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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第九章 コナ村
169/930

0158 カリニコス

前線。

勇者ローマンとヒューは、ヴァンパイアカリニコスと、その側近とも言える二体のストラゴイと対峙していた。

そこに至るまでの、八体のストラゴイはまさに瞬殺。

だが、この二体は今までの相手とは全く違っていた。

そもそも、着ている物が違う……。


「元冒険者か……」

ヒューが小さく呟く。

「正解だ」

だが、その呟きが聞こえたのであろう。カリニコスはニヤリと笑って、答えた。

生前の冒険者であれば、勇者と英雄相手に戦って、二合と持つことは無かったであろう。

だが、ストラゴイとなり、身体能力を限界以上に引き出された現在、技の拙さをスピードとパワーで補っている。


「我も暇つぶしをするか」

カリニコスはそういうと、掌から赤い剣を生成する。

「ブラッディソード……」

その赤い剣を見て、今度はローマンが呟く。

「それも正解だ。ヴァンパイアのことをよくわかっているじゃないか。中央諸国の冒険者にしては珍しいな」


カリニコスは、まだ勇者ローマンたちの素性には気付いていない。

しかし、前線に出てきたローマンとヒューは、ストラゴイにした冒険者よりも強いというのは理解しているため、早々に参戦したのである。

決して『暇つぶし』のためだけではなかった。


カリニコスはローマンと一対一の状態になり、ヒューが元冒険者二体を引き受ける形となる。

カリニコスの剣術は、かなりハイレベルなものであった。

少なくとも、ローマンが簡単に打ち負かせるほどの差は、二人の間にはない。

であるならば、人間に比べてはるかに持久力が高いと言われるヴァンパイアである。

時間が経てばたつほど、カリニコス有利となるであろうと思われた。



この時までは、カリニコスは余裕に満ちていたのである。

だが、彼の余裕を打ち砕いたのは、後衛に襲い掛かったストラゴイたちの動きが鈍り、次々と首を落とされて行く光景を目にしてからであった。


「何が起きている……」

まさか五十体からのストラゴイが、冒険者を誰一人倒すことなく全滅させられるのは、さすがに想定外であった。


その光景をチラリと見たヒューもローマンも、正確に何が起きたかは分からなかったが、目の前のヴァンパイアが動揺しているのは理解していた。

であるならば、そこにつけ込むのは戦の常道。

主たるカリニコスの動揺は、眷属たる元冒険者たちにも及ぶ。


ヒューは、ほんのわずかに動きの鈍った元冒険者二人、剣を持った腕をそれぞれ斬り飛ばし、そのまま間髪いれずに二体の首を斬り落としたのである。

まさに神業。

視界の端で捉えていたローマンも舌を巻く剣技。

(さすが英雄と名高い元A級冒険者……)




「おのれ……まさかこれほどとはな」

絞り出すように言ったのは、ヴァンパイアカリニコスである。


カリニコスはそう言うと、瞬間的に身体能力を高めたのか、ローマンですら認識するのが難しいほどのスピードでバックステップし、ローマンとヒューから少し距離をとる。


そして小さく唱えた。

「<スレイブ>」

その瞬間、ローマンとヒューの頭の中に霞の様なものが生まれ、意識が寸断される。

ローマンは歯をくいしばって耐えているが、ヒューは思わず片膝をついていた。



その光景は、後衛陣十人の目にも映っていた。

「なんだ?」

ニルスが思わず口に出したが、誰も明確に答えることは出来ない。

もし、カリニコスが唱えた<スレイブ>という言葉が聞こえていれば、涼は分かったかもしれない。


だが、その言葉が聞こえずとも、聖職者グラハムは頭に閃くものがあった。


「まさか闇魔法……」

そう呟くと、杖を構えて唱える。

「<イビルプロテクション>」

ほんのわずかに空気が歪み、グラハムを中心に半径五メートル程の半球が生成される。

「急いでこの中へ」

少し離れていたニルスとアモンに呼びかけると、二人は転げるように半球の中に入った。


そして、前線を見やる。


「一体何が起きている」

「恐らく、闇属性魔法の<スレイブ>。対象を、自分の意のままに操る厄介な魔法です」

ニルスが誰ともなく言うと、グラハムが答えた。


「じゃあ、あの二人は……」

「ローマンは、恐らくレジストするでしょう。勇者の魔法抵抗力は、人類最高峰です。ですが……伯爵級ヴァンパイアの闇属性魔法など、ローマン以外に抵抗できる者はいません。聖者や聖女ですらも不可能です。恐らくマスター・マクグラスも……」

