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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
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0173 会議

ナイトレイ王国東部国境の街レッドポスト。

涼が前回レッドポストに泊まったのは、ゲッコーの護衛でインベリー公国に向かう途中であった。

そして、このレッドポストで、元暗殺者シャーフィーの胸にあったタトゥーを外す手伝いをした。



そんなレッドポストであるが、涼を含めた遠征軍は、街の外にとどまったままである。

なぜなら、街は、インベリー公国からの難民で溢れかえっているから。

当初は、街の外にも難民が溢れていたのだが、そのほとんどは、さらに王国内部の街へと移動して行った。


「難民問題は難しい……」

涼は、そんな光景を見ながら小さく呟いた。

頭の中に浮かんでいたのは、地球にいた頃に映像で見た難民たちと、それに対処する受入国、さらに受け入れ国内で衝突し合う人々……。

「かわいそうだから助けよう」では済まないのが、難民問題なのである。



涼は、小さく首を振ってから、お気に入りの大木に向かって歩いた。

しかし、そこには先客がいた。

「凶悪な面構えで、どこから手に入れたのか分からない本を読む、B級冒険者の剣士が……」

「おい、聞こえているぞ」

本から顔を上げながら、アベルが涼に向かって言った。


「こんなところで何をしているんですか?」

「どこかの水属性の魔法使いに妨害されるまでは、本を読んでいたな、確か」

「その程度の妨害に屈するなんて、アベルもまだまだですね」

「うん、ものすごく理不尽なことを言われているのはわかる……」

涼は首を振りながら、やれやれと言った雰囲気で両手を広げて見せる。

それに対して、顔をしかめながら反論するアベル。



実は、すでに涼の仕事は完了している。

ルンの街から、涼の<台車>で運んできた食料は、すでに食べ尽くしたからだ。


涼が運んできた食料は、ルンの街が出した物ではあるが、扱いとして南部全体として供出したものだ。

そういう感じで、北、東、西、そして王都のある中央といった各部から食料が運ばれてきていた。

その中でも真っ先に南部の食料が底をついたのは、ヒューが率先して南部の食料を出したからである。

これは、出来るだけ早く消費して、涼が台車をひっこめることが出来るようにだ。


悪目立ちするのを避けようとしたのであるが……まあ、すでにいろいろ遅かったが。



「それにしても、会議はいつまで続くのでしょう……」

「さあな。先週までは、どうやって国境を突破するかを話し合っていたみたいだが、今は国境を突破するかどうか自体を決めかねているからな」



議題が変わったのは、公都アバディーンの陥落が伝わって来たからであった。

もちろん、実際にアバディーンの状況を見てきたわけではないため、公都陥落の報自体が偽情報で、遠征軍の足止めのために流された情報ではないか、そういう意見もある。

それらも含めて、「それでも国境を突破すべし」と「もはや大勢は決した、不介入」、さらに「どちらとも言えない」という、三つの派閥に分かれて議論が行われている……らしい。


涼はもちろん、最近はアベルも、議論が行われている中央天幕には近づいていなかった。


中には、参加した各街のギルドマスターたちが集っており、ルンの街からはヒュー・マクグラスが会議に加わっている。

「何で、こんなに議論が長引くんでしょう」

「ああ……指揮系統が決まっていないからだろう。トップも明確に決まっていないしな」

涼が尋ねると、アベルはそう答えた。



そして、各街の冒険者ギルドについて説明を始める。


「各街の冒険者ギルドには、『格』というのがある。明文化されてはいないがな。その中で筆頭は、やはり王都本部。だが、今回の問題は、王都本部から来ているのが、サブマスターだという点だ」

