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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第九章 コナ村
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0154 敵は……

「何で、誰も来ないんだ?」

思いきり顔をしかめて、ヒューは大会議室を歩き回っている。

時刻は朝十時前。

涼たち十号室の四人と、ローマンたち勇者パーティー七人は、一時間近くここで待たされていた。


そこへ、息を切らせて代官ゴローが飛び込んできた。

「マスター・マクグラス、彼らは朝早くに森に潜ったそうです」

「なっ……」

あまりと言えばあまりな報告に、ヒューは絶句した。


「もうしわけありません。昨日、直接執務室に呼んで、九時からの会議を伝えたのですが……。なんでこんなことに」

ゴローは何度も首を横に振りながらため息をついた。


「まあ……この件は自分たちで解決する、と啖呵きっていましたからね……。行ってしまったものは、仕方ないでしょう。帰ってきたら、その場で怒鳴りつけてやります」

ヒューもため息をついた。そして、十号室と勇者パーティーの方を向いて言った。

「わるいな。そういうわけで、今日のところは解散だ」

それだけ言うと、ヒューは近くの席に座り込んだ。



「これは、リョウさんと模擬戦をやれ、という神の思し召しに違いありません」

「違いあります」


勇者ローマンはリョウに模擬戦を挑み、涼はすげなく断った。


「なぜ……」

「いや、王都でさんざんやったでしょう……」

ローマンが目を大きく見開いて理由を問う。

涼は、当然という顔をして言った。


「リョウとローマンの模擬戦って……。お前たち、村を破壊するなよ?」

ヒューが、驚きの表情を浮かべながら二人に言った。

「いや、模擬戦で村を破壊するとか……僕らを何だと思ってるんですか」

「まったくですよ。ただの剣戟ですよね」

涼が信じられない言葉を聞いた、と言わんばかりの表情でヒューを見て、ローマンも苦笑しながらそれを肯定する。


ただし、その後に、ちょっとだけ言葉が付け加わった。


「リョウさんが魔法を使って模擬戦をしたら、村は滅びるでしょうけどね」

「おい!」

涼とヒューが異口同音につっこんだ。

涼は「そんなわけないだろう」の意味で。

ヒューは「そんなことになるのかよ」の意味で。


隣で聞いていた十号室の三人は同じことを考えていた。

(リョウに、模擬戦の相手を頼むのは、絶対やめよう)




お昼を少し過ぎた頃であった。

「キャーーー」

虫の除去作業を手伝っていた十号室の四人の耳に、女性の悲鳴が聞こえた。


「どっちからだ?」

「東です。森の方」

四人は傍らに置いておいた武器を手に取り、急いで悲鳴が聞こえた方角に走って行く。

途中で、同じく悲鳴を聞いたらしい勇者パーティーも合流した。



着いた場所には、村の女性が尻もちをついて座り込んでいた。

その視線の先には、血まみれの人間たち。


「とりあえず、全員の脈を診てください」

勇者パーティーの、聖職者グラハムがパーティーメンバーと十号室の四人に呼びかける。

「ある」

「あるぞ」

「すごく弱いけど、あるみたい」

「……ない」

そんな声が、聞こえる。


血まみれの人間たちは、カイラディーの冒険者たちであった。

竜のアギト五人、五連星五人の十人いたはずであるが、そこにいたのは七人だけ。

しかも、戻って来た七人のうち、すでに二人の脈はない。


「一番危険な状態なのは彼ですね。それと、こっちの彼。この二人は私が治します。エトさんは、三番目に危険そうな、あの人をお願いします。あとの二人は命の危険はないでしょうから、誰かポーションをお願いします」


