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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第九章 コナ村
168/930

0157 ヴァンパイア!

「この一本道を三時間……」

荘園に一泊し、一行は翌朝漁村に向かって出発した。

三時間後、到着は昼前の予定である。

もし、漁村がすでにヴァンパイアの手に落ちていたとしても、ストラゴイとの戦闘で有利に立ち回れるような時間の到着を計画したのであるが……。


「思いっきり曇ってますよね」

涼が空を見上げながら言う。

「そうだな……。グラハム、これだけ曇ってると、ストラゴイの能力ってのは……」

「全く落ちませんね。十全の能力が発揮されるでしょう」

ヒューの問いに、グラハムは苦笑しながら答える。


「参ったな……」

ヒューは、曇った空を恨めしそうに見上げ、その後、視線を涼に戻した。

「リョウ、お前さんなら、ストラゴイ相手にどう戦う?」

特に、深い意味があって問うたわけではないのであろう。

だが、その答えを聞いて、問うたことを後悔した。

「村全体を凍らせます。水属性の魔法に<パーマフロスト>というちょうどいい魔法がありまして……」

「うん、絶対にやるなよ。仮にも、王家の直轄地になった可能性がある場所だからな。本当にやりそうだから、たちが悪い」



「ヒューさんに聞かれて、完璧な提案をしたのに、なぜか拒否されました」

涼は十号室の三人と一緒に歩きながら、愚痴をこぼした。

「どんな提案を?」

優しいエトが尋ねてくれる。

「よく聞いてくれました。ヒューさんが、ストラゴイとどう戦うかと聞いたので、村全体を凍らせる、って答えたんです。ちょうどそういう魔法がありますって。でも、なぜかそれは使うなと……。すごく効果的なのに」

涼は何度も首を横に振りながら世の無常を嘆いた。


「俺がギルドマスターでも同じように言うわ。村ごと凍らせるとか……」

「でも、そうすれば下手に反撃されないですよ?」

「もし、眷属になっていない、まともな人間がいたら……」

「大丈夫です。凍らせても死ぬわけではないので、ちゃんと解凍すれば問題ありません!」

涼は自信満々に言い切った。


「あ、ああ……そうか……」

ニルスは額に手を持っていって、何度か小さく頷いた。

その顔は、そうだ涼はこういう奴だった、そう言いたげであった。



「まあ、村ごと凍らせるのはともかく、ストラゴイと対峙したら、なんとかして足を止める必要があるよね。人間をはるかに超えた動きらしいし」

エトが現実的な対処を考える。


「以前、俺の村のクエストをやったときに、涼が氷の紐?みたいなので、魔物の手と足を縛っただろう。あれじゃダメなのか?」

「あまりにも相手の動きが速いと、極まらない可能性がありますね」

ニルスが思い出しながら提案するが、涼が首を振って否定する。


「なので村を丸ごと……」

「だから、それはダメな」

涼の再提案は、ニルスに間髪いれずに却下された。

「動きの速い相手の足を止める……戦闘における永遠のテーマですね」

最年少のアモンが、一番しっかりした意見を述べるのは、もはやお約束なのだ……。




あと三十分ほど歩けば、漁村に到着するであろうという距離になって、涼の<パッシブソナー>に反応があった。

遠くから、一行を観察する者が出てきたのである。


涼は、それとなくヒューの元に移動する。

グラハムと話しながら歩いていたヒューがそれに気づいた。

「ヒューさん、偵察者がいます。二体」


その報告は、すぐ後ろにいた勇者パーティーの斥候モーリスを驚かせた。

「うそ?!」

「三百メートル程の距離を保っていますね。水属性魔法でわかりました」

さりげなく水属性魔法の優秀性をアピールする涼。

「恐るべし、水魔法……」

涼の想定通り、斥候モーリスは驚き、呟いた。


「まあ、偵察者がいるということは、漁村自体がまともな状態ではない可能性が高まったということだな。マジで、村民全員がストラゴイにされているかもしれないってのか」

ヒューは、顔をしかめながら首を何度か振った。


「なあ、グラハム。本当に、ストラゴイになった奴らは、もう人間には戻れないのか?」

「残念ながら。ヴァンパイアに一定以上の血を吸われるとストラゴイになります。西方諸国でも、昔、非人道的ではありますが実験を行いました。王家の子息がストラゴイになったからだったと思いますが。多くのストラゴイの解剖も行われました。ですが、脳そのものが変性しているとかで、戻せなかったのですよ。主たるヴァンパイアが死ぬと、眷属も死にます。そういう、魔法的な繋がりが出来てしまった上に、身体変性も起きているので、どうにも……」

