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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第九章 コナ村
164/930

0153 追加戦力

二日後。

コナ村は、何事も無く静かに時が流れていた。


村人は、時折現れる『魔人虫』を見つけては、駆除……木から剝がして、潰す。

十号室の四人は、それを手伝い、時々訓練し、時々コーヒーを飲み、また手伝っていた。



竜のアギトの五人は、毎日、なぜか東の森に入って行っていた。

「なあ、あの五人、依頼主の意向とか……」

「シィッ!」

ニルスが何事か言いかけるのを、涼が口の前に指を一本立てて、止めた。


「な、なんだ?」

「それ以上、言ってはいけません。ニルスが言うと、それがフラグになる可能性があります」

「ふらぐ……って何だ?」

「言葉が、現実になる恐ろしい現象です。例えば、ニルスはニーナさんに振られる……」

「おい、なんだと!」

涼の言葉に、ニルスが怒る。

「嫌でしょう? そういう風に、言葉と言うのはとても大切なものなのです。むやみに変な言葉を吐くのはやめましょう」

「よくわからないが……やめる」


まったくフラグの説明になっていないが、涼は嫌な予感がしていた。

ニルスにあれ以上しゃべられたら、何か起きそうな予感が……。

もちろん、涼の勝手な思い込みであるが。



だが、思い込みは時として現実となる。

その日の午後、最初の追加戦力がカイラディーから到着した。


それを待っていたかのように、竜のアギトの五人が、涼たちの前に現れた。

新たに到着した五人を伴って。

十号室の四人は、誰しもが嫌な顔をしていた。

こんな状況、嫌な予感しかしないのである。



真っ先に口を開いたのは、剣士ドゴンであった。

「こちらは、カイラディーのC級パーティー『五連星』の皆さんだ。カイラディーでも、一番のベテランパーティーだ」

(C級でベテランってことは、B級に上がる実力がないってことじゃないか……)

涼は心の中で毒づく。

男性五人のパーティーで、全員三十代半ばである。

(五人揃って悪人面)


