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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0135 崩壊

自治庁。

『西の森』に住むエルフたちの、王都における連絡機関。

五年前の移転拡張により、貴族街の一角に移って来ており、現在二十五人ほどのエルフが常駐している。


そのうちの十五人、常駐する中でも精鋭と目されている者たちは、昨日から逗留している一人の女性によって鍛えられていた。

まだ一日も経っていないのだが、彼らがその女性を見る目には、恐怖と畏怖が宿っていた……どちらも似た意味であることは、気にしてはいけない。




午前の訓練で、昨日以上に鍛えられた彼らは、なんとか昼食を食べた。

食べておかねば、午後からの訓練がもたないことを、すでに理解していたからだ。

昼食休憩を終え、中庭に出てきた彼らは、くだんの女性、セーラが自治庁前の道路に出ているのを見つけた。


昨日、セーラにひどい目にあわされたロクスリーが、近付いて行く。

もちろん、ロクスリーも例に漏れず、恐怖と畏怖を宿した瞳でセーラを見るのだが、同時にその強さに憧れも抱き始めていた。

それが、近付いて行った理由であったのかは不明であるが。



近付いてくるロクスリーを認識して、セーラが声をかける。

「ロクスリー、最近の王都では、ああいう催しが流行っているのか?」

セーラが見つめる先には、身長が三メートル近くある生き物が、手に棍棒らしきものを持ってこちらに向かって来ていた。


よく見ると、オーガに見える。


「いえ……そんなものは流行っていませんが……あれはオーガに見えますが……王都にオーガ?」


王都の道路に魔物がいる……まずありえない光景だ。

だからこそ、セーラも尋ねたのであるが、ロクスリーにも理解できない光景である。


「あのまま、こっちを襲って来れば斬り捨てることが出来るのだが……」

セーラが恐ろし気な言葉を呟き、それはロクスリーの耳にはしっかり聞こえていた。

だが、ロクスリーは、あえて聞こえなかったふりをした。

なんとなく、危険な香りがしたからである。



その時、セーラは、ふと後ろの道路を見た。


そちらからは、何かに追われて必死に走って逃げてくる人たちが見えた。

追ってくる者は……、

「オーク?」

身長は人間と同じ程度。豚の頭がついた、ゴブリンよりは少し強い魔物である。


「なるほど、何かの異常事態だな」

セーラはそう呟くと、腰の剣を抜いて指示を出す。

「ロクスリーは逃げている人たちを救い、自治庁にかくまえ。私はオーガを倒しておく」


さらに、中庭に向かって大声を張り上げた。



「緊急事態発生! 第一班、第二班は道路で防衛。逃げてくる人たちを助けろ。第三班は保管してある全ての武器を中庭に準備。大至急、おババ様を呼べ」



そこまで言うと、エルフたちが動き出したことを確認することなく、一人、オーガに突っ込んでいった。


身長三メートル近いとなると、そのままでは首を刎ねるのも難しい。

単純に、首のある位置が、高いからである。

セーラが向かってきたことを認識して、オーガは棍棒を振り上げ、振り下ろした。

セーラは、オーガの右側を駆け抜けながら、膝を切り飛ばす。

オーガが膝をつき、頭も下がったところで、後ろから首を刎ねた。


危なげなくオーガを倒す姿は、道路に防衛線を構築していた、第一班、第二班のエルフたち全員の目に焼き付いた。



誰一人、声も無い。



セーラが構築された防衛線に戻ると、おババ様が中庭から走って出てきた。

「化物共がおると聞いたが?」

おババ様がセーラに訊きながら、周りを見回す。


オーガやオークの死骸、あるいはバラバラになったスケルトンの骨が、既に道路には散らばっている。


「まさか王都でこんなことが起きるとは……」

おババ様は、占いの『王都に不穏の気配』というのを思い出していたのだ。

恐らく、これのことであったのだろうと。


「おババ様、道路を歩いていた人たちでしょうか、逃げてくる人たちがいますので、自治庁でかくまいます。どうも、すぐには終わりそうにないので」

「うむ。ここは貴族街じゃから、自分の屋敷に籠る貴族がほとんどであろうが……外出中にこれに遭遇すれば大変じゃろうからな、保護しよう。終わりが見えない以上は、魔法の使用もできる限り控えさせた方がよかろう」