グラハムは、苦々しい表情を浮かべながら悔しそうに語った。


「そうか……仕方ないのか」

ヒューはそう言うと、立ち止まって、一行に向かって言った。

「全員聞け。ストラゴイが向かって来たら、躊躇なく倒せ。逡巡するな。迷えば、その迷いが仲間を死地に追いやることを忘れるな」


決して大きな声ではない。

だが、聞くものすべての腹にドスンと重く響く声。

そんな声であった。




三十分後、漁村の入口の広場に着いた一行が見たのは、中央で偉そうに、仕立てのいい服を着て椅子に座る見た目三十歳前後の男。

その左右に陣取る男女……とはもはや言えない、恐らくあれがストラゴイなのであろうという者たちであった。


「不意打ちで襲えばいいのに。ヴァンパイアって馬鹿正直なのですね」

涼の呟きが聞こえたのは隣りのニルスだけであったが、ニルスが顔をしかめながら小さく首を振ったのは、内緒である。



先に口火を切ったのはヴァンパイアであった。

「ようやく来たか。存外時間がかかったではないか」

上から目線で偉そうな口調である。


「ほう。俺たちが何のために来たか分かっていると」

「当然だ。我を討伐しにであろう。それなりに強い冒険者であると嬉しいのだがな」

「それはあれか。強い人間の方が、眷属にした時に高い能力を持った奴になるからか」

「よくわかっているではないか」

ヒューの答えに満足したのであろう。ヴァンパイアは笑いながら答えた。


「我が眷属となるものに、先に名乗っておこうか。我が名はカリニコス、ハスキル伯爵である」

「伯爵だと……」

グラハムの呟きは、誰にも聞こえないほど小さかったが、彼が受けた衝撃はかなりのものであった。



西方諸国は、その歴史上、ヴァンパイアと激しい抗争を繰り返してきた。

それこそ、千年を遙かに超える長き戦いである。

だが、それもここ百年、下火となっていた。

理由は、ヴァンパイアの数が減ったからだ。

理由はわかっていない。

しかも、伯爵以上どころか、子爵級のヴァンパイアすら滅多に遭遇していない……一般にはそう言われている。


一般には公開されない情報の中には色々とあるが、グラハムですら、伯爵級との対峙は数えるほどしかないことを考えると、今回の遭遇はかなり稀有な例と言えた。

子爵級、伯爵級のヴァンパイアの討伐を行う場合、事前にかなりの情報を収集して事に臨む。だが、今回は事前の情報が全くない……。

そのため、勇者と英雄という最高級の人間側戦力を揃えながら、グラハムの中に一抹の不安が宿ったのは事実であった。


「お前さんの眷属になるつもりはないから名乗るつもりもない。ただの、ヴァンパイアを討伐に来た冒険者だ」

ヒューはそういうと、剣を抜いた。

それを合図に、ローマンをはじめ前衛が武器を抜き、後衛が杖などを構える。

「ふむ。ならば名も知らぬ眷属として、死ぬまで使われるがいい」

ヴァンパイアカリニコスがそういうと、ストラゴイが一斉に動き出した。


こうして、当初想定された森の中ではなく、漁村において、ヴァンパイア討伐戦が開始された。




ストラゴイの数は、ざっと六十体を超える。

そのうちの半数が一斉に襲ってきた。


「ローマン、俺たちはヴァンパイアを討つぞ!」

ヒューはそういうと、襲ってくるストラゴイを突破して一番奥で待ち受けるヴァンパイアに向かって走って行く。

それに続いて、勇者ローマンも突っ込んで行った。


残された十人で、ストラゴイを迎え撃つ。

「<ストーンジャベリン>」

「<エアスラッシュ>」

「<ファイアージャベリン>」

勇者パーティーの魔法使い三人が、次々と攻撃魔法を放つ。


だが……、

「馬鹿な!」

「当たらない……」

「何だあのスピードは」


かなりのスピードを誇る攻撃魔法が、全てかわされる。

西方諸国でも、さすがにこんな経験をしたことは無い三人。


そんな魔法をかわしながら近づいてくるストラゴイに対する最終防衛ラインは、十号室の二人の剣士、ニルスとアモンである。

