0016 グレーターボア
ピラニアの塩焼きを食べて数日後。
今日も、午後は狩りに出かける日だ。
場所はいつもの東の森。
レッサーラビットかレッサーボアが多い。
たまに、ノーマルボアが出てくることもあるが、今の涼の敵ではなかった。
アサシンホークには、未だに勝てる絵が描けないが、地上戦ならまず負けることは無いだろう。
「これは決してうぬぼれではない」
そう口に出して言った直後、目の前にグレーターボアが現れた。
だが、今の涼にとってはグレーターボアですら敵では……カサリと、後ろからも何か音が聞こえた。
首だけ振り返って後方を見ると……もう一匹グレーターボアがいた。
(<アイスアーマー>)
その瞬間、前後両方のグレーターボアの姿を見失った。
「<アイスウォール5層>」
前後にアイスウォール5層を生成する。
生成スピードは、ゼロコンマ一秒程度。
日々、生成速度は上がっている。
だが、それでもギリギリであった。
アイスウォール5層が生成されるのとほぼ同時に、前後からグレーターボアが突っ込んできた。
片方は涼の足を刈りに低い姿勢で。
もう片方は涼の上半身めがけて高い位置に。
明らかに連携した動きである。
グレーターボアの突貫により、アイスウォール5層は前後とも3層目まで破壊されている。
なんとも恐ろしい突貫である。
涼は、前後のアイスウォールの間から横に飛び出し、同時に唱える。
(<アイスバーン>)
二頭とも、涼が元いた場所付近にいるのだ。まとめて足元を滑りやすくして動きを封じる。
だが動きを封じられても、グレーターボアには攻撃手段がある……そう、遠距離からの攻撃手段が。
その辺り、レッサーボアなどとは全く違う!
二頭のグレーターボアの周りに無数の、本当に数えきれないほどの石礫が生成される。
「何、その数は……。<アイスウォール5層><アイスウォール5層><アイスウォール5層>」
数には数で勝負、そう言わんばかりにアイスウォール5層の縦深多重展開。
ついに発射される石礫。
アイスウォールに衝突し、水煙なのか土煙なのかが生じ、視界が悪くなる。
その時。
ヒュン。
涼の右わき腹に石礫が衝突した。
「ぐはっ」
さらに左肩にも。
「うぐっ。<アイスウォール全方位>」
視界が通らなくなったのを利用して、グレーターボアは石礫を『曲げて』きたのだ。
アイスウォール5層の横を抜けて、曲げて涼に直撃させたのだ。
「まさか曲げることが出来るとは……」
戦闘経験の少なさゆえのダメージであった。
腰部装甲も左手甲も、石礫の衝撃で砕かれている。
「<アイスアーマー>」
とりあえず装甲を再生成。
だが、あまり余裕はない。
全方位を守っているのは、ただのアイスウォールだ。
アイスウォール5層の様な耐久力は無い。
しかし、グレーターボアの足元にはアイスバーンが敷いてある。
移動はできないはずだ。
はずだ、が……、
「本当に移動できないのか?」
グレーターボアには、音速に迫る突貫を生み出す足がある。
それは当然、地面を抉るほどの蹄が生み出す力とスピードだ。
もしや時間をかければ、氷に爪を立てて走れるんじゃ……。
以前狩ったグレーターボアは、確かにアイスバーンの上で何度も転んでいた。
だが、あの個体が転んでいたからと言って、他の個体も同様だと考えるのは早計だ。
人間だって、アイススケートで転げまくる人もいれば、ジャンプまでやってしまう人だっているのだから。
まず、二頭同時に相手にするのは厄介だ。
一頭ずつ倒そう。
どちらを狙うか……。
やつらは前後から襲ってきた。
片目のアサシンホークもそうだったが、前から襲ってきたやつの方がリーダー、あるいは経験が豊富なのではないか。
ならば、まずは後ろから襲ってきたやつから倒す。
敵が複数の場合は、まず敵の頭を叩いて混乱させる、というのは確かに戦の常道の一つではある。
だが、弱い敵から叩いて敵の勢力を削いでいって、最後に難敵を叩く、というのもまた戦の常道の一つだ。
今回は後者を選択。
経験が少なければ、氷の上を移動することにも対応が遅れているかもしれない。
(<アイスウォール全方位 解除>)
縦深多重展開したアイスウォール5層を、左側から回り込む。
視線の先には、アイスバーンの上に一頭だけ、氷の上で何度もこけているグレーターボアがいた。
もう一頭はいない。
恐らく、縦深多重展開したアイスウォール5層の反対側から回り込んだのであろう。
「まずは君からだ。<アイシクルランス16>」
転げるグレーターボアの上空に十六本のアイシクルランスが生成される。
「そして向こうから回り込んだということは、そのまま僕の後ろに出てくるだろう?」
涼はそう呟くと、素早く唱えた。
「<アイスウォール5層><アイシクルランス2>」
アイシクルランス二本をアイスウォール5層の向こう側に生成し、発射をスタンバイ。
その瞬間、上空からのアイシクルランス十六本に貫かれたグレーターボアの叫びが響き渡る。
「ギィィアァァァァァアアア」
その声に驚いて、涼の狙い通りの場所に出てくるもう一頭のグレーターボア。
「発射」
だが、飛んできた二本のアイシクルランスを、その硬い鼻で叩き折る。
グレーターボアがアイシクルランスを叩き折った瞬間、氷が飛び散り、視界が煙る。
「<ウォータージェット64>」
涼の手元からではなく、グレーターボアの顔の周りから生み出される無数のウォータージェット。
狙いは、グレーターボアの目、耳、口腔など耐久力の低いと思われる場所。
飛び散った氷で視界が悪い状態で、さらに至近距離で発生するウォータージェット。
目の前三十センチの距離から発生した極細の水の線など、どうやって避けられようか。
避けようのない距離、避けた先にも発生している水の線……防げるはずがない。
視覚、聴覚を奪われ、パニックに陥ったところで止めを刺す……という手順を涼は頭に描いていた……だが、手順は狂った。
パニックに陥ることなく、グレーターボアの命は絶たれた。
目、耳、口腔に入ったウォータージェットが、そのまま脳を貫いた……。
さすがに何十回も脳が貫かれれば、助かりようもない。
「あら……倒せちゃった……?」
 