セーラの報告と提案に、おババ様は頷いて答えた。


「遠距離で。近付けないで、弓矢で仕留めるのを中心に。スケルトンとオーガは弓矢では無理ですから、そこだけ近接戦か魔法ということになります」

「そうじゃな。その方針で行こう」


こうして、自治庁においても長い防衛戦が始まるのであった。

だがそれは、王都各地で起きている混乱の一部に過ぎなかったのである。




王都貴族街ウェストウッド子爵邸。

王国騎士団のザック・クーラーとスコッティー・コブックが子爵邸を訪れていたのは、騎士団からのちょっとした書類を届けるためであった。

本来は、王国騎士団所属の騎士が、しかも二人で届けるようなものではないのだが、この二人は、この手の仕事を率先して引き受けていた。

決して、届けた後に買い食いをしたり、気になったカフェに行ってみたり、あるいは街をぶらついてみたりするのが好きだから……そんなわけではない。


「そんなわけないじゃないか~。あっはっはっはっは……」

指摘されたら、ザックは、そんな乾いた笑いをあげたかもしれない。

帰るのがちょっと遅くなるだけであるし、街の見回りにもなるし、別にいいじゃないか!


基本的に、王都の治安は、騎士団とは別に組織されている衛兵隊が担っているのだが。



だがこの日、二人が子爵邸を後にするのが遅くなったのは、別の理由による。

それは、子爵邸の料理長が新作料理の試食を二人にもお願いしたからであった。



ウェストウッド子爵家は、代々美食家として知られている。

また、現当主のハーヴィーは、迎賓館料理長官という地位に就き、王都を含め王国内三カ所にある迎賓館……国賓を迎える施設で供される料理の、責任者になっているのだ。

つまり、王国において『ウェストウッド子爵』というのは、『美食』と同義と言ってもいいくらいの地位なのである。


そんなウェストウッド子爵邸で出される料理を取り仕切る料理長が、並外れていないはずがない。

奥様を通して、そんな料理長の新作を試食してくれと言われれば、断る人間などいようはずがないのだ。


料理長からすれば、実はこの二人の事は、名前はよく知っていた。

なぜなら、料理長の妹は、居酒屋『溺れる者は酒に溺れよ』の女将なのである。

『溺れる者は酒に溺れよ』は、『次男坊連合』の行きつけの居酒屋だ。

実は次男坊連合の者たちは、常連の中でも味のわかる若者と認識されていた。

十代の頃から遊びまくっていたため、舌が肥えたから……なのかもしれない。


そのため、料理長は、この二人が来ると聞いた時から、試食してもらうのを奥様に頼み込んでいたのである。

奥様としても、もちろん否やはない。

二人にしても、あろうはずがない。

こうして、二人は、配達の仕事が終わったにもかかわらず、子爵邸の食堂で舌鼓を打っていたのである。



そんな料理長の、最後に出てきた新作デザートを食べ、ザックとスコッティーが絶賛していたとき、庭の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。


二人は顔を見合わせ、剣を持って庭に走り出す。



庭には、一人のメイドが腰を抜かして地面に座っていた。


メイドが見ているのは子爵邸の門。細い鉄製の棒を編み込むようにして作られた門。

二人が門を見ると、門の外から一体のスケルトンが中を見ていた。


本物のスケルトンなど、王都では見かけない光景である。

二人がまず考えたのが、誰かの悪ふざけか? だったのは、仕方のない事であろう。

だが、二体目のスケルトンが現れ、しかもそれがスケルトンアーチャーで、矢をこちらに放って来たら……さすがに誰かの悪ふざけではないだろう。

スケルトンアーチャーの矢は、当たれば怪我をするし、当たり所が悪ければ当然死ぬ。


そんな悪ふざけはさすがにない。


事ここに至って、さすがの二人も、何か異常事態が起きていると認めざるを得なかった。

アーチャーの矢を剣で斬り、そのまま門に駆け寄る。

ザックは、門を構成している鉄の棒の隙間から、剣を突き出し、アーチャーの額を剣で貫く。

スコッティーも同様に、残りのスケルトンの額を剣で貫く。

二体のスケルトンは、その場で崩れ落ちた。



スケルトンに最も有効なのは、棍棒や槌などの鈍器である。

これで、頭蓋骨を砕けば活動を停止する。

だが、剣士や槍士は突き刺して、頭蓋骨を貫く倒し方を好んだ。

もちろん、これは見た目以上に難しい。

骨に対して完全に垂直に剣が入らなければ、骨の上を滑ってしまい貫けないからである。

二人は、剣士としても水準以上の腕を持っているのだ。



スケルトンを倒した際、二人は門の隙間から道路を見た。

そこには、スケルトンだけではなく、ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、果てはオーガまで歩いている。


