0166 報告
閉鎖都市イースト裏通りにある『コロンパン』。
生クリームパンやジャムパンなど、ひと手間かけたパンが人気なパン屋である。
その地下室に、コーンはいた。
「コーン、報告を」
目の前にいるのは壮年を通り越して、初老に差し掛かろうかと言う男で、店の常連には店主だと思われている男である。
だが、最近体調を崩しており、代わりに次男坊であるコーンが手伝っている、という話になっていた。
そんなコーンが報告を始めた。
「目的通り『第五エリア』への潜入に成功した。奥で、『新兵器』と思われるものの実物を見た……だが……」
そこでコーンは言い淀んだ。
「何だ、はっきり言え。お前の報告に国の命運が懸かっているんだぞ」
決して声を荒げたわけではないが、長い間、この任務に就きながら心も壊さず、国に報告し続けてきた実績から来る自信であろうか、『店主』の声には言い知れぬ圧力があった。
「わかっているんだが……なにぶん『新』兵器だからな。基本的に初めて見るものだろう?」
「ふむ、言いたいことは分かる」
コーンの言い訳じみた言葉に、小さく店主は頷いた。
「だが、伝え聞くところと、俺の経験によると……連合の新兵器はゴーレムだ」
コーンが言葉を切っても、店主は何も話さない。
しばらくそのままで、しびれを切らしたのはコーンであった。
「おい、聞いているのか?」
その言葉に、店主は跳ね起きた。
「ああ、すまん。ゴーレム……と言ったな?」
「ああ、ゴーレムだ。全長二メートル半、オーガくらいの大きさの、四本脚。上半身は人間の様な胴体に二本の手と頭があった」
コーンのその報告に、店主は唸った。
中央諸国において、人工のゴーレム製造に成功した国はない。
それでも、『野生の』ゴーレムはいる。
滅多に出会うことは無いし、形も様々である。
かつて、涼とアベルがロンドの森からの帰還途中で出会ったのは、外見はまるで岩のゴーレムであった。
そんな風に、野生のゴーレムはおり、その中には、極めて稀だが一見生き物に似た物もいるという。
さらに、中央諸国においては人工ゴーレムが作られた例はないが、西方諸国においては『ゴーレム兵団』とも呼ばれるゴーレムの軍団がある。
その話は、吟遊詩人などによって一般にも流布されており、コーンも知っていた。
今回のものは、四本脚ではあるが、上半身は人間的でもあり、コーンが思い描いてきた人工ゴーレムに近いものではあった。
そのために、『新兵器はゴーレムだ』と報告したのである。
「で、そのゴーレムの素材と数は?」
「素材は不明。表面は、遠目には金属に見えた。数は二十体ほど。ただし、その場で見たのが二十体ほどなだけで、それ以上の可能性もある」
「最低二十体の金属ゴーレム……」
店主の声は消え入るように小さくなっていった。
西方諸国のゴーレムは、伝え聞くところによれば、一体でB級冒険者五人の戦闘力に匹敵するという。
もし、それと同程度であれば、二十体のゴーレムはB級冒険者百人に匹敵……。
「どこの超大国だ……」
想像したくない光景であるが、少なくとも本国に知らせなければならない。
だが、これまで中央諸国のどの国も不可能であった人工ゴーレムの製造……これを成し得るには生半可な錬金術師では不可能である。
連合の錬金術のレベルが決して高くないことを考えると……。
「中心となった錬金術師は誰だ? それも見たのであろう?」
「ああ、見たよ。これは、かつて見かけたことがあるから間違いない。ナイトレイ王国の天才錬金術師フランク・デ・ヴェルデだ」
「馬鹿な……」
コーンが告げた名は、さすがに衝撃的であった。
フランク・デ・ヴェルデと言えば、今代を代表する錬金術師であり、普通そのレベルの錬金術師は、一生国外に出ることは禁止される。
その才能は国の宝だからだ。
非人道的と言われようが……帝国に比べればかなり甘いと言われる王国であっても、である。
そんな才能が、敵国で、しかも兵器開発の中心にいるというのは……。
だが、判断するのは彼の仕事ではない。
それは本国が行うことだ。
ここにあるよりも、詳細で広範な情報が本国の情報部には集まっているはずだからである。
「わかった。本国に連絡する。ご苦労だった」
そういうと、店主は連絡用の文章をしたため始めた。
地下室を出たコーンは一伸びすると、呟いた。
「我が第二の故郷も厳しいことになりそうだ」
コーンが、第五エリアから情報を持ち帰って四日後。
インベリー公国公都アバディーンにある公城の一室で、インベリー公爵ロリス・バッジョは報告を受けていた。
「つまり、フランク・デ・ヴェルデ製作の、最低二十体の人工ゴーレムが連合の新兵器ということか」
「はい、そうなります」
報告をするのは、インベリー公国情報部長官ジョゼッペ・サリエリである。
「なんとも嬉しくない報告だな」
ロリスは顔をしかめながら言った。
それも当然であろう。
そもそも、連合と公国の戦力差は十倍以上の開きがある。
その上さらに、人工ゴーレムなどという新兵器が出てくれば、とても勝ち目があるとは思えなかったのだ。
すでにのっぴきならぬ情勢であり、戦争は避けられなくなっている。
王国にも、援軍の打診をしているが反応は芳しくない。
王都騒乱の件は、当然ロリスも報告を受けており、王国騎士団など援軍を期待するのが難しいということは理解できている。
だが、それにしても、王国の動きは想像以上に鈍い。
