0169 リョウの弟子
ナイトレイ王国東部。国境の街レッドポストまであと四日の距離。
ルンの街を発った遠征軍は、途中で、他の南部の街から進発した遠征軍と合流しながら進んでいた。
「結構壮観だよな」
涼の横に来たアベルが、涼の後ろに連なる『台車列』を見て言った。
「なんですかアベル。ここに来ても、食料はあげませんよ? 朝昼晩の食事の時だけだと、ヒューさんに口を酸っぱくして言われていますからね」
「いつの間に、俺は腹ペコ冒険者になってるんだよ……」
「僕の目を盗んで取っていこうとしても、瞬間冷凍してしまうトラップを仕掛けていますからね。盗もうなんて思わないことです」
「なんて仕掛けをつけてるんだ……」
仕掛けが怖いのか、今までとは違った目で台車列を見るアベル。
もちろんそんな仕掛けは無い。
ちょっと前に、ヒューやアベルといったリーダー陣が会議をしていた時に、不届き者が台車に手を出したことがあった。
涼が完全密封している台車であるから、当然他の人間が開けることなど不可能なのであるが、ちょうど良かったので、その時、見せしめに凍らせたのだ。
周りではやし立てていた仲間らしき者たちの表情も同時に凍ったのは面白かった……涼はそういう奴である。
それ以降、台車に手を出すと凍りつくという噂が、遠征軍の中に拡がったのは仕方のない事であった。
「なあ、リョウ」
「なんですか? また、お金?」
「いや、金せびったことないだろ! って、これ、前もやらなかったか?」
「同じネタを何度もやるのは仕方のない事なのです……新しいネタを作るのも大変なのですから」
「何でネタになってんだよ……そもそも、お前誰だよ……」
すごく疲れた顔になるアベル。
だが、気になることがあるため、気を取り直して涼に尋ねる。
「台車の上に……けっこう人が座ってないか?」
「よく気付きましたね。疲れやすい人たちが座っていると思います。乗り降りしやすいように、氷の階段もあるでしょう?」
台車の外観も、ルンの街を出発した時よりも少しだけ変わっていた。
少し急ではあるが、外から台車の上に上がれるように氷の階段が付けられている。
「やっぱり、魔法使いっぽい奴らが多いな。前衛は体力あるが、後衛はどうしてもな……」
アベルは、台車列の上を見ながら言った。
「まあ、仕方ないですよね。ちなみに、最初に上に乗りたいと言ってきたのは……」
「まさか……うちの……」
「ええ、リンです」
「ああ……」
「次に、リーヒャが」
「ああぁ……」
「最後に、ウォーレンが」
「ああぁぁ……いや、それは嘘だろ! ウォーレンはそんなこと言わないだろ」
「さすがパーティーリーダー。メンバーの事、よくわかっていますね」
「おい……」
さっき以上に、疲れた顔になったアベルが、そこにはいた。
「東部に入ってから……多いよな」
アベルはすれ違う人たちを見ながら言った。
「インベリー公国の人たちでしょうね。戦火を逃れて王国に来たのでしょう」
大きな荷物は持たず、手に持てる荷物だけ抱えて、インベリー方面からやってくる人たちは、かなり多くなっていた。
そんな中、前方から二台の幌馬車がやってくるのがアベルの目に入った。
「珍しいな、幌馬車を二台連ねて逃げてくるとか……商人か?」
アベルの言葉に、涼は先頭の馬車の御者台に目を移した。
「シャーフィー?」
思わず口に出す。
御者台の男も涼の方を見て、目を見開いて驚く。
「リョウさん?」
男は呟くと、慌てて馬車を停めた。
そして大きな声で叫ぶ。
「リョウさん!」
それは、元暗殺教団幹部で、現在はゲッコーの護衛隊に入っているはずの男、シャーフィーであった。
シャーフィーの声が聞こえ、馬車も停まったからであろうか、馬車の中から少年少女が飛び出してくる。
そして、涼を見つけて声をあげた。
「リョウ先生!」
そう言うと、まだ十歳になったばかりの少年が涼に飛びついた。
他の子たちも涼の周りに集まり再会を喜んだ。
「みんな……」
それは、ゲッコー商会で働く子たちで、涼の弟子五人も含まれていた。
「無事でよかった……」
涼の目には、うっすらと光るものがあった。
「彼らを王国南部まで?」
「ええ。ゲッコーさんからそう指示されています。ルンとアクレに。どちらにも場所は確保してあるそうです」
涼の問いに答えるシャーフィー。
アクレは、南部最大の街で、ハインライン侯爵領の都である。
「とりあえず、俺らは国境を越えられましたけど、俺らが越えたすぐ後に、連合軍が国境にまで進出してきたという噂がありました」
