0133 援軍
アベルと勇者ローマンが最前線で戦い、リン、アリシア、ベルロック、グラハム、そしてナンシーがいなくなりショックを受けていた火属性の魔法使いゴードンが砲撃を行う。
その間、これまで休みなく戦ってきた神官たちは、休憩して回復に専念していた。
砲撃は五人とはいえ、B級冒険者の風属性魔法使いのリン、それと勇者パーティーの魔法使いたちだ。
そもそも、攻撃に向いているとは言えない神官たちに比べれば、十分な火力だと言える。
さらに、前線で戦うのは二人とはいえ、天才剣士アベルと、勇者ローマンだ。
その戦う様は、壮絶であった。
「すごい……」
それは、誰が発した言葉であったか。
だが、休んでいる神官全ての気持ちを代弁したかのような言葉。
そもそも、勇者がここにいること自体、神官たちはもちろん、大神官ガブリエルも理解できなかった。
最終的には、リーヒャがここにいたのと同様に、神のおぼしめし、ということにして思考を放棄した。
こういう時、神に仕える者は有利なのかもしれない。
全ての責任を、神に負ってもらえるのだから。
「まるで大海嘯だね」
「ええ。本当に」
砲撃しながらも、前線二人が、人類でも最上級の体力保持者であるため、ある程度の余裕を保ちながら、リンはリーヒャに声をかけることができていた。
そして、地下四階の撤退戦からこちら、ずっと緊張しながら指揮を執ってきたリーヒャも、ようやく一息つけていた。
「大海嘯って、ダンジョンから際限なくモンスターが湧き出る現象の事よね?」
その会話が聞こえたアリシアが、会話に入って来た。
「そう。半年前くらいかな? うちらが拠点にしているルンの街のダンジョンで、十年ぶりに起きたのよ。でも、ここってダンジョンじゃないよね?」
「ええ。ただの地下墳墓よ。地下五階までで、歴代の大神官や、聖者様、聖女様たちの亡骸があるだけ」
リンが答え、リーヒャがただの地下墳墓であることを説明する。
ミイラはあるが、ダンジョンなどとは本質的に別物だ。
「ということは、どこか別の場所と繋がったってことか……」
アリシアは頷きながら言った。
「そんなことが可能なの?」
リンはアリシアの言葉に驚き、尋ねる。
「人間にはできないし、そんなアイテムの存在も聞いたことは無いけど……。以前、私たちの前に現れた奴がいたの。なんというか……空間を割いて、という感じかな。人間ではなかったけど、言葉は通じた。私たちは、魔王を呼び出して倒すための祭壇を作ったのだけど、魔王じゃなくてそいつが現れた。そんなことが可能なのだから、ここの地下を別の場所と繋げることも可能なんじゃないかしら」
アリシアが頭に浮かべたのは、悪魔レオノールであった。
リンとリーヒャは理解不能ではあったが、とんでもない存在がいるということだけはなんとなく理解できた。
そこで、全く脈絡なく、リーヒャはあることを思い出し、後ろで休んでいた大神官ガブリエルを振り返って尋ねた。
「大神官様、騎士団はなぜ来ないのでしょう」
そう、この事態が発生して、中央神殿がまず最初に連絡を取ったのは王国騎士団だ。
だが、未だに誰も来ないのだ。
そもそも、王国騎士団の詰め所は、ここからわずか三ブロックしか離れていない。
鎧を着て走ったとしても、三十分以内には到着できるはずなのだが。
「私も不思議に思って、先ほど確認したのですが、正式に出動を拒否されたそうです」
「は?」
大神官ガブリエルは顔をしかめながら答え、リーヒャは素っ頓狂な声で答えた。
「騎士団は、一体何を考えているのでしょうか……」
「王を守るのが騎士の役割、とか言っていたそうです。あの騎士団長になってから、本当にどうしようもない組織になってしまいました」
リーヒャは呆れ、大神官ガブリエルは更に呆れかえった。
アベルたちが到着して二時間。
多少回復した神官たちとも交代を繰り返し、地下一階中央での迎撃は続いていた。
戦力が整ったこともあり、撤退戦をする必要性は、今のところなくなっている。
だが、未だに、人ならざる者たちの終わりは全く見えてこない。
アベルと勇者ローマンによって、前線でかなりの敵を倒したのだが、倒された死体は、いつの間にか後ろに引っ張り込まれているのだ。
たくさん倒せば、そこに死体の壁が出来るかも、と考えていたアベルの考えは甘かった。
「これはホントに際限ないな。ローマン、あんた、体力はまだ大丈夫か?」
「はい。まだ問題ないです。ただ、砲撃をしてくれる魔法使いたちの魔力がどうなのかは心配ですね」
アベルの問いに、勇者ローマンは答える。
アベルは、砲撃隊であるリンの表情をチラリと見た。
すぐに魔力切れとはならないが、限界が近付いているのは感じられた。
一緒に戦ってきたからこそわかる。
モンク隊と入れ替わりで、アベルとローマンが下がる。
そのタイミングで、アベルはリンに声をかけた。
「リン、魔力は節約していけ……と言っても、今更か」
「まあね。さすがに、これだけの時間戦い続けるのは、魔法使いには無理があるよ。お隣の勇者パーティーの魔法使いたちとか、私以上に魔力の残り、ヤバいと思うよ」
アベルの問いに、リンはさすがに声を潜めて答えた。
アベルは、勇者パーティーの魔法使いたちを見る。
確かに、アベルの目から見ても、残存魔力の限界が近付いているのは分かった。
「参ったな。誰か、リョウを呼んできてくれないかな」
「リョウを?」
「ああ。あいつがいれば、もう少し楽が出来るだろうから」
アベルはそういうと、ため息を一つついた。
