0145 闇属性
二時間近く歩いて、ようやく目的の場所に到着した。
「ようやく……ふぅ、やっと……ふぅ、着きましたね……はぁ、けっこう遠かったです」
涼が息も絶え絶えにアベルに言う。
「……」
アベルはそれを見て何も言えなかった。
視線では、「わざとらしい」と言っているが。
涼が、この程度の距離で疲れるはずがないのである。
「ふん、鍛えていない魔法使いには辛い道だったか」
二人の後をついて来ていた、刈り上げの男は涼の様子を見て、馬鹿にしたように言った。
「わざとらしい」とは思われなかったのである。
それを確認して、涼はアベルにフフンと小さな声で囁いた。
なぜか、アベルは負けた気分になった。
着いた場所は、村であった。
二十軒ほどの家があり、村の中央には広場と祭壇のある建物が見える。
だが、涼は違和感を覚えていた。
何が原因かわからないのであるが……まあ、原因や理由がわからないから、『違和感』なのであるが。
しかし、その違和感はアベルも感じていた。
「何か、変じゃないか?」
アベルが、本当に小さな声で囁いたのである。
涼は口には出さずに、頷くだけにした。
涼は、違和感の原因はわからなかったが、以前、どこかで感じた違和感であることに気付いたからである。
『違和感』と言うと、真っ先に『魔法無効化』を思い浮かべてしまう涼であるが、それではない。
(魔法無効化……? 片目のアサシンホーク、ベヒちゃん、あとはハサンの……ああ! 暗殺教団の村! あの村と同じ感じなんだ!)
涼は、ようやく違和感の正体に気付いた。
暗殺教団の本拠地も、村であった。巧妙に偽装された。
この村も、偽装された村の感じがしたのである。
何が、涼にそう感じさせたのか。
女性の少なさ、ではない。
暗殺教団の村にも、この村にも女性はいる。
若干、目元に険がある女性が多い気がするが、それは仕方ないと思っておこう。
そうではなくて……、
(子供がいない?)
そう、暗殺教団の村にも、この村にも子供がいないのである。
村であれば、どんな村でも子供の一人や二人はいる。
そして、遊んでいたり、その甲高い声が外に聞こえてきたりする。
だが……、
(暗殺教団の村は、恐らくあそこ以外にもあったんだと思う。子供たちを育てる……暗殺者に育てることに主眼を置いた村、あるいは施設が。だからあそこにはいなかった。では、この村は? よくわからないけど……表向きだけの村? 別に実際に生活している村がある……? う~ん、それもしっくりこない……)
とりあえず、涼は気付いたことをアベルに囁いた。
「子供がいない」
それを聞いた瞬間、アベルの目が少し見開いた気がした。
そして小さく頷いた。
二人が連れてこられたのは、村の広場であった。
そこには、黒いローブを羽織り、白髪を腰まで伸ばした老人がおり、左右に三人ずつ、同じ黒いローブを羽織った者たちを従えていた。
老人以外は、全員フードも被っているため、何か不気味な雰囲気を感じさせる。
だが、涼が注目したのは別の個所であった。
老人が手に持つ、長い杖。
その杖に付けられている飾り紐と石の彫刻。
その組み合わせは、以前見たことがある。
ニルスの村で、おババ様が杖に付けていたものだ。
エトは根付と言っていたが……だが……、
(おババ様が付けていたのとは、彫刻の形が違う)
飾り紐は、七つの色が絡み合った、おババ様が付けていた物と同じであるが、石の彫刻の造形は別物であった。
エトの様な神官でもない涼は、もちろん、その彫刻が何を表すのかは知らない。
そのため、一縷の望みを託して、横にいるB級冒険者に訊いてみることにした。
「アベル、あの白髪老人が杖に付けている石の彫刻、何か知りませんか?」
「なんだろうな……飾り紐は七色で綺麗だな」
B級冒険者も、この程度の認識。
ただ『神官』として知られる、光の女神の神官たち以外は、すでに中央諸国の表の歴史から姿を消しているのである。
アベルが知らないのも無理はないのだ。
真っ先に口を開いたのは、白髪の老人であった。
「よく参られたお客人。早速であるが、我らが欲するのは、その腰の魔剣よ。無論ただとは言わぬ。値段、あるいはどれほどのものとであれば交換してもらえるかな」
「いや、先の男にも言ったのだが、簡単に譲るつもりはない。そもそも、何のためにこの魔剣を欲するのか聞かせて欲しい」
