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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0138 セーラの戦い

涼たちが地上に出てくる前、時は数時間遡る。


『自治庁』前は激戦となっていた。



ウェストウッド子爵邸からの十二人を収容し、扉を閉めた自治庁。

その後、しばらくは何事も無く過ごしていた。

もちろん、人ならざる者たちは、塀や門にとりつこうとするのだが、二階、三階の窓から射貫くことによって、危機を未然に防いでいたのである。



変化が訪れたのは、深夜になってからであった。

これまでは、ただ押し寄せるだけであった動きが、変わったのである。

集団で押し寄せたり、タイミングを見て引き揚げたり。

まるで、指揮する者が出てきたかのようなそんな動きに。


「おババ様、これは……」

「うむ。何か、こやつらを動かせる厄介な奴が来たようじゃな。黒幕か……あるいはこやつら全てを力で従えることが出来るような化物か……」

セーラの問いに、おババ様は顔をしかめながら答えた。



黒幕であったほうがまだましだ。

力で従えることが出来るほどの者であれば、自治庁はまず持ちこたえることは出来まい。



「それにしても……これだけ時間が経っても、どこからも反撃が始まらないということは、騎士団をはじめ王都の戦力はすでにない、ということか……」

「俺たちが最後の二人ってことかよ……」

おババ様の独り言に、避難してきた二人の騎士ザック・クーラーとスコッティー・コブックが答えた。

別に問われたわけでもないのだが。

「貴重な生き残りじゃな」

おババ様は、少し笑いながら言った。



その時である、突然の轟音が辺りを襲った。



「なんだ!」

ザックは思わず叫び、すぐにその理由を悟った。


『門があった』場所に目が釘付けとなる。門が吹き飛んだ音だったのだ。

その想像外の光景に、誰しもが動くことが出来なかった。



いや、ただ一人を除いて。



「総員、近接戦用意!」

ただ一人、セーラのみが声をあげて皆の意識を呼び戻し、自らも剣を抜いて門のあった場所に立ちはだかる。



その行動に一瞬遅れながらも、セーラによって呆けた状態から解放された者たちも、急いで剣や槍を手に門があった場所に向かう。

二階、三階の窓から、門や塀に取りつく者たちに矢を射ていた者たちは、これまで以上のスピードで射続けた。

何らかの方法で門を破壊したのだから、当然かさに掛かって攻撃してくるのは、子供にもわかる理屈である。


案の定、その後は激烈な近接戦となった。


セーラは当然として、ザックとスコッティーもさすが現役の王国騎士団である。

弓ではかなわぬとも、剣の扱いは、普通のエルフたちよりも遙かに習熟していた。

この三人の剣を中心に、周りの者は槍でもって中への侵入を防ぎ、二階、三階から弓を射る。

そういった隊形、あるいは戦い方がいつの間にか確立しつつあった。




だが、しばらく耐えた後……ついに最初の破綻が訪れようとしていた。



「おババ様、矢が尽きます!」

二階の射手が、中庭のおババ様に向かって叫ぶ。


「くっ、このタイミングでか! いつかはと思うておったが……。エルフの矢が尽きるなど恥ぞ。もし生き残ったら、これまでの十倍、いや百倍の矢を保管しておくのだ! よいな! しかと申しつけたぞ」

おババ様は、傍らにいた自治庁長官カーソンに厳命した。


矢が尽きるのは下手な証拠。

それは確かなのであるが……この防衛戦においては、エルフたちの射手としての技量は、間違いなく王国トップクラスであった。

それでも矢が尽きたのは、単純に、敵が多すぎただけだ。



矢が尽きると叫んだ声は、セーラの耳にも聞こえていた。

(この先は、魔法を使って倒していくことになる……魔力は有限。矢以上に有限だ。これだけの敵が相手では、魔力の回復速度を大幅に上回りながら消費していくことになる。これは、掛け値なしに厳しい)


セーラは焦りを感じながらも、冷静に考えていた。

この考えを、たとえ独り言であっても口の外に出してはならない。

絶対に、指揮官がやってはならないこと。

セーラはその事を知っていた。


指揮官が「負けた」と言えば負けるし、「破綻する」と言えば必ず破綻する。

指揮官の言葉は、正だろうが負だろうが、多くの力を内包しているのだ。


だからこそ!