「やはり、他国などあてにならぬということか」
ロリスの呟きはサリエリ長官の耳にも聞こえた。
もちろん、その言葉の意味するところは完璧に理解している。
「我が国独自の防衛力として、『グリーンストーム』がございます」
サリエリ長官が力強く断言する。
「まあな。ゲッコーが魔石を調達してくれたから、なんとか間に合ったが……。だが、一基であろう? 核部分は二基分あるが、あの大きな魔石二個でようやく一基が動くという燃費の悪さ……。結局、動かせるのは一基だけ。二基同時には動かせぬ。さて、どこに設置するか……」
「当初の設計であれば移動式で、戦場にまで持って行けたのですが……」
サリエリ長官が悔しそうな顔で言う。
「仕方あるまい。連合の動きが予想以上に早かったのだ。いろいろ間に合わぬのはやむを得ぬ」
「連合の展開可能戦力は二十万。帝国国境と王国国境にいくらかの兵を残すとして、我が国に差し向けてくる戦力は六万……。そのうち騎士団が五千、魔法団が二百、冒険者が千。残りが徴兵した民と」
インベリー公爵ロリス・バッジョは、報告書に書かれた内容を呟いていた。
「こちらは、騎士団五百、魔法団三十、冒険者は……せいぜい百。民をかき集めても一万にはのるまい……」
作戦は既に決定している。
これまでに、何度も公国軍の中枢において机上演習を繰り返して練ってきている。
ロリスの目から見ても、それ以外に手があるとは思えない。
だが問題は、その作戦ですら上手くいかない可能性が高いということだ。
他に比べればまだまし、という程度なのである。
そこで、ノックの音が響く。
「閣下、ゲッコー殿が参られました」
「通せ」
インベリー公国を代表する大商人ゲッコーは、非公式に公国政府の貿易大臣という噂すらある人物である。
そして、ロリスが最も信頼する男の一人でもあった。
「閣下、お呼びにより参上いたしました」
「ああ、ゲッコー、連合の新兵器の概要が判明した。ありていに言って、公都は守り切れん。フィオンの準備を整えたら、すぐに逃げろ」
あまりと言えばあまりの言葉。
頭の回転の速さでは、公国でもトップクラスのゲッコーですら、話を理解するのに数瞬かかった。
「焦土戦略で抵抗するしかないと?」
敵を出来る限り自国の奥深くまで引き入れ、途中の街や村は先に破壊しておき、民も逃がしておき、敵の補給線を徹底的に引き延ばす。
さらに延びた補給線を局地戦で何度も寸断して前線に物資が届かないようにし、敵が限界に達したところで反撃して勝利する。
敵を倒すことが出来たとしても、街や村はボロボロになり、民の生活も非常に苦しくなる。
戦後の復興は恐ろしいほどの困難さを伴うものとなるであろう。
為政者ならば、最も採用したくない戦略の一つであるが、それしかない。
ロリスはそう判断したのである。
軍が提示した作戦の中でも、最も採用しがたい作戦。だが、連合の新兵器が、この作戦の採用を決定させた。
ロリス・バッジョは、公爵であり、国のトップであり、優秀な情報部を抱える国の支配者であるがゆえに、一般に知られている以上に西方諸国のゴーレム兵団についての詳細な情報を持っている。
今回の人工ゴーレムを作った者が、どこかの有象無象であれば、西方のゴーレム兵団ほどの力はあるまいと判断したであろうが……。
だが製作者は、かのフランク・デ・ヴェルデである。
十年前まで、『天才錬金術師』という言葉は、彼のためにあった言葉であった。
その後、ケネス・ヘイワードという若き天才が出てきたが、それでもフランク・デ・ヴェルデの名が色あせることは無かった。
むしろ、フランクとケネスは互いに切磋琢磨し、王国の錬金術を二十年早めたとさえ言われたのである。
そんな天才の片割れが作っているとなれば……決して西方諸国のゴーレムに劣るものではないであろう。
そうなれば、公都までで連合の進軍を防ぐことは出来ないであろうと、すでにロリスは腹をくくっていた。
そのために、ゲッコーを呼び、逃げるように指示したのである。
「ああ、国全土を使っての焦土戦略にならざるをえん。為政者としては失格の烙印を押されるであろうがな」
ロリスは自虐的に言い、皮肉めいた笑いを上げた。
そして、笑いを収めてから言葉を続ける。
「ゲッコー、この戦いに勝ったら、復興に最も必要となるのはお主ら商人たちだ。国内の物資は枯渇し、民は飢えるであろう。一刻も早く他国からの物資の搬入が必要になる。そのためにも、逃げておいてほしいのだ」
戦いの帰趨を正確に予測し、戦いが始まる前から手を打っておく。
それはどんな国においても当然のこととはいえ、そのまま逃げられてしまわないか、裏切られるのではないか、そう考えるのもまた当然である。
だが、ロリスはゲッコーとその商会を信頼していた。
若い者たちは他国に逃がすであろうが、それでも戦いが終われば復興を手伝ってくれるであろうと。
「わかりました。幸運にも、農業大国である王国とは太いコネクションがございます。復興に関しては、全てお任せください」
ゲッコーは力強く断言した。
今、ロリスが最も欲しい言葉が、それであるとわかっていたからである。
「頼む」
ゲッコーが部屋を出て行き、ロリスは一人になった。
目の前には、インベリー公国とハンダルー諸国連合が描かれた地図がある。
その地図を見ながら、小さい声で、だが力強く、ロリスは言い切った。
「我々は、二度と、奴隷には戻らない」
次話、ようやく涼登場です。




