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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
150/930

0139 騒乱終了

涼は、中央神殿から自治庁前に続く通りを走り始めた。

前方には、人ならざる者たちがひしめいている通りを。


アベルと勇者ローマンは、中央神殿からそれを見ている。

「えっと……アベルさん、リョウさんが走って行っちゃいましたけど」

「ああ。多分、エルフの自治庁に向かったんだろう」

ローマンの問いに、アベルは答えた。


答えただけで、それを追おうとはしない。


それを見て、ローマンは訝し気に問う。

「追わなくていいのですか?」

アベルはチラリとローマンを見て、また視線を涼の後ろ姿に戻す。

「俺たちに比べて、リョウは疲れていないからな。というか、リョウが疲れたところ、見たことないな……」

「でも、ずっと氷の壁を張っていたのに……」

アベルの言葉に、ローマンは驚いて言う。


何時間も氷の壁を張り続けていたのに……自分で言って気付く。

そういえば魔力が枯渇していない。

しかも走って行く体力も有り余っている。


「そう、リョウは規格外だ」

アベルは重々しく頷いた。



ドゴンッ



そして、重量物が落ちる音が辺りを圧する。

それも連続して……。


ドゴンッ、ドゴンッ


「あー、リョウお得意の、氷の壁で押し潰すあれか……」

アベルは、ロンドの森からの帰還途中に見た、ゴーレムを押し潰す氷の壁を思い出していた。

ただ、あの時よりも凄い音だなぁ、くらいの気持ちで眺めている。


しかし、隣で見ていた勇者ローマンの顔は引き攣っていた。

「アベルさん……あれは何ですか」

ローマンのシンプルな問い。

「氷の壁だな。ほら、さっき化物共を仕切っていた氷の壁。あれを、空中に生成して、落として化物を押し潰しているんだ。シンプルだが、恐ろしい魔法だよな」

アベルは、リョウの規格外さはよく知っているため、それほど驚いてはいなかった。


「これなら一気に、大量に、化物共を潰せるが……地下だと使えないのか。しかも押し潰した氷の上を走って行ってるぜ……あれ? 何で氷の上を走れるんだ? 普通、滑るだろ?」

