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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第一章 スローライフ(?)
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0014 川魚が食べたい

「たまには魚が食べたい」

午前の訓練を終えたところで、涼はぼそりと呟いた。


「そう、焼き魚がいい、塩焼きで食べたい。本当はお醤油(しょうゆ)をちょっと垂らして……ってのが理想だけどお醤油無いし、そこは妥協しよう。うん、今日の晩御飯は塩焼きだ!」

そうと決まれば善は急げである。

ここは海ではなく、川魚がいいだろう。

塩焼きの段階で涼の頭に浮かんだのは、(あゆ)やニジマスの焼けた姿だったのだから。


魚を手に入れる道具として選択したのは、いつものナイフ付き竹槍だ。

「本当は先端に(もり)みたいな返しがついてるといいんだけど……そこは仕方ないよね」

魚釣りを、などという選択肢は涼の中には無い。

「今回は麻袋は、いらない」

ナイフ付き竹槍片手に、涼は家の南にある河へと向かった。



決して浮かれていたわけではない。

そう、断じて、ない。

多分……ない。



その時、たまたま、川べりにワニがいただけのことだ。



『魔物大全 初級編』には記載は無かった。

そのため、おそらく『魔物』ではなく『動物』なのであろう。


もちろん『ファイ』にも、魔物ではないいわゆる『普通の動物』が何百万種類と存在している。

魔物と動物の違い。それは、魔物は心臓の近くに『魔石』と呼ばれる小さな石があることだ。

また、種類によっては『魔法』を使うことが出来る。

そして多くの場合、動物よりも凶暴で、強い。


そのため、ロンドの森では、強力な魔物たちにより、普通の動物の類はかなり駆逐されてしまっているのだ。

それが、これまで涼がロンドの森で動物を見かけなかった理由である。

だが、今、目の前に動物がいる。

それが、体長五メートルを超える、巨大なクロコダイル系のワニであったとしても、動物は動物だ……。


『じょうずなワニの捕まえ方』……地球の日本において有名な、かの本によると、ワニの後ろから近付いて行くのだとか。

昔、小学生の頃に、友人が涼に見せてくれた本。

「そんなの役に立たないだろう」……そう思い、涼はしっかり読まなかった。

今は、とても後悔している。

本当に、ほんっとうに、何がどこで役に立つかわからないものなのだ!