だからこそ、セーラは信じていないことであっても、力強く叫ぶ。


「あともう少しだ! 夜明けまで粘れ。さすれば援軍が来るぞ!」



どこから援軍が来ると言うのか。

どんな援軍が残っていると言うのか。

……もちろん援軍などない。セーラも理解している。


だが、ここで言うべきは事実ではない。

言うべきは、皆に力を与える言葉だ。

それが事実かそうでないかは、関係ない。


そして、セーラの言葉でなんとか踏みとどまった者たちがいたのは、事実であった。

たとえそれが、完全なる破綻を先に延ばしただけであったとしても、今死ぬよりははるかにいい!




何度目かの波状攻撃を退けた時、それは現れた。

人ならざる者たちが左右に割れ、その中を堂々現れた。

三体。

中でも、中央の者が放つ存在感は圧倒的であった。


「デビルか……」

波状攻撃を退けるために、最前線に出ていたおババ様の口から、呟きが漏れた。

隣にいたセーラには、はっきりと聞こえたが。

「あれがデビル……」

二百年を生きるセーラも、デビルに出会ったことはない。


神と天使に仇なす者。

デビルが進化して、最終的に魔王が生まれる。



だが、しばらく三体を見つめたおババ様は、一瞬、雷に打たれたかのように震え、再び呟いた。


「いや……あれは……まさか……」

おババ様の言葉はそこで止まった。


「どちらにしろ、あれを倒すしか、我々には道がありません。私が行きます」

セーラが言い放った。


だが、その腕を力いっぱい引っ張る者がいた。おババ様だ。

「セーラ、ならぬ、ならぬぞ。あれはダメじゃ。あれは、お主でも勝てぬ」

「おババ様?」

「あれは……あの真ん中の奴はただのデビルではない。アークデビルじゃ」

「アークデビル?」


その言葉は、セーラも聞いたことのないものであった。

声が聞こえたのであろう、すぐ側にいたロクスリーも首をかしげている。


「デビルは進化して魔王子になり、そのうちの一体が魔王となる。じゃが、それとは別の『進化の道』がある。そこに進んだのが、アークデビルじゃ」

「それは強いと。魔王より?」

「魔王は規格の外じゃ。じゃが、魔王の子供状態とも言うべき魔王子などよりは、比べ物にならぬほどに強い。しかも、目の前の奴は『剣使い』じゃ……」

「確かに、剣を持っていますね……」


真ん中の、アークデビルは鞘に入った剣を持っている。

身長も二メートルと、人間とあまり変わらない様に見える。もちろん、存在感は圧倒的に違うが。


「『魔法使い』であれば、エルフが倒したという記録がある……それでも百人からの犠牲者が出ておる」

「私が、初の『剣使い』を倒したエルフになるしかありませんね」

セーラは、努めて明るい調子で言う。


「セーラや……」

「大丈夫です、おババ様。どうせ、あれと戦い勝つ以外に、我々が生き残る方法はありません。それに私、最近、少し強くなったんですよ」

そう言うと、セーラは水筒の水を飲み干し、門まで行く。


門の外では、人ならざる者たちが少し退き、半径五十メートル程の円が出来ていた。


「ふむ、一騎打ちをしてくれると。願ってもない」

セーラはそう呟くと、門の外に出る。


そして声をあげた。

「アークデビルよ、私が相手をしよう」

それを聞いて、アークデビルはうっすらと笑ったように見えた。



(さて……魔力は空っぽ。『風装』が使えない今の私で、どこまでやれるのか)

