0163-2 <<幕間>> 十号室の冒険 下
本日12時に、『0163 <<幕間>> 十号室の冒険 上』を投稿しております。
そちらを先にお読みください。
阿鼻叫喚。
アゾーン村の状況を一言でいえば、その四字熟語がぴったりであった。
村のあちこちには、何か鋭くて巨大な刃物によって切断されたかのような死体が転がり、村人や商人たちは混乱の極にあった。
「おい、何があった!」
剣士バンダッシュが、城門付近に倒れていた衛兵を見つけて尋ねる。
同時に、テレンスが、その衛兵の傷をヒールで癒す。
「ワイバーンだ……ワイバーンが現れた」
衛兵は、ようやくそれだけを口にした。
「ワイバーンだと……」
バンダッシュはそれだけ言うと、何も言えなくなった。
無論、彼だけではない。そこにいた全員が、無言になった。
ワイバーンは、他の魔物たちとは格が違う。
『風の防御膜』と呼ばれる風属性魔法によって、常時、攻撃をノーダメージにしてしまう。
その上、不可視の風属性攻撃魔法エアスラッシュやソニックブレードは、人間の魔法使いが放つ攻撃とは、比較にならない程に巨大で強力だ。
そう、一撃で複数人の身体を切断してしまえるほどに。
それほどに強力な魔物であるため、討伐の際には、かなりの準備が必要となる。
C級以上の冒険者が、最低でも二十人。
しかも魔法使い多めで。
普通の攻撃が通じず、攻撃魔法も弾かれる。
そのため、ワイバーンが疲れて風の防御膜が消えるまで、攻撃し続けなければならないからである……魔法で。
一行は代官所に向かった。
緊急時、中心となって対応するのは、この村の場合は代官所だからだ。
だが……そこはすでに、瓦礫と化していた。
「ひどい……」
そう呟いたのは、長姉で火属性の魔法使いのアッシュ。
「やっぱり、ワイバーンのエアスラッシュは強力ね」
そう言ったのは、次姉で風属性の魔法使いのナッシュ。
「他に比べて徹底的に破壊されている……攻撃、または反撃して、ワイバーンの怒りを買った……」
末妹で土属性の魔法使いのカッシュが、見てきたかのように言った。
三姉妹の中で、最も論理的な思考に長けているのが、末妹である。
「どう見ても、生存者はいないな」
剣士バンダッシュの呟きに、ニルスも頷いた。
それほどに、徹底的に破壊されていたのだ。
「ここにいると、同じ輩だと思われる」
末妹の呟きと同時に、遠くから声が上がった。
「また来たぞ!」
その声が聞こえて五秒も経たないうちに、ワイバーンは代官所に達していた。
そして、一行を見つけた。
まだ殺し損ねたやつらがいたか、とでも言いたげな視線を向けてくる。
「いかん。全員ゴーリキーの後ろへ」
バンダッシュが叫ぶ。
三姉妹とテレンスが即座に反応し、少しだけ遅れて十号室の三人も盾使いゴーリキーの後ろに入る。
ゴーリキーも、バンダッシュが叫ぶと同時に、いつも背負っている巨大な盾を構えた。
瞬間、音が聞こえ……、
ガキン
盾に、何か硬いものが当たったかのような音が響く。
「絶対、エアスラッシュの威力じゃないよ……」
風属性の魔法使いのナッシュが囁くが、エアスラッシュである。
「距離が相当近い」
末妹のカッシュが、盾についたスリットから覗き、エアスラッシュを放つワイバーンまでの距離に言及した。
「そうね、普通は五十メートル以上の高さから、ワイバーンは魔法を放ってくるのよね。それが、あれは……十五メートル程度?」
「なんでだ?」
火属性魔法使いのアッシュが説明し、剣士バンダッシュが質問する。
「さあ? 長い距離のエアスラッシュを放てない個体なのか……あるいは、人間が切り刻まれるのを近くで見るのが好きな奴なのか……」
どちらにしろ、これほど近距離から放たれれば、避けようはない。
ゴーリキーの盾で防いでいるからいいものの、このままではジリ貧である。
だが、しばらくすると飽きたのか、ワイバーンは飛び去った。
とは言っても、アゾーン村の他の場所を破壊しているわけだが。
「十五メートル……あの高さまで飛べれば、何とかなりそうなんだが……」
バンダッシュはそう言った。
その時、視線の先が風属性魔法使いのナッシュに向いたのは偶然である。
だが、視線を向けられたナッシュは、何度も首を横に振って言う。
「私、飛べないよ?」
「いや、そんなことは一言も言ってない……」
「バンの視線がそう言ってたもん! 風属性魔法使いも、空を飛んだりはできないからね! 呪文はあるけど、あれ、普通は浮かないからね! そりゃ、王都のイラリオン様とかなら空に浮くらしいけど……普通、浮いたり飛んだりできる魔法使いとか、いないからね!」