エトの問いに、グラハムは顔をしかめながら答えた。


「つまり、ローマンとヒューを相討たせると」

そう言ったのは涼である。


涼は、王都からルンへの帰り道、闇の神を信仰する神官に、同じようにスレイブを掛けられ、操られそうになったことを思い出していた。

あの時、アベルは精神干渉系魔法などに抵抗するアイテムをつけていて、スレイブが効かなかった。


「ヒューさんは、精神干渉系魔法に対抗するアイテムは……?」

もしかしたらヒューもその手のアイテムを……そう思ってグラハムに聞いたのだが。

「恐らくそれは望めません。その系統のアイテムは、西方諸国でも中央諸国においても、国宝級です。元A級冒険者で、英雄と名高いマスター・マクグラスですら身に着けてはいないでしょう……」

グラハムは首を振りながら答えた。


(そんなアイテムをつけていたアベルっていったい……)

涼の脳裏に疑問がいくつも浮かんだが、とりあえず今はそんな場合ではない。


「<スレイブ>を解除する方法は?」

「かけた術者を倒す以外にはありません」

風属性の魔法使いのアリシアが問い、グラハムが答えた。今までで、最も苦い顔をしながら。

そんな話をしていた後衛陣から、片膝をついていたヒューが立ち上がるのが見えた。



「ヒューさん!」

勇者ローマンは、立ち上がるヒューの雰囲気が、今までと違うことに気付いた。

今までは、強さをオブラートに包んで飄々とした感じであったのだが、立ち上がったヒューは、攻撃性の塊とでも言うしかない存在であった。

ローマンと目が合うと、間髪いれずに剣で斬りかかったのである。


雰囲気の変化を感じ取っていたローマンに、油断は無かった。

もし油断していれば、ただその一刀で終わっていたであろう、それほどの剣閃。


(さすが英雄と呼ばれた剣士、『剣を極めし者(マスター)』マクグラス)

恐らく、スピードとパワーではローマンが上であろう。

だが、数合合わせただけでわかる……圧倒的な技量の差。

王都で打ち合ったアベルにも、技量でローマンは上回られたが、それでも、あのまま推移していれば勝てたであろう。


だが、目の前の男は違う。


ローマンの高速の打ち込みを、完璧に流す。

剣を入れるタイミング、角度、受け流してからの反撃、全てが圧倒的なのである。

(ほんの少しでもミスれば、一気に破綻する)