その瞬間、後ろから声が聞こえた。
「<ウォータージェット256>」
モンク隊が対峙していた敵の首が、次々刎ねられる。
「<パーマフロスト>」
さらに、その奥、地下二階の階段に至るまで一面が氷の世界と化した。
あまりの展開に、モンク隊だけでなく、そこにいる全員の動きが止まる。
「アベル、いつも楽しよう楽しようと考えているばかりでは、剣士として成長できませんよ?」
そこに現れたのは、アベルが知る限り、最強の水属性の魔法使い、涼であった。
「おせえよ、リョウ」
「そう言われても、僕にもいろいろやることがあったんですから」
悪態をつくアベル。忙しかったと文句を言う涼。
「見た限り、魔法使いたちは魔力切れ寸前ですね。どうします? 氷の壁で整理して、一体ずつ出てくるようにして、それをアベルが一人で倒していきますか?」
「何で俺限定なんだよ。勇者パーティーの中でも、ローマンはまだまだ体力あるぞ」
アベルがそう言うと、涼も勇者ローマンの方を見た。
「本当ですね。ピンピンしてますね」
涼はローマンを見て頷く。
「あ、あの、昨日、仲裁をしてくださった方ですよね? その節はありがとうございました」
そういうと、勇者ローマンは頭を下げた。
この場にふさわしいセリフかと言われれば、はなはだ疑問であるが、感謝の気持ちを表したり、謝罪の気持ちを表したりするのは、円滑なコミュニケーションに必要不可欠だ。
「いえいえ。どうぞお気になさらずに」
「うん、お前ら、このタイミングで言うには、少し変だと思わないか?」
涼が謙遜し、アベルがつっこんだ。
「とりあえず、前で戦っている……神殿騎士? みたいな人たちは下がって、休んでもらった方がいいでしょう。彼らも、けっこう足に来てますよね」
涼の意見により、モンク隊は下がり、しっかり休むことになった。
「なあリョウ、一面凍っちまったけど、どうするんだ?」
「どうするとは?」
アベルの質問の意図が分からずに問い返す涼。
「凍った奴ら、死んでるんだろ?」
「ゴブリンとかオークとかは死んでますね。スケルトンみたいなアンデッドは……死んでると表現するのかどうかは、難しいところですが」
「うん、まあ、そこはどっちでもいいんだが……また地下二階から、続きが出てくると思うんだ……」
そう言っていると、地下二階に通じる階段から、人ならざる者たちが上がってくるのが見えた。
「氷の世界を歩くスケルトン……なかなかにシュールな絵です」
涼が独り言のように言う。
「その余裕が羨ましいよ」
アベルが大きくため息をつく。
「でも、あんまりここで時間をかけても仕方ないですよね。アベルとローマン二人が、前方で殲滅してください。後ろに逃れた敵に対処したり、あるいはサポートしたりを、僕一人でやりましょう。その間、他の魔法使いは魔力回復に専念、ということでどうですかね?」
最後の方は、リーヒャと大神官ガブリエルの方を見ながら、涼は言った。
もちろん、大神官ガブリエルの事は知らないのであるが、一番立派な服を着ていたから、一番偉いのだろうと勝手に判断したのだ。
「ええ、リョウがそれでいけるなら、お願い」
リーヒャが頷いてゴーサインを出した。
それを合図に、アベルとローマンが飛び出していき、再び二人の殲滅戦が始まった。
「おぉ、これは見事ですね。二人とも凄い」
後方から、涼は二人の動きを見て感動した。
襲ってくる、人ならざる者たちのほとんどを、二人で倒していた。
わずかに、二人の魔手から逃れてさらに進んでくる者は、涼のウォータージェットで首を刎ねられる。
その極細の水の線は、本当に細く、極めて見えにくかったため、ほとんどの者たちの目には、突然首が落ちたようにしか見えない。
だが、アベル、ローマン、そして涼の三人による殲滅戦は、見る者に絶対的な安心感を抱かせたのもまた事実であった。
ようやく、なんとかなりそうな未来が見えてきたことを、戦ってきた者たちに感じさせるのであった。
涼が加わってしばらくしてから。
涼が突然、リーヒャと大神官ガブリエルの方を向いて言った。
「これって、途中で他の場所に繋がっている通路とか無いんですか?」
「ないはず……」
「ないですね……。どうしてですか?」
涼の問いに、リーヒャも大神官ガブリエルも、ないと答えた。
「なんか、出てくる数が減った気が……。数自体が減ったからかな?」
「それなら、もうすぐ終わるかな」
涼の呟きに、リンが嬉しそうに答えた。
「あっ」
その時、大神官ガブリエルが小さく叫んだ。
涼、リーヒャ、リンはガブリエルを見る。
「地下三階が、古い修道院の地下に繋がっています。ただ、途中、三重の扉があり、全て聖なる封印がなされてはいますが」
大神官ガブリエルは思い出すかのように言った。
「知りませんでした……」
リーヒャも知らなかったらしく、驚いている。
「ええ、そうでしょう。全く使われていませんからね。そもそも、修道院も移築したために、その通路自体まだあるのかどうか、誰も確認していないと思いますよ」
大神官ガブリエルは頷きながら言った。
「その古い修道院って、今は何があるんですか?」
「今は……王国騎士団の第二演習場、ですね」
「もし、そこを破られて通路を通って行ったとしても、騎士団の演習場なら問題ないかな」
ガブリエルの答えに、涼は安心して目の前の処理に専念することにした。
涼が考えた『騎士団』の基準が、ルン辺境伯領騎士団であったのが、不幸であったろうか。
かつての王国騎士団ならともかく、現在の王国騎士団は……。




