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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0130 天才錬金術師

涼とセーラが、老舗のカフェ『カフェ・ド・ショコラ王都店』でケーキセットを注文していると、一人の男性剣士が店に入って来て、涼の隣のテーブルに座った。


「アベルも、この店がお気に入りなのか?」

「そんなところに座っても、奢ってあげませんよ?」

「後輩に奢ってもらおうなんて思ってねーよ!」

セーラが声をかけ、涼が言われる前に拒絶し、アベルが囁くような声で怒鳴り返す……器用である。



「なるほど……セーラに奢らせようとしているのですね」

「アベルもけっこう稼いでいると思うんだが……仕方ないなぁ」

涼は呆れ、セーラは首を振りながら奢ってあげようとしていた。

「いや、だから奢ってもらおうなんて思ってないからな! ここに来たのは、さっきの件、礼を言いに来ただけだ。止めてくれてありがとう」

アベルは頭を下げて言った。



「アベルが素直に謝るなんて……。ああ、セーラがいるから素直に謝っているんですね。いつも、それくらい素直ならいいのに」

「なんだ、アベルは、普段はこんなに素直に謝ったりしないのか?」

アベルをいじる涼、首を傾げながら問いかけるセーラ。

「ええ。全然ですよ。全く困ったものです。もう少し素直に……そう、アベル、謝罪の意思を端的に表すのにいい方法があるんですよ。それは、僕にお金をくれることです。さあ、いつでも、いくらからでもいいですよ。受け取る準備は出来ています!」


涼のあまりの言い様に、アベルはキレた。


「うん、感謝の気持ちとして、リョウに、素晴らしい錬金術師を紹介してやろうと思ったんだが、やめることにするわ!」

「アベル、ごめんなさい。アベルはとっても素晴らしい人です!」

「ふふ。二人を見ていると飽きないな」

キレたアベルに、手の平を返す涼。それを見て笑うセーラ。



「はぁ……。まあいいや。その錬金術師ってのは、ケネス・ヘイワード男爵。まだ若いが、王都を代表する天才錬金術師だ」

大きなため息を一つついて、アベルは紹介してやることにした。


「男爵……。アベル、僕は貴族とかあまり話したことが……」

「今更かよ。まあ、大丈夫だ。ケネスは、元々平民で、その類まれなる錬金術の腕と成果で、貴族に成った男だ。しかもルンの街出身。そこまで聞いて思い出さないか? お前さんが買ったあの家……」

「家? 前の持ち主は、息子さんが技術者で、王都で貴族になって両親を呼んだ……まさか!」

「おう、そのまさかだ。あの家の、前の家主一家だ。ちょっと前に飲んだ時に、リョウの事は伝えてある。全額即金で買ってくれたことに感謝していたから、錬金術についても、少しは相談に乗ってくれるだろ。だが、忙しいし錬金術に関してはこの国の中心だからな、あんまり手を煩わせるなよ」


アベルは先に注意しておいた。

「大丈夫です。いくつか聞きたいことがあるのと、今の僕にちょうどいい入門書みたいなのを教えてもらえれば……。本格的な勉強は、ルンの街に帰ってからしますよ」



涼は、暗殺教団の首領『ハサン』から受け継いだ錬金術ノートを持っているが、中身はまだ理解できない。

かと言って、そのノートを他の人に見せる気はなかった。

そのノートは、ハサンが、『涼に』引き継いで欲しいと託したものだからだ。

涼が錬金術のスキルを磨いて、ノートの中身を理解できるようにならなければならない。

そう、決意していた。



「それならいい。職場は、王立錬金工房だ。場所は……説明しにくいな。今日のうちに連絡しておくから、明日の朝、俺のところにこい。連れて行ってやる」

「わかりました。で、アベルはどこに泊まっているんです?」

「俺は、『王国魔法研究所』にいる。ここからだと、二ブロック隣なだけだ」

そう言うと、アベルは研究所の場所の説明を始めた。


涼とセーラは、ケーキを食べながらその話を聞いている。


「アベルって、何か注文した?」

「いや、何も注文しないまま、席を占拠し続けているね……」

「あ……」

セーラが冷静に指摘し、涼が問題点を指摘し、アベルは呆然とした。



その後、アベルが、ちゃんとケーキセットを注文したのは言うまでもない。




三人がケーキセットを食べ終えて、少しお喋りをしてから店を出ると、遠くから声が聞こえた。


「セーラ様」

見ると、ルンからセーラと一緒に来た騎士団の一人である。

「みんな、いたぞ!」

その叫び声に、あちこちに散っていた騎士団員が集まって来た。

「どうもセーラを探していたみたいだね」

「そうらしいな」

涼が隣のセーラに話し、セーラも頷きながら答える。


「ようやく見つけました、セーラ様」

「何かあったのかイーデン」

イーデンは、今回の移送隊の隊長である。



イーデンは手に持った手紙をセーラに渡して言った。

「あの後、辺境伯邸に戻りましたら、セーラ様宛てにこのお手紙が届きまして……。『自治庁』からの手紙らしいのですが、出来るだけ早く渡して欲しいと言われました」

セーラは手紙を受け取ると、その場で開き読み始めた。


「自治庁?」

涼は、小さな声で、隣に佇むアベルに訊く。

「王国に住むエルフ族は、王国の西にある通称『西の森』に住んでいる。そして、王国から自治を認められている。で、その『西の森』が連絡を取るために王都に置いているのが、『自治庁』だ。俺が王都にいた八年前とかだと、自治庁にはエルフ族が二人くらいしか常駐していなかったはずだが……」

