃が『生じる』のであろう? ぜひ見せてくれ」
いかにもワクワクとした表情で、ねだるセーラ。
「いいよ」
ねだられて、まんざらでもない涼は、村雨を持つと、氷の刃を生じさせた。
「おぉ~。これは綺麗だな……」
その、青く輝く氷の刃を見て、半ばうっとりするセーラ。
そのセーラの表情を見て、半ばうっとりする涼。
その二人と村雨を見て「う~ん」と唸るドラン親方。
そして、ドラン親方は、ふと机の上に目をやった。
そこには、ミカエル謹製ナイフが置かれていた。
それを見て絶句するドラン親方……完全に動きが止まってしまっていた。
だが、涼もセーラも、親方のその異常には気付かない。
涼は、村雨の刃を消すと腰に差し、机の上のミカエル謹製ナイフも、自然な動作で腰に差した。
「う~ん、いい物を見せてもらったな。よし、リョウ、今日はこの西門の辺りでお昼を食べよう。じゃあ、ドラン親方、手入れの方、よろしく頼む」
「……」
ドラン親方は固まったままであるが、二人はそんな親方には気づかないまま、工房を出ていった。
外から二人の声が聞こえてくる。
「王都騒乱の後に、この西門付近に『ハンブルグ』とかいう美味しい料理を出す店が出来たらしいんだ」
「ハンブルグ? それって、まさかハンバーグのことじゃ……」
「よくわからないけど、行ってみようか。確か、工房からすぐのところだったはず……」
次章のための幕間……ではありません。




