0159 現れた……
聖別された武器で、首を刎ね、心臓を貫く。
それが、西方教会が公にしているヴァンパイアの殺し方である。
グラハムが行った方法は、完璧にそれに沿っていた。
「ゴードン、首、胴体、四肢全てを燃やしてください」
グラハムは、火属性の魔法使いであるゴードンに指示を出す。
こうして、ヴァンパイアカリニコスは、完全に消滅した。
「なんつーか、凄かったな、グラハムさん」
「ええ。ニルスより、遙かに凄い剣さばきでした」
「そこじゃねえよ!」
ニルスの感想に、涼が変な形で乗っかり、ニルスがまたつっこむ。
「でも、ニルス……もう終わった気になってるのかもしれませんけど、今回の本当の目的は、魔人ですよ?」
涼に普段のテンションで言われた言葉……数瞬後、ニルスは理解すると、大きく目を見開いて、涼を見て言った。
「確かに……そうだったな」
そもそも、ルンの街からヒュー・マクグラスと勇者パーティーが来たのは、存在が確実視された魔人に対処するためである。
ヴァンパイア騒動は、後から発覚した事実に過ぎないのだ。
「ストラゴイの遺体を焼いて、少し休んだら魔人の洞窟に行くぞ」
ヒューの声が響いたのであった。
魔人の洞窟はすぐに見つかった。
「入り口そのものの封印が、何らかの理由で解けたようじゃな。そのために、地震か何かで洞窟の入口を閉ざしていた岩が動き、この洞窟が露わになったようじゃ」
石の専門家とも言える、ドワーフの土属性魔法使いベルロックが、洞窟の入口を調べて説明した。
「九五〇年もの間、封印が機能していたということの方が凄いな。封印し続けるのにも魔力が必要になるのだが、その魔力はどこから供給されていたのか……」
ヒューは、ベルロックの説明を聞いてから、改めて洞窟の入口を見て呟いた。
(その答えは恐らく、錬金術。強力な魔力を持つものを封印する時に、封印されるものの魔力を利用する方法がある……って『ハサン』の黒ノートに書いてありました)
涼は心の中で、そう結論付けていた。
もちろん、『ハサン』が遺した黒ノートは、誰にも見せないし教えるつもりもないため、錬金術にそんな技法があることを、ここで言うつもりもない。
しかも『ハサン』はその方法は『ある種の外法』、つまり正常な錬金術の使い方ではないとも書いているのである。
封じ込められるものの同意を得ずに、強制的にその魔力を使って封じ込めるのだ……優しく言っても非人道的である。
そんな危険な使い方があるなどと言ったら、涼が迫害される可能性がある!
もっとも……現在の涼の錬金術の習熟では、未だその『外法』的なものは使えないが。
涼は、森に入った時から<パッシブソナー>を使用していた。
森の入口付近には、普通の動物も魔物の反応もあったのだが、この洞窟に近付くにつれてその反応は減り、洞窟前では、全く反応が無くなっていた。
洞窟を中心に、半径三百メートルほどは魔物の反応がまったくないのだ。
(野生の生き物が危険だと認識するモノが、この中にはいるということ……)
涼はそう思いながら、一行のリーダーであるヒューを見た。
すでに抜き身の剣を手にしている。
さすが元A級冒険者、尋常ならざる雰囲気を感じとっているのかもしれない。
それを見て、ローマンやニルス、アモンといった剣士たちも剣を手にした。
洞窟の距離は短く、すぐに広間らしき場所に出た。
奥に、いかにもという石の棺が鎮座している。
「見た所、物理的な罠は無いけど……」
斥候モーリスが報告する。
「ヴァンパイアが、棺に触ると魔力を奪われたと言ってましたからね。さて、どうしたものでしょうか」
聖職者グラハムがそう言いながら、ヒューの方を向く。
「こういうのは出たとこ勝負だからな……正直ノープランだ」
ヒューは肩を竦めながら答えた。
だが、それがきっかけだったわけではないのだろうが、石棺が突然光を放ち始めた。
「なんだ?」
異常な事態であることは子供でも分かる。
石棺が振動を始める。
それに合わせて、洞窟自体も振動を始め、天井から石がパラパラと落ち始めた。
「いかん! 全員洞窟の外に出ろ!」
ヒューが叫び、全員が外に走り出た。
最後のヒューが出るのと同時に、広間と洞窟が崩落。
一行が唖然としている中、崩落した場所から、先ほどと同じように光が放たれた。
「嫌な予感がする」
「むしろ、嫌な予感しかしねぇ」
風属性の魔法使いアリシアと、火属性の魔法使いゴードンが呟く。
魔法使いは、魔力の流れに敏感である。
光の中心にいる『モノ』が、強大な魔力を持ち合わせていることを、いやがおうでも感じさせられているのである。
そして……崩落した岩が弾け飛んだ。
「<アイスウォール>」
涼が、一行の前面に氷の壁を生成し、飛んできた岩を防ぐ。
今まで以上の魔力によるプレッシャーが一行を襲う。
ここまでくると、魔法使いでなくとも理解できた。
『化物がいる』と。
岩が弾け飛び、砂埃が収まってくると、光っているモノがうっすらと認識できるようになってきた。
「……人?」
小さく呟いたのは誰であったか。
だが、呟いた者だけではなく、誰しもがそう感じたのだ。
大きさは人と変わらない。
そして、『人』は、浮いた。
五メートル程の高さまで浮き上がると、誰の目にも明らかになった。
それは、光り輝く美女。
腰まで届く薄い紫の髪、白い肌、目は閉じられ瞳の色は確認できないが……。
「綺麗……」
「浮いている……」
「風魔法か……」
(違う。これは風属性魔法じゃない)
アリシア、ゴードン、ベルロックが呟いたが、涼は心の中で否定した。
毎日のように、風属性魔法のエキスパートたるセーラと模擬戦をしている涼だからわかる。
目の前の『人』が展開しているのは、少なくとも風属性の魔法ではないと。
もちろん、火でも土でも、そして水でもない。
恐らく光でも闇でもないだろう。
つまり、無属性。
無属性の魔法で浮いているのだ。
涼の身体が震えた。
(重力を操っている……?)