「いや、別に捕まえる必要はないのか」

そう、ワニを捕まえに来たわけではない。

まだ気づかれていないようなので、こっそりみつからないように、上流に向かう。

「ジィィィッァァァァァアァ」

「グゥモォォォォン」

ワニから五十メートルほど離れたあたりで、涼の元に獣の咆哮が聞こえた。

どうやら、先ほどのワニと何かが戦っているらしい。

ようやく離れたのではあるが、何があのワニと戦っているのかは気になる。

こっそり見てみよう。


見つからないように近付いた涼の目には、ワニを角に突き刺し、頭の上に掲げ上げた牛の姿が飛び込んできた。

すでにワニの息の根は止められていた。

「ホーンバイソン……名前通り角に注意。川、沼地によく現れる。風属性魔法を身に纏っての突撃に注意、と。そうだ、新しい技を試してみよう」

涼は左手を頭上に掲げて唱えた。


「<ギロチン>」

左手から、アイシクルランスの先端がギロチン状になった氷の槍が上空に飛び上がり、十分な加速を得て真上からホーンバイソンの首を斬り落とした。

「よし、成功」

にっこり微笑む涼。

一撃で斬り落とされたホーンバイソンの頭は水面に落ち、切断された首からは血が噴き出している。

「牛革をなめす練習に使おうかなぁ」

そんなことを呟きながら、ホーンバイソンとワニの死体の元へゆっくりと近付いて行った。


だが、そこで涼の見た光景は……。

バシャバシャバシャ。

水面に落ちたホーンバイソンの頭とワニの身体が、少しずつ小さくなっていっているように見える。


「ん? んん? 何が起きているの……」

急いでホーンバイソンの胴体を掴み、陸に投げ上げる。

そこにも、すでに数匹の魚が齧りついている。

「ピラニアみたいなやつ……魔物大全には載ってなかったけど……肉食……やっぱりピラニアの仲間だよね、これ」

体長40センチを超える、凶暴な歯を持ったピラニアもどき。


とりあえず、ホーンバイソンに噛みついているのを、ナイフ付き竹槍で刺していく。

そしてホーンバイソンの胴体と、まとめて冷凍保存。

その間にも、水中にあるホーンバイソンの頭とワニの身体は見る見るうちに小さくなり……やがて消滅した。

血に惹かれてやってきたと思われるピラニアたちも消え、河は元の静けさを取り戻す。

「ここでの水遊びとか、絶対できない」

堅く心に誓う涼であった。



狩り自体は一時間もせずに終了したわけだが、ピラニアの光景はけっこう衝撃的であった。やはり血の匂いというのは、様々なものを引き寄せるのだ。

心しておかねば。

ホーンバイソンとピラニアは、冷凍状態のまま貯蔵庫行き。


さて、今回の狩りで『魚』を手に入れた。

本来想定していた『鮎』や『ニジマス』みたいな魚とは「ちょっとだけ」違うが、まあ川魚だ。

晩御飯は、ピラニアの塩焼きにするとして、ここに一つの大きな可能性が生まれた。


魚がある。

塩もある。

そして大豆は無い。


そう、日本人の心ともいえる、あの黒い液体……『醤油』と呼ばれるものを手に入れる可能性が生じたのだ。

だが、大豆は無い。

本来醤油とは、大豆を基にした『味噌』から生み出されるものである。


そう、大豆は無い。


大豆は無いのだが、大豆無しで『醤油』を手に入れる方法が、地球にはあった。

それが『魚醤(ぎょしょう)』だ。

読んで字のごとく、『魚』を基に生み出される『醤油』


一般の日本人が馴染んでいる醤油に比べると、香りが強すぎるし、味も濃くなる場合が多い。

だが、日本全国で郷土料理に利用されていたのだ。

ということは、やはり日本食には合うはず!

今夜のピラニアの塩焼きにはもちろん間に合わないだろうが、いずれは、ちょっとお醤油を垂らして、といった楽しみができるかもしれない。

「うん、これはやらなければ!」



魚醤の作り方は極めて簡単。

魚を塩と共に漬け込む。

以上。


あとは数か月自然発酵されるのを待つだけ。

「問題は、それらを発酵させる樽、だよねぇ」

水属性魔法で作る樽なら、一瞬で生成できる。形も大きさも自由自在。

だが、氷の樽なので、どうしても冷たい……。

大抵の保管には、その冷たさは問題にならない、それどころかメリットが大きい。

だが、魚醤は『発酵』させる必要がある。

魚醤のための発酵が起こるには、ある程度の温度が必要なのだ。

少なくとも、氷の器の中では冷たすぎて発酵は起きない……最低でも常温以上。


というわけで、木製の樽を作るのが一番。


もちろん、涼は生まれてこの方、そんなものを作ったことは無い。

おそらく頑張って作っても、底が抜けたり中身が漏れ出てきたりするはず。

とりあえず、木で樽みたいな感じのものがあればいいのだ。

「候補は既に見つけてある!」

そう、ここはロンドの森。

中には、地球では考えられないほど太くなった木もある。

それも、家の結界のすぐそばに。



幹の直径二メートル。高さ十メートル。杉や檜の様な針葉樹。

地球の様に重機があればともかく……いや、重機があってもこのサイズの木を切り出すのは、かなり厄介なのかもしれない。

しかも、涼の手元には重機などない。


だが、重機の代わりに『魔法』はある。


そう、ここでウォータージェットで切り出し……はまだ無理。

この『ファイ』に来た当初から、ずっとこだわって練習しているウォータージェットであるが、まだ木を切断するほどの威力は無い。

しかし、涼には別の手段があった。

そう、ホーンバイソンの首を一撃のもとに斬り落とした『ギロチン』である。

「<ギロチン>」

ザシュッ

ギロチンは、幹に一メートルほど食い込んで止まった。


「ま、まあ、一撃で倒せるとは思ってなかったし!」

あえて声に出してそう言うと、さらに続けて唱えた。

「<ギロチン>」

ギロチン連射。

ようやく切断され、轟音を轟かせながら倒れ行く針葉樹。

巻き込まれた周囲では、なかなかの森林破壊が起きていたが涼は気にしない。


倒れた針葉樹から、高さ一メートルほどの樽になるように切り出していく。

「<ギロチン>」

「<ギロチン>」

ここでも行われるギロチンの連射。


直径二メートル、高さ一メートル、見た目ちょっと大きい立派なテーブルが削り出された。


あとは、中をくり抜いて樽状にする。

そこで使うのは、<水ノコ>だ。

かつては攻撃魔法として飛ばそうとして失敗した、あの<水ノコ>。

おそらく今ならアイシクルランス同様に、遠距離攻撃魔法として使えるのであろうが、ここではそんな効果は必要ない。


「<水ノコ>」

右掌に、水で出来た回転するノコギリが発生する。

そして切り出された針葉樹を削っていく。

地球でのチェーンソーに比べても、相当のスピードで切れている。

ほぼ抵抗なく、そしてストレスもなく。


ようやく満足いく形に切り出しが終わったのは、一時間後であった。

見た目、高級温泉旅館の檜造りの個室露天風呂である。

発酵樽の下にアイスバーンを生成しながら家まで運ぶ。本当に便利な魔法である。

中身がくり抜いてあるとはいえ、相応の大きさ……それなりの重さもあるはずなのだが。

そして、家まで持ってきて涼は気づいた。


「この樽……どこに置こう」

そう、大きすぎてドアをくぐらなかったのだ。


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