白髪の老人の単刀直入の言葉に、堂々と言葉を返すアベル。
この辺りは、涼が見ても感心するほどのアベルの振る舞いなのである。
「ふむ。我らは、その魔剣を神に捧げたいと思っている」
「神に捧げる? 光の女神……ではないな?」
「あのような偽神と一緒にするでないわ!」
返って来た反応は激烈であった。
それまでの、少し上から目線で、余裕ぶった態度から、いきなりの変化。
涼がちょっとだけびっくりしたのは内緒である。
「……失礼した。神殿の方へご案内して、我らの神について説明いたそう。ついて参られよ」
そういうと、白髪の老人と六人の黒ローブの者たちは、村の奥の小山の方に向かった。
涼とアベルは一度顔を見合わせて、それについて行く。
その後ろから、スキンヘッドの男たちがついてきた。
神殿の入口は、小山の横穴であった。
横穴の奥は行き止まりであったが、白髪の老人が手で押すと、ほとんど抵抗なく奥に開いた。
「入って来られよ」
そういうと、白髪の老人と六人の黒ローブが先に入る。
アベル、涼、そしてスキンヘッドの男たち三人が入った。
中は、想像以上の広さである。
それこそ、サッカーコート一面分の広さ、といえば想像がつくであろうか。
また、天井までの高さも十メートル以上はありそうである。
スキンヘッドの男たち三人は入り口を閉め、そこに佇む。
涼とアベルは、白髪の老人に促され、部屋の前方に歩いていく。
涼は、この部屋に入った瞬間に感じたことがあった。
(隠された神殿?)
ニルスの村にあった、隠された神殿と同じ雰囲気を感じたのである。
そして、一番奥には……。
割れていない、完璧な水晶玉……らしきものが置かれていた。
ニルスの村にあったものは、欠けていた。
その、欠けていない玉である。
そして、色は違うし大きさも違うのであるが、なんとなく、ルンのダンジョン四十層や、今回の中央神殿地下五階で回収した黒い玉に似た感じを受けた。
前方に鎮座している玉は、透明であるし、「水晶玉です」と言われればそのまま信じるような透明な玉である。
黒くなっていた二つの玉とは違う。
違うのだが……受ける雰囲気は似ているのであった。
「こちらまで参られよ」
白髪の老人はそう言うと、二人を前方の祭壇近くに招いた。
二人が近付くと、白髪の老人は小さな声で何かを唱えた。
その瞬間……、
アベルが片膝をつく。
そして涼も、片膝をついた。
「さあ、我に従え」
白髪の老人は、二人に命令を下した。
だが、二人は動かない。
「む?」
訝しむ老人。
そして、再度小さな声で唱える。
「<スレイブ>」
そして、再び命令を下す。
「我に従え」
「断る!」
片膝をついたまま、顔を上げることも出来ないが、アベルは力強く断言した。
「馬鹿な! スレイブが効かないだと? 神殿でのスレイブだぞ……魔王すら従えることが出来ると伝わる……。それが効かないなどありえん」
「こんなものが効くとしたら、魔王ってのも大したことないな」
アベルは額に汗を浮かべながらも、老人の魔法に抵抗していた。
「精神干渉系魔法……闇属性魔法……今では極めて珍しい。それを強化する神殿となると、貴様は七神の、闇の神の神官か」
アベルが看破する。
「そこまで知っているとは……貴様、ただの冒険者ではないな」
「ただのB級冒険者だよ! ただ、精神干渉の魔法が大嫌いなだけのな!」
そういうと、ついにアベルは立ち上がった。
顔色は悪いままであり、額にも大粒の汗をかいているが、魔法の効果を打ち破ったのである。
もちろん、それは肌身離さず身につけている『平静のネックレス』の効果によるものだ。
相当に強力な状態異常や、精神干渉系魔法であっても数秒で回復してしまう平静のネックレスであるが、それですら、これだけ回復に時間がかかったというのは、この白髪の老人の闇属性魔法が非常に強力だったと言える。
「おのれ……。だが、貴様の仲間は我が手に落ちておる。その仲間を貴様と戦わせるとしよう。さあ、我に従え!」
「お断りします」
涼はそう言うと、すっくと立ちあがった。
「え……」
「え……」
白髪の老人と、アベルは異口同音に声を漏らした。
老人は、自分の魔法が効いていないことに対して。
アベルは、意味不明な涼の強靭さに対して。
「なんでリョウは大丈夫なんだ……」