異世界ものの定番として、いわゆる『重力魔法』的なものはよく出てくる。
この『ファイ』にそれがあっても、決して不思議ではない。
不思議ではないのだが……さすがに、現代地球の科学で全く解明されていない現象を引き起こす魔法を目の前で見せられれば、興奮するのは当然である。
実際は、悪魔レオノールが『次元収納』や『封廊』による空間跳躍などを見せているのだが、その時には全然興奮しなかった涼。
だが、目の前の、ある種『反重力』とも言うべき現象の表出は、身体が震えるほどの興奮を覚えた。
涼は気付かないうちに、食い入るように魅入っていた。
それは涼だけではなく、一行全員であったが。
どれほどの時が流れただろうか。
おそらくは数秒、長くとも十数秒程度であっただろう……。
浮いている『人』はついに目を開く。
その瞳は、金色に輝いていた。
ようやくそこで、一行に動きがあった。
聖職者グラハムが杖を構えたのだ。
今にも攻撃を仕掛けようかという魔力の高まりを涼は感じ、思わず叫んだ。
「攻撃しちゃダメだ!」
その叫びに驚くグラハムと一行。
浮いている『人』は、一瞬涼の方を見て、わずかに微笑んだように見えた。
そして、間髪いれずにさらに浮き上がり、西の方へと飛んで行った。
その光景を、誰も動けずに見送るだけであった。
たっぷり二分間、誰も動かず、声を出すこともできないまま時間が過ぎた。
最初に口火を切ったのは、聖職者グラハムだった。
「リョウさん、なぜ止めたのですか」
非難する口調ではない。確認するため、であろうか。
「あそこで攻撃すれば……反撃で全員が死ぬと思ったからです」
嘘ではない。
それだけの力の差を感じたし、手を出すべきではないとの判断は正しかったと思う。
だが、それだけでもない。
もっと、重力を操っている姿を見たかった、というのもあるだろう。
自分が使える、使えないではなく、光り輝きながら浮いているその姿は、美しかったのだ。
それともう一つ……ほとんど忘れていた感覚があった。
この神殿に入ってからずっと、涼は<パッシブソナー>をオンにしたままであった。
そのため、あの魔人をパッシブソナーを通して『感じた』のであるが、それは以前にも感じたことがあったのである。
それはいつか?
ほんの数瞬前に思い出した。
アベルと、ロンドの森を移動していた時、前にアサシンホーク、後ろにグレーターボアに挟まれたことがあった。
最終的には、アベルがボア、涼がホークを倒して事なきを得たのであるが、その戦闘が始まる前、アサシンホークよりもさらに奥に、これまで感じたことのない『魔物』の存在を涼はソナーで感じ取っていた。
結局、その『魔物』は接触することなく去って行ったのであるが……その『魔物』と、先ほどの『魔人』の感覚が極めて近かったのである。
おそらく、同じ生物であろうと思えるほどに。
つまり、ロンドの森には魔人がいる?!
また一つ、解けない謎が増えた瞬間であった。
「まあ……俺らがどうこうできる相手じゃなかったのは確かだな」
ヒューは、まとめるように言った。
「あれが……魔人ですよね」
「伝承には、光り輝くなどという記述はなかったけど……あれが魔人でなかったら、そっちの方が恐ろしいね」
神官エトの確認に、伝承官ラーシャータは頷きながら答えた。
「見えなくなるほど西の方へ飛んで行ったな……」
「魔人虫も引き連れて去ってくれたのならいいですが」
ニルスの言葉に、涼が感想を述べた。
魔人を倒すことが目的ではなく、あくまでコーヒーの木につく魔人虫を排除するのが、今回の依頼の根幹なのであるから。
「コナ村に帰ってみないとわからんな、それは。よし、戻るか」
ヒューの号令一下、一行は村への帰還の途に就いたのであった。
これにて、「第九章 コナ村」は終了です。
次話から、数話幕間が入ります。
その後、「第十章 インベリー公国再び」となります。