アベルはとても丁寧に説明した。


手紙を読み終えると、セーラはアベルの説明を補足する。

「この五年程の間に、自治庁は拡張され、王都に滞在するエルフ族も増えたのだ。そのうち十数名は、騎士団や魔法団に入って鍛えられているとも聞く。今回のもそれに関連しての事だな」


セーラはそう言うと、少し考えた後、口を開いた。

「簡単に言えば、私が王都に来たことを聞いて、自治庁に詰めているエルフ族に稽古をつけて欲しいということらしい。しかもこのタイミングで、なぜか大長老も王都に来ていると……。いささか都合が良すぎるであろう」


セーラは、少し考えてから、涼とアベルをチラリと見た。そしてまた考え込む。

たっぷり二十秒後、結論が出たのか、口を開いた。


「リョウとアベル、二人とも一緒に行こう。多分、その方がいろいろいいだろう」

そう言うと、スタスタと歩き出した。

「え?」

「あの、セーラ?」

アベルも涼も戸惑いながらもセーラについて行く。

後には、任を果たして安堵した表情の、ルン騎士団の一行が残されただけであった。




三人は、一路『自治庁』に向かって歩いていく。

セーラを先頭に、男二人がそれについていく格好である。



途中、大きな広場を通ると、中央に、剣を空に掲げた立派な騎士の像が立っていた。


涼がそれを横目に歩いているのに気づくと、アベルが説明した。

「あれは、王国の開祖、アシュトン王の像だ」

「立派な騎士の像だとばかり……」

「まあ、アシュトン王は、王国を築く前は騎士だったから、あながち間違いではない。だから代々王家の姓は『ナイトレイ』であるし、国名も『ナイトレイ』だ。騎士の国だからな」

アベルは重々しく頷きながら説明した。


「騎士が国王に……ハッ、まさか国王を殺して簒奪……」

「違うわ!」


涼の気付いてはならないものに気付いてしまった感じに対して、鋭く突っ込むアベル。


「仕えていた国から、この地に国を開く許可を得たんだ」

「仕えていた国?」

「ああ。伝承では、超帝国バビロンと言われている」

「バビロン……」

涼はそれだけ呟いて、絶句した。



『バビロン』……それは『カナーン』と並んで、古の帝国につけられる名前の両巨頭!

どちらも旧約聖書に出てくる名称だが……。


神に敵対するバビロン。

神からの約束の地であるカナーン。


持ち得る文化的背景は正反対……どちらを取るかは、多神教か一神教か。あるいは、悪魔的か天使的か。

そんな壮大な意味合いを持ってくる名称。


元々は、アッカド語の『神の門』という意味の『バビロン』が、旧約聖書中では悪し様に言われているのは、非常に興味深いものである。

だが、それを無視したとしても、たった一つの事実は誰しもが導き出すことが出来る。


それは、超帝国バビロンと名付けた者は、間違いなく転生者だという事実である。

もちろん、中二病をこじらせていたであろうことも、想像に難くない。



そこまで考えて、ふとした疑問が涼の頭をよぎった。

「アシュトン王が、ここに王国を築くことを許されたということでしたけど……その超帝国は、そもそもどこにあった国なのです?」

涼が尋ねると、アベルは右手の人差し指を一本立てて答えた。


「空」

「はい?」


涼の返答は素っ頓狂なものであった。

「超帝国は、浮遊大陸だったと言われている」

(なんというファンタジー! まさにこれこそファンタジーの王道にして正道!)


「そ、その浮遊大陸は、今でも世界のどこかで浮いているとか……?」

興奮した涼の質問に対して、アベルの反応は落ち着いたものであった。

「あくまで伝承の中の話だぞ。何千年も前の話だ。浮いている大陸が見つかったなどという話は聞いたことないから……どうだろうな」

「当然です! そういう場合、浮遊大陸とか天空の城とかは、必ず分厚い雲の中にあって、外からは見えないものなのです!」

涼は当然の様にアベルに言った。

「そ、そうか」

アベルはその迫力に押されていた。


そんな二人に、前を歩くセーラの声が聞こえてきた。

「浮遊大陸の伝承は、エルフにも伝わっている。王都に来ている大長老が誰なのかにもよるが……運が良ければ話を聞けるかもしれないな」

その言葉に、涼の顔はぱっと明るくなった。


「素晴らしい! さすがはセーラです。それに比べてアベルは……」

「なんでだよ! 俺、悪くないだろ」




「そういえばアベル、勇者との戦闘中、リーヒャが座り込んでいましたけど、大丈夫でしたか?」

涼にそう言われると、アベルは少し沈んだ表情になって答えた。

「ああ。あっちの火属性魔法使いが、いきなり俺に向かって魔法をぶっ放してきやがったんだ。リーヒャがそれを<サンクチュアリ>で防いでくれたんだが……炎は消し去ったが、魔法の勢いはそのままで、壁に吹き飛ばされた。いちおう、ポーションで回復しているが、今は里帰りも兼ねて中央神殿で休んでいる」