アベルが抱く疑問のポイントは、一般人に比べてずれていた。

もちろん、涼との付き合いのせいである。




涼が自治庁前に到着した時、化物共を含め、全ての視線が涼に向いていた。

その中から、俯きがちに片膝をついているプラチナブロンドの女性を見つけた。

そこから、超音速の飛び込みで、その女性、セーラを抱きしめて支える。


「セーラ!」

「リョウ……来てくれたのか」


意識はある。

深刻な傷は無い。

だが、切り傷が多すぎる。


涼は鞄の中から、特製ポーションを取り出してセーラの口に持って行く。

「セーラ、ポーション。飲んで」



そんな時に、化物共が動き出した。

リーダーであるアークデビルが倒され、空から降って来た何かに多くの者が押し潰され、呆けていたのだが、ようやく我に返ったのだ。

デビル二体が指示を出したのである。



「うるさい」



涼が、抱えているセーラを驚かせないように小さな声を発した。



「<ウォータージェット256>」



瞬時に、デビルを含めた二五六体の首が落ちる。

続けて二五六体、さらに二五六体……。

人ならざる者たちは、自分たちに何が起きているかわからないうちに、次々と首を刎ねられていく。


セーラが、ゆっくりとポーションを飲み終わる頃には、見える範囲にいた化物共は、全員首を刎ねられて倒れていた。


その、あまりの光景に、声を発する者はいなかった。

ただ、涼に抱きしめられながら、その光景を眺めたセーラだけが、涼の耳元で小さく囁いた。

「ありがとう」




「見事に押し潰しているな」

中央神殿から自治庁までできた氷の道を通って、『赤き剣』と『勇者パーティー』は移動していた。

「この氷の下がどうなっているかを考えなければ、いい道よね……」

『赤き剣』の風属性の魔法使いリンが、道を踏みしめながら言う。


勇者パーティーは全員無言であった。


氷が落ちてくる光景を見たのは、この中ではアベルと勇者ローマンだけだ。

他は、まだ地上に出てきていなかったために。

赤き剣の面々は、涼のことを多少なりとも知っていたため、アベルの説明に納得したのであるが……。


勇者パーティーの面々は、ローマンの説明に納得できていなかった。

もちろん、ローマンが嘘をつかないことは知っている。

そして、実際にこうやって、道に氷が敷かれているのも確認している。

知っているし、確認しているのだが……それでも納得できないものは納得できないのである。



そんなながらも、両パーティーは自治庁に着いた。

見事に大穴が空いた塀……門があったのであろうことは理解できたが、見事に穿たれたその破壊力に、火属性の魔法使いであるゴードンはかなりの興味を持って見ていた。



「おババ様、無事で何よりだ」

アベルは、中庭で陣頭指揮を執るおババ様を見つけると、声をかけた。

「おお。アベル、じゃったか。なんとか生き残ったわい。む……そっちは……なんとも珍しい人物を連れておるの」

おババ様は、ローマンの方を見ると、眉をひそめてじっくり見た。


「何だ? 誰かわかるのか?」

「うむ。勇者であろう? 中央諸国に来ておるとは驚きじゃわい」

事もなげに言い当てたおババ様を、勇者パーティーの面々は驚きの表情で見つめた。

「周りを漂う精霊の数が尋常じゃない。ある程度の経験を経たエルフなら、すぐにわかるわ」

そう言うと、おババ様は笑った。


「お初にお目にかかります。西方諸国の勇者、ローマンです」

「これはご丁寧に。王国西の森の大長老が一人、リュン、通称おババじゃ。おババと呼んでくれ」

「おババ様ってそんな名前だったのか」

アベルの呟きは、おババ様にも聞こえていた。

「勇者に名乗られたら、答えぬわけにはいかぬであろう?」



「アベル?」

アベルが、問いかけられた方を見ると、意外な人物がいた。

「ザック? それにスコッティーも。なんだお前たち、ここにいたのか」

「おう。すぐそこの子爵邸にいたときに、騒動に巻き込まれてな。セーラさんに助けてもらった」

ザックが小さく頷きながら答える。


「そう言えば、セーラさんがいないね」

リンが周りを見回して誰にともなく問いかける。

「リョウもいないな……ここに来たはずだが」

それにアベルもかぶせる。

「セーラは限界まで戦ってな。リョウがベッドまで連れて行ってくれておる」

おババ様が、建物の一角を見ながら答えた。

恐らくそこに運ばれたのであろう。



「まあ、セーラなら誰が相手でも後れはとらないだろう」

アベルは頷きながら言う。


だが、おババ様は首を振りながら言う。

「いや、今回は危なかった。さすがに、体力も魔力も尽きた状態でアークデビル相手は……おそらく紙一重の差であったろうよ」

「アークデビル!」

おババ様の説明に反応したのは神官リーヒャである。

「アークデビルって何だ?」

対して、知識のないアベルは首をかしげている。


だが、アベルだけではなく、多くの者が首をかしげていた。

この中でアークデビルを知っているのは、おババ様を除けば、神官リーヒャと、西方諸国の聖職者グラハムだけであった。



「デビルが進化して魔王となる。それとは別の進化の道を辿ったものがアークデビルじゃ」

「あの魔王子よりも、強いと言われているわ」

「魔王軍において、将軍的な地位にあたります」


おババ様、リーヒャ、グラハムがそれぞれの知識から答える。

「なるほど……相当にヤバい奴だと言うのはわかった。……ちょっと待て。おババ様、さっき、セーラは魔力が尽きていたと言ったか?」

「うむ、言うたな。アベルが問いたいのは『風装』であろう? そうじゃ、セーラは風装無しでアークデビルと戦ったのじゃ」

「馬鹿な……」


アベルは、アークデビルの力は知らない。

だが、魔王子の力は知っている。アベルは、手も足も出なかった苦い思い出がある。

その魔王子よりも強いアークデビルと、純粋に剣技だけで戦っただと……いくら強いセーラでも信じられない。


「事実じゃよ。最後の最後だけ、戦っている間に貯めた魔力を使って風装を纏い、倒したようじゃ。わしらが知らぬ間に、確かに剣の腕も上がっておったわ」

驚くアベルを見ながら、おババ様は嬉しそうに笑った。



「な、なあアベル。アベルはセーラさんの事をよく知っているのか?」

突然、会話に割り込んできたのは、騎士ザックであった。

「おう。同じルンの街の冒険者だからな」

「そ、その、セーラさんの事を教えてくれ」

アベルは答え、さらにザックは質問してくる。


それを見てピーンと来たのが、リンである。

リンは、アベルの耳に極々小さな声で囁いた。

「彼、セーラさんに恋しちゃってると思われる」

「マジか……」

それを聞いたアベルは、それだけ言って絶句した。


いや、もちろん、セーラは美女である。

はっきり言って、絶世の美女である。

そして、恐らくここでの防衛戦においても、常に最前線で危険に身をさらしながら、指揮を執ったであろうと思われる。

それを見ていれば、憧れるのは理解できる。

戦場に生きる騎士からすれば、勝利の女神以外の何者でもなかったであろう。



だが……。

そう、だが、である。



アベルは、ルンの街で、セーラに手を出そうとして、あるいは手を出して、手酷い仕打ちを受けた者たちを嫌と言うほど見てきた。

それはもう、身分も何も関係なく。

そもそも、次期領主様が、肩を砕かれて剣を突き立てられているのだから……。


唯一の例外が、涼だ。


アベルの見立てでは、涼の方も、セーラの事を憎からず思っている。

リンも同意見なために間違いないであろう。これは『赤き剣』内での総意でもあった。

そうであるならば、他の者がちょっかいを出すのは止めたほうがいい。

それは、ちょっかいを出す者の未来のためにも……。

そして、今、目の前で、古くからの飲み友達が、そのちょっかいを出す者になろうとしている。


これは全力で止める以外にない!


