0147 腕……
「一旦、ちょっと落ち着こう」
涼は、あえて口に出して言った。
レオノールの、首を斬り落とした。
自分は、左手を斬り飛ばされた。
肘と手首の間、いわゆる前腕と呼ばれる場所を綺麗に切断された。
とりあえず、切断面を凍らせて、止血といろいろ保護をする。
斬り飛ばされた左手も、とりあえず丸ごと凍らせる。
そこまでやって、落ち着いて考えることが出来るようになった。
だが、落ち着くということは、現状を認識するということでもある。
腕を斬り飛ばされたのは、やはり痛い。
痛覚的な意味で痛いのではなく……もちろん、それも痛いが、そうではなく、様々な行動に制限が掛かるという意味で『痛い』のである。
そもそも、剣を満足に振れなくなる。
村雨が形状を取っている『日本刀』は、そもそも両手剣である。
相当に特殊な剣技、あるいは居合などでは片手で振るうこともあるが、日本刀というものは、基本的に設計の段階から、両手で扱うことを想定している。
片手で扱うのは非常に厳しい。
涼が剣道を習っていた武道館には、左手一本だけで剣を振るっていた先輩がいた。
幼い頃に右腕の肘から先を失くしたためである。
その先輩は、相当な修練の後、両手を使う剣士たちにひけをとるものではなくなったが、それでも片手で扱うのは簡単なことではない。
しかも、竹刀に比べ日本刀はさらに難しい……丹下左膳ではないのだ。
ここに、リーヒャクラスの神官がいれば、また別の話である。
高位神官が使える奥義に、部位欠損すら修復する魔法があるからだ。
だが、ここにはいない。
そして、王都からも、他の大都市からも離れていることを考えると、現実的ではない。
部位欠損の修復は、二十四時間以内でなければ成功しないのである。
涼は、王都で、天才錬金術師ケネス・ヘイワード男爵と一緒に、いくつかのポーションを作った。
だが、天才錬金術師ケネスですら、『部位欠損』を修復できるポーションは作り出せなかった。
いかに、神官の魔法、特に部位欠損すら修復する<エクストラヒール>が規格外か、理解出来ようというものだ。
「切断された腕の、再接合……」
言ってみて、絶望しか感じない。
涼が考えていると、少し前に倒れていたレオノールの首から下、胴体部分が起き上がった。
「……」
涼は、ただただ、呆然としてその光景を見る。
起き上がったレオノールの胴体部分は、歩いて行き、頭の部分を拾い上げた。
そして、自分の首の上に置く。
「あれ? くっつかない」
ついに、レオノールの首が喋った。
「ああ……リョウの剣は妖精王の剣か。あれは厄介じゃ、こんな風にすぐに修復できぬ」
「生きてる?んだし、いいじゃないか」
レオノールの言葉に、なんとか一言言ってやった涼。
「ふむぅ。まあ、あっちに戻ればなんとでもなる。さて、今回はリョウの勝ちじゃな」
「いや……僕は腕を斬り飛ばされているんですが」
「じゃが、我は首を斬り飛ばされたぞ? 普通、誰がどう見ても、我の負けであろう?」
「でも、死んでないじゃない……。こっちは、腕どうしようって悩んでいるのに」
「それは……なんというか、種族特性だからいろいろ仕方ないとしか、な。お、そうじゃった、そこの闇属性の男は連れて行かねばな」
そういうと、自分の首を左脇に抱えたレオノールは、右手に白髪の老人を持ち上げる。
「ではリョウよ、また会おうぞ。次こそは勝つ! 楽しかったぞ」
そういうと、大笑いしながら、レオノールは『門』に消えていった。
アベルが近付いて来る。
「リョウ、大丈夫……じゃないな」
「ええ、大丈夫じゃないです」
涼の左腕を見て、アベルもさすがに顔をしかめる。
「アベル、とりあえず外に出ましょう」
涼はそういうと、自分の左手を右手で掴み、外に出た。
外に出ながら、涼は腕の再接合のプロセスを考え始めていた。
絶望しか感じないとはいえ、現実的にそれ以外の解決法は無い。
(繋げる部分は、骨、筋肉、神経、血管、そして皮膚。この中でも最も難しいのは、神経と血管……かな。本来なら、顕微鏡下手術、マイクロサージェリーでやることになる……細い血管もあるから。当然、僕はやったことはない……これが地球ならお手上げだけど、『ファイ』には魔法がある。そして運のいいことに、僕は水属性の魔法使いだ)
表に出て、とりあえず、ベンチらしき場所に座る。
「リョウ……高位神官のエクストラヒールなら、部位欠損も修復できるが……」
そこまで言って、アベルは沈痛な表情になる。
高位神官がいる場所まで、制限時間内に辿り着けないことが分かっているからである。
「ええ、わかっています。時間が足りませんね。ですので、自分でくっつけようと思います」
「で、出来るのか?」
アベルは、これまでも、涼の数々の規格外の魔法を見てきている。
もしかしたら、腕の切断を治せる魔法もあるのか?