ローマンは、今まで味わったことのない重圧にさらされていた。



『勇者』ローマンと『英雄』マクグラス。

この二人の剣戟は、何も関係ない者たちが見れば、圧倒的なエンターテイメントであったろう。

いずれも、西方諸国、中央諸国を代表する剣士である。

実は、関係者たちですら目を奪われていた。


「凄いな……」


魔法使いであり、剣の戦いなど全く興味のない火属性魔法使いゴードンですら、目を奪われる剣戟。

剣士のニルスは、なぜか泣いていた。

たとえ命のやり取りであったとしても、人は素晴らしいものの前には、無条件に感動してしまうのかもしれない。

この先、二度と見ることなどないであろう、最高峰の剣士同士の戦い。

それを見ることが出来ただけでも、ニルスの剣はワンランク上がるであろう。

『本物』というのは、それほどの影響力を持つのだ。


だが、それとは対照的に、二人の剣戟を見ている剣士もいた。

アモンである。

一瞬の動きも見逃すことなく、じっと見続けている。

その腕と脚がほんのわずかに動き、頭の中では自分の体で動いた場合をシミュレートしている……その事に気付いたのは、涼だけであったが。



その涼も、最初は二人の剣戟に見惚れていた。


だが、十合打ち合った辺りから、ローマンの負けが見えてきた。

そうなると、見惚れてばかりはいられない。

もしここで『勇者』が死んだら……。

そう、以前ローマンとアベルが打ち合った際に、二人を止めた理由である。

『勇者には、魔王を倒してもらわなければ困る』

ローマンが死ぬのはもちろん、ストラゴイになってしまうのも困る。


だが、ヒューの技量はローマンのスピードとパワーを上回る。


恐らく、涼以外の者たちの目には互角に映っているであろう。

それほどの差しかない。

だが、それは確実な差。

ローマンには覆すことができない差。


そうであるなら、後衛の誰かが、何かをするしかない。

(あの隠された神殿で受けた<スレイブ>……アベルはアイテムで打ち破ったけど、僕は自分自身で抵抗しきりました。セーラが言っていた『邪気を祓う』の効果だと思うのです。そしてそれは、僕の周りにも効果はあるはず……。セーラが僕の周りにいてくれるのはそれが理由……僕の魅力ではない)


そこでなぜか落ち込む涼。

だが、すぐに立ち直る。


(いや、それも含めて僕自身なのだから、むしろそれは僕の力! ニルスの村の守護獣様も、ちょっと近付いただけで寿命が延びたって言ってたし……。よし、やろう)


涼は腰に差していた村雨を刃を出さない状態で手に持つ。

そして叫んだ。

「ローマン! 僕とスイッチです」

「え?」

突然、後衛から聞こえた涼の言葉に、ローマンは理解がついていかなかった。


「僕と入れ替わるのです。合図で後方に退いて。三、二、一、スイッチ」

その瞬間、ローマンは大きく後方に飛ぶ。

当然、ヒューはそれを追撃するが、突然現れた涼が氷の刃を生じた村雨でヒューを突く。

突く。突く。突く。

突きの連撃で、ヒューの突進を凌ぎ、ローマンは無事に後方に退いた。




そして、剣戟は、涼対ヒューへと替わった。

その光景に驚きながらも、入れ替わったのを見てヴァンパイアカリニコスはうっすらと笑って言った。


「未だ<スレイブ>発動中だ。若造剣士にはなぜか効かなかったが、貴様は我が奴隷となるがいい」

「お断りだ」

涼は一瞬の遅滞も無く、ヒューとの剣戟を続ける。

隠された神殿の時は、初めての経験ということもあり、スレイブを掛けられた瞬間膝をついたが、今回はスレイブの空間に出て来ても、全く動きを止めることなく戦い続けていた。



