0171 切り札
「隊長、敵に動きがありました」
グリーンストームの一閃後、城門の魔法防御機構が働かない理由について、報告を受けていた守備隊長ナイジェルの元に、副隊長メレディスが走って報告に来た。
すぐに、近くの城壁上に登る二人。
そこから見えたのは、
「なんですか、あれは……」
副隊長メレディスの口から洩れる呟き。
だが、隊長ナイジェルはそれが何か知っていた。
いや、正確にはおそらく『それ』であろうと思われた。
「新たに開発されたという、人工ゴーレムだろう」
公都守備隊長という役職柄、かなり高い機密情報も回ってくる。
その中でも、今回の公都防衛で最も注意すべき情報として、特にサリエリ情報部長官から伝えられていたのが、人工ゴーレムであった。
おそらく、ゆっくりと近付いてくるあれが、件のゴーレム。
「急いで中央指揮所に戻るぞ」
守備隊長ナイジェルはそう言うと、メレディスを引き連れて城壁を駆け下りた。
グリーンストーム以外で、あれを止める方法はない。
それも、さっきの拡散型ではダメだ。
だが、一つだけ、ナイジェルの心に引っかかるものがあった。
迫ってくる人工ゴーレムが、一体のみである点だ。
「様子見か?」
たとえそうだとしても、完璧に破壊してやれば相手も手詰まりになる。
ナイジェルは、いろいろと割り切ることにした。
「集束型で狙い撃つ」
守備隊長ナイジェルの指示に頷く射撃手。
高所に設けられた中央指揮所からは、城壁の向こうも直接見ることが出来る。
その北側城壁の向こう側から、一体の人工ゴーレムが公都に向かってゆっくり歩いて来ていた。
(あの光の反射具合からして、外装は金属……おそらくは鋼あたりか。基本的に、対人用であるグリーンストーム拡散型では薙ぎ払えないだろう。だが、集束させれば鋼鉄すら易々と貫く。人工ゴーレムなどなんぼのものぞ)
ナイジェルは心の中で、自分を安心させるためにそんなことを考えていた。
「大丈夫」「いける」と言われ、自分でそう思っていても、実際にやってみなければわからない……特に最新技術などというものは。
「敵ゴーレム、十秒後に射程に入ります」
観測手からの報告に、意識を現場に引き戻す。
そして
「射程まで、三、二、一、入りました」
「撃て!」
その号令と共に、再び尖塔から緑の光が放たれた。
だが、今度は、一帯を薙ぎ払うのではなく、一本、人の腕程の太さの緑の光が、一直線に人工ゴーレムの胸元に飛び込み……貫いた。
貫いた光はやがて拡散し、消え去る。
後に残った人工ゴーレムは、ゆっくりと後ろ向きに倒れた。
「敵、撃破」
「うぉーーー!」
初撃成功時以上の歓声が、指揮所内に響く。
敵の秘密兵器にすら効果があったのである。
しかも、完璧に撃ち抜いた。
これは、もしかしたら勝てるかも……。
戦力差から、勝利など絶望的であると、末端の者たちまで思っていた中でのこの戦果。
希望が湧きあがってくるのは当然だったかもしれない。
だが、今回、その歓声は長くは続かなかった。
「敵、人工ゴーレムの増援です」
観測手の声が、指揮所内の歓声を打ち消した。
「数は?」
守備隊長ナイジェルが真っ先に冷静になり、尋ねる。
「数……約二十」
「報告された、ほぼ全数か」
ナイジェルが、情報部長官サリエリから聞いていた情報では、約二十体の人工ゴーレムの存在が確認されている。
それが出てきたのである。
だが、そこには当然の疑問が出てくる。
(今、完璧に撃ち抜いて見せたのに、なぜ出てくる? 虎の子の秘密兵器だろう? 集束型一発だったから、数で押せば行けると踏んだか? 敵は名将オーブリーだ、そんな安易なことを考えるとは思えんが……わからん)
