0148 蘇る謎
ルンの街まであと少し。
「それにしても……この道中でも何も起きませんでした……」
「……は?」
涼の呟きは、隣を歩いていたアベルに聞こえた。
「左腕を斬り飛ばされておいて、そんなことを言えるリョウは、俺の想像を超えているよ」
アベルは心底そう思った。
「いえ、誤解の無いように言うと、ラノベ的王道イベントの『盗賊襲撃』とか、『貴族の令嬢救助事件』とかが無かったと言うお話ですよ?」
「うん、やっぱりリョウの言うことはよくわからないことだらけだな」
「ほら、普通、街道を歩いていたら、盗賊に襲われてそれを返り討ちにして、盗賊がため込んでいたお宝をがっぽりとか。あるいは、魔物や盗賊に襲われている貴族令嬢を助けて、その貴族家にいろいろ便宜を図ってもらったりとか、そういうのがあるじゃないですか?」
涼は、イベントの内容と重要性を熱っぽく語る。
「そういうのは、ないと思う」
だが、アベルは一刀の下に否定した。
「なあ、リョウ」
「何ですか? また、お金?」
「ちげーよ。お前に金せびったことないだろ!」
アベルは一瞬でキレて、しばらくして元に戻った。
「真面目な話だ。リョウは、なんで、あのレオノールと戦った時、あいつを氷漬けにしなかったんだろうと思ってな」
「ああ……」
アベルの問いに、涼はレオノールとの戦いを少し思い出し、左手をちょっとだけ見た。
切断された傷はもう残っていない。
「簡単に言うと、誰でも彼でも氷漬けにできるわけではないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。魔力の問題なのか、他の問題なのかはわかりませんが、基本的に、強力な魔法使いは氷漬けできないですね。少なくとも、今はまだ」
「今は……まだ……」
涼が最後にとって付けたように言った言葉に反応するアベル。
「将来どうなるかなんて、誰にもわからないでしょう? その程度の意味です。それで、氷漬けは、以前セーラに試させてもらったのですけど、全然無理でした。まあ、セーラの場合はエルフなので、別の意味で出来なかった可能性もあります」
「『精霊の守り』だな」
アベルが、王族的知識から呟く。
「よく知ってますね! セーラもそう言ってました。あと、この前、機会があったので、魔法団のアーサーさんにも試させてもらったのですけど、やっぱり出来ませんでした」
宮廷魔法団顧問のアーサー・ベラシスである。
涼からの呼び出しを受け、わざわざストーンレイクにまで来てくれた王国の重鎮である。
「いろいろ試してるんだな……アーサーまで犠牲にして……」
「犠牲とは失礼な! 魔法の発展に協力してもらっただけです。自分の魔法がどこまで出来るのかは、やっぱり知っておきたいじゃないですか。まあ、そんなわけで、レオノールに直接は試していないですが、多分氷漬けにはできませんよ」
涼は口をへの字にしながら言った。
氷漬けに出来れば一番簡単なのに……そう言いたげである。
「そもそもなのだが、人を氷漬けには出来ないらしいぞ?」
「ああ……。アーサーさんにも、それ言われたのですけど……。僕も、最初から出来たわけじゃないですよ? ロンドの森にいた頃、魔物で試してましたけど、最初の頃は身体の表面で弾かれていました。もの凄く練習して、出来るようになったのです」
「そ、そうか……」
「努力こそ、最強のツールです」
なぜか偉そうな顔の涼であった。
「そういえば、僕もアベルに訊きたいことがあるんでした」