ヒューとの剣戟が、五合、十合と重ねられていくにしたがって、さすがにカリニコスも異変に気付いていた。

「貴様……なぜ平気なのだ」

「さあ? 体質じゃないですか?」

カリニコスの問いに、小ばかにしたように答える涼。


「ふざけるな! 我は伯爵ぞ。伯爵の<スレイブ>に耐えられる人間など、そうそういてたまるか!」

「さっき、若造剣士に効かなかったじゃないですか」

カリニコスとそんな会話をしながらも、涼はヒューの剣をさばいていく。

元々、ヒューを剣で倒すつもりはない。

であるならば、自分を守り切ればいいのだ。

守るのは得意である。

圧倒的なスピード、パワー、そして超絶技巧を誇る<風装>を纏ったセーラ相手ですら、最近では二時間近くは均衡を保てるようになったのだ。


ヒューであっても、そう簡単に涼の鉄壁の防御を抜くことはかなうまい。



トータル二百合を越えた辺りであろうか。

ついに、涼が望んだタイミングが来た。

ヒューは、大きく空ぶると、そのまま片膝をついてうな垂れた。


「ど、どうしたのだ?」

カリニコスは事態を把握できなかった。

ヒューの横薙ぎを、涼がかわしただけにしか見えなかった。

実際に起きたのも、ヒューの横薙ぎを、涼がかわしただけのことである。


ヒューが片膝をついたのは、別の理由であった。

それは……、


「くそったれが……」


涼の前で、片膝をついてうな垂れた男から、小さな呟きが漏れた。

顔を上げると同時に、その左手から何かが飛ぶ。


飛んだ物は短剣。

飛んだ先はカリニコスの眉間。


カリニコスは、その短剣をブラッディソードで払いのける。

だがそれは、もちろんヒューの罠であった。

短剣を飛ばすと同時に、自分も一気にカリニコスとの距離を詰める。

カリニコスが短剣を払った時には、すでにヒューは間合いに入っていた。


まさに剣閃という言葉がぴったりな光の筋が四つ。ヒューの剣によって描かれた。


カリニコスの両腕、両脚を斬り飛ばしたのである。


「ぐはっ」

さすがのヴァンパイアも、斬られたら痛みを感じるらしい。

「おのれ……。だが、無駄だ。我はすぐに回復する……む? なぜ動かない」

カリニコスは斬り飛ばされた腕や脚を見る。

本来なら、すぐに身体に戻ってくっつくのかもしれないが、そんな気配は全くない。


「無駄だヴァンパイア。俺が持つのは聖剣ガラハット。貴様らの様な奴らの、再生能力を封じる剣だ」

ヒューは、脚を失い背の低くなったカリニコスを見下ろして言った。


「聖剣だと? 中央諸国で聖剣を持つ冒険者など三人しかいないはず……」

「よく知っているじゃないか。俺がそのうちの一人だ。自己紹介が遅れたな。俺の名はヒュー・マクグラス。元A級冒険者だ」

ヒューは、馬鹿丁寧にお辞儀をして名乗った。

「大戦の英雄か……まさか、初手からそんな大物が乗り込んでくるとは……我の認識が甘かったか」

カリニコスは、はた目にもがっくりとしていた。



(<アイスウォールパッケージ>)

そんな様子を見せるカリニコスに対して、涼は未だ警戒を解いていなかった。

ラノベ的知識から、無数のコウモリになって逃げていくヴァンパイアや、死ぬ間際の呪詛、あるいはもっと直接的な自爆に巻き込むなどがあるかもしれないと、勝手に想像していたからである。


『最悪を想定し、最善を望む』

どんな場面にも通用する、まさに至言。

イギリスの政治家ディズレーリの言葉である。本来、政治家というものは優秀なものなのだ。

そう、本来は……。



涼のアイスウォールに囲われたヴァンパイア。

「さて。ハスキル伯爵と言ったか」

ヒューは、四肢を斬り飛ばされ、がっくりと頭を垂れたヴァンパイアカリニコスに声をかけた。


その時には、後衛陣もやって来ていた。

もちろん、聖職者グラハムが展開するイビルプロテクションの範囲内である。

範囲外でも問題の無い涼とヒューを不思議そうに見ている、斥候モーリスであったが。


「ハスキル伯爵カリニコスである」

さすがに、いつまでも頭がっくりというわけにもいかないのであろう。

顔を上げて、カリニコスは名乗った。

「お前たちの勝ちだ。ヴァンパイアの殺し方も知っているのであろう? さっさと我を殺せ」

カリニコスは、いっそ堂々と告げた。

「我々は知りたいことがある。ぜひ、それを教えてもらいたい」

ヒューは、すぐに殺さない理由を明確に告げた。


それを聞いて、カリニコスは口の端を大きく歪めて言う。

「我が答えるとでも?」

だが、その答えもヒューの想定内であったのだろう。

一瞬の淀みも無く、表情を変えるでもなく、言葉を繋げていく。

「ハスキル伯爵。仮にも伯爵を名乗るのであれば、貴族の矜持というものがあるであろう。俺たちは、あんたを完璧に倒した。一人の犠牲も無く手勢をすべて倒し、あんたの闇属性魔法すらも打ち破った。そんな相手に対して、情報の一つも渡さないというのは……選良として思うことは何もないのかな?」