とはいえ、グリーンストームを撃つ以外の選択肢は無い。
「集束型で迎え撃て。射撃手、射程に入り次第、撃て。その後も、準備が整い次第、連続射撃を許可する」
「了解」
いちいち、ナイジェルが指示を出すよりも、射撃手に連続して射撃させた方がいい。
実際に、二十体という数は脅威なのだ。
移動速度は遅そうではあるが、城門に取りつかれる可能性も、ゼロとは限らない。
連合の人工ゴーレムは、四列縦隊、つまり最前面に四体、二列目にも四体、といった具合に列をなして近付いてくる。
(あれは……一列目を貫いたグリーンストームが、威力次第では二列目のゴーレムも倒せる可能性があるのでは)
守備隊長ナイジェルは、そう考えた。
「敵ゴーレム、十秒後に射程に入ります」
今までと同じ報告手順で、観測手が告げる。
「北側以外の状況はどうか」
ナイジェルは、他の方角の観測手たちに尋ねる。
「東側、動きありません」
「南側、同じく動きなし」
「西側、動きないです」
何か違和感を覚えて、ナイジェルは観測手たちに尋ねたが、特に何もない。
(嫌な予感がする……)
予感、違和感、ただの勘……それらは、その人のこれまでの経験、知識に基づいて、脳が無意識のうちに出した結論とも言える。
戦場に立つ男であるナイジェルには、それらを無視することは出来なかった。
これまでも、そんな予感に命を救われてきたとなれば当然であろう。
とはいえ、現状では、グリーンストームを撃つ以外に、行動の選択肢はない。
「射程まで、三、二、一、発射」
ナイジェルには、グリーンストームが放たれた瞬間、敵ゴーレムの胸の前が白く輝いた様に見えた。
そして、グリーンストームは中心にいるゴーレムに到達し……何か白い球状の光が見えたと思ったら、あらぬ方向へ飛んだ。
「なんだと!」
「射撃……失敗」
ナイジェルの叫びと、観測手の報告は、指揮所内に重い沈黙をもたらした。
だが、それも続けての報告によりかき乱される。
「敵ゴーレム、移動速度が上がりました。走ってきます!」
「くっ。射撃手、充填完了次第撃て! 手旗信号、城壁に防御行動に移るように伝えろ。急げ!」
一気に慌ただしくなる中央指揮所。
指示を出し終えた守備隊長ナイジェルが、副隊長メレディスを指令所の隅に呼ぶ。
「メレディス、これはダメだろう。手はず通り、魔石を頼む」
「しかし隊長!」
ナイジェルの指示に、メレディスが小さく悲鳴のような声を出す。
「メレディス、これは命令だ! すぐに移動して準備をしろ。そして、城壁に取りつかれるのが見えたら、速やかに自分の仕事をしろ。いいな? 公国の存亡は、お前の肩にかかっている」
最後の方は、いっそ穏やかに隊長ナイジェルは告げる。
「隊長……」
「俺は公都と運命を共にする。頼んだぞ」
そう言うと、隊長ナイジェルは、副隊長メレディスを指揮所の外に送り出した。
グリーンストームが弾かれてから、三回の射撃が行われたが、三回とも全て弾かれた。
ゴーレムの胸の前に、白い光が発生した後、見えない何かにグリーンストームは弾かれて飛んで行き、消えた。
人工ゴーレムは、城門に取りつくと、殴り始め、城門はかくたる抵抗も無く弾け飛んだ。
それを確認した連合軍主力は、残してあった騎馬隊を出して一気に公都内に侵入。
各方面の城門を開けつつ、中央指揮所の占拠、尖塔の確保を行っていく。
公都全域が連合軍の手に落ちるのにさしたる時間はかからなかった。
公都が陥落した時、守備隊副隊長のメレディスは、すでに公都の南を、さらに南に向かって馬で駆けていた。
「隊長……これは、必ずお届けします」
何物かを入れた鞄を、大事そうに押さえて呟いた。




