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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0136 自治庁防衛戦

国家というものは、常に外圧にさらされている。

外圧にさらされ続けている。

どれだけ平和に見えようが、その外圧に対処している者たちがいるからこそ、存続し続けることが出来るのである。


それは、水の中の風船、あるいは水中を航行する潜水艦みたいなものであろうか。

対処を怠れば、あるいは失敗すれば、容赦なく水によって圧潰するように。

弱い個所があれば、情け容赦なくそこを攻められるように。


対処するのが行政機構の仕事なのだが……国レベルの様な、あまりに巨大な組織になりすぎると、一人ひとりにその自覚など持てなくなってしまう。

それを責めるのは余りに酷であろうか。

官僚たちがそうなり、彼らを率いる大臣たちもそうなってしまえば……国は亡びる。

そして、全ての国家がそのプロセスから無謬ではいられないのは……悲しい事実と言えよう。



そんな、国の犠牲になりかけている不幸な騎士が二人。

ザック・クーラーとスコッティー・コブックである。


決して、二人が普段からさぼり癖があり、さぼりまくっており、この日もさっさと帰らなかったから巻き込まれた……そういうわけではない。

不幸な、国の犠牲者なのである!


……多分。



「戦えるのは俺ら二人だけと。奥様、娘さん、料理長に執事さんやメイドさんなど十名が非戦闘員……」

「そういうことだな。使える武器は、子爵のコレクションの槍が二十本ほどある。門に取りつかれないように、間合いを取って攻撃するには槍がいいだろう。奥様から使用許可はいただいている」

ザックとスコッティーは現状を確認し合う。


「今のところ、この屋敷に執着している化物はあまりいないな。そのまま道路に沿って右の方に行っている」

「なにかしら、奴らの興味を引くものがあるのだろうな。とりあえず、門に取りつくやつらを槍で倒しておこう。戦闘向きの門じゃないからな……とりつかれたら、長くはもたない」

それだけ確認し合って、二人は屋敷の防衛に入った。


さぼらないで早く帰ればよかったと、少しだけそう思った二人。

だが、そうしていたらこの屋敷の人たちは犠牲になっていたであろう……それはそれで寝覚めが悪くなっただろうとも思うのだった。




自治庁。

今やその中庭は、周辺住民の避難所と化していた。

自治庁の、向こう三軒両隣の屋敷に住む者たちが、いち早く敷かれた自治庁の防衛線を見て、避難してきたのだ。


その外側の屋敷では、自主防衛を行う屋敷が多かったが、時間が経つごとに敷地内への侵入を許し、犠牲が出ていた。

自治庁入り口が面する通りは、王都中央神殿から延びる大通りの一つである。現代日本なら、優に片側三車線、つまり合計六車線分の幅がある。

現在では、その幅いっぱいに人ならざる者たちが拡がっていた。

しかも、左右両方からやってくるのである。


だが、自治庁に詰めているエルフたちの弓矢による防衛線は、異常なほどに強固であった。

涼がその光景を見ていれば、「さすが、エルフと言えば弓ですよね!」とか言いそうである。

種族特性と言うべきだろうか、エルフが最も得意な武器は、剣でも槍でも斧でもなく、弓だ。


もちろん、中には例外的事例としてセーラの様な、剣の扱いに特に秀でたエルフもいるが、それはあくまでレアケース。

それに、セーラは超絶技巧の剣技を誇るが、弓の腕も超一流である。

それは、この防衛戦においてもいかんなく発揮されていた。


セーラだけではなく、防衛戦に加わっているエルフたちの弓は、まず的を外すことはない。

急所を射抜くか、急所の隣を射抜くか、その違いしかない。

無駄ダマならぬ無駄矢は、一本として存在していなかった。



「セーラや。周辺の屋敷から、避難してこれそうなところはだいたい収容できたであろう。来ておらぬところは、残念ながら諦めるしかなかろう……各個で抵抗できていることを祈るしかあるまい」

