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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
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0176 奇襲

この時、オーブリー卿ら連合軍首脳は、隘路の北側平地に本隊を置いて、作戦を指揮していた。


オーブリー卿が違和感を感じたのは本隊後方、北側からであった。

叫び声が上がったわけではない。

だが、百戦錬磨のオーブリー卿は、異変を感じていた。



聞こえるべき声が聞こえなくなった?

聞こえるべき音が消えてしまった?



少なくとも、オーブリー卿以外、誰も気づきはしなかった。

だが、瞬時の判断が勝敗を分けることがある。それが戦場。


(何かがおかしい。何か? いや、ここは戦場だ。おかしいのだとしたら、それは敵の攻撃が原因)

そう結論付けると、椅子から立ち上がり、叫んだ。



「敵襲! 防御陣形をとれ」



オーブリー卿の指示で、すぐに動き出したのは、子飼いの部下たちであった。


十年前、独裁官になる前から、オーブリー卿の麾下で戦ってきた隊長たち。

すぐに本陣を囲む陣幕の外に出て行き、部下に指示を飛ばす。

彼らは何が起きているのか、何が起きようとしているのか、正確には理解できていない。

だが、オーブリー卿が「敵襲」と言ったその言葉だけで十分だ。


「敵襲」と言っているのだから、どこかから敵が襲撃してきているのだろう。

そして、この本隊もそのうち巻き込まれるのだろう。

だから迎撃の指示を出す。

どこから来るかは分からないから、全方位迎撃で。




(<アイシクルランス256>)

先を丸めたアイシクルランスが、アッパーカット、あるいはスマッシュの様に、下方から斜め上に突き上げる形で連合軍兵士を撃ち抜く。

それも、彼らの顎を。


殺さないのは別に慈悲の心ではなく、血が流れ過ぎると、その臭いから気分が悪くなるからである。

それほど大量に、連合軍兵士を排除しながら、南部軍は進んでいた。

涼を先頭に、公国情報部のクロエ、赤き剣とヒュー・マクグラスが続く。


基本的に、この辺りの敵の排除は涼が一人で請け負っていた。

どこまで請け負うか?

敵に気付かれるまで。



(おかしい。僕は荷物運びとして連れてこられたはずなのに、馬車馬の如く働かされている気がする……)

そう思いながらも、アイシクルランスを撃ち続ける。


「ホントに、リョウって魔力無尽蔵よね……」

呆れたようについてくる風属性の魔法使いリン。


(おかしい。僕はD級で戦闘参加する資格はないはずなのに、B級冒険者以上に働かされている気がする……)

