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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
178/930

0165 コロンパン

新章開始です。

ハンダルー諸国連合首都ジェイクレアから東へ十五キロ。

そこは閉鎖都市イースト。

連合政府直轄都市であり、『閉鎖都市』の名が示す通り、一般の国民はもちろん、貴族ですら特別な許可を得た者しか入ることが出来ない場所である。

出るのも入るのも、極めて厳重な管理が行われているそんな街の中に、コーンはいた。



ハンダルー諸国連合の南にあるインベリー公国。

『大戦』の結果、完全独立を果たした国。

そのインベリー公国のC級冒険者であり、同時に公国の間者的仕事を請け負うこともある男、それがコーンである。


彼は、涼と共にジュー王国第八王子ウィリー殿下をナイトレイ王国に送り届けた後、インベリー公国から、ハンダルー諸国連合ジェイクレアへの潜入指令を受けた。

そしてジェイクレア潜入後、様々な諜報活動の結果、閉鎖都市イーストで『新兵器』が開発されているとの情報を得る。

その『新兵器』の詳細を調べるのが、新たな依頼となっていた。


閉鎖都市イーストへの潜入は困難を極めたが、そこは経験豊富なコーン、なんとか潜入を果たし、今日にも兵器工房で情報を得ることが出来そう、というところまで来ていた。



コーンの中には、一つの大きな疑問があった。

この世界で『兵器』と言えば、多くの場合、錬金術によって生み出されるものである。

王国や帝国は、錬金術においても超一流……だが、ハンダルー諸国連合の錬金術は、はっきり言って大したことはない。


かつて、連合の錬金術を支えていたのは、属国であったインベリー公国であった。

だが、大戦によってインベリー公国が完全に独立し、どちらかと言えば連合の敵に回った現在、連合の錬金術のレベルが高いはずはないのだ。


だが、『新兵器』が開発されているという。

しかも実戦投入目前。


それほどの錬金術をどこから手に入れたのか。

もっとはっきり言うと、それほどの錬金術師をどこから連れてきたのか。

それが、コーンの疑問であった。


「まあ、潜入できればわかる……か」

そんな独り言を呟き、コーンが操る荷馬車は兵器工房入口に着いた。

兵器『工房』となってはいるが、兵器の試射のためか、広大な敷地である。

入口では、毎回厳しいチェックを受ける。


「まいど。コロンパンです」

「おお、コロンか。いつもご苦労だな」

『コロン』は、コーンの偽名である。

「うちは有り難いですよ。倒れた親父の治療費、かなりかかるので、稼がせてもらわないと」

そういうと、コーンはいつも通り、荷馬車の入口をめくり、衛兵が調べやすいようにする。


コーンは、自身の潜入調査のため、何も変な道具などを持ちこんだりはしない。

そのため、どれほど詳しく調べられても痛くもかゆくもなかった。


「よし、問題無し」

たっぷり五分間、衛兵二人で、箱や樽を開けて調べられた。

「コロン、今日も第一搬入口か?」

「いえ、今日は第五搬入口に持ってくるように言われているのですが……」

コーンがそういうと、衛兵たちの雰囲気が変わった。


「第五か……。そうなると、お前ひとりで行かせるわけにはいかんな。二人、コロンについていけ。コロンも場所を知らんだろ?」

「ええ、助かります。昨日、第五に、と言われたんですが、場所知らないしどうしようと思ってたところだったんですよ」


もちろん嘘である。

場所は完璧に把握している。

だが、第五搬入口のある通称『第五エリア』に入る外部業者は、必ず衛兵が付き添うことも調査済みである。


「コロンのパンは美味いからな……それにしても、ついに『第五』にまで進出とは恐れ入ったな」

そういうと、工房衛兵隊長は笑った。



『コロンパン』

このパン屋自体は、コーンが作った店でもブランドでもない。

二十年前から閉鎖都市イースト内にある、小さいながらも評判のパン屋だ。

だが、その実態は、属国時代からインベリー公国情報部が設置運営していたパン屋である。

普段は、決して表の諜報活動に使われることはなく、怪しい人間の出入りすらない普通の街のパン屋を装ってきたのであるが、今回は特に本国情報部からのお達しがあった。


曰く、全ての諜報資源を費やしてでも、情報を確保せよ。


つまり、二十年間ばれずにきた『コロンパン』の情報拠点を失ってもいいから、『新兵器』の情報を集めろと。

閉鎖都市の情報拠点など、数十年かけなければ確保できないものである。

それを失ってでも手に入れなければならない情報……話を聞いた時には、さすがのコーンも驚きを禁じ得なかった。



まさに、国の存亡をかけた諜報。



『第五エリア』は、兵器工房の中でも最も奥まったエリアであり、他の四つのエリアとは隔絶した場所だ。

錬金工房で働く者たちの中でも、特別な資格と審査を経た者だけが、ここで働くことを許されていた。


「いつ来ても、ここは物々しいな」

「ああ。工房の中でも、ここは別格だからな」

コーンを引率する衛兵が、そんなことを言いながら荷馬車の前を歩いている。

「ここって、特別なんですか?」

コーンが、二人の話に乗っかるようにして質問する。

「特別だ。コロンも下手な行動はとるなよ。攻撃魔法を放てる衛兵とかもいるからな」

「それは、怖いですね」

衛兵の一人がコーンのためを思って、注意してくれる。


『第五エリア』内には、物見塔とでもいう様な高さ十メートル程の石造りの塔があちこちに建っており、それぞれ複数の衛兵がエリア内を監視している。

(あそこから弓を射られるのは厄介だな)