「ああ……。もし、王都本部のギルドマスターが来ていれば、その人がトップとして指揮権を握っていたと」

涼は、なんとなく想像したことを言う。

「そういうことだ。で、王都本部に続くのは、東西南北各部の最大都市四つと、辺境最大のルンだ」

「おぉ! ルンの街の冒険者ギルドって、高い格付けなんですね!」


涼はなんとなく嬉しかった。

自分が所属している組織が高く評価されていれば嬉しい。

たいていの人は、そういうものである。


「まあな。それだけの実績を積み重ねてきたからな。各部の最大都市ギルドとは違い、辺境という立地柄、ルンは実力主義だ」

なぜかアベルが偉そうに言った。

自分たち『赤き剣』も、その積み重ねてきた実績に入っているという自負があるのだろう。



「各部の最大都市は全て、ギルドマスターが出てきている」

「そういえば南部は、最大都市アクレのランデンビアさんでしたね。カイラディー冒険者ギルドにいた頃に、一度お会いしたことがあります」


涼は、遠征軍に途中で合流したアクレの冒険者を率いていたランデンビアを思い出した。

コナの街の代官ゴローなどが、『カイラディーの良心』と評した男である。

カイラディーのサブマスターから栄転して、アクレのギルドマスターとなっている。


「ああ、ランデンビアは優秀だな。他の、北、東、西もギルドマスターを出してきているんだが、それだけに、同格ばかりが揃ってしまい……」

「トップが決まらないと」

涼は小さくため息をついた。



そう、会議は踊る、されど進まず。



会議なんて、たいてい進まないものである。

「各部とルンのギルマス、王都のサブマスは、同格になるんだが……東と王都は攻め、北と西は撤退、そう別れてしまっているらしい」

「二対二ですね。あれ? 南部は?」

「南部、というかヒューとランデンビアは中立だそうだ」

アベルは顔をしかめながら答えた。


「ヒューさんは、インベリー公国とも親しいらしいですから、ちょっと意外ですね。全てをなげうって攻め込むと思ったのですが」

「俺一人の事じゃないからな」

涼の後ろから、突然声を出したのはヒュー・マクグラスであった。

普通、こういう場面では声を掛けられた者が驚くのであるが、涼はもちろんアベルも、ヒューが近付いてきていることに気付いていたため、全く驚かない。


「てか、お前ら……少しは驚けよ」

なぜかヒューが落ち込んでいた。




「さすがに三百人からの冒険者の命が懸かっている。しかも、全員C級以上の精鋭ばかりだ……それを失うようなことになったら、王国の存亡にも関わる事態になるだろ」


王国内にも、多くの森、山が存在する。

そして、『ファイ』において、森や山は、人の世界ではない……魔物の世界なのだ。

そんな森や山から出てくる魔物の討伐、あるいは入って行っての間引き、そういったことを冒険者は行っており、それらは、爆発的な魔物の発生を未然に防ぐ効果があるのだと言われている。

もし、精鋭冒険者がいなくなれば、森や山から溢れた魔物たちによって、街が飲み込まれる可能性も出てくる。


実際に、三百年前、そうやって多くの街が飲み込まれ、一つの国が滅んでいる。


「俺だけの感情では決められん。だいたい、連合の総大将はオーブリー卿だ。一筋縄でいく相手ではないしな」

「ヒューさんは、オーブリー卿をご存じなのですか?」

ヒューの言葉に、涼が尋ねた。

「ああ。前の大戦の時に、何度かやり合った」


そういうと、少し遠い目をして、過去の何かを思い出した後、ヒューは言葉を続けた。


「お前たちは、どちらもとんでもない剣士と魔法使いだが、オーブリー卿も化物だ。本人の剣の腕もかなりのもんだが、それ以上に、戦の天才と言ってもいい。国のトップになったのに、奴自身が、自ら戦場に出てくるのは想定外だった……このまま戦わないで引き上げる方がいいのかもしれないな」