「なんだ?」
「まったく……。そこで、『なんだ? また金か?』って返して来ないと……。アベルもまだまだですね」
「俺にいったい何を求めているんだよ!」
「もちろん、笑いの才能を……」
「リョウ、一生笑えなくしてやろうか?」
そういうとアベルは剣に手をかけるふりをした。
「もちろん冗談ですよ、やだなぁ、もう……」
そういうと、涼は大笑いするのであった。
アベルの高速抜剣は、かなりのスピードであり、この間合いでは不利であることを涼は理解していた。
頭の中で、いつでも戦闘を考えている涼……十分に脳筋に……つまり脳まで筋肉になっているのかもしれない。
「訊きたいことと言うのは、闘技とか剣技に関してです」
闘技というのは、剣士や槍士など、武器で戦う者たちが身につける『技能』である。
それは、涼の目から見ると、修練を積んだ先に身につける技術とは、一線を画すというか、異質なものに見えるのだ。
そう、まるで、魔法か何かの様に。
「闘技って、物理職用の魔法ですか?」
涼の問いに、アベルは少し目を見開いた。
「そういう考え方を主張する研究者がいるのは事実だ。実際のところはよくわかっていないのだがな」
「使っているのに分かっていない?」
「ああ。そもそも魔法だって、なんであんなことが出来るのか、全部わかってはいないだろう?」
「まあ、確かに」
涼は、自分を含め、魔法使い達の様々な魔法を頭に浮かべながら答える。
「リョウみたいに魔法を発動する奴もいれば、詠唱しないと発動しない奴もいる。人間だけではなく、魔物でも魔法を使う奴もいるし……そういえば魔法無効化なんていうとんでもないことをやる魔物もいたよな……」
アベルは、かつて見たベヒモスとワイバーンの戦いを思い出しながら言った。
「そう、詠唱! 僕やセーラ、あるいは……まあ、不本意ですが、『あの火属性魔法使い』などは省いたとしても、みんな詠唱をしますね。かと思うと、以前行った村にいた、大地母神を信仰していたババ様は詠唱などしませんでした。そして、同行していたエトに言ったのです。『詠唱はせぬ。というより、元々詠唱などというものは無かったのじゃ。いつの頃からか、詠唱などというものが当然のようにはびこるようになってしまった』と」
「そうなのか? それは俺も知らんが……。そういえば、闘技というのが中央諸国に出てきたのは百年前だというのは、昔教えてもらったな。その辺とも関係があるのかな……」
「それに……勇者ローマンのパーティーメンバーも、詠唱してませんでしたよね……」
涼は、地下墳墓で共に戦った際の事を思い出していた。
「そういえばそうだったな。トリガーワードだけだった……」
それを聞いて、顔を跳ね上げる涼。
「それもです!」
「な、なんだ?」
涼の激しい反応に、驚くアベル。
「その『トリガーワード』という言葉!」
「え? 魔法を発動させる……言葉だろ?」
「中身ではなくて、『トリガー』という言葉! 意味知ってます?」
涼が興奮している理由が今一つ分からないアベルは、首を傾げながら考える。
「意味も何も……トリガーワードはトリガーワードとしか……」
首を傾げながら答えた。
『トリガー』とは、地球においては、『銃』などの『引き金』を意味する。
最後の魔法発動を引き起こす言葉を『トリガーワード』と呼ぶのは、とても象徴的である。
象徴的であるからこそ、完璧にマッチしているからこそ……なぜその言葉なのか?
だって、『ファイ』には、多分、まだ銃なんて存在しないのだよ?