「出来ないかもしれません。もちろん、やったことありませんし」
「ああ……そう、そうだよな」
落ち込むアベル。
「ただ、方法は考えてありますので、アベルにはいくつか手伝ってほしいのです」
「もちろんだ! なんでも言ってくれ!」
アベルはそういうと、勢い込んで涼に迫った。
涼は、いつもの鞄から、一つのポーションを取り出した。
「これは、ケネスが作ってくれたポーションの中でも最上級品です。もちろん、これでも部位欠損は治りませんが、修復力はかなりのものです。これが効力を発揮できる状態にまで、僕が水属性魔法でいろいろやります。僕が言ったら、これを半分、言った場所にかけて欲しいのです」
「ああ、わかった」
そういうと、アベルはポーションを受け取った。
「それでは始めましょう」
涼はそう言うと、氷漬けの左手を右手で持ち、氷を解凍した。
魔法の氷のため、もちろん解凍された左手は濡れていない。
この辺りも、魔法様様である。
左腕の切り口も解凍し、斬り飛ばされた左手を元あった場所にくっつけてみる。
「ぐはっ」
あまりの痛みに思わず声が漏れる。
神経がむき出しなのだし、麻酔も何も使っていないのだから当然だ。
とりあえず、神経伝達物質のあたりは、全くわからないので、気合で頑張ることにする。
そう、歯を食いしばって!
まずは骨を繋げる。
さすが、レオノールほどの剣となると、骨までスパッと切れている。
「骨を断つのなんて、ものすごく難しいのに。さすがレオノール」
変なことに感心する涼である。とはいえ、現実逃避は許されない。
切断面は綺麗で繋げやすく、角度が分かりやすいのは後々のためにもいいであろう。
左腕の骨と左手の骨を当て、切断面の周りを氷の膜で覆い、動かないように固定する。
水属性の魔法使いなので、体内の水分を通して、目で見る以上に正確に状態を把握できるのはありがたい。涼はそう思った。
次は筋肉であるが……これは正直、どうしようもない。
筋繊維一本一本を繋げるわけにも当然いかず、勝手にくっつくのを願う……。
後のポーション任せ……。
最初の関門、神経の接合。
腕の中には、何本も神経が通っている。
当然、全て重要な神経ばかりだ。
変なことになれば、指が動かなくなったりするために、慎重に……。
本来、神経の接合は、神経縫合か神経再生誘導チューブであるが……。
縫合の技術はもちろんないし、神経再生誘導チューブもここにはない。
どちらにしろ、腕の神経と手の神経とを切断面で接触させて、氷の膜で囲って固定。
後のポーション任せになるのは仕方ない。
とりあえずは、切れた神経どうし、正しいものをくっつけるようにしなければ……他の神経とくっつくと大変。
骨をくっつける際にすっぽりはまったので、腕と手は正しい位置についている。
それぞれ、すぐ近くにある神経で、そのうえで同じ太さの神経であれば間違いないであろう。
そこは、水属性魔法の面目躍如。
体内にあるものなら、それは水の中にあるも同然。
涼なら、ミクロン単位で太さを認識することが出来るため、繋ぎ間違いは起こらないで済みそうであった。
最後の関門、血管吻合。
これが地球であれば、高度な吻合術が必要となる。
しかも、恐ろしく根気のいる作業でもある。
数十の血管を、針と糸を使って、一本一本繋げていくのだから。
アレクシス・カレル以来の、完璧な吻合術によってのみ、血液が血管の外に漏れだしたりすることなく、繋がるのだ。
だが、ここは『ファイ』
血管の接合は、針と糸ではなく、氷で行う。
繋げる血管の、内壁と外壁に氷の膜を貼る。
その内壁の内側を血液は通るため、血管外に漏れることは無い。
地球での手術に比べれば、相当な時間短縮であり、難しくも無い……涼クラスの水属性の魔法使いであれば!
こうして、骨、筋肉、神経、そして血管が繋がった……氷によって。
「アベル、出番です」
「おう……って、皮膚がまだくっついていないが?」
「この開いたままの皮膚の隙間から、中にポーションを少しずつ、入れていってください。腕をゆっくり回転させますので、腕全周から入れていってくださいね。中で固定している氷は、ポーションは透過するので大丈夫です」
「最後は、何が大丈夫なのかよくわからなかったが、任せろ」
アベルはそういうと、ポーションの蓋を取り、準備する。
「では、いきますよ」
涼はそう言うと、右手で左手の先を握り、左腕全体をゆっくりと回転させる。
それに合わせて、アベルがポーションを垂らしていく。
垂らされたポーションが、腕の中で光を放っている。
中々に幻想的な光景だ。
四回ほどそれを繰り返して、少し様子を見た。
なんとなくだが、涼は腕の中でいろんなものがくっついていくのを感じる。
しばらく待つと、それらがくっついていく感覚がなくなった。
そして、そっと、本当にそっと、指を動かしてみる。
「指が、動く……」
「おぉ!」
涼は、囁くように言い、アベルは大げさなほどに喜んだ。
指は五本ともちゃんと動く。
手首も問題なさそう。
「では、皮膚を閉じます」
切開し、腕の中にポーションが入りやすいようにされていた皮膚も元の形に戻し、残ったポーションをアベルに振りかけてもらう。
再び発光が起こり、そして消える。
涼の腕は元に戻っていた。
「良かった……」
涼は、心の底から安堵した。
アベルは言葉にならない様で、涼の肩を何度も叩いて祝福した。




