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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0137 墳墓防衛戦最終局面

「なあ、リョウ。さすがに疲れてきたんだが……そろそろ交代を……」

「アベル、何を言っているのですか! その程度で弱音を吐いているようでは、立派な剣士にはなれませんよ!」

「いや、俺、多分、すでに、それなりに立派な剣士だと思うんだが……」



中央神殿地下一階、未だ、人ならざる者たちの流れは続いている。



涼のアイスウォールで調整しながら、前面だけに集中して戦える環境の下、殲滅戦は続いていた。

現在は、アベルと勇者ローマンの二人が、剣で斬り倒している組み合わせだ。


「隣で戦っているローマンを見るがいいです! 弱音一つ吐かずに斬り続けています。ローマン、疲労の方は大丈夫ですか?」

「問題ありません! まだまだやれますよ」

涼の問いに、ローマンは笑顔で答える。


「ほら! 聞きましたかアベル。これが、剣士の模範的な回答です。それに比べて、最近のアベルと来たら……」

「いや、ローマンって勇者だからな! 勇者! 勇者ってのは人類の頂点だぞ。そんなのと比べるのはさすがに無理だろ」

そんな会話をしながらも、アベルもローマンも一瞬の遅滞も無く剣を振り続けている。


「さすがにもう、深夜は回っているだろう。俺ら、十二時間以上、ここで戦い続けているんだよな……」

「いつまでたっても終わりませんよね」

アベルがぼやき、勇者ローマンも苦笑しながら同調する。


「僕はいなかったから知らないのですけど、ルンの街での『大海嘯』も、今年のは、かなりの長時間続いたとか」

「そうだ。いつもなら数千体も出れば多い方らしいが、今年のは三万超えだからな。あの時も、倒しても倒しても終わらなかったな……」

涼が問いかけ、アベルはルンの大海嘯を思い出しながら答えた。


それを聞いて驚いたのは勇者ローマンだ。

「こんなのが、他の街でもあったのですか?」

「ああ、いや……確かに魔物が湧き出してくるという点は一緒なのだが、ルンの街のは定期的に起こる現象でな。色々対処法も確立している。だが、これは……リーヒャも大神官も初めて聞いたということだから……ルンの大海嘯とは比べられないな」

ローマンの問いに、アベルが丁寧に答えた。

もちろん、二人とも戦いながら。



アベルはなんだかんだ言いながら、斬り続ける手を休めない。

横で、一緒に斬り続けている勇者ローマンも感心していた。

「アベルさん、すごいですね……さすがB級冒険者……」

「ふふふ、そうだろうそうだろう」

「ローマン、アベルはすぐ調子に乗るのであまり褒めないでください。ほら、『エサを与えないで!』っていう看板と同じです」

「誰が野生動物と同じだ!」

涼の酷い言いように、怒るアベル。


「いちおう、人類の頂点たる勇者と比べても遜色ない結果出してるだろうが」

アベルは斬る手を休めることなく言う。


だが、アベルのその言葉を聞いて、勇者ローマンの表情に少しだけ(かげ)が差した。

「人類の頂点ですか……」

「ほらぁ、ローマンが、アベルと同じ程度なのかってショックを受けてますよ」

「なんでだよ!」

涼の軽口に反論するアベル。


「ああ、いえいえ、もちろん違いますよ。確かに、『勇者』として生まれたので、体力などの潜在力はかなり高いのでしょうけど、まだまだ強い人たちがたくさんいますから……頂点などではないです」

苦笑いしながらの言葉だ。

「なんだ~? 手酷い負け方でもしたのか?」

「ええ、まあそうですね……」

「まだ若いんだから、そんなもん気にすんな。これから、もっと強くなっていくんだから」

「はい……わかってはいるんですが……魔法使いに剣が全く通用しないというのを痛いほど経験させられたので……」

「ああ、それは俺も痛いほど経験しているぜ」

アベルはそう言うと、涼の方を見るのであった。


その間は、わずかながら剣が止まっている。


「ほら、アベル、手が止まってますよ。口を動かす以上に手を動かしてください」

すかさず涼の指摘が飛ぶ。

「あそこで指示を出している、自称魔法使いには、多分、俺の剣は全く通用しないからな」

アベルはそう言うと、再び正面の敵を斬り始める。

「なるほど」

勇者ローマンは、ちらりと涼を見て言った。



「なあ、さっきの、魔法使いに剣が通用しなかった話だけど、あれって、爆炎の魔法使いのことか?」

アベルは、ちゃんと手を動かしながら勇者ローマンに訊く。

「ええ、それもあります。確かに、オスカーさんには全く通用しませんでした。最初の模擬戦の時なんて、魔法障壁と物理障壁を展開されたのですが、それが硬すぎてこの聖剣アスタルトでも割れなかったですね」