失礼なことを涼が考えていると、『五連星』の槍士が口を開いた。

「お前ら、D級パーティーらしいな。ってことは、上位である俺らC級パーティーの言うことは絶対だよな」

「そうなの?」

涼が、横のエトに聞く。

「規則としてあるわけではないけど、慣例だね。護衛依頼とかを一緒に受けた場合、上位パーティーのリーダーが仕切るでしょう。ああいうやつ」

エトは忌々しさを込めながら答える。

エトがそういう言い方をするのは非常に珍しい。

たいていの場合、淡々と、飄々としているからである。


「そういうわけだ」

エトの答えを聞いて、先ほどの槍士が口元をニヤリとして言った。

「で、おれら、移動してきて疲れてるんだわ。ちょっと、脚揉んでくれねえか」

そういうと、何がおかしいのか、他の四人と竜のアギトの五人は、大笑いした。


「ふざけやがって」

ニルスが小さな声を絞り出す。

「あ~ん? 何か言ったか、お前」

槍士が脅すように言う。


涼が、ニルスの前に出て言う。

「えっと、わかりました」

「おい、リョウ!」

ニルスが驚いて、涼の腕を後ろから掴む。


涼はそれを無視して続ける。

「ただ、本当にあなた方がC級なのかわからないのですが……」

「なんだと、こら!」

「なので、ちょっとギルドカードを見せていただいてよろしいですか?」

「おう。確認したら揉めよ」

「ええ、確認『できたら』、揉みますよ」

涼は大きく頷いた。



槍士は、ギルドカードを出しながら涼の方に歩み寄り……転んだ。



「ぐうぉっ」

それはもう、派手に……。

もちろん、涼の<アイスバーン>である。

もしかしたら、対人でいちばん使っている魔法なのじゃないかとすら思う……。


「大丈夫ですか?」

涼は、心配したふりをして、声をかける。

もちろん、声をかけるだけで、駆け寄ったりはしない。


「くそっ、突然滑りやがった。何だってんだ」

そう言いながら、槍士は起き上がろうと足に体重をかけて……また転んだ。

「ぐはっ」

「だ、大丈夫ですか?」

涼は、再び心配したふりをして、声をかける。


二度目ともなると、十号室の三人は理解し始める。

『これはリョウの仕業だ』と。


さらに、三度目の転倒が起きて、三人は確信した。

原理は分からないが、『リョウがやっている』と。



だから、乗ることにした。

「大丈夫ですか?」

涼以外の三人も、転んだ槍士に声をかける。

もちろん、本当に心配そうに、である。

ここで求められるのは、真実を語る言葉ではなく、見る人を欺く演技力。


「くそ……一体何だってんだ……」

槍士は立ち上がれない。

自然の氷よりも、異常に滑る氷である……瞬間的に、槍士の足の裏に発生している氷は。

フローリングの床の上に、ビー玉を大量に転がして、その上を靴で歩いてみる……まず確実に転ぶ……それと同じような状況に、槍士は陥っているのだ。


はっきり言って、地獄だ。


さすがに、カイラディーの九人全員、普通の状況ではないことに気付き始めていた。

何が起きているのか理解できないが、少なくとも普通の事ではない。

そう、それこそ、呪いの様な何か……。



「なあ、リョウ。これって、どういう落としどころっつーか、決着の仕方を狙っているんだ?」

ニルスが、隣にいる涼に囁く。

ずっと、槍士が立ち上がろうとするたびに転がり続け、カイラディーの九人も何か恐ろしいものでも見るように、当たらず触らず腫れものに触れるかのような態度をとっているのを見ていると、これからどうなるのか全く見えてこなかったのだ。


もちろん、涼もこの先は考えていない。


なので、

「ルンから追加戦力の人が着くまで、このまま……?」

などということを言う。

「マジか……」

それは、ニルスでもさすがに無謀だろうと思う。


いつ着くのか、誰も知らない。

そもそも、今日中に着く保証もない。

その間、ずっとこれというのは……ムカついた相手とはいえ、さすがに槍士に憐れみを覚え始めていた。



「それにしても……」

涼が小さな声で囁く。

ニルスは、それを耳を澄まして聞こうとする。

「ルンの街からは誰が来るんでしょうね」

「今話すべき内容は、本当にそれなのか?」

ニルスは、場違いな話題にため息をついた。


だが……、

「『赤き剣』とか来ませんかね……魔人討伐の可能性があるんですから。ギルドの最高戦力を送るでしょう?」

アモンが、その話題に乗っかった。

十号室最年少でありながら、いつもなぜか最も常識的なことを言うアモンが、今回はこの急激な話題転換に乗っかったのである。

ニルスにとっては、ある意味ショックであった。

(アモンまで、リョウに毒されたか……)

かなり失礼なことを考えるニルス。


だが……、

「『赤き剣』は西部の依頼だったから……戻って来てれば来るかもしれないけど、どうかな~」

エトまで、この話題に乗っかったのである。

ニルスは、パーティーリーダーとして、深い、本当に深いため息をついた。

そして思ったのだ。

(乗るしかないのか、この大波に……)


そして、乗った。

「大穴で、風のセーラという線も」

「それはない」

三人から全否定されるニルスであった。



カイラディーの槍士、彼の救世主が来たのは、三十分後。

ルンの冒険者ギルドの紋章をつけた馬車が二台、代官所に到着した。

槍士が滑り続けている地面の、すぐ横にである。


最初の一台から、強面巨漢の男が降りてくる。

「ヒューさん?」

「ギルドマスター……?」

涼とアモンが囁くような声で呟いた。


続けて降りてきたのは、若い剣士であった。

「ローマン……」

二台目からも、涼が見たことのある西方諸国の人たちが降りてきた。

総勢八名。


ギルドマスター、ヒュー・マクグラスと、勇者ローマンとそのパーティー。

それが、ルンの冒険者ギルドが送り出した追加戦力であった。



「おう、ニルスたちじゃねぇか。出迎えご苦労……ってわけじゃなさそうだな」

そう言うと、一人地面に転がり、半ば立ち上がるのを諦めた槍士を、ヒューは見た。

「何やってるんだ?」

「立ち上がろうとしています」

ヒューの言葉に、涼が的確に答える。


「あ、ああ……なんかわからんが、いろんな訓練の方法はあるからな。俺らの事は気にしないで続けてくれ」

そう言うと、そのまま去ろうとする。


「ま、待ちやがれ」

立ち上がることは諦めたが、逆に鬱屈した感情を抱いてしまったカイラディーの槍士。

「俺らは、カイラディーのC級パーティー『五連星』だ。この依頼は、俺たちカイラディー冒険者ギルドが仕切る。口を出すなよ」

どう見ても、強面巨漢のヒュー・マクグラスは、高位冒険者に見えると思うのだが、滑り続けた槍士は、そんな冷静な判断力すらも奪われていた。


「おう、そうかい。お前さんたちが、カイラディーの冒険者か。俺は、ルンの冒険者ギルドでギルドマスターをしているヒュー・マクグラスだ。残念ながら、この依頼は、俺が仕切ることになる。悪く思うなよ」