次姉ナッシュの言葉に、長姉のアッシュも、末妹のカッシュも頷く。
「『普通は』魔法使いは飛べないそうですが、飛べそうな人が頭に浮かびました」
「水属性だから……じゃないか?」
「うん、『水属性魔法に、いい魔法があります』とか言いながら飛びそうだよね」
十号室の三人は、小さな声でそんなことを話している。
もちろん、彼らの前で、涼が飛んだりしたことはない。
だが、涼ならやってしまいそうだという認識を、三人は持っていた。
しばらくすると、手をポンと打った音が聞こえた。
「いい方法を思いついた」
剣士バンダッシュが自信ありげな様子で言う。
「こういう時のバンは、ちょっと……」
「こらテレンス、神官のくせに、人の気持ちを折るようなことを言うな」
テレンスがため息を吐きつつ言い、バンダッシュが気色ばんで反論する。
「いちおう聞きましょう。それで、バン、どんな方法?」
長姉アッシュがバンダッシュに、話を促す。
「要は十五メートルの高さまで上がれればいいわけだ。しかもそれが剣士なら、一撃で目から剣を突き刺せば倒せるかもしれん。というわけで、俺をゴーリキーに投げ上げてもらう!」
「なるほど」
バンダッシュの意見に、好意的な声をあげたのは、同じ剣士のニルスだけである。
三姉妹は、全員、何度も首を振り、テレンスはため息を吐き、当のゴーリキーですら眉をひそめて小さく首を振った。
エトとアモンは、賢明にも、表情を変えずに誰かが口を開くのを待った。
「えっとね、バン。自分の体格を、ちょっと見てごらん」
長姉アッシュが、明確に、呆れた口調で告げる。
バンダッシュは、身長一八五センチ、体重八十五キロの堂々たる体躯である。
前衛の剣士は、総じて体格がいい。ニルスも、同じような体格である。
『赤き剣』のアベルは、例外的に、剣士としてはかなり細身に見えるが。
盾使いのゴーリキーは、さらに一回り大きい。
身長二メートルオーバー、体重百キロ。
まさに巨漢。
だが、その巨漢であっても、堂々たる体躯のバンダッシュを、十メートルの高さまで投げ上げられるかと言われれば……さすがに無理であろう。
「ああ……無理か?」
バンダッシュはそう言いながら、ゴーリキーを見る。
ゴーリキーは無言のまま、首を横に振った。
「ぼくなら、どうでしょうか」
そんな声をあげたのは、アモンであった。
アモンも剣士であるが、はっきり言って、大きくはない。
身長一七〇センチ、体重六十キロ……十六歳という、まだ成長途中の身体なのである。
アモンが見たのは、ゴーリキーだ。
ゴーリキーはアモンを上から下まで何度も眺めた後、一つ頷いた。
「いや、しかし……」
焦ったのはバンダッシュである。
自分が飛ぶ前提での作戦であり、飛ぶ人間が非常に危険であることを最も認識しているからだ。
それを他のパーティーの、しかも、おそらくまだ成人前の後輩剣士に押し付けるのは、さすがに抵抗がある。
「やらせてください!」
アモンは、強い決意をもって言う。
ニルスとエトは無言のまま視線を交わす。
そして、二人とも小さく頷いた。
「アモン、本当にやれるのか?」
「はい」
ニルスの静かな問いに、アモンも落ち着いて答えた。
昂らず、だが気合に満ちた表情。
ニルスはパーティーリーダーとして、『六華』のリーダー、バンダッシュの方を向いて言った。
「バンダッシュさん、アモンにやらせてください」
「ニルス……」
思わず問い返しそうになったバンダッシュだが、ニルスの表情から、パーティーメンバーへの信頼と自信があるのを見て取れた。
実際のところ、他に方法はないのである。
時間を掛ければ、どこからか連絡がついて、アクレの街から冒険者や騎士団など追加戦力が来る可能性はあるが、それまでこの村はもたない。
そして、自分たちも、それまではもたない。
ジリ貧になるくらいなら、賭けてみるのもいいのかもしれない。
「わかった。アモン、頼んだ」
それが、バンダッシュの下した判断であった。
「エアスラッシュを放った直後に飛ぶのが理想だけど……それですら、また魔法を放ってくる可能性はあるからね」
「はい」
長姉アッシュが、アモンとゴーリキーに、飛ぶタイミングの説明をしている。
「私たち姉妹の魔法を三連で当てれば、あのバカみたいな威力のエアスラッシュも消すことは出来るわ……まあ、一回だけだけどね」
「よろしくお願いします」