二人の剣もかわされるのだが、左手に着けた小盾を上手く使いながら、近寄るストラゴイと渡り合っている。


そんな状況の中、ストラゴイのスピードについていけているのは、エンチャンターのアッシュカーンと斥候のモーリスであった。

エンチャント<パーティーヘイスト>によってスピードを底上げされ、さらに元々がスピードに自信のある二人である。

少しずつではあるが、ストラゴイへの打撃を与えていた。



そんな中、涼は何をしていたのか?

もちろんさぼっていたわけではなく、後衛の中でも最後衛である回復職エトとグラハム、そして戦闘に加わらない伝承官ラーシャータを、アイスウォールを駆使して守っていたのである。


その合間に、素早く動くストラゴイを<アイスバインド>で縛れないかを試していたのであるが……。

「生成が間に合わない……」

涼のアイスバインドの生成は、すでに一秒もかからない。

ゼロコンマ数秒という世界なのであるが、それでも捕らえきれないのだ。


「目で追って、認識してからの生成だから間に合わないのか」

人間の視野角は、真正面を見た場合だと右側に三十五度、左側に三十五度、合計で七十度しかない。

頭を振れば片側百度を超えるが、ストラゴイのスピードを追うのに、頭を振って追う余裕はない。


「目以外で奴らを認識できれば……」

パッシブソナーやアクティブソナーは、認識スピードという点では決して早くない。

もっと直接的な、ストラゴイの体の一部の何か……例えばストラゴイの体内にある水分などを捕捉できれば……。

とはいえ、接触し、体内をサーチした相手であるならともかく、正面を動き回る相手の体内の水分を認識するのは、今の涼でも不可能である。



「僕が準備した水で濡らしてしまえば……いけるか?」



涼がブツブツと呟いているのは、すぐ側にいるエトとグラハムは気付いていた。

二人とも、適時指示を出しながら……特にグラハムは、前線に出ているローマン以外のパーティー全員に指示を出しながら、チラチラと涼の様子を窺っている。


そんなグラハムに涼は小さな声で囁いた。

「一瞬雨を降らせます」

エトには、もはや言わない。十号室の三人は、水や氷の何かがあれば、もうそれは涼がやったことだと認識できるから。

今更、驚いたりもしない……多分。

だが、慣れていない勇者パーティーは違う。


そのために、一言声をかけたのであるが、グラハムが何か反応する前に、すでに涼は唱えていた。


「<スコール>」

本当に、一瞬だけ、辺り全体に雨が降る。

その雨は、ぎりぎりローマンとヒューが戦っている前線には降らない範囲で、だが後衛とその周辺のストラゴイはびしょ濡れになっていた。

最初は三十体ほどであった後衛に向かってきていたストラゴイたちは、いつの間にか五十体にまで増えていたのである。


だが、それら全てがびしょ濡れになった。


『涼の水』で濡れた相手なら、視覚によらず魔法的に認識可能である。

正確には、ストラゴイを認識するのではなく、ストラゴイにまとわりついている『水』を認識しているのであるが。


その『水』を認識し、凍るのをイメージする。

「<氷結>」

ストラゴイの表面に着いた水が凍り始め、それを核にして空気中の水分がくっつき氷が拡大。一瞬のうちに、五十体のストラゴイたちが氷にまみれ、動きが遅くなっていった。

もちろん、そんな隙を逃す勇者パーティーの面々ではないし、経験を積んできた十号室の前衛二人でもない。

段々と、動くことすらままならなくなっていくストラゴイたちの首を次々と刎ねて行った。


「なんとか、なったか……?」

氷まみれになったストラゴイ五十体全ての首を落とし、ニルスがようやく言葉を吐く。


後衛の戦いはなんとかなったが、本当の戦いは、むしろここからだったのである。


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