アベルは沈んだ表情で話し始めたが、話し終える頃には悔しそうな表情になっていた。

自分が不甲斐ないばかりに、リーヒャに怪我をさせてしまったのが許せないのだろう。


「そうでしたか。ああ、そういえば、道路のこっち側に、魔法使いらしき青年が一人倒れていましたね。あれが火属性の魔法使いでしょう。まあ、火属性の魔法使いなどあの程度の者たちです。全員まとめて氷漬けにするくらい、やっていいと思うのですよね」

「いや、それはなんか違うと思う……」

絶対、どこかの帝国にいる火属性の魔法使いを想定したかのような涼の過激な意見に、アベルはさすがに同調できなかった。


「なんか、あいつらの案内人?みたいな子が原因だったらしいんだが、戦闘が終わるといなくなってたらしくて……あの後、手分けして探してたぞ」

「きっと、愚かな『火属性の魔法使い』が手玉に取られたのでしょう。僕の故郷で言う、『美人局(つつもたせ)』とか『ハニートラップ』とかいうやつです。愚かな『火属性の魔法使い』には有効だったでしょうね」

涼は、愚かな『火属性の魔法使い』という部分を、非常に強調して言う。

「うん、涼が、火属性の魔法使いを嫌いであることは、改めて理解した」




その後、すぐに『自治庁』に着いた。

そこは貴族の屋敷が立ち並ぶ一角。


「前は、普通の一軒家だったのに……」


アベルが、自治庁の建物を見て小さく呟いた。

自治庁は、三階建ての石造りで、四方に建物があり、それに囲まれた石畳の広い中庭が造られていた。

映画などによく出てくる、ロンドンのサマセット・ハウスみたい、涼はそう思った。


「広い建物にするために、ここに移ったのだ。なんとかいう、とり潰された伯爵邸の跡地らしいぞ。私は、あの小さな自治庁も気に入っていたのだがな」

アベルの呟きに、セーラは苦笑しながら答えた。


その時、涼はふと太陽が陰った気がした。

だが、空を見ても雲一つない。

そんな涼を見て、セーラはさらに太陽を見る。

「蝕だな。太陽が欠けている」

「部分日食……」

セーラの言葉に、涼は身体を強張らせて呟く。


涼が思い出したのは、ルンで皆既日食の時に巻き込まれた出来事だった。

『封廊』に捉われ、悪魔レオノールと戦う羽目になった、あの出来事である。

また『封廊』に捉われるのではないか、そう思ったのだが……今回は何も起こらなかった。


そんな涼を見て、セーラは少し微笑みながら言う。

「リョウ、大丈夫だ、王都にはダンジョンは無い。大海嘯は起きないよ」

セーラは少し誤解していた。

逆に、それを聞いてアベルが呟いた。

「ダンジョン? 大海嘯?」

アベルは、日食と大海嘯の関係性をまだ知らないらしい。




王都中央神殿。

白い神官ローブを着た一人の男が、地下への階段を降りていた。


王都神殿の地下は歴代の大神官、聖人、聖女が眠る、巨大な地下墳墓となっている。

男はその中でも地下五階、最下層まで階段を下り、特別な鍵が必要な扉を、開いた。

聞いていた通り、鍵は掛かっていなかった。


指示された通りの場所で、男が懐から取り出したのは、握り拳大の水晶玉に見える物である。

だがよく見ると、水晶玉の中を、紫の煙らしきものが動き回っている。

男はそれを床に置き、首から下げたネックレスに魔力を通す。

ネックレスは、使い捨てのアンデッド避けのネックレスである。

使い捨てで、非常に高価ではあるが、二時間は効果が持続し、ほぼ全てのアンデッドに襲われないという優れものだ。

一介の神官が手に出来るようなものではない。


だが、男は躊躇なくそのネックレスを起動し、続けて、水晶玉に魔力を通す。

すると、「パリン」というガラスが割れた様な音が周囲に響いた。

水晶玉は割れていないが、中に閉じ込められていたのかと思えるほどに紫の煙が噴き出し、辺りを覆い尽くした。



しばらくすると、その煙の中から、スケルトンを中心としたアンデッドが出てくる。

その数、数千。

数千ものアンデッドは、地下五階を埋め尽くすかのように増えていく。


「予定よりも早かったが仕方あるまい。ふふふ、これで神殿は壊滅。そして王都は大混乱に」

男は口を歪め、独り言をつぶやく。


だが、その呟きは、凍りついた。


アンデッドの後から、別のモノが現れたのである。

「なぜ……アンデッドしか現れないはずなのに」

そのモノの手が一閃し……男の頭は斬れ飛び、それが最期の言葉となった。


ようやく、『王都騒乱』が始まる……。

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