「さすが、性格極悪な火属性の魔法使いですね。あいつのやりそうなことです!」

ローマンの説明に、涼が頷きながら感想を述べる。


「リョウならどうするんだ?」

「そんなの決まってます。アイスウォールでローマンを囲っちゃえばいいだけです。魔法障壁とか物理障壁とか、そんな怪しげなものには頼りません」

「うん、間違いなくどっちもどっちだな。いやむしろ、攻撃すらさせてもらえないアイスウォールの方が酷い気がするな!」

「そんな馬鹿な」

涼は、劇画調のなんてことを! な表情になって言った。

そしてローマンは大笑い。



「まあ、オスカーさんはいいんです。むしろ、ショックだったのは別の相手でして……」

「勇者にショックを与える相手とか、いったいどんな人外の化物だ」

勇者ローマンの言葉に、興味深げにアベルが言う。


「多分、その相手は、人間ではないと思います。見た目は美女で言葉も喋るのですが、角があって細い尻尾もありましたから」

「ああ……角があって尻尾もあったら、確かにそりゃあ人間じゃねえわな。けど、言葉も喋って、そんな外見の種族とか聞いたことがないな……。種族とか名前とかは言わなかったのか?」

「去る前に、名前を言いました。我が名は『レオノール』と」


ローマンのその一言に激烈な反応を示したのは、涼であった。



「ローマン……今、レオノールと言いましたか?」



涼のあまりの反応に、ローマンは最初驚いたが、一つの可能性に思い至った。

「はい、言いました。リョウさん、もしかしなくても、レオノールと戦ったことがありますね?」

ローマンはレオノールに言われた言葉を覚えていたのである。

自分より一万倍も強い人がいると。

そして、それは今、目の前にいるこの水属性の魔法使いだと閃いたのだ。



ローマンは勇者である。

未だ経験が少ないため、対人戦で不覚を取ることはまだあるが、そのポテンシャルは人の頂点と言っても過言ではない。

それは、『直感』や『閃き』といったものも、常人より遙かに秀でているという意味である。

とはいえ、それら『直感』や『閃き』と言ったものも、『それまでの経験』や『無意識下の情報』を元に分析された結果でもあるため、まだまだ伸びる余地があるのも事実であるのだが。


「れ、れ、レオノールとか、知らない人ですね……」


見事に挙動不審な人になった涼を、アベルが呆れた目で見て言った。

「リョウ、そういうのを無駄な抵抗というんだ」

「うぐ……」

涼は反論できなかった。

「正直、あまり思い出したくない相手なのですよ」

仕方なく、戦ったことを認める涼。



「レオノールは、私よりも一万倍強い人間がいる、それを超えるくらいになれ、と言いました。それは恐らく、リョウさんのことだったのでしょう」

その間も、勇者ローマンは、手を休めることなく斬り倒しながら言っている。


「高く評価されてるじゃないか、リョウ」

アベルの方は、ニヤニヤしながら……だが手は休めない。

「評価とかどうでもいいです。あれと戦うのは、二度とごめんですよ。そんなことより、ローマンは何であんなのと出会ったのですか?」


涼は先ほどから疑問に思っていることを尋ねた。

涼自身は、『封廊』に取り込まれてしまったから戦う羽目になったが、ローマンは……?