「はい、おババ様」

「収容のための道全体の防衛から、屋敷に籠る防衛にそろそろ切り替えぬと……いろんなものが有限じゃぞ」


おババ様が言うのはもっともであった。

矢は言うに及ばず、節約しているとはいえ、各自で魔法を使うこともある。

その魔力も有限。


だが、セーラは気付いていた。

斜向かいから、さらに二軒向こうの屋敷が、今でも頑強に抵抗し続けていることに。

門に取りついた敵だけを、中から槍で突き刺すという方法で、効果的に倒している。

しかもたった二人で。

だが、それもこの数分で、突く精度が落ちてきていた。

疲労がたまっているのであろう。


「おババ様。あの、斜向かいからさらに二軒向こう側の屋敷。あそこだけは、陥落を免れています。槍で抵抗しているのですが、限界が近い様です」

「む? あれは……確かウェストウッド子爵の屋敷であったか?」



「まずいぞスコッティー。さすがに腕が上がらなくなってきた」

「訓練をさぼっていたのが、ここに来て出てしまったな」

ザックとスコッティーの二人組は、疲労の極にあった。


ここまでは、なんとか門を守って来た。

だが、二人の疲労の蓄積に比例して、取りつかれることが多くなってきた。

それは、門の耐久力がガリガリ削られていっているということでもある。

このままでは、早晩、化物共の侵入を許してしまうであろう。


すでに、周りの屋敷には、生きている者がいないことはわかっていた。

そして、頼みの綱の王国騎士団による制圧も行われていない。

もちろん、騎士団がどれほど腐敗し、力を失っているかは当の本人たちが一番よく知っていた。

それでも、王都における最強戦力の一つなのだ。

まさかその最強戦力が、すでに壊滅しているとはさすがに想像の外である。



見える範囲で、人間が生きているのは、百メートル以上離れた場所にある一角だけであった。そこは、エルフの『自治庁』だ。

だが、その自治庁とこの屋敷との間にも、けっこうな数の化物共がいる。

二人だけならともかく、十人もの非戦闘員を連れてとなると、まず、たどり着けまい。

「さて、どうするか」


ザックが、そろそろ腹をくくらねばならないのかと考えていた、その時。

ふと自治庁の方を見た。

すると、指揮官と思われる長いプラチナブロンドの髪の女性が、こちらを見た。

そして、手をあげて、こっちに来い!と手を動かしたのである。


決して、見間違いではない。


その瞬間、ザックの腹は決まった。



「スコッティー、自治庁に行こう」

「お、おう、それはいいが……どうやって? たどり着くか?」

「多分大丈夫だ。あっちの指揮官が援護してくれる」

ザックの断言に、スコッティーは少し不思議に思ったが、何も言わなかった。

少なくとも、ここにこのままいても、ジリ貧であることは確かだったからである。

むしろ、このタイミングで腹を決めたザックに感心したくらいであった。


スコッティーが先頭、非戦闘員十人が続き、最後にザック。

この隊列で自治庁に向かうことが決まった。

あとは、タイミングである。




遠目に、屋敷の庭に人が出てきているのが、セーラにも見えた。

「向こうの準備は出来たか」

セーラは呟いた。


そして、第一班に告げる。

「手筈通りに」

それだけ告げると、屋敷に向かって手をあげる。

すると、屋敷にいる男も手をあげた。

「よし、では始めるぞ! 第一班、放て!」

これまではある程度以上近付いてきた人ならざる者たちを、射貫くように矢を放っていた。


だが、セーラの号令と共に放たれた矢は、自治庁とウェストウッド子爵邸の間にいる者たちだけを射抜いた。

しかも一射だけではない。


連射、連射、連射。


またたく間に、生きた者の全くいない通路が出来上がった。

それを確認して、屋敷の門が開き、自治庁に向かって走り出してきた。


先頭の男がたどり着き、後から来る者たちを迎え入れる。

だがその時、だいぶ遅れていた最後尾の男が転倒した。



「くそっ!」

ザックは悪態をついた。


戦い続けたせいで、足にきていたのである。

転ぶ前に、オークがすぐ近くまで来ているのは認識していた。

そのうえで転んだ……これはさすがに無理……。楽天家のザックですら、そう思うしかなかった。



だが……オークと自分の間に、銀色の光が流れ込んだのが見えた。



そして、一刀の下にオークの首を刎ねる。


「立てるか?」

そのプラチナブロンドの髪の女性は、ザックの方を向くことなく問いかけた。

「あ、ああ」

「よし、なら立って走れ」

ザックは言われるままに立ち上がり、自治庁に向かって走り出した。


いつもなら、「女性を置いていけるか」などと言うだろうが、この時はそんなことは一切考えなかった。

明らかに、ザックなど足元にも及ばないほどの凄まじい剣士であることは理解できたからである。


ザックが自治庁の中庭に入ると、その女性の号令が道に響き渡る。


「撤収」


その言葉により、道路に防衛線を張っていたエルフたちが一斉に自治庁内に入る。

最後に女性が入り、すぐに門が閉じられた。

その門は、子爵邸の門などとは比べるべくも無い、頑丈な門であることはよくわかった。



「ザック……助かったな」

スコッティーは、少し泣きそうになっていた。

ザックが転んだ時には、もうダメだと思ったのである。

それが助かり、こうして安全な場所に保護され……涙腺も緩もうというものだ。


「ああ……俺たちは幸運だった」

ザックはそう言ったが、見つめる先は、先ほど自分を助けてくれた女性であった。

彼女が、ここの指揮官であることは分かっている。

同時に、恐ろしいほどの剣の使い手であることも先ほど見せられた。


「エルフはみんな美男美女、と聞いていたが……確かにそうなんだが、あの指揮官の人は、その中でもとびっきりだな」

スコッティーも、ザックの視線を追ってから言った。

「ああ、確かに」

そういうと、ザックは何かを決意したかのように、その女性の方に歩き出した。

「お、おい」

「助けてもらったから、感謝の気持ちを伝えて、名前を聞く」

スコッティーの問いに、ザックは歩きながらそう答えた。



「入れてくれてありがとうございました。王国騎士団スコッティー・コブックです」

「先ほどは助かりました、ありがとうございました。王国騎士団ザック・クーラーです」

「ああ、いや、気にするな」

スコッティーとザックの挨拶に、セーラは大したことではないと言って、移動しようとしていた。

「あ、あの、もしよろしければお名前を。自治庁の方と協力したとなれば、後ほど私たちは報告書を書かねばなりませんので……」


ザックはちょっとだけ嘘をついた。


確かに、報告書の規定があるのだが……ここ数年、書いたことなどない。

「うむ……私は、実は自治庁の者ではない。たまたま、ここに来ていただけだ。ルン辺境伯領騎士団、剣術指南役のセーラだ」

「ルン騎士団の剣術指南役……」

ザックは絶句した。


ルンと言えば辺境最大の都市であり、王国内でも、王都を除けば一、二を争う規模の街である。

そのうえ、ルンの騎士団は精強で知られている。

王国騎士団のレベルが下がった現在、王国内で最強騎士団の一つと言えよう。

その剣術指南役であれば……先ほどの凄まじい剣の冴えも納得というものである。

「どうりで……あの剣……」

ザックは助けてもらった際の剣を思い出しながら呟いた。


「とりあえずは、ゆるりと休まれよ。この混乱、いつ終息するかわからぬゆえな」

そういうと、セーラはおババ様の方へと歩いていくのであった。


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