0149 コナコーヒー
新章『第九章 コナ村』開始です。
王都から戻ってからの涼の生活は、比較的規則正しいものであった。
午前中は錬金術と魔法に明け暮れ、午後は騎士団演習場でセーラと模擬戦を行い、夕方お風呂に入ってご飯を食べた後は、寝るまで錬金術と魔法に時間を費やす。
あるいは時々、午前中からセーラがやって来て、リビングで本を読む。午後は飽食亭などでご飯を一緒に食べて、そのまま騎士団演習場へ。
そんな日々が続いていた。
王都で天才錬金術師ケネスに教えを請い、ルンの街に戻って来てからも錬金術の習熟に真摯に取り組んだ結果……。
「ふふふ、ついに手に入れたですよ!」
涼は思わず怪しげな笑いを漏らしてしまった。
「どうしたリョウ?」
それを見て、セーラが怪訝な顔をする。
「セーラ、ちょっと外に出て、見てください」
涼はそう言って、セーラを外に誘った。
「<残像8>」
涼が唱えると、三十メートルほど先に、八体の涼の外見をした『もの』が浮かび上がる。
「おぉ! リョウが八人いる!」
「空気中に、水蒸気や氷の粒を使って、僕を映し出してみました。いえ、それはいいのです。問題はそれじゃなくて……」
そう言いながら、涼は頭の中にイメージを浮かべる。
「<フローティングマジックサークル>」
すると、涼の周囲に、八つの魔法陣が地面と垂直に、残像に相対するような形で浮かび上がった。
「<アイシクルランス>」
そして、それぞれの魔法陣からアイシクルランスが発射され、残像を貫く。
「おぉ!」
その光景は、とても幻想的なものであった。
セーラは初めて見た光景に驚き、涼は努力の結晶に満足した。
「リョウ、綺麗な魔法だな!」
「でしょう? あれ……? 魔法? 錬金術じゃ……」
「錬金術? 錬金術だったか……? う~む、私の知らないやつだな。でも、とっても素晴らしかったぞ」
セーラは、弾けるような笑顔で、涼の努力を褒めてくれた。
錬金術なのか、魔法なのか、よくわからないが……どっちにしろ、セーラが笑顔で褒めてくれたからいいか。
涼はそういう奴だ。
ちなみに、ようやく魔法陣を浮かべることが出来るようになったが……アイシクルランスを一発放つことが出来る魔法陣を浮かべることが出来るようになっただけであるが。
当然、魔法陣を浮かべなくとも、今までやれていたことであり……戦力的な増強は全くない。
そう、一ミリもない。
だが、カッコいい、あるいは綺麗というのは、とても大切な事なのだ。
涼はその日の夕方、久しぶりに冒険者ギルドに向かっていた。
ルンの街に戻ってきた日には、そのままアベルと顔を出したため、約一カ月ぶりに。
残念ながら、途中にくれぇぷ屋台は無い。
ルンに戻ってくる前に、いなくなっていたらしい。残念である。
「リョウに来てもらったのは他でもない」
ニーナがお茶を淹れて下がると、ヒューが早速切り出した。
「例の魔石が、全て売れた」
いつもよりも小さな声で、ヒューは告げた。
顔は、不気味なほどに笑っていて……それなりに見慣れた涼から見ても、不気味である。
「出処がばれないように売りさばいたから少し時間がかかったが、涼の元に振り込まれる最終的な金額は、これになる」
そういうと、ヒューは、一枚の紙を渡した。
そこには、金額が書いてあり……。
「じゅ、十一桁……」
百億を軽く軽く超える金額が記入されていた。
「ああ。もちろん、税金や手間賃など全部差っ引いて、アベルの分ももちろん省いて、その金額だ。けっこうな金額になっただろ?」
ヒューはそう言うと、まさにこれが『ドヤ顔』、という感じの表情を浮かべ、椅子に深く座り直した。
「まさかこれほどとは……。一年くらいは豪遊できますね」
「いや、どんだけ金使い荒いんだよ」
涼の冗談に、ヒューはきちんとつっこんだ。
「まあ……船でも造らない限りは、十分生きていけそうです」
「船?」
「ウィットナッシュで見た……」
「あれは……もう一桁、上だからな」
ヒューはため息をつき、首を振りながら答えた。
「え……」
「あれの建造費は、三千七百億フロリンだ……」
「高いですね……」
「まあ、そうだな……」
二人同時に、ため息をついた。
ああいう船は、個人で作るものではありません。
涼は、せっかくギルドに来たし、お金も入ったために、贅沢をすることにした。
そう。ギルド食堂での食事である。
ギルドへの報告ピークも過ぎ、夕食時の食堂にはそれなりに人がいた。
涼が座る場所を探していると、遠くから涼を見つけて、手を振っている者がいた。
『十号室』のアモンである。
もちろん、同じテーブルに、ニルスとエトもいた。
「結構混んでますね」
涼は椅子に座りながら言った。
「リョウ、ギルドにいるの、珍しいな」
ニルスが日替わり定食を食べながら言う。
「冒険者が冒険者ギルドにあんまり顔を出していないというのも、ある意味すごい事だよね」
エトが、微笑みながら言う。
食べているのは、焼き鳥セットの様である。
「今日はちょっと呼び出しを受けまして……」
涼は、日替わり定食を注文した。
「リョウさん、いつも錬金術で家に籠ってますもんね」
アモンは、新メニューのピッツァらしい。
「ピッツァ?」
涼は慌てて二度見した。
アモンの前にあるのは、まぎれもなくピッツァである……マルゲリータに見える。
「ええ、新メニューらしいのですが、美味しいです。帝国で流行っていたらしくて、ついにルンの街にも拡がったということみたいです」
アモンは八分の一切り出し、涼に手渡してくれた。
涼はそれに感謝し、一口食べる。
紛れもないピッツァマルゲリータ!
