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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
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0170 グリーンストーム

インベリー公国公都アバディーンは、平地に立つ都である。

公国一の広さを誇るアバン平野のほぼ中心に位置し、すぐ東を中央諸国でも有数の流域面積を誇るドニクルス川が流れている。

元々立地的にも商都であり、大軍を迎え撃つ要塞的な機能は高くはない。


そんな公都アバディーンは、四方を連合軍に包囲されていた。

独裁官オーブリー卿率いる連合軍主力は北側に陣を敷き、他の三方もネズミ一匹逃れることが出来ないほどの包囲陣である。



「閣下、降伏勧告から二十四時間が経ちました。奴らの回答期限ですが、何も反応はありませんな」

連合の中央軍指揮官であるリュシアンが報告する。

報告ではあるが、同時に決断を求めているのだ。

攻撃の許可を出してくれと。


「まあ、そうであろうな。しかたあるまい。攻撃を許可する」


想定外の事が起こらない限り、オーブリー卿が指示を出すのはここまでである。

以降は、リュシアンら前線指揮官たちが現場の判断で動くことになる。


(たまには私も戻りたいものだ……)

懐かしの戦場……元々軍人であったオーブリー卿は、戦場に立つと、郷愁にも似た感情に襲われることがある。

ある意味、『バトルジャンキー』なのかもしれない。




連合軍の攻撃が始まった。

公都を落とした後の事を考えて、城壁には攻撃を加えず、修理しやすい城門を突破する手はずとなっている。


『都』ともなれば、城壁も城門も、何らかの防御系魔法で守られているのが普通。

だいたいは錬金道具を噛ませて、どの属性の魔法使いでも魔力を流しさえすれば防御機構が働くようにしてある。

もちろん、魔力を蓄える働きのある『魔石』も連動し、常に魔法使いがついていなくとも問題ないようにしてあるのも、普通のことだ。

当然、『公都』であるアバディーンにもそんな魔法的な防御機構が備わっている。

タイプは、ごく一般的な『風属性の魔法による防御』である。



だが……、

「隊長、北城壁の防御機構が発動しません!」



守備隊長ナイジェルの元にもたらされたのは、絶望的な報告であった。

中央指令所に置かれた錬金道具と錬金石は問題なく稼働している。

だが、北側城壁の一部で『風魔法による防御機構』が展開していないのだ。


その城壁の一部というのは、

「城門……」

ピンポイントで、そこだけ不具合が生じるなどあり得ない。

「連合の奴らに破壊されたか」

いつの間にか、破壊工作を受けていたのである。

おそらくは、降伏勧告を待っていた二十四時間の間に。


ここで、公都守備隊長ナイジェルは決断を迫られた。


城の守備は、もちろん兵士も城壁の上に配置されているし、魔法使いも同様である。

彼らの働きで、ある程度はもつかもしれない。

だが、もたないかもしれない。


相手は『名将』オーブリーである。

魔法防御機構の落ちた城門など、初撃で突破する攻撃もあり得る。

そうなれば、全てご破算である。

「くそっ、やむを得ん。少し早いがグリーンストームを起動しろ。急げ!」



「閣下、もくろみ通り、城門の防御機構は落ちているようです」

「直前の確認作業を怠ったな。まあ、確認しても修復が間に合うとは思えんし、そもそも人が足りないのであろうよ」