「アベルに効かないものが、僕に効くわけないでしょう!」
「いや、それは間違っている」
アベルに効かないのは、国宝級アイテムのお陰である。
だが涼に効かないのは……、
「セーラが言ってました。邪気を祓うと。きっとスレイブというのは、邪な魔法に違いないですね。そんなものは僕には効きません!」
涼は自信満々に言い切った。
どうしてそこまで自信満々に言えるのか、アベルには全く理解不能であったが……だが、自信満々である。
「くそっ。おい、急いで味方を呼べ」
白髪の老人は、扉の辺りで推移を見守っていたスキンヘッドの男たちに叫ぶ。
男たちは、急いで石の扉を開けて、仲間を呼んできた。
その間も、そしてその後も、石の扉は開いたままになった。
「これだけの数を前にして、どうする? 剣を差し出せば、命まではとらぬぞ」
白髪の老人が、アベルに提案する。
三十人ほどが新たに神殿に入ってきたのだ。
武力を背景にした提案は、たいてい脅迫であるのだが。
「そんな有象無象など、どれだけいても変わるものかよ。全員地獄に送ってやるからかかってこい!」
アベルは威勢よく啖呵を切る。
それはもう、見ている涼も感心するほど見事に。
「さあリョウ、やってしまえ」
「そこでなぜ僕に振るんですか……」
感心したことを後悔した涼であった。
だが、ここで不思議な出来事が起きた。
神殿の入口が突然黒く塗りつぶされたのだ。高さ五メートル、幅四メートルの四角形に。
それに気づいたのは、涼だけであった。
もし、ここに中央大学調査団の生き残りがいたら、総長クライブ・ステープルスが『門』と名付けたものであることを指摘したであろう。
もし、ここに勇者パーティーの誰かがいたら、人工の祭壇の近くに現れ、中から……、
「ふふふ、ようやく捕まえたわ。いつもいつも微弱な反応だけで、正確に場所を捉えることが出来なんだが……なるほど、岩の扉に山をくり抜いた神殿であったか。さて、『宝珠』はどこかのぉ……」
『門』から現れたのは、角と黒くて細い尻尾のある、悪魔レオノールであった。
レオノールの大きすぎる独り言に、さすがにその場にいた四十人近い人間たちの視線が集まる。
そんなことなどお構いなしに、神殿奥を目指して歩いていくレオノール。
だが、辺りを見回しながら、宝珠を探していたのであろうレオノールは、別の『もの』を見つけてしまった。
「ん? んんん? もしや……リョウか? リョウではないか! なんともまぁ、珍しいところで出会ったなぁ」
「キノセイデス」
「いや、気のせいじゃないだろお?」
まさにそれは、獲物を見つけて喜ぶ顔であった。
もちろん、涼は言下に否定し、レオノールがそれをさらに否定する。
そんなことを言っている間に、レオノールは、正面最奥に置いてある『玉』を見つける。
そして、ほとんど瞬間移動かと思えるほどの速度で近付き、確認した。
「うむ。なかなかの『宝珠』じゃ。もらっていこう」
右手をかざすと、『宝珠』は瞬時に消えた。
その時になって、老人や男たちはようやく動き出した。
「貴様、何者だ」
「玉に何をした」
「そいつらの仲間か!」
口々に問われる質問を一切無視したままレオノールは歩く。
そして、唱えた。
「<石筍>」
レオノールの周囲に発生した無数の石のつららが、男たちの喉に、正確に突き刺さっていく。
スキンヘッドの男を含めて、三十人以上いた男たちは、一瞬にして物言わぬ骸と化した。
今、神殿の中に立っているのは、レオノール、涼、アベルを除けば、白髪の老人と黒ローブ六人だけである。
白髪の老人が、先ほどから何かを小さな声で唱えている。
ようやく唱え終えて、レオノールを睨みつけた。
その瞬間、黒く薄い煙がレオノールを覆う。
「ふむ、闇属性の魔法か。じゃが、弱いのぉ。そんなものでは蝿も従えられぬぞ」
そう言うと、レオノールは手を一振りする。
それによって、レオノールを覆っていた黒い煙は、文字通り霧散した。
「そう言えば、最近は闇属性の魔法使いは貴重とか言うておったな……サンプルとして欲しいと。ふむ、お主を持って行こう。他はいらぬ。<石筍>」
石のつららによって、黒ローブの男たちの喉は、瞬時に射抜かれた。
白髪の老人だけは、腹に石礫がぶち当たって気を失った。
次話では、もちろん、涼とレオノールの……。