「ああ……ザック。セーラは、ルンの街でも有名なB級冒険者だ。そうだ! ルン騎士団の剣術指南役でもある。彼女は強い男じゃないと相手にしない」

「おお、強いのはわかってるぜ。嫌と言うほど見たからな。俺は今日から剣に生きる! 真面目に取り組むぜ!」

アベルの説明に、なぜかさらに燃え上がるザック。


そして、アベルの横で頭を抱えるリンとリーヒャとウォーレンであった。




「それにしても、表の惨状はいったい……」

勇者ローマンは、自治庁が面する道路を見ながら言った。

その言葉に、アベルは道路の方を振り向いた。

さっき入ってきたときには、気付かなかったのである。

そこに転がる、千を超える首無し死体たちに。


「全部……首が無い……?」

さすがのアベルも、そんな光景は見たことがない。


「ああ……。さっき、突然起きたやつだな。セーラさんがアークデビルを倒した後、氷の板が空から降って来たんだ。それから、ローブを着た魔法使いがやって来て、セーラさんを抱きしめたかと思うと、そいつらが突然倒れた」

ザックが、その時に見た光景を説明する。若干の嫉妬的感情を表情に浮かべながら。


それを聞いて、アベルは得心した。

「ああ、リョウか」


その言葉に、全員の視線がアベルの方を向いた。


「な、なんだ? 俺は何か変な事を言ったか?」

「これは……リョウさんがやったことだと?」

タジタジとなりながら答えるアベルに、勇者ローマンが問いかける。

「リョウ……だと思うぞ。細い水の線で首を斬り飛ばすのを、見たことがある。あの時は、三体だけだったが……そういえば、あの時斬り飛ばしたのもデビルの首だったな」

アベルは、ダンジョン四十層の出来事を思い出しながら答えた。


「この、千からの首を全て斬り飛ばした? ほとんど一瞬で全部だぞ? アベル、マジでこれが、ローブの魔法使いがやったと?」

「ああ……。というか、リョウ以外には出来ないだろう。実際、リョウ以外がやったんだったら、そっちの方が恐ろしいわ」

アベルの中では、この惨状の原因は涼である、という結論が出ていた。

そのため、その表情はスッキリしている。

だが、それ以外の者たちの表情は、引き攣っていた。


「言うまでもないが、リョウを怒らすなよ?」

アベルがそう言うと、皆が全力で頷いた。




しばらく話していると、道路に馬車が止まる音がした。

馬車の紋章は、ルン辺境伯の紋章。


中から出てきたのは、男二人。

一人は、ルン騎士団移送隊隊長のイーデン。


もう一人は……、

「ケネス! 無事だったか!」

その姿を見つけて、アベルが喜びの声をあげる。

天才錬金術師ケネス・ヘイワード男爵であった。

「アベル! それにザックとスコッティーも! みんな無事でよかった」

ケネスも再会を喜んだ。


「ルン騎士団と一緒ということは、ルン辺境伯邸にかくまわれていたのか?」

アベルが、馬車の紋章とイーデンの胸の紋章を見て問いかける。

「ええ。リョウさんが、私の部下たちと一緒に連れて行ってくれて」

「リョウ、いい仕事してるじゃないか。中央神殿に来るのが遅かったのは、そういうことか」

アベルの呟きは、特に後半は誰の耳にも届かなかった。



「屋敷に籠って助かったとか凄いな。この辺の屋敷なんて……」

「軒並み破壊されましたからね」

ザックとスコッティーがケネスの幸運を祝う。

「王都のルン辺境伯邸は、ほとんど要塞だからな……。あれくらいないと生き残れないだろう」

アベルはルン辺境伯邸を思い浮かべながら答える。


「ヘイワード男爵が持ち込まれた錬金道具に、かなり助けられました」

そう言ったのは、ケネスを連れて来たイーデン隊長であった。

「王都防衛用兵器の雛型として作った、かなり小さい奴なんですが、役に立って良かったです」

ケネスは照れながらそう言って笑った。


「ときに、セーラ様はご無事でしょうか」

イーデンは辺りを見回し、セーラの姿が無いのを見ると、アベルに問いかけた。

「ああ、無事らしい。リョウが部屋まで連れて行っているそうだ」

「おお! リョウ殿もこちらに。ならば、私は皆さまが無事であったことを辺境伯邸に知らせてきます。では、ご免」

そう言うと、イーデンは馬車に乗り込み、来た道を引き返していくのであった。



「それにしても……」

アベルは外を見回し、大きくため息をついた。

「王都の復旧……相当大変だな」


これにて、『第八章 王都騒乱』は終了です。

次話より四本の幕間を挟んで、『間章 ルンへの帰り道』へと続きます。

久しぶりの、涼とアベルの二人旅(予定)です。


幕間は、それぞれが短いので、12時と21時に一本ずつ投稿します。

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