「公都なのに、人が足りない?」

ランバーがオーブリー卿に尋ねる。

「そうだ、公都なのに、だ」

オーブリー卿が片方だけ口角を少し上げ、答えた。


「さて……何か隠し玉があるなら、そろそろ来る頃か」

オーブリー卿の呟きは、隣にいたランバーにも聞こえないほど、小さなものであった。




「隊長、グリーンストーム起動完了しました。敵騎馬隊、十秒後に射程に入ります」

「よし。初撃は拡散型で、できるだけ多くの敵を巻き込め!」

「射程まで……三、二、一、入りました」

「薙ぎ払え!」


その瞬間、公都アバディーン中央に立つ、ひときわ高い尖塔から緑色の光が発し、北側城壁を越えてその向こう、迫りつつあった連合軍騎馬隊を、一閃、薙ぎ払った。

薙ぎ払われた騎馬隊は、一瞬にして細切れになり、くずおれた。


「初撃、成功です」

「うぉー!」

中央指令所内に響き渡る歓声。

一人冷静を装う守備隊長ナイジェルも、小さくガッツポーズをしているのだ。

試射は何度か行っているが、本格的な砲撃は、今のが初めてである。

ぶっつけ本番に近い兵器が、見事その役割を果たしたのだ。


「さあ、来い、侵略者ども。何度でも切り刻んでやるぞ」

隊長の独り言は思った以上に大きかったらしく、隣にいた副隊長メレディスの耳にも届いていた。そして周りの者たちにも。



「これは……」

緑の光の一閃は、連合軍の主力部隊からも見えた。

そして、先鋒の騎馬隊が、ただ一閃で壊滅するのも見えた。

さすがのオーブリー卿ですら、二の句が継げなかった。


「か、閣下、あれは一体……」

オーブリー卿の優秀な片腕である、補佐官ランバーも混乱していた。

インベリー公国が、あれほどの物を隠し持っていたことに。

「魔導兵器、であろうな」

オーブリー卿は、絞り出すように言った。



魔導兵器……魔法と錬金術とを組み合わせて作られた、戦場での使用を前提とした大出力の武器のことを、魔導兵器と呼ぶ。

ただ、この時代においては、魔導兵器と呼べるほどの規模のものは、それほど多くない。


戦場で使用するほどの規模の、魔法現象を発現させるとなると、かなり高度な錬金術、冶金技術、そして魔法に対する深い理解が必要となる。

それらを全て揃えるのは、例えば三大国であったとしてもかなり難しい。

ネックとなるのは『高度な錬金術』と『魔法に対する深い理解』である。


高度な錬金術は言うまでもない。

ケネスやフランク級の錬金術師でなければならない。


その上で、『魔法に対する深い理解』……中央諸国においては、『決まった詠唱を行えば魔法が発動する』と理解されている。

それ以上でもそれ以下でもない。

魔法とはそういうもの、なのである。

そんな社会で、そんな世界で、『魔法に対する深い理解』を手にするのは非常に難しい。

それこそ、イラリオンのような魔法そのものに執着するような一部の変人でなければ……。


それら、越え難いいくつかの理由により、『魔導兵器』と呼べるほどの武器は、現実にはあまり存在しない。

だが、おとぎ話のレベルとして、かの『超帝国バビロン』の浮遊大陸には、数多の魔導兵器が備えられていたとか、勇者の武器『聖剣アスタルト』は、実は魔導兵器であるなどの話がある。



そんな魔導兵器とも呼べる物が、今目の前に現れ、味方の騎馬隊を薙ぎ払ったのだ。



オーブリー卿とランバー以外は、一言も喋れていない。

(魔導兵器か……これは驚いたな。インベリー公国の錬金術が進んでいるのは分かっていたが、これほどとは……。ん? 錬金術? そうか、考えてみれば人工ゴーレムも『魔導兵器』か?)