『伯爵』を名乗るそのプライドに対しての働きかけ。



交渉において、相手が最も大切にしているものを引き合いに出すのは基本中の基本。

普通は、相手が最も大切にしている物が何かを探り出すのが難しいのであるが、今回はその強烈な自尊心が戦う前から現れていたために、簡単に掴むことが出来たのだ。


「貴族の矜持か……」

カリニコスは小さく呟いた。

「まさか、人間に貴族の何たるかを諭されるとは思わなかったわ……。よかろう、全てとはいかぬが、答えてやろう」

胸を反らし、カリニコスは力強い声で答えた。

ヒューの策は当たったのだ。



「まず訊きたいのは、なぜこの漁村を支配下に置いたのかだ」

「答えてやるとは言ったが、聞き方を少しは考えよ。そんな漠然とした質問では答えようがないわ」

ヒューの問いに、カリニコスは呆れたかのようにため息をつきながら答えた。


「そうか? 思っていることを全部答えてくれていいのだが?」

「姑息なことを。我にも答えられぬことはある。まあ……この漁村を支配下に置いたのは、たまたまだ」

カリニコスは特に表情を変えることも無く答えた。

「たまたまね。で、お前さんの後に、ヴァンパイアが続いてやってくるのか?」

「それはない。我は……国を追われた。追われた理由など問うなよ。よくある権力闘争に負けただけだからな。海路で移動するつもりだったのだが、嵐に流されこの漁村に、な」

肩を竦めて答えるカリニコス。


「なぜ村人をストラゴイにした?」

「ああ……そこは昔からの、人間と我らとの見解の相違だ。人は、豚や鶏を飼育して、その卵や肉を食らうであろう? だからと言ってそれを責めたりはするまい。我らヴァンパイアが人間に対して行うのも、それと大差ない。人間からすれば許されぬことかもしれぬな。だが、豚や鶏も、人間を許さぬと思うぞ」


(そう……『ファイ』においては、人間は決して強者ではない。僕がいた頃の地球においては、人間は基本的に強者だったけど、ここでは……ドラゴンやグリフォンを見たら、人間より強い生き物はいっぱいいるな、って思うよね。ヴァンパイアから見た人間も、強者ではないんだろうね)

そんなことを涼は考えていた。



(ヴァンパイアは、この一人だけ。後続も無し。となると、他に確認すべきは一つだけか)

ヒューは、カリニコスが語った事柄を整理した後で、言葉を続けた。

「この地に眠る魔人について、知っていることを話してもらおう」

その質問をした瞬間、ほんの少しだけカリニコスの眉が動いたのをヒューは確認していた。

一瞬で元に戻ったが、たっぷり数秒間無言が続く。


そして、カリニコスは大きくため息をついてから語りだした。

「この広場からちょうど西、森の中、十五分ほど入って行ったところに洞窟があり、その奥に石の棺がある。恐らくその中にいる奴の事であろう?」

「恐らく?」

ヒューは首をかしげて問う。


「棺の中は見ておらぬ。棺に手をかけた瞬間に、魔力を半分奪われたわ。それで、中に何か恐ろしい物がいることは分かった。何がいるのか知りたいとも思わなかったから、放置してあるが……」