「なるほど。まあ、みんなが無事でよかったです。あと、ゲッコーさんたちは、まだ公国にとどまって?」
「ギリギリまで物資の供給を行うみたいですが……」
そういうと、シャーフィーは首を何度も横に振る。
さっさと脱出すればいいのに……表情はそう語っていた。
「国を代表するほどの商人ともなれば、いろいろ難しいこともあるのでしょう。とりあえずは、あの子たちの無事が確保されるのが一番ですね。ルンは、僕が住んでいる街ですがとてもいいところです。辺境であるが故か、外からのものを受け入れやすい街の雰囲気です。この子たちも馴染めるでしょう」
結局、涼が立ち話をしている間、台車列は全て停止しているため、遠征軍自体も臨時休憩となった。
そのため、涼は弟子たちの進歩した魔法を見ることが出来た。
五人全員が、かなり硬いアイスウォールを生成できるようになっていたのには、素直に驚いた。
やはり日々の努力こそ最も重要、改めてそう確信させるのであった。
シャーフィーが引率する幌馬車隊を送り出してから、涼の表情は目に見えて明るくなっていた。
今までも、決して暗いというわけではなかったのであるが、アベルのように比較的付き合いの長い者からすれば、気に掛かるものが表情に影を落としている、そう思わせたのである。
「彼らが、リョウの弟子たちか。先生って呼ばれていたな」
「ええ。とても素直ないい子たちです。僕がいなくとも毎日練習し続けていたみたいで、かなり硬い氷の壁を生成できるようになっていました。あれなら、アベルの剣も防げるかもしれませんね」
「マジかよ……」
十代にして非常に硬い氷の壁を生成できる子供たち……末恐ろしい。
将来を想像して、アベルがちょっとだけ震えたのは内緒である。
「しまった……」
突然、涼が呟いた。
「どうした?」
「ついでに、<氷棺>も教えておくのでした……あれなら、相手を凍らせられますしね」
「いや、それはやめてくれ」
「いちおう、リョウがインベリー公国に行く理由は無くなったんだよな?」
元々、涼は、彼ら弟子たちの安否確認で行こうとしていたのである。
それが、国境を越える前に出会うことができ、なおかつ自国内で保護できることが分かったので、わざわざ危険な戦場に行く必要は無くなったのだ。
「まあ、そうなんですけどね。でも、荷物持ちとして雇われた以上は、台車に乗った糧食と武器、あるいはポーション類などなど、きっちり届けますよ。ヒューさんにも、無理言って遠征軍に入れてもらいましたからね」
この辺りは、結構義理堅い涼である。
いや、契約なのだから当たり前なのか?
「台車たちの設定を、『僕に追随』から『アベルに追随』に変更すれば、必ずしも僕が行く必要はないんですけどね」
「うん、そういうのはやめてくれ」
涼はそういう奴である。
避難してきた子供たちと別れて以降、目に見えてインベリー方面からの避難民の数が減っていた。
「連合が国境を封鎖したらしいって言ってたから、それでしょうかね」
「多分な。王国と公国の国境は、間に流れる川、フェッロ川の中央だ。そこに、両国をまたぐ橋がいくつか掛かっている」
「そういえば、そんなのがありましたね……」
涼も国境を越えたことがある。
「リョウ、インベリー公国に行ったときにお金を下ろし忘れて行ったんだって?」
「ええ……あれは悲しい思い出でした。そのせいで、暗殺者の村を壊滅させることになったのは残念です」
涼はそう言いながら、首を横に振った。
「暗殺者の村……そんなのがあるのか……」
「ですが、今回はすでにお金は下ろしてあります! 僕も成長したのですよ。暗殺者の村は、王国東部にありました」
「おい、東部ってどういうことだ!」
涼が、最後に付け足すかのように言った言葉に、アベルは激烈に反応した。
自分の国に暗殺者の村があったと言われれば、驚くのは当然かもしれない。
「そんなに激しく言わないでください。彼らも生きていかなければいけないのですから、仕方ないのです」
「いや、そういう問題なのか……」
「それとも、また国王の次男のふりですか? アベルも、もう大人なんですから、俺は王子様~という年齢でもないでしょうに」
涼はそういうと、わざとらしく深いため息をつき、やれやれと言った感じで肩を竦める。
見ていて、アベルはイラッとした。
そんな馬鹿話をしているうちに、遠征軍は東部国境の街レッドポストに着く。
着いたのだが……。
「街から人が溢れている……」
レッドポストは、難民の街と化していた。
 