しかも……、
「美味しい!」
「ですよね! これは街全体でも流行りますね」
涼が思わず言い、アモンが何度も頷きながら同意する。
「俺ら、明日から数日間、依頼で街を離れるからな」
それで、安さと美味しさが自慢のギルド食堂でのディナーになったらしい。
普段はどうしているのか……。
「自炊」
一言そう言って、エトが笑った。
まあ、三人で家を借りて暮らしているのなら、それが一番安上がりなのかもしれない。
「ルンから、片道一日くらいの場所にある、『コナ』という村に行くんです」
「コナ……」
アモンの説明に、反応してしまう涼。
そう、『コナ』と言えば、ハワイのコナコーヒーを思い浮かべてしまうのだ……。
地球にいた頃は、趣味と言うほどの趣味も無かった涼であるが、コーヒーは大好きで、日によって気分によって、飲み分けたりしていたものである。
そのため、いつの間にか味にうるさくなってしまったが、その中でもお気に入りトップスリーの一つが、『ハワイコナ』だった。
会社に、『冒険者デロング』に似た名前のコーヒーメーカーを導入したのは、涼の父だったが、それも涼のコーヒー好きに影響を与えたのかもしれない。
本当に美味しいコーヒーを淹れてくれたからである……全自動で!
「ええ。コーヒーという飲み物の元になる豆を栽培している村なんですよ」
「コーヒー!」
アモンの続けての説明に、先ほどとは比べ物にならない反応をしてしまう涼。
そしてそれを見て、少しだけ悪そうな顔をした剣士のリーダーがいた。
「リョウ、そのコーヒーの木に、最近見慣れない虫がつくようになり、しかも村では怪異も起きているらしいんだ。それで、D級・E級依頼としてあがってきたやつを俺たちが受けた……のだが……」
「のだが?」
少しだけ悪そうな顔をした剣士ニルスは、そこでいったん言葉を切る。それに反応する涼。
「村は、ルンだけじゃなくて、カイラディーの街にも依頼を出していて、そっちでもD級パーティーが依頼を受けているらしい……」
「うん? それって、村は、どちらかを取り下げるように、ギルドから言われるでしょ?」
涼は、依頼規定を思い出しながら答える。
「ああ。だが、お金をどちらにもきちんと払うから、できるだけ早く、そして確実に解決してほしいと言ったらしいんだ。それで、コーヒーの有名ブランドにもなってきている『コナ』からの依頼ということで、特例が認められた」
「なんという政治力」
ニルスの説明に、涼は舌を巻いた。
何となく、牧歌的なのんびりした雰囲気の村、という先入観を勝手に抱いていたが、違うのかもしれない。
冒険者ギルド二つを相手にまわして交渉し、自分たちの主張を認めさせたのだから。
「それで、いつの間にかギルド対抗の様相を帯びているらしい……」
「依頼を受けた時は、全然そんな空気じゃなかったんだけどねえ。わずか丸一日で、がらりと変わって」
ニルスの言葉を、エトが困った顔をしながら補足する。
「なんというか……負けられない戦い、らしい」
「わかります! 時に、負けられない戦いというのはありますよね!」
涼は共感した。
そう、負けられない戦い……負けてはならない戦いはあるのだ。
「現地で飲むコーヒーは、格別の美味さらしい」
ニルスは、ダメ押しの情報を提示する。
「でしょうね~」
涼は、その味を、その香りを、その光景そのものを想像し、幸せそうな顔をした。
「どうだ、リョウも行かないか?」
そして放たれた決定打。
「ええ、行きます」
その瞬間、ニルスの手も、エトの手も、アモンの手も、机の下で、ぐっと拳が握られたことを、涼は知らない。
三人共、経験から、涼がいればたいていの依頼が楽になることを知っているのである。
しかも今回は、なぜか対抗戦。
失敗は許されない。
想定外の、強力な助っ人を手に入れることに成功し、『十号室』の三人は安堵した。
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第一巻巻末には、書籍版だけの外伝「火属性の魔法使い」第1話~第8話(2万4千字)が載っています。
二巻に続きの第9話~第16話、三巻にさらにその続き……という感じで載ります。
オスカーの、6歳から18歳の物語です。