ようやく、『黒い粉』というものが、国レベルの機密扱いで製造されるようになったレベルなのだ。
地球において、『黒色火薬』は英語でBlack Powder……そのまま『黒い粉』である。
おそらく、黒色火薬かその親類辺りであろう。
ようやくそんなものが出回り始めた段階で、『トリガー』と言う言葉は既に一般的になっており、しかも昔から使っているらしいと。
涼からすれば、違和感ありまくりである。
そして、もう一つ関連したものを思い出した涼。
「それにあれもですよ! リンが風属性魔法の最上級魔法を放ったでしょう? めちゃくちゃ詠唱が長いやつ。大海嘯の時に放ったとか?」
「ああ……『バレットレイン』だったか?」
「そう! 『バレット』って意味、知ってます?」
「いや……バレットレインはバレットレインだろとしか……」
バレットとは、地球においては『弾丸』の事である。
つまりバレットレインは、弾丸の雨……言い得て妙と言える。
だがやはり……だからこそである。
未だ、『弾丸』など無いはずの世界で、なぜ『バレットレイン』などという名前がついた魔法があるのか。
「本当にわからないことばかりです」
涼は顔をしかめながら考えるのであった。
「え~っと、リョウの疑問で答えられそうなのは、闘技くらいだぞ」
「ああ……大丈夫です。他のはアベル以外の人に訊きます」
「何か馬鹿にされた気分だが……気にしないようにしよう。闘技は、だいたい百年前に、中央諸国に拡がったと言われている。最初に誰が使うようになったのかとかは、伝わっていないがな」
アベルは闘技の始まりを紹介してくれた。
「百年前? けっこう最近ですね」
「まあ……百年前を最近と言えるかどうかはよくわからんが……」
「だって、セーラの歳の半分……」
「うん、エルフを基準に考えたら、大抵の物事は『最近』となるだろうな」
涼の、あまりのくくり方に、アベルはため息をつきながら答えた。
「それから、闘技が魔法的なものではないかというのは、さっきも言った通り、研究者たちの間でも結論は出ていないからわからん」
「なるほど……。その闘技、魔法無効空間でも使えるといいですね」
涼の一言に、凍りつくアベル。
だが、我に返る。
「いやいや、魔法無効空間とか、滅多にないからな」
「魔物との戦闘で……」
「いやいや、ベヒモスクラスと戦うこと自体、まずないし。闘技とか関係なしに、勝てないだろ」
アベルが見たことがある魔法無効化は、ベヒモスが発生させたと思われる魔法無効空間だけである。
「アサシンホークが進化すると、魔法無効化の能力を身につけますよ」
「マジか……」
涼は、片目のアサシンホークが、最後の戦闘時には魔法無効化を発動したことを体験している。
それを聞いたアベルは驚きを通り越して、焦りを覚えた。
アサシンホークは、中央諸国においては決してメジャーな魔物ではないが、それでも全く出会わないわけではない。
本人が気づかないうちに殺されてしまうために、非常に恐れられる魔物の一つなのである。
「少なくとも僕が戦ったアサシンホークは、最後は魔法無効化の能力を身につけていました。恐ろしかったですよ」
「リョウ……よく勝てたな」
アベルは心の底から言った。
魔法使いが、魔法を封じられたら……それは死を意味する。
「これのお陰ですね」
そういうと、涼は腰から村雨を引き抜いて、刃を生じさせて見せた。
「レオノールとの戦闘でも使っていたやつだな。氷の剣か。細い刃が、湾曲している? 変わった形だな」
「村雨といいます。伝説では、『抜けば玉散る氷の刃』と言う表現がある素敵な刀ですよ」
「お、おう」
手に持った村雨を愛でるように見る涼の様子に、若干引き気味のアベル。
「そもそもそれは、氷の刃だろう? 水属性魔法使い専用の剣、って感じか」
「どうも、そうみたいですね。師匠から初めて一本取った時に、いただいたものです」
「なるほど。それは……感慨深いな」
アベルは我知らず、腰の剣を触りながら答えていた。
その日のお昼過ぎ。
二人は、ようやくルンの街を望む地点にまで来ていた。
季節は三月。
南国であるナイトレイ王国の中でも、さらに南に位置するルンの街には、春が訪れていた。
涼は、二カ月ぶりのルンの街である。
当初は、四十日ほどで戻ってくる予定であったのに、インベリー公国から王都に寄り、騒乱に巻き込まれ……。
「長かった」
しみじみと、涼は呟いた。
アベルもルンの街をしばらく眺めた後、言った。
「よし、行くか」
二人は無事、ルンに到着しました。
これにて、間章は終了です。
次話0149より、『第九章 コナ村』が始まります。