さすがの聖職者グラハム、見事なトリアージである。

涼は素直に感心していた。

それだけ多くの修羅場を経験してきたのであろう……様々なノウハウを身につけている、それは冒険者として、この上ない財産だ。


そう思いながら、涼はいつもの鞄から自家製ポーションを取り出す。

「この……ああ、剣士ドゴンには僕がポーションを飲ませます」

そう言って、涼はポーションをドゴンの口から飲ませた。

命に別状はなかったとはいえ、見える範囲だけでもかなりの傷を負っている。

それが、ポーションを飲んだ瞬間、回復していく。

いつ見ても、不思議な光景だと、涼は思っていた。


「すまん……助かった」

昨日までの、傲慢で、敵対的な態度など欠片も無い様子で、感謝した『竜のアギト』リーダーの剣士ドゴン。

「いいってことです」



聖職者グラハムの適切なトリアージとエクストラヒール、神官エトの連続ヒールによって、息のあった五人は無事命をつなぎとめた。

その頃には、ヒューや代官ゴローも現場に到着し、救護体制の確立などがなされた。

重傷者三人は、命は救われたが流した血の多さから、まだしばらくは絶対安静が必要ということで、救護室に寝かされる。


比較的軽傷であった、剣士ドゴンを含めた二人は、報告を兼ねてすぐに大会議室に連れて行かれた。

もちろん、十号室の四人も、勇者パーティーもそれについて行く。

何が起きたのかは、誰しもが気になるところだったからだ。



「俺たちは罠にかかりました」

剣士ドゴンの言葉に、眉をひそめたのはヒューだけではなかった。

聖職者グラハム、土属性の魔法使いベルロックといった、比較的年齢の高い冒険者も眉をひそめる。


もちろんそれは、村人が仕掛けていた罠に間違ってかかりました、などという意味ではない。

さすがに、F級で冒険者成りたてならともかく、D級、C級冒険者でそんな罠にかかる者はいやしないのだから。

つまり罠にかかりましたというのは、「罠を設置し、そこに人間を誘導することができる知的な何か」がいるということを表しているのだ。


(罠を作る魔物と言えば、まずはスパイダー系。あれはやっかいな奴が多い……なにより毒を持つのが多いからな。他には、蟻地獄とかか? だが砂地に生息する奴だから森にはいないだろう。他……森って、まさかケンタウロスってことはないよな? 王国南部は完全に生息域から離れてはいる……が……可能性はあるか。後は、あまり知られていないが、シャドーストーカーか。森は鬱蒼としているらしいから、可能性はあるが……あれとはやり合いたくないな。あまりに厄介すぎる。こう考えていくと、やはり面倒な相手ばかりだな)


次々に、罠を設置する魔物を頭の中でリストアップしていくヒュー。

さすが、元A級冒険者である。

「それで、どんな罠だったんだ?」

「落とし穴です」

その答えは、先ほどの三人を中心に衝撃的なダメージを与えた。

「馬鹿な……」

その言葉を呟いたのは誰であったか……ヒューかグラハムか……。



『落とし穴』

人が作る罠の中では、最も初歩的で比較的簡単に設置できる罠だ。

罠の多くは、相手を拘束するためか、移動能力を奪うために設置されるものである。

そのため、拘束する道具や移動能力を奪う武器系の物を調達して、設置する必要がある。

だが、落とし穴はそんなものがなくとも効果を発揮する。

『穴』そのものが、移動阻害を引き起こすからだ。


だが、難しい点がある。

それは、『罠の隠蔽』。

落とし穴がそれなりの効力を発揮するためには、広く深く穴を掘らなければならない。

そしてその穴を、見えないように隠す必要がある。

この『隠蔽』のハードルが最も高い罠が、落とし穴だと言っても過言ではない。


現代地球におけるテレビや動画では、落とし穴の隠蔽に薄いウレタンやスポンジのマットを敷いてその上にカモフラージュを施すが、『ファイ』には、森の中にはそんなものはない。

細い枝などを組み合わせて、その上に落ち葉などを敷き詰めてカモフラージュ。

かなり細かな作業が必要かつ、対象が踏む前に枝が穴の中に落ちないように組み合わせるのも、かなり高度な思考が必要となるのだ。


それをやった魔物がいる?

経験豊富であり、多くの魔物と戦ってきた経験のある者であればあるほど、信じられない一言なのである。

設置された罠が「落とし穴であった」というのは。



いくつか疑問がある。

「そもそも、お前たちにも、五連星の方にも、斥候がいただろう? なぜ罠に気付かなかった?」

ヒューのその質問に、剣士ドゴンは首を横に振って答えた。

「それがわからないのです。先頭と最後方に斥候、中央に魔法使いという探索隊形だったのですが……落とし穴には、斥候を含め隊の前方三人が落ちました……」


そう答えると、ドゴンは唇を噛んで下を向いた。

その後の光景を思い浮かべたのかもしれない。


(感覚を狂わす何か……魔法か毒物系の何かを仕掛けられたか? だが、罠を張って、魔法や毒物で感覚を狂わす魔物なんて聞いたことがないんだが……)

ヒューは、出来るだけ表情には出さずに、思考を進めていた。


「ドゴンと言ったな。思い出すのは辛いかもしれんが、お前さんも冒険者だ。報告の重要性と、仲間の仇を討つためには詳細な情報が必要であることは分かるな? 前三人が穴に落ちた後どうなったかを、説明してくれ」

つとめて冷静に、ヒューはドゴンに言った。

変に同情すると、意固地になってしまう冒険者もいるのである。特に前衛職に多いことを、剣士出身のヒューはよく知っていた。



「三人が穴に落ちた後、残った七人は、三人を助け出そうと穴の周りに集まりました。今思えば、その間、そして救出に入るまで攻撃が無かったのは、タイミングを見計らっていたからだと思います。人の身長の二倍ほどの深さの穴でしたので、紐を取り出したりと救出の準備にとりかかりました。その時に襲われたのです。救出準備はしていましたが、もちろん警戒は怠っていませんでした。ですが……敵が強く……」

「それで、その敵と言うのは何だった?」


今まで以上に、静かに、落ち着いた声音でヒューは尋ねた。


「人間……に見えました。ただ、ひとっとびで木の上に乗ったり、身体能力が桁違いで……武器も持っていませんでした。伸びた爪で攻撃してきて……あの眼、あの赤く……真っ赤に染まった眼……あれが……」

そこまで言うと、ドゴンは顔を覆って、うずくまった。


「赤い眼と伸びた爪……」

聖職者グラハムは思い切り顔をしかめて呟いた。

その小さな呟きに促されたのだろうか、剣士ドゴンは俯いた顔を上げ、言った。

「五連星リーダーのジョーさんが言っていました。あれはヴァンパイアだと」



ヴァンパイア。

それは、経験の浅い十号室の四人も、勇者パーティーの比較的若い面々をも驚かせるのに十分な単語であった。


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