「ギルドマスター……?」

「マクグラス……って、あの『英雄マクグラス』?」

「マスター・マクグラス……本物かよ」

カイラディーの冒険者たちの間に、囁きが、さざ波の様に拡がっていった。


「有名なんだな、ギルドマスター」

ニルスが、涼に小さな声で囁いた。

「大戦の英雄ですからね」

涼が、同じくらい小さな声で返す。


「あと、こっちが今代の『勇者』ローマン殿と、そのパーティーだ。たまたまルンの街に滞在していたので、協力してもらうことになった。よろしくな」

ヒューは、さらに爆弾を落とす。

だが、もはやカイラディーの冒険者たちの処理能力を超えていたらしく、芳しい反応は得られなかった。


「……は?」


これだけである。

むしろ、十号室の三人の方が、反応した。

「勇者って……マジか」

「勇者と共同戦線」

「剣士なら、学ぶものがたくさんありそうです」

ニルス、エト、アモンはそれぞれの言葉で、驚きを表現した。


そして、そんな勇者ローマンが十号室の四人の元に近付いて来た。

「リョウさん、お久しぶりです」

「あ、はい、お久しぶりです……」

ローマンは、涼の前で頭を下げて丁寧に挨拶をする。

涼は、おざなりな言葉ながら、頭を下げて応じる。


「リョウさん、勇者と知り合いらしいです」

「リョウならあり得るよね」

「いつもの、リョウは何でそんな人と知り合いなんだよ、というあれだな。俺はもう驚かないぞ」

アモンは素直に驚き、エトは納得顔で頷き、ニルスは何度も首を横に振りながら、『驚かないぞ』を連発していた。




「マスター・マクグラス自ら合流していただけるとは。これほど心強い援軍はありません! しかも勇者パーティーまで加わってもらえるとは……感謝いたします」

代官ゴローは、ルンからの追加戦力を迎えた時、本当に嬉しそうな表情を見せた。


「カイラディーの方が、あんなのだったから、余計にでしょうね」

涼は小さく独り言を呟いた。

だが、隣には聞こえていた。

「あんなの?」

隣は、ギルドマスター、ヒュー・マクグラスであった。

そこで、ヒューはハッと気づく。

「リョウ、まさかお前、カイラディーの冒険者と衝突とかしてないだろうな?」

「してるわけないでしょう。ヒューさんは、僕の事をいったい何だと思ってるんですか」

いかにも心外だ、という表情で、やれやれと首を振る涼。

それを見て、十号室の他の三人が、ちらりと視線を交わしあったのは内緒である。

「そうか、何も無いならいいんだ」

そう言って、ヒューは何度も頷いた。



「魔人が眠る場所に関して、いくつか目星がついているとか」

コーヒーを飲んで一息ついてから、ヒューはラーシャータにむかって言った。


「はい。中央神殿の方で過去の資料を分析した結果、この村の東に広がる森であることは確かなようです。その中で、三カ所ほど、候補が上がっています」

「なるほど……。ただ……正直、代官としては穏便に済ませたいのではないですか?」

ラーシャータが答え、ヒューは代官ゴローの心内を慮る言葉を吐く。

「全くその通りです。魔人そのものに恨みがあるわけではありませんから。あの、『魔人虫』さえ木につかなければ、そっとしておきたいですね。寝た竜は起こすな、という感じです」

ゴローは深く頷きながら答える。


「もう一つ。村人の失踪の件については、どこまで進んでいるのでしょう?」

「それについては、カイラディーの『竜のアギト』の方々が取り組んでくださっていますが……特に目新しい発見は無いみたいですね」

ゴローの答えに、ヒューは顎に手を当てて考え込んだ。


(失踪者は十二人。後半では、村人総出で捜索が行われたが、失踪者はもちろん、亡骸すらも見つからず、と報告書にあったが。魔物の住む森だぞ? 亡骸すら見つからないというのは、どういうことだ? 想像したくはないが、魔物に襲われたのなら、遺体の一部は転がってたりするだろ? やはり、魔物以外の何か、あるいは誰かに連れ去られたか)


ヒューは、上がってきていた報告書から、いくつかの可能性を持って臨んでいた。

見た目は強面巨漢の、脳まで筋肉、通称脳筋の典型に見えるヒュー・マクグラスであるが、実際は頭脳労働も苦手としていないのである。

そうでなければ、A級冒険者になどなれない。


どんな分野でもそうだが、一流までなら、賢くなくても到達できる。

だが、超一流には、賢くなければ到達できない。

スポーツも、芸能も、そして冒険者も。


「正直、失踪者の事件は厄介な感じがします。少し、調査態勢を立て直しましょう。明日の午前中にでも、カイラディーの冒険者たちと相談したいので、連絡をお願いできますか」

「わかりました。では……明日の朝九時に、このフロアにもっと広い大会議室がありますので、そちらで話し合うことにしましょう。彼らにも伝えておきます」



だが、次の日。大会議室に、カイラディーの冒険者は誰一人現れなかった。


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