ヒューはそんなことを言う。


ヒューの中では、かなり迷っているのを、アベルも涼も感じ取っていた。

そのために、『中立』なのであろうと。



状況が動いたのは、それから三日後であった。




レッドポスト遠征軍駐留地に、一台の馬車が到着した。

その扉には、盾を背景に剣と杖が交差する紋章。それは、王国冒険者ギルドの紋章。

中から降りてきたのは、五十代半ばの魔法使い。

百八十センチの身長、それを超える大きな杖をつき、鋭い眼光で辺りを睨む。

周囲を一瞥すると、中央天幕に入っていった。



「ぐ、グランドマスター!」

男が入っていくと、真っ先に気付いて、叫び、飛び上がったのは、王都本部サブマスターのジョザイア・オンサーガーであった。


馬車で到着したのは、冒険者ギルド王国本部ギルドマスターのフィンレー・フォーサイス。

本部のギルドマスターは、慣例で、グランドマスターと呼ばれる。



フィンレーが天幕の中を進むと、全ギルドマスターが起立し、それを迎えた。

それまで、王都本部のサブマスターが座っていた最も上座の席に座ると、他のギルドマスターたちも着席する。

「ぐ、グランドマスター、その……」

王都本部サブマスター、ジョザイアが言いかけるのを、軽く右手を上げて遮る。


そして、重々しく言葉を発した。



「諸兄らに、王国政府からのオーダーを伝える。川を渡り、公国を解放せよ」



言い終わり、一瞬の沈黙の後、

「おぉー!」

沈黙を破る多くの叫び声が、天幕の中に響いた。


叫んでいるのは、王都のある中央、東部のギルドマスターたちで、西部、北部のギルドマスターたちは、苦虫をかみつぶしたような表情で、それを見ている。

ヒューとランデンビアを中心とした南部のギルドマスターたちは、何も発せず座ったままであった。




「閣下、公国西部国境より報告がございます。本日午前六時、王国の冒険者と思われる一団が国境を突破。我が軍守備隊は国境の橋を放棄し、西部国境の街レッドナルに撤退。街にて防御を固めたということです」


ランバーの報告に、ほんの少しだけ首を傾げ、オーブリー卿は言葉を発した。

「ようやくか……もう少し早く決断すると思っていたのだが、案外時間がかかったな」

そういうと、オーブリー卿は紅茶を飲む。


「間者の報告によりますと、先日、王都からギルド紋章をつけた馬車が到着し、その後、強攻が決まったとか」

「誰ぞ力のある者が着いたか。おそらくは、グランドマスターのフィンレー・フォーサイス」

そういうと、口角を上げて笑った。



「さてランバー、我が軍はこれからどうすればよいのかな?」

オーブリー卿は、試すように問う。


「はっ。様子見です」

「その理由は?」

「切り札たる人工ゴーレムですが、初号機以外、戦線への投入に今しばらく時間が必要です。また、インベリー公爵が隠れている街を、未だ我々は特定できていません。ですが、王国の冒険者たちには、公爵側から情報が行くでしょう。つまり王国冒険者の動向を見ておけば、公爵のいる街がわかります。彼らが、公爵らと合流するのを見守り、合流したのを見計らって殲滅する。そのためです」


ランバーは自信満々に言い放った。

だが、オーブリー卿は意地悪な表情をしている。


「あ、あれ? 間違いましたか?」

「半分正解だ。合流するのを待つ必要はない、合流直前、あるいは合流直後の混乱した状態の時に襲い掛かってもよい。あるいは、冒険者たちが進む方向から、インベリー公らがいる街の推測も出来よう。まあ、インベリー公らがどこにいるか、見当はついているのだがな」