これまでの熾烈な防衛戦、常に最前線に身をさらし続けたセーラは、体力、魔力、精神力のいずれも、限界近くまで振り絞っていた。

それでも戦わねばならない。

他に、アークデビルに対抗できそうな者はいないのだ。


アークデビルが一歩前に出て、鞘から剣を抜いた。

傍らのデビルが鞘を受け取り、後ろに下がる。



かくして、自治庁防衛戦の最終局面が始まろうとしていた。




先に動いたのはアークデビルであった。

いつもなら、風装を纏ったセーラの音速の飛び込みから始まるのだが、魔力残量の関係から、それはできない。


代わりに、アークデビルの超速の飛び込みで、二人の剣戟が開始された。



振り下ろしを流す、薙ぎをかわす、突きを逸らす。


まともに受ければ、剣が無事でも手首を痛めたり、剣を飛ばされたりする。

一太刀交わしただけで、

セーラはそれを理解した。理解させられた。


流して反撃、かわして反撃、逸らして反撃。


徹底的に『後の先』、つまりカウンター主体の攻撃である。

アークデビルも、それを理解したのであろう、深く踏み込めなくなる。

そして、いったん大きく後方に飛び、距離を取った。



アークデビルは、両手で剣を握っている。

ファンタジー風に言うなら両手剣であろうか。


だが、それは奇妙であった。


細い剣だが少し反っている。それも奇妙である。

しかし、何より奇妙なのは、その握り方であった。

左手を剣の柄に近い場所、右手を鍔のすぐ下に。両拳がくっついておらず、開いているのだ。

普通は、柄に近い場所であろうが、鍔に近い場所であろうが、両拳はくっつけて握るのだ。

だから奇妙なのである。


だが……。



「知っているぞ、その持ち方は。リョウの持ち方だ」



そう、日本刀や竹刀を持つときの握り方。

何十、何百と剣を重ねてきた……涼の剣は、よく知っている。

「だが、リョウとは足の運び、身体の捌き方が全然違うな。なんとも、世界は広い。様々な剣の流儀がある」


セーラは素直に感心していた。

そして少し嬉しかった。

目の前の化物は、恐らく言葉は完全には通じない。

だがそんな化物が、間違いなく、剣の修行に時間と労力を費やしてきたのだ。

そうでなければ、これほど見事な剣を使えはしない。


そんな者たちが、自分の知らない場所から来て、自分の知らない剣技を振るい、自分の前に立つ。

そんな者と戦えるのが、純粋に嬉しかった。


それは、ある種の戦闘狂かもしれない……。




二人の剣戟は、その後、一時間以上続いた。

その間、自治庁に対する攻撃は止まっていた。


人ならざる者たちにしてみれば、自分たちのボスが一騎打ちを行っているのである。

それを無視して攻撃をするなど、あり得ないことであろう。

つまり、セーラは、ただ一人戦うことによって、自治庁を一時間以上もたせていたのである。



だがしかし……、

セーラの体力は尽きようとしている。

身体中に無数の切り傷もある。

それはアークデビルも同じであった。


両者の力は互角。


セーラとアークデビルは距離をとり、息を整えた。



勝敗がどちらに転ぶのかは、誰にもわからない。

だが、見ている者すべてが分かることがあった。



それは、次の一撃が決着をつける一撃になるであろうということである。


もちろん、一番そのことを理解していたのは、剣戟の当事者二人。


アークデビルは改めて剣を構え直した。

セーラは剣を肩に担ぐように構えた。



そして二人は静止する。



決着は一瞬でつく。


だからこそ、その一瞬を掴まなければならない……。

何かがきっかけでこの均衡は崩れるのだから。




そのきっかけは、はるか遠くの方から起こった。



何か、相当な重量物が高いところから落ちた音が聞こえたのである。

それが二人が動き出すタイミングとなった。


アークデビルが超速の踏み込み、同時に振り上げた剣を打ち下ろす。

その光景を見ることが出来た者は、この場にはいない。それほど超速の打ち込み。



だが、打ち下ろした先にはセーラはいない。



しかし、それはアークデビルの想定内であったらしく、打ち下ろした剣を、地面に触れる寸前で強引に方向転換させる。

そのまま左方向に、身体全体を使って横に薙ぐ。



だが……そこにすらセーラはいない。



さすがに驚いたアークデビルは、その表情のまま首を斬り落とされた。

続けて、心臓にある魔石も貫かれた。




セーラは、瞬間の『風装』で、アークデビルを中心に二百七十度回転し、アークデビルのむしろ右手側に出ることで、死角を移動し続けた。

アークデビルの想像を超える速度。


これまでの一時間以上を、全て魔力の回復に費やし、一度も『風装』を纏わずに戦い続けた結果の勝利だった。




アークデビルの魔石を貫いた瞬間、セーラの魔力は完全に尽きた。


片膝をつき、懸命に意識を保つ。

まだアークデビルを倒しただけ。

そう、他のデビルや人ならざる者たちがどう動くかわからないのである。

まだ終わっていない。


必死に立ち上がろうとした時、ある音が近付いてきていることに気付いた。



重量物が高いところから落ちる音。

アークデビルとの最後の一撃のきっかけとなった音。



あれが、何度も繰り返しながら、ここに近付いてくる。

右に続く道路の先から……。



さすがに、残った二体のデビルを含め、人ならざる者たちもその音に気付いた。

そして、音が近付いてくる方向を見ている。


夜が明けようとしている王都の空は、うっすらと明るくなってきていた。

その暁の空から、重量物は落ちてきている……。



「なんじゃあれは……」

おババ様が呟く。

「氷の……板?」

ザックの声がセーラの耳に聞こえた。



(氷……ああ、そうか……来てくれたのか)



氷の板が空から落下し、道路にいる人ならざる者たちを押し潰す。

落ちたその板の上を、ローブを纏った魔法使いが一人、走ってくるのが見えた。


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