「おい……どうなってるんだ」

「わからん。わからんが……ヤバい状況なのは確かだ」

ザックもスコッティーも、初めて遭遇する状況に混乱していた。

「とりあえず、二階から、周りの屋敷がどうなっているかを確認するか?」

「そうだな。そうしよう」

ザックとスコッティーは、囁くような声で相談すると、庭で腰を抜かしたままになっているメイドを屋敷まで運ぶのであった。




王城パレス。

「つまり、貴族街を中心に化物共は拡がっていると」

国王スタッフォード四世が呟くように言った。


御前会議用の円卓の上には、かなり大きな王都の地図が広げられていた。

中央神殿を中心に、ほぼ円状の形の王都。

中央神殿の北に隣接した所に、王立騎士団の詰め所がある。

王都北側の中心に王城が建っているため、中央神殿より北側は、裕福な商人や貴族たちの屋敷の多い地域となっており、一般に貴族街と呼ばれていた。

そして現在、化物共は、その貴族街を中心に荒らしまわっているのである。


「何が何やら……」

呟くように言ったのは、財務卿フーカ。


それを受けて、手をあげた者がいた。


「多少、整理された情報がありますので、説明させていただきます」

発言者は、内務卿ハロルド・ロレンス伯爵であった。

「化物共の発生は中央神殿地下墳墓。かなりの数、としか伝わってきておりません。未だ、封じ込めを行っている最中ということですが、冒険者の協力もあり、なんとかなりそうであるという報告です」


それを聞いて、多くの者たちが安堵したのは言うまでもない。

中央神殿は王都の中心地であると同時に、信仰の中心でもある。

そこから化物共が溢れ出たら、神殿への信仰は地に落ちるであろう。

それはとりもなおさず、政情不安につながる。

宗教が、使い方次第で強力な統治の道具となることは、ここにいる者たちは知っていた。


この一連の問題発生以降、初めての良い知らせだった。

だが、良い知らせはここまでであった。



「化物共は、中央神殿地下墳墓から繋がっていた騎士団第二演習場で、地上に出てきました。そのまま、第一演習場、さらに騎士団詰め所と襲い、その後、貴族街へと拡がったと思われます」

「なぜ、騎士団詰め所が襲われたのかは、わかっているのか?」

ハロルド・ロレンスの説明に、疑問を述べたのは王都建設長官マッティア卿である。


「確たる理由はわかっておりません。ただ、人が多い場所に向かって行っているのではないか、と専門家が指摘しています。つまり、生命力の多い場所。これは、ご存じの通り、アンデッドの特徴です。今回の化物共の中には、スケルトンやレイスといったアンデッドがかなり多いですので。地下墳墓が発生場所と言うことで、当然なのかもしれませんが。ですが、中にはゴブリンやオークにも同様の傾向が見られるということです。奴らは、生きている人間を襲って殺したら、食べているという報告もあります。王都の治安を担う衛兵隊も、各所で寸断され連絡のとれる者はほとんど残っておりません……」



ハロルド・ロレンスが報告すると、しばらくは誰も口を開かなかった。


最初に口を開けば、化物共に聞こえ、奴らがやってくるのではないか……そんな幻に怯えた者すら、実はそこにはいたのである。

「詰め所の王国騎士団は壊滅したと聞いたが?」

「はい、残念ながら」

財務卿フーカの問いに、ハロルド・ロレンスは沈痛な表情で答えた。


「王国騎士団で生き残っているのは、詰め所ではなく王城内の本部にいた百人ほどです。現在、騎士団本部にいた者たちは、王城の守りについております」

「つまり、今戦える戦力は……」

「王城の守りについております、宮廷魔法使いを中心とした魔法団百人と、騎士団生き残りを除けば、近衛のみとなります……」

あまりに少ない戦力に、御前会議の出席者は言葉を失った。



個の戦力としては決して強くない衛兵隊が壊滅したのは仕方がない。

これほどの数の化物が相手である。王都全域に散っていた衛兵隊では、各個に磨り潰されてしまったのであろう。

だが、王都における最大戦力たる王国騎士団までが、かくたる抵抗も出来ずに壊滅したのは、完全に想定外であった。


彼らは全員、騎士団長バッカラーの不正蓄財の噂を聞いていた。

だが、それを糾弾した者はいない。


自分も多かれ少なかれ、似たようなことをしているから……そういう者もいる。

バッカラーによって、陳情された勤め先の融通をつけてもらった……そういう者もいる。

情報と証拠を握っておけば、いずれ使えるかもしれない……そう思った者もいる。


それら全てが、王国騎士団を腐らせ、現状を招いたことをさすがに理解していた。

もちろん、声に出して認める者などいない。

この期に及んでも、誰もいない。



国の崩壊は、すぐそこまで迫っていた。


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