そう思いながらも、アイシクルランスを撃ち続ける。


「マジで、リョウが一人いると便利だな」

感心したようにその手際を褒めるアベル。



涼のいる先頭集団は、クロエを除けば、全員涼の異常性を理解している者ばかりである。

いちおう、この期に及んでも、ヒューは、涼の情報の漏えいには気を使っているのだ。

実際には、南部軍の中ではかなり噂になっているのだが。


だが、かのヒュー・マクグラスが表に出したがらない冒険者らしい、と認識されているため、取り立てて涼の情報を広めようとする冒険者はいない。

王国全土で、英雄マクグラスの名は敬意を払われているが、南部においては、まさに神のごとき信仰を集めているとすら言えるのかもしれない。


それほど、『マスター・マクグラス』の名は絶大であった。




何度アイシクルランスの乱れ撃ちで連合軍兵士を気絶させたか。


ついに、先の方から「敵襲」の声が響き渡る。

その声が聞こえた瞬間、静かに進んでいた南部軍七十人は、一斉に走り出した。

奇襲がばれたからには、あとは時間との勝負。


目指すは敵本陣。

狙うはオーブリー卿の首一つ。


それ以外には逆転の目が無いことは、誰もが理解していた。



もしかしたら、オーブリー卿を倒しても連合軍はインベリー公国から撤退しないかもしれない。

だが、たとえそうだとしても、オーブリー卿のいない連合軍相手なら、なんとかなるのではないかと思えるのだ。

現実的な戦力比は絶望的な数値なのだが……。だが、そう思わせるほどに、オーブリー卿の存在感は絶対的なのである。


まさに王国南部における英雄マクグラス並みに、絶対的な。




涼以外の南部軍が、スピードを上げて敵本陣を目指す。


涼は、スピードを落として自家製魔力ポーションを飲んで、魔力を回復させていた。

実際の所、魔力ポーション一本で、どれほど回復するのか、そして先ほどまでのアイシクルランス連射でどれほどの魔力を消費したのか、よくわかっていない。

最近は、魔力切れを起こすほどまで、魔法を使用したことが無いからである。


だが、ここは戦場。


何が起こるかわからない以上、回復出来る時に回復はしておけ、というヒュー・マクグラスの有り難いお言葉によって、涼は魔力ポーションを飲んでいた。



一本飲み終わって、一息ついた時、轟音が辺りを圧した。

その時、涼は人が空を飛んでいるのを見た。


「……え?」


魔法で飛んでいるわけではなく、投げ飛ばされている……飛んでいるのは、『スイッチバック』の剣士、ラー。

身長一八五センチを超える堂々たる体躯の前衛剣士が、宙を舞う姿はさすがに冗談としか思えない。


涼は、ラーが飛ばされた先に向かって走った。



気絶したラーの元には、他には誰もいない。

味方は、ラーを飛ばした敵を囲んで戦っているようである。

気絶したラーは、涼が助けるしかない。


涼は、強引にポーションをラーの口の中に流し込む。

もしかしたら気管の方に行ってしまうかもしれない……これが普通の飲み物なら大問題だが、ポーションなら問題ない。

身体のどこからでも吸収するから。

とりあえず、体内に入れることが大切。



口に入れて二秒後、ラーは目を覚ました。

ゴホゴホと咳をしている……やはり食道ではなく気管の方に流れて行ったらしい……どんまい。


「ラー、聞こえますか?」

涼は、嚥下問題があったことなどおくびにも出さずに、問いかける。

「あ、ああ、リョウ。大丈夫……あ、みんなは!」

「遠巻きにして、戦っているみたいです」

少し離れた場所で、ラー以外の『スイッチバック』の面々と、もう一パーティーが、何かと対峙しているのが見えた。


「リョウ、行ってやってくれ。俺は、動けるようになったらすぐに行くから」

「わかりました」

涼はそう言うと、立ち上がり、スイッチバックがいる場所に向かった。




「これは……」

四本の……脚?

腰から上は人同様に、二本の腕と頭のある、見るからに人工の……何かである。


「リョウ! ラーのところに行ってたよね? ラーは?」

『スイッチバック』の斥候スーが、近付いてきた涼に気付き声をかける。

「大丈夫です。ポーションを飲ませたら、気が付きました。すぐ来ます。それより、これは……」



「おそらく、ゴーレムです」



『スイッチバック』と共に囲んでいたのは、アクレのギルドマスター、ランデンビアとアクレのC級パーティー『六華』であった。

六華は名前通り、六人パーティーである。

つまり、合計十人で囲んでいながら、攻めあぐねていた。


しかし、そんなことは涼にとってどうでもいい。大切なのは、ランデンビアが言った言葉。

そう、彼は言ったのだ、『ゴーレム』だと。



涼は、野生のゴーレムは見たことがある。

アベルと一緒に、ロンドの森で戦った。


あれは、どこからどう見ても、ただの岩であったが、この『ゴーレム』は……確かに脚は四足だが、人工生命と言う言葉がぴったりである。

「どうみても、野生のゴーレムじゃないですよね?」

「ああ……リョウの言いたいことは分かる。私も同感だ。西方には兵団すらあると言われる、錬金術で動く人工ゴーレムだろうね」

ランデンビアと意見が一致した。



涼は、傍から見ても分かるくらいにぶるぶると震えていた。


それは、ついに見ることが出来たという興奮と、なぜか、先を越されたという僅かな悔しさとがない交ぜになった感情の発露であった。

中央諸国では自分が最初に作る!……とまでは思っていなかったものの、それに近い感情は持っていたのだろう、自覚していなかっただけで。


もちろん、客観的に言って、涼の錬金術では、まだまだまだまだ、無理なのであるが……そこは内緒である。




涼は、一度深呼吸をして、落ち着いた。



今度は、冷静に目の前の『ゴーレム』を見る。


脚は四脚。

二足歩行での歩行は難しかったのだろうか? 現代の地球においても、二足歩行のロボットは、バランス保持にかなり高度な技術が必要である。


極端な話、常にセンサーで平衡をとらなければならないほどに。

この『ファイ』に『センサー』があるとは思えないし、錬金術と魔法でそれを成しえなければならないことを考えると、完全に人の形に似せるよりも、素直に四脚にした方が、バランスの保持が簡単であるというのは理解できる。