「そうなのですか!?」


さすがに、オーブリー卿のその言葉には、ランバーも驚いた。

インベリー公とその軍に関する報告は、どこからも来ていないはずだからである。


「南部の街フィオン。とはいえ、ただの予測だ。間者を放って確認させてはいるが、まだ報告はないな」

そういうと、オーブリー卿は残った紅茶を飲み干すのであった。




インベリー公国南部の街フィオン。

公爵直轄領であるフィオンには代官所があり、インベリー公ロリス・バッジョはフィオン代官所にいた。


現在、このフィオンの街に、動員できるインベリー公国残存兵力の、ほぼ全てが集結している。

この、フィオンの街を反撃拠点とするのは、当初からの予定の一つではあったのだが、それは焦土戦で侵略してくる連合軍を疲弊させてからの、反撃予定であった。

だが、予定よりも相当に早く公都が落ち、さらに公国北部ほぼ全土が連合の支配下に置かれ、補給線への攻撃も失敗を繰り返している現在、公国軍は厳しい状況に置かれていた。


焦土戦を展開したにもかかわらず、敵連合軍は全く疲弊していないのだ。


公国北部、並びに公都周辺を支配下に置いた連合軍は、現在侵攻を停止している。

侵攻を停止し、公都までの補給線の完全な確立を図っている。

公都陥落後、各地の制圧に動くと考えていたロリスら公国軍首脳は、その点でも想定を外していた。


電撃的に公都まで落としておきながら、そのあと動かないなど……全く意味不明である。




「なぜ奴らは動かない!」

代官所会議室、机の上に広げられた公国全土の地図を睨みながら、インベリー公ロリス・バッジョは声を絞り出した。


「敵国への侵攻など、時間を掛けても良い事は何もないであろうが」

ロリスの言葉はもっともである。

時間が経てばたつほど、各地の領主、民衆などが立ち上がり、反乱を起こし始めるのが普通だからだ。

『名将』とすら言われるオーブリー卿が、そのことを理解出来ないわけがない。

だからこそ、なぜ停止しているのかがわからないし、不気味なのである。


もちろん、ロリスの疑問に答えられる者など、この場にはいない。

数十秒間、誰も口を開かなかった。



最初に口を開いたのは、情報部長官サリエリであった。

「オーブリー卿は、支配を固めるために、北部並びに公都に、自国民による植民を考えているのかもしれません」

「!」

ロリスをはじめ、そこにいた全員は絶句した。


確かに、焦土戦のために公国民をできる限り避難させた。


特に、真っ先に連合軍の進撃ルートとなる北部から公都までの街、村、そして公都は真っ先にである。

さらに建物にも火をかけ、井戸を潰した村も多い。

かなり徹底して、連合軍に利用されないようにしたのである……泣く村人を前に……潰す兵士たちも悔し涙を流しながら。


そのため、広大な土地が空いたままになっているのは事実だ。


そこに、連合から移民を入れる……。十分に考えられることだ。

北部と公都を支配下に置くだけで満足するとは思えないのだが、まず足元を固めるというのは十分にあり得ることのように思えた。



「サリエリ……その根拠というか、情報が上がってきているのか?」

ロリスは、受けた衝撃の大きさに顔をしかめながらも、確認する。


「移民そのものは確認できておりません。ただ、連合との北側国境から、公都までの道路の整備が、通常では考えられないほどの規模とか。幅三十メートルの、ほぼ一直線の道を敷く工事が行われているのが確認されております。さすがに、行軍用だけに、これほどの道を敷く必要性は無いかと」

「なるほど……」

幅三十メートルの道と言えば、かなり広い。

現代地球で言うなら、片側四車線の道路……つまり八車線分以上の幅である。どこかの油田王国だろうか。


再び、会議室を沈黙が覆った。



次に沈黙が途切れたのは、誰かが話し出したからではなかった。

報告によってである。



報告書を渡されたサリエリは一読すると、すぐにロリスに渡した。

ロリスは報告書を二度読み、二度大きく頷いてから言った。


「聞け。王国の精鋭冒険者約三百人が国境を突破し、我々と合流するために進軍中だ。指揮官はグランドマスター、フィンレー・フォーサイス殿。しかもその軍には、大戦の英雄、マスター・マクグラス殿もいる!」

その報告が、会議室に与えた影響は極めて大きいものであった。


一瞬の空白の後、



「うぉーーー!」



会議出席者の歓声が天を衝く。

今まで、ずっと苦闘を強いられてきた彼らに、ようやく嬉しい情報が舞い込んだのだから当然なのかもしれない。


特に、マスター・マクグラスの名が、多くの者の口に上った。

マスター・マクグラスは、外国の人物ではあるのだが、ある意味、公国独立の象徴とも言える人物だ。

そのため、公国内での人気は絶大であり、彼が来てくれるのであれば勝利は疑いない、とまで言う者が出てくるほど。


王国の遠征軍には、すでに情報部員が接触し、このフィオンの街まで導く手はずとなっていることも報告された。



到着次第、反撃を開始する。

インベリー公ロリスの腹は既に決まっていた。

それが、最後の戦いになる可能性を理解しながら。


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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