オーブリー卿はそこまで考えると、横にいるランバーに指示を出した。

「ランバー、急いで後方に行き、ドクター・フランクを呼んできてくれ」

「は、はい、かしこまりました」

そう言うと、ランバーは走って行った。


ドクター・フランク……人工ゴーレムの製造に成功した天才錬金術師、フランク・デ・ヴェルデその人である。




「くっはっはっはっはっは! わーっはっはっはっはっは。なんということだ!」


緑色の光が一閃し、先鋒の騎馬隊を切り刻んだ瞬間、フランク・デ・ヴェルデは大笑した。

彼らの周りの者たちは、それを咎めることなく、ただ光が一閃した前方を見たまま、言葉を失っている。


そんな中、一人フランク・デ・ヴェルデが独白を続けていた。


「本当に何ということだ! あれは、『ヴェイドラ』か? ヴェイドラじゃないか? ヴェイドラ……完成形とは思えんが、まあヴェイドラだな。じゃあ、なんだ? ケネスがいるのか? ケネスも王国を見限って、公国に亡命したか? いや、それはないな。あやつは両親を大切にしておった。親を置いて他国には行くまい……であるなら、なぜヴェイドラもどきが公都にある? もっとも考えられるのは、研究成果を盗まれた……か。あり得るな。ケネス自身はそんな間抜けなことはするまいが、研究成果を提出した先からの流出なら、十分あり得るな。まったく……人の成果を盗むなど、クズ同然の所業。まあ、どちらにしろ……」

そこでニヤリと笑って続けた。

「対ヴェイドラの試験運転にはなるだろう」

そう言って、フランク・デ・ヴェルデは、クククと笑った。


オーブリー卿の命令で、ランバーがやってきたのは、そんな時であった。



「閣下、お連れしました」

ランバーが言うも早く、フランク・デ・ヴェルデはかかったように言った。

「ゴーレムを出すぞ」

「ドクター・フランク、もちろんそのつもりです。ただ、あの緑の光が何なのか知りたいのだが」

オーブリー卿は、フランクの願いを聞き届けることを確約し、緑の光についての情報を引き出そうとした。


「うむ、あれは『ヴェイドラ』だ。恐らく、ヴェイドラもどきだが……まあ、ヴェイドラだ」

「その、ヴェイドラとは?」

「『王国の』秘密兵器」


そういうと、ドクター・フランクは片頬だけで嗤う。

聞いたオーブリー卿は、さすがに驚いた。

王国の秘密兵器が、なぜか公都にある。



(いや、今はそれはいいか。ドクターが、そのヴェイドラについてかなり詳しそうなのが、まだこちらに運がある証拠だ。王国の魔導兵器ということは、ドクターが王国にいた頃に開発したか、あるいはもう一人の天才ケネス・ヘイワード男爵か。どちらにしろ、人工ゴーレムで対処できる可能性はありそうだ)


オーブリー卿がそこまで考えたところで、ドクター・フランクが追加の情報を出してきた。

「あれは、風属性の魔法で、風の衝撃波を生み出しているのだ。一つ一つの衝撃波が細かいために切り刻まれたようになるが……ちと試してみたいことがある。ゴーレム、一体は壊れるかもしれんが、戦場である以上、犠牲は仕方ないであろう?」

「ええ、そこはお任せします。兵の命を試しで犠牲にと言われればためらいますが、ゴーレムならばお好きなように」


ドクター・フランクの確認に、問題なしと即答するオーブリー卿。


「よし。ゴーレム初号機をまわせ!」

ドクター・フランクは、左手に持った小さな錬金石に声を発した。

それは、ゴーレム隊にいる部下への連絡用錬金石である。

ドクター・フランクが、王国にいる時に作った物と同じ機構であるが、魔力貯蔵用の魔石を外側の魔石とは別に内部に入れ込み、魔法が使えない者でも使用可能にしたものである。


もちろん、ドクター・フランク自身は、錬金術師であるがゆえに、魔法も使える……しかも火と風の二属性。

だから、魔石の中に別の魔石を入れ込んだのは、自分のためではない。

他の誰かのためと言うわけでもない。


出来そうだったからやってみた。

やってみたら出来た。

ただそれだけ。


ドクター・フランクは、別にマッドサイエンティストというわけではない。


他の誰かに迷惑を掛けそうなことであれば躊躇するであろう……最終的にはやってしまう可能性はあるが、他の人の人生を変えてまで興味の追求をしようとまでは思うまい。

だが、そこまで深刻でないのであれば……やってみたいと思えばやってみる。


ドクター・フランク、フランク・デ・ヴェルデとは、そういう男であった。


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