コーンは、もしもの場合の逃走ルートを考えながら、手綱を握っていた。




第五エリアに入ってからも、第五エリア専門の衛兵による数回の検査の後、ようやく第五搬入口に到着することが出来た。


「ものすごい検査でした……」

「だろ? ここは特別なんだって。搬入口には、もっとたくさんの衛兵がいるぜ。もちろん、その先には入れないから、搬入口でパンは渡すことになるな」

付き添いの衛兵は、そんなことを教えてくれた。


ここでコーンの計画が崩れる。

(搬入口に多くの衛兵って……それはまずいな。奥までいけないと情報は手に入らないよな……多分。あとは、運しだいか……)


第五搬入口では、付き添い衛兵が手続きをして、馬車ごと搬入口に入ることが出来た。

そこには、三十人近くの衛兵が待ち受けていたのだ。

(なんだ、この数は……)

さすがに、これは想定外であった。

これまで何度か入ったことのある第一、第二搬入口は、どちらもせいぜい二人程度の衛兵しかいなかったのだが、ここはその十倍以上……。


「よし、荷物を降ろすぞ。お前がパン屋だな。降ろすのと運ぶのは俺たちがやる。お前は中身が何かを、その都度言え」

「は、はい」

コーンは返事をし、言われた通りに中身を伝えていく。



残り箱二つとなったところで、

「あ、その小さい箱は特別製で、何でも『ドクター』という方の特別注文だと、昨日第一搬入口で言われたのですが……」

そう言うと、衛兵たちの雰囲気がザワッと変わった。


「マジか……。他には何か言われなかったか?」

三十人の衛兵の隊長と思しき人物が尋ねる。

「温かい状態で、直接届けろと」


コーンはそういうと、辺りを見回した。

多くの衛兵が小さく首を振っている。


「ああ、やっぱり……」

隊長は小さく呟いていた。

(これは……脈ありか?)

コーンは少しだけ期待して待つ。


「しょうがない。ドクターの仰せだ。俺が連れて行く。他に二人、ついて来い。パン屋、その箱を持ってお前もついて来い」

コーンは慌てて、小さめの箱、錬金道具で保温機能のある、『コロンパン』にも一個しかない特別製の箱を持って、隊長の後についていった。

(俺の運も、まだまだ捨てたもんじゃないな)

心の中でそう呟きながら。




コーンが連れて行かれた部屋は、搬入口からは相当な距離があった。

扉の上には、『第五整備室』の札。

両開きの扉は、かなり大きめである。


衛兵隊長はその扉をノックして、中からの返事を待たずに入っていく。

箱を持ったコーンもそれについて入って行った。


「ドクター、パン屋が来たので連れてきましたよ。ここは部外者を入れちゃダメなんですから、無理な要望はやめていただき……」

「おお、ついに来たか! さあ、こっちへ」

隊長の小言を、ドクターと呼ばれた初老の男性は遮り、コーンを呼んだ。

隊長はいつもの事なのだろうか、ため息を一つついただけであった。


「昨日、所長のところで食べた『特製コロンパン』、あれは傑作だった。その箱は、保温の錬金箱だろう? よしよし、要望通り。さあ、一つくれ」

『ドクター』は、年齢は六十代半ばであろうか、長く伸びたままの白髪に、同じように髭も白く伸びていた。

研究機関で白衣と呼ばれているらしい服を着ているのだが、杖を持たせれば立派な魔法使いに見えるであろう。


初老と呼べる年齢であるにもかかわらず、目には力強さがあり、背筋もピンと伸び、接する者にある種の威圧感を与えるタイプの人物である。

だが、それ以上にコーンが驚いたのは、『ドクター』と呼ばれた人物そのものであった。

それは、他国の人間であるコーンですら顔を知り、名前を知る人物。

いうなれば、国の中枢近くに長くいる人物ということである。



だが同時に、ここにはいるはずのない人物。



そう、本来、『ドクター』がいるべきは、『連合』ではなく『王国』

兵器工房ではなく錬金工房、または魔法大学。


ナイトレイ王国を代表する二大錬金術師の一人にして、『(たくみ)』の二つ名を持つ男。

それが、目の前の男、天才錬金術師フランク・デ・ヴェルデであった。



「うん、これこれ。本当に美味い。ちゃんと注文通り三個、ある? そうかそうか、では残り二個は受け取ろう」

そう言うと、『ドクター』ことフランクは手つかずの二個の特製コロンパンを受け取ると、部屋備え付けの保温箱に入れた。


「よし、これでまだ頑張れるな。パン屋……確かコロンだったか? 明日も注文を……」

「ドクター、連日はダメです」

ドクター・フランクが明日の分を注文しようとすると、衛兵隊長が止めた。

「むぅ、ケチだなぁ。規則なのはわかっているが……なら、明後日な。今日と同じ三個」

「は、はい、注文承りました」

そういうと、コーンは頷いて了承した。


そして、ふと横を見た。

そこには、壁前面が透明な水晶製の窓になっており、窓の向こうの部屋の奥に……。

(あれは……)


「おい、パン屋、行くぞ」

「あ、はい」

隊長に促され、コーンは部屋を出た。

窓の向こうの光景を、脳裏に焼き付けながら。


本章の前振りは、「0140 <<幕間>>」と「0164 <<幕間>>」です。

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