そこで一度、カリニコスは顔を歪めて言葉を切り、一呼吸おいてから続けた。

「放置してあるが、おそらくは……近いうちに出てくるであろうよ」

「なんだと?」

「我の魔力を奪ったことによって、回復を相当早めてしまったようでな。お主ら人間たちには悪いことをしたかな」

そういうと、口の端を大きく歪めて声を立てずに笑った。


「なんということを……」

小さく呟いたのは、伝承官ラーシャータであった。



「さすがに、我も血が足りなくなってきおったわ……そろそろとどめを刺せ」

カリニコスの声音は、最初に比べてかなり小さくなっていた。

顔色は、元々青白かったために変わらないのだが、死期が迫っているのは確かなようだ。

「俺から聞きたいことは以上だ。誰か聞いておきたいことは?」

そう言いながら、ヒューは聖職者グラハムを見る。

だが、グラハムは首を横に振った。特に聞きたいことは無いと。


「あ、誰もいないなら、僕が質問していいですか?」

涼は右手を上げて、ヒューに許可を求める。

「ああ、いいぞ」

ヒューは一つ頷き、カリニコスの正面の場所を涼に譲る。


「ハスキル伯爵は、先ほど『国を追放された』と仰いました。ヴァンパイアの国の場所を教えてください」

その質問が、一行の間を通り過ぎた後、多くの者が目を見開いた。

確かに、国から追放されたと言った……それってヴァンパイアの国ってことか、と。


「ふん。我も口を滑らせたわ。誰も訊かぬから安心しておれば……小僧、最後の最後で面倒な質問をするな」

自嘲、その言葉がしっくりくる表情であった。


『国を追放された』


ただこの一文に、人間にとってかなり深刻な意味が含まれていたのだ。

少なくとも中央諸国においては、ヴァンパイアの国の存在は知られていない。

その国を追放されて、ヴァンパイアが一人この地にやって来ているということは……地の果てなどではなく、近隣のどこかにヴァンパイアの国がある可能性が高いということであろう。

それは由々しき問題である。


「確かに質問に答えるとは言うたが、小僧の質問には答えられぬ。さすがにそれは、かつての同胞たちを危地に追いやることになりかねぬ。追放した者どもには恨みはあるが、それ以外の者たちを裏切ることは出来ぬからな」

「そうですか、残念です」

カリニコスの答えに、涼は特に抵抗せずに引き下がった。


どうせ言わないであろうと思っていたのである。

確認したかったのは一つだけ。



『実際にヴァンパイアの国があり、しかもそれは近隣にあるらしい』



地の果て、あるいは西方諸国や東方諸国などにあるのであれば、目の前の『伯爵』は答えたであろう。

だが、答えを拒んだこと自体が、『近隣にある』その証左となっているのだ。


もちろん、涼は、ヴァンパイアの国を滅ぼしたいとか考えていたわけではなく、ただの好奇心から聞いただけである。

そんな涼にだけ聞こえるほど小さな声で、カリニコスが呟いた。

それは、ヴァンパイアの国の誰かに対してであったのかもしれない。


「必ず詠唱を唱えて、弱い魔法を発動するように百年かけて導いたのではなかったのか。こいつら、誰も詠唱していなかったぞ」

涼は質問を終え、カリニコスの正面の場所を他の人に譲るために移動している途中であった。だが、そんな涼の耳に、そんな呟きは入って来た。

「それは一体……」


だが、言いかけた涼の言葉は、グラハムによって遮られた。


「では、私がこのヴァンパイアにとどめを刺します。リョウさん、氷の壁を取り払ってください」

涼は、自分に言われたために、カリニコスに尋ねるタイミングを逸してしまった。

そして、カリニコスを覆っていたアイスウォールを解除する。



カリニコスは、自分の正面に来たグラハムの格好を見て……おそらくは、首から下げた西方教会の象徴を見て、小さく鼻を鳴らした。

「西方教会の司祭もいたとは……ああ、イビルプロテクションを唱えていたのはお前か」

「残念ながら間違いだ、ヴァンパイア」


グラハムはそう言いながら、杖から何かを引き抜いた。

涼はそれを見て思った。

(仕込み杖!)

まるで座頭市の様な……杖の中から直刀が現れたのだ。


「私は司祭ではない。大司教だ。大司教グラハムだ」

グラハムはそう言うと、直刀を構える。

「大司教グラハム……? まさか……異端審問庁長官……ヴァンパイアハンター……マスター……グラハム……」

カリニコスの目は驚愕で大きく見開かれていた。

「残念ながら間違いだ、ヴァンパイア。マスターではない、ドクター・グラハム。ヴァンパイア学のな」


カリニコスの目は、驚愕から憤怒をたたえたものとなっていた。

「貴様に……。これまで、どれほどのヴァンパイアが貴様に殺されたか……」

その瞬間、グラハムの直刀がカリニコスの首を刎ね、間髪いれずに心臓も刺し貫いた。

「お前で、二五六体目だ」


やはり戦闘場面は長くなってしまいます……9000字超え……すいません。

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