「実は、西方諸国には魔王を呼び出す儀式があります。それを行って魔王を呼び出して倒すつもりだったのですが、そこにレオノールが現れたのです」

「それはなんとも……」

アベルは呆れたような声を出した。


「レオノールの目的は、儀式で使用していた道具でした」

「まあ、勇者の役目は魔王を倒すこととはいえ、いろいろあって大変そうだな」

ローマンの説明に、アベルは今度は同情的な声をかけた。



「レオノールを知らないアベルに言っておきますけど、出会っても手を出してはダメですよ? 『赤き剣』四人が揃っていたとしても、瞬殺されますから」

「……わかった。だが、向こうから攻撃してきたらどうすればいい」

「多分、こっちから攻撃しない限りは、無視されると思うんですが……ローマンはどう思います?」

涼は、ちょっとだけ首を傾げながらローマンに話を振る。


涼の感覚だと、レオノールは人間の事など歯牙にもかけない……そういう存在であろうと。

人間が、その辺に落ちている石ころに対して、別に何の感情も抱かないのと同じようなものだろうと。


「同感です。私たちの時は、レオノールを魔王だと思って手を出してしまったので……」

「あぁ……」

涼とアベルの口から、異口同音に声が漏れた。


「まあ……ローマンも、死ななくて良かったですね」

涼は、そう言ってまとめた。




「かなり、圧力が減ってきている気がしますね」

涼が、向かってくる人ならざる者たちの数が減っているのを見て言った。

「確かに」

「もう少しかな」

ローマンとアベルもその意見に同意した。


「アベル、こういう時こそ、気を引き締めないといけませんよ」

「お、おう。何で俺だけ?」

「ローマンは、見るからに油断しなさそうです。でもアベルは……」

「俺も油断しないぞ?」

「でもアベルは、アベルなので、一言言っておいた方がいいだろうと思いました」

「うん、何かわからんが、理不尽なことを言われているということは理解できた」



そんな会話をしていると、ようやく、誰も地下二階から上がって来なくなった。



「来ませんね」

「アベル、一人で突っ込んで行ってみますか?」

「なんでだよ!」

ローマンが現状を確認し、涼が情報の確度を上げる方法をアベルに提案し、アベルがそれを却下する。


「アベル、ルンの大海嘯の時には、最後に大物がいたんですよね?」

「ああ。ジェネラル三体にキングが一体」

「でも、今回はいませんね……」

「まあ、大海嘯とは似て非なるもの、なんじゃないか?」

アベルは言う。


「そうであることを祈りましょう。では、三人で、少しずつ進んでいきましょうか。<アイスウォール解除>」

涼が唱えると、全てのアイスウォールが解除された。



「ちょっと待った!」

歩き出そうとした二人を、アベルが止める。

「水とか飲んで、ちょっと休まないか? 五分くらい休めば、何も出てこないかの確認にもなるだろ」

「そうですね!」

「アベル、いいこと言いましたね!」

「……珍しくリョウに褒められた気がする」




五分休憩の後、三人を先頭に一行は下に降りていき、人ならざる者たちが誰もいないことを確認した。



そして、最下層である地下五階で、黒くなった拳大の水晶玉の様なものを見つけたのである。

「これは……ルンのダンジョンの……」

「ああ、あれとそっくりだな」

涼が、横のアベルに言うと、アベルも同じ感想を持っていたようで、すぐに答えた。


「大神官様は、これが何かご存じありませんか?」

アベルは、後ろの大神官を呼んで、その黒くなった水晶玉を指し示す。

「いいえ……。少なくとも、神殿で見たことはありません。伝承でも、聞いたことは無いですね」

「そうですか」


恐らくは、誰かが持ち込んだ物であろうし、今回の疑似大海嘯を招いた原因であろうというのは、アベルと涼の一致した意見であった。

また、地下三階の古い修道院に繋がる通路は破られており、人ならざる者たちが通路を通って、現在は王国騎士団第二演習場となっている場所に行ったであろうことは推測できた。


そこまで確認したところで、一行は一度地上に出ようということになった。

さすがに、十二時間以上地下に籠っていたのである。

健康には良くないだろう。



階段のすぐ外には、大神官の秘書官が待っており、外が大変なことになっていることを告げてきた。

そこから、アベル、ローマン、涼は走って中央神殿の外に出た。



そこには……戦争の後かと思えるような酷い光景が広がっていた。



多くの物が壊されたその光景は、涼に、ゾンビ映画の一シーンを想起させ、街のあちこちから、煙が上がっているのも、それに拍車をかけた。


「騎士団が封じ込めに失敗したということでしょうか」

「そういうことだろうな」

涼の呟きに、アベルが答えた。

「大物が、向こうに行ってしまったとか?」

「その可能性はあるよな」

涼の指摘に、アベルも同意する。

「全てはアベルの責任と」

「ああ、それは違うだろうな」

涼の言葉を、アベルは全否定した。


「自分の間違いを認めることが出来ると言うのは、その人物の器が大きいということですよ? 諦めて受け入れるのがいいと思うのですが?」

「うん、リョウが何を言っているのか全く分からないな」

涼の言葉を、アベルはやはり全否定した。



「王都って、この中央神殿を中心にして、放射状に道路が敷かれているのですね」

「ホウシャ……? まあよくわからんが、ここが中心になっているな」

まるで地球のパリで、凱旋門を中心に道が延びているように、涼には見えた。


「アベル……この道路だけ……途中からずっと向こうまで、人ならざる者たちがひしめいているように見えるのですが……」

「本当だな……他もいないわけじゃないが、けっこうスカスカなのにな」

それは、中央神殿から北西に延びる道路である。


「アベル、この道路の先には、何があるんですか?」

「何がと言われても……普通に貴族街……! リョウ、エルフたちの自治庁がある!」


その瞬間、涼は走り出した。


次回、王都騒乱の章、いよいよクライマックス!

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