脚四本に、上半身は人間……文字だけで書けば、馬の胴体に上半身人間のケンタウロスが想像されるかもしれないが、残念ながら、目の前の『ゴーレム』はそうではない。


『四本の脚』は四足動物のそれではなく、むしろ『クモ』に似ている。

もし、脚が八本であったなら、想像上の生き物である『アラクネ』を思い浮かべたかもしれない。

腰から上は女性で、下半身がクモと化した、ギリシャ神話に出てくる、あのアラクネである。


もっとも、目の前のゴーレムはそこまで生々しい生物的なものではなく、表面は金属製の何かの、いかにも硬そうな人工物。

そして力も強いであろうことは、剣士ラーが吹き飛ばされたのを見れば容易に想像できる。


正直、近接戦は避けたい相手。



翻って、涼はゴーレムを囲んでいる味方を見る。

アクレの『六華』は、剣士、盾使い、神官、そして魔法使い三人という、非常に珍しいことに、遠距離攻撃に秀でたパーティーだ。

しかも、元B級冒険者でアクレのギルドマスターにして、火属性の魔法使いランデンビア。

『スイッチバック』も、斥候のスーを除けば、風属性魔法使いのタン、神官のヌーダーがいる。


はっきり言って、かなり魔法使いの多い包囲陣だ。

ゴーレムを遠巻きにしていたのも納得である。

だが、彼らほどに攻撃魔法を揃えていながらも……。


「全ての魔法が効かない……」


呟いたのは、『六華』の火属性の魔法使いアッシュであった。

涼はアッシュの方を見る。

アッシュもそれに気付いて言葉を続けた。

「火、風、土、全ての攻撃魔法が防がれたの」


アッシュはチラッと涼の方を見て、すぐに視線をゴーレムに戻しながら答えた。

「防いだのは、魔法障壁ですが、考えられないほどの硬さです。私のファイアジャベリンも防がれました」

ランデンビアが答えた。

涼は、『魔法障壁』というものを実は知らないが、字面から何となく意味は理解できる。



「あと試してないのは水属性の魔法だけですね」

涼はそう言うと一つ頷いた。そして唱える。

「ではいきます。<アイシクルランス>」

そう言うと、涼は氷の槍を生成しゴーレムに向けて放った。


ガリッ。


氷の槍は、ゴーレムの前にあるらしい見えない壁にぶつかり、砕けた。

同時に、見えない壁も道連れにしたらしく、魔法障壁も砕けた。



「くっ……貫けない」

「いやいや……魔法障壁、砕けたから」

悔しがる涼。

だが、魔法障壁を道連れにしたことを、風属性魔法使いの次女ナッシュが指摘する。


しかしながら……、

「やっぱり……すぐに再生するよね」

アッシュが呆れたように、ゴーレムの魔法障壁はすぐに再生された。

「これ、無視しちゃダメかな……」

ナッシュが呟く。


「遠距離攻撃の能力は一見無さそうに見えますが……背を向けた途端に、背後から襲ってきそうです」

ランデンビアが問題点を指摘する。

「足止め……足止めと言えば水属性魔法でしょ!」

なぜか断言する『スイッチバック』の斥候スー。


「意味が分かりませんが……」

困惑しつつも、確かに足止めは得意な方だと思う涼。期待に応えるために唱える。

「やってみます……<アイスバーン>」

足止めと言えばこれ。

遠距離攻撃がない、地上を動くものに対してはかなり汎用的な使い方のできる地面凍結の魔法である。


地面が凍りつき、ゴーレムは動きたくとも動けなくなった。

だが、四足ということで、転びはしない。

凍ったのがただの氷であれば、尖った足先を氷にひっかけながら移動することが可能なのであろうが、涼特製の氷は、とても硬い。

アイスウォール並みの硬さの氷である。



「おっ……」

囲んでいた十人プラス涼が、アイコンタクトで意見を交わす。



いけそう!



なぜか全員忍び足で、ゴーレムの元を離れはじめる。

出来るだけ、涼はゴーレムから目を離さないようにしながら動き出した。

だからこそ気付いたのだ。

ゴーレムが開いた両掌の間に、バチッと何かが発生したことに。


「放電?」


涼が呟いた次の瞬間、ゴーレムは両手の間に輝く白い光を足元の氷に当てた。

すると、氷が融けはじめた。

「馬鹿な……」

実際に目の前で起きながらも、涼は信じられなかった。



これまで、アイスバーンが割られたり融かされたりした経験はない。

アイスウォールなら何度もあるのだから、特にあり得ないことではないのだが……この時の涼はそこまで思い至らなかった。

思い至ったのは、ゆっくり歩いている味方に知らせることである。


「ゴーレムが動き出す! 走って!」


声が聞こえると、六華とランデンビアは一度振り返ってゴーレムを見てから、走り出した。

スイッチバックは、途中でラーが合流し、後ろを振り返らずに走り出していた。

「<アイスウォール>」

涼は時間稼ぎとして、ゴーレムの前に氷の壁を生成しながら、走って逃げる。


そして、ゴーレムを確認すると……やはり両掌の間に白い光を出現させ、氷の壁を融かしながら追ってきていた。

『白い光』に遠距離攻撃能力は無く、すぐ目の前の氷の壁を一枚ずつ融かしながらであるため、逃げる涼たちとの距離は少しずつ開いていく。

いずれは追いついてくるであろうが……その時は、他の味方にも頑張ってもらおう……そんな酷いことを考える涼であった。


(そしてかなうなら……あのゴーレム、欲しい……)


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