アモンは礼儀正しく聞き、感謝の言葉も述べている。
少し離れた所で、神官テレンスが神官エトに小さな声で尋ねていた。
「エト、あのアモンって子、実際のところ、どうなの?」
「大丈夫です、やれますよ」
テレンスの心配げな言葉に、エトは自信をもって答えた。
「やれないようなら、ニルスと全力で止めてますよ。でも、今回のやつ、アモンならやれます。アモンは剣の才能あるみたいですし、胆力も三人の中では一番あります」
「エトがそこまで言うのなら、本当に大丈夫なのかもね」
まだ、全幅の信頼というにはほど遠いが、先ほどよりは、はるかに信頼した眼差しで、テレンスはアモンを見た。
まだ十六歳、成人してもいないのに、やけに落ち着いて見える。
(なるほど、任せていいのかも)
「来た」
バンダッシュが、ワイバーンの接近を告げた。
テレンスが軽く右手を挙げて、タイミングを計る。
そして、ワイバーンが射程に入った瞬間に振り降ろすと、テレンスとエト、二本の光の筋がワイバーンに向かって奔った。
光属性魔法の、数少ない攻撃性魔法ライトジャベリンである。
もちろん、ワイバーンにはダメージは与えることは出来ない。
あくまで牽制であり、挑発である。
案の定、あからさまな敵意を示しながら、ワイバーンが一行に向かって来て、エアスラッシュを放つ。
それを迎え撃つ、三姉妹の三種類のジャベリン。エアスラッシュ消滅。
「行きます!」
アモンは言うと、ゴーリキーに向かって飛び跳ねる。
ゴーリキーは、アモンの両足首をしっかりつかむ。
そして自身を中心に回転する。
いわば、ハンマー投げ……ハンマーの代わりがアモンである。
一回転。
二回転。
そして、三回転目!
勢いよく投げ出されるアモン。
一直線にワイバーンに向かって飛んだ。
だが……。
「魔法がくる! アモンよけて!」
想定以上に高い連射能力。
風属性魔法使いのナッシュが地上から叫ぶ。
風属性ということで、他の者よりもワイバーンの魔法生成に関して鋭敏な感覚を持っている。
しかし、彼女の叫びは、高速飛行中のアモンには届かない。
アモンの目には、ワイバーンが発する魔法がはっきりと見えていた。
そして、空気を切り裂きながら近づく不可視のエアスラッシュも、周囲の景色との僅かなずれを捉え、認識していた。
剣を鞘から走らせ、その勢いのまま薙ぎ払う。
シュン。
そんな音を発して、剣がエアスラッシュを両断した。
「斬った……」
その光景を地上から見ていた風属性魔法使いのナッシュが呆然と呟く。
その間にも、アモンは飛び続け、ついに剣を伸ばせばワイバーンの頭に届く距離に達した時、ワイバーンが目を閉じたのが見えた。
地上でバンダッシュと話し合った時には、目から剣を突き刺し脳まで剣を入れる、のが一番わかりやすいとのことであった。
ワイバーンを地上に落とした後の、止めの刺し方として、よく使われる方法である。
だが、目の前のワイバーンは、目を閉じた。
『ワイバーン討伐』で、魔力を使い切った状態のワイバーンなら、瞼の上からでも闘技を使えば貫けるかもしれないが、今回はそうではない。
アモンは、まだ闘技は使えないし、剣も『ちょっといい普通の剣』である。無理すれば折れる。
ではどうすればいいのか?
魔物の弱点として、『耳』というのがある。
だが、ワイバーンの耳は……よくわかっていない。
となると、狙うは、
「鼻!」
一瞬でアモンは決断し、飛んだ状態から、身体をひねって、直接剣をワイバーンの鼻に突き刺した。
一気に、肩口までずぶりと突き刺す。
突き刺さった瞬間、ワイバーンは雷に打たれたかのように大きくびくりと震え、目を見開き……急速に目から力が失われていった。
そして、墜ちる。
アモンは、脳にまで深く突き刺さった剣を抜き取るのは諦め、腕を鼻から抜き取って、身体をひねってワイバーンの上方に移動する。
その上で、落下しながら地上の様子を観察する余裕があった。
落下地点に向かって走ってくる男たちが見える。
アモンはそれを確認すると、ワイバーンの巨体を蹴って、空中に身を躍らせた。
両手両足を開いて、落下。
地上にたたきつけられる前に、二人の剣士と一人の盾使いが拡げた布の中に、狙い違わず落ちることに成功したのであった。
明日8月10日は、12時に「0164 幕間」を。
21時に投稿する「0165」より、新章「第十章 インベリー公国再び」の開始となります。
第十章は、まあまあの長さです。
楽しく読んでいただけると嬉しいです。