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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
140/930

0129 真剣勝負

ゴードンは浮かれていた。

二十三年間生きてきて、初めてモテたからである。



勇者パーティー、火属性の魔法使いゴードンは、決して見た目は悪くない。

むしろ、平均以上の外見といえる。


だが、少しガサツであり、少し自信過剰であり、少し他人を見下す傾向がある。

いずれも、女性受けしない要因と言える。

一つなら見逃してくれる女性も、三つそろえば……それは無理だ。


だが、そんなゴードンに夢中になってくれる女性が、ついに現れたのだ。

それは、オスニエル・フレッチャー子爵の秘書、ナンシー。

オスニエル・フレッチャー子爵は、モノクルをかけた落ち着いた雰囲気の人物である。

そして、王都におけるフリットウィック公爵家の権益を取り仕切る、いわば家老のような地位を与えられている。

その秘書ナンシーは、二十歳になったばかりの、目がくるくるよく動く可愛らしい女性で、ゴードンも完全に惚気ていた。



そんなゴードンに、ようやく来た春に……、

勇者ローマンは、手放しで喜んだ。

土属性魔法使いのベルロックも、何度も乾杯をして祝福した。

聖職者グラハムは、特に表情を変えることも無く頷いた。

風属性魔法使いのアリシアと、斥候のモーリス、そしてエンチャンターのアッシュカーンは、眉をひそめた。

「大丈夫? 騙されてない?」

「ゴードンに惹かれるとか、その子、目が悪いと思うよ」

「……」

三者三様の言葉で、とにかく心配した。



勇者パーティーは、王都に着いた後、国王への謁見を願い出ていた。

だが、国王の体調の問題とかで、フリットウィック公爵邸に留め置かれているのである。

何不自由なく過ごしているし、ゴードンには春が来ているし、特に問題はない。


聖職者グラハムは、中央諸国の光の神官と、それぞれの神、そして神の教えについて熱心に話し合い、非常に充実した日々を送っている。

アリシア、モーリス、アッシュカーンの女性三人組も、公爵邸の侍女たちとお茶会を開き、個人的な繋がりを結んでいた。




その日、ゴードンはナンシーと出かけることになった。

ナンシーが、王都に出来たばかりのお店に、ゴードンを誘ったのである。


すわ、デートか!


ゴードンのテンションはマックスまで上がったが……出かける時に一緒に行くメンバーがいて、一気にテンションダダ下がりとなる。

「ローマン……ベルロック……なんで二人がいる?」

「うむ、ナンシーが奢ってくれるそうじゃ」

「僕らは邪魔しちゃあれだって思ったんだけど……」

ゴードンの恐ろしい顔の質問に、ベルロックは頭を掻きながら答え、ローマンは頬を掻きながら答えた。



そこに、ナンシーがやって来た。

そして、ゴードンに囁く。

「ごめんなさい、ゴードンさん。子爵様が、お二人も連れて行って、もてなせと仰って……」

ナンシーが申し訳なさそうに言う。

「あ、ああ、いや、そんなの全然気にしてない! うん、子爵様の言うことに逆らったらいけないよな。うん、全然問題ない!」

「ホントですか! ゴードンさん、やっぱり優しいです!」

そういうと、ナンシーはゴードンの腕に抱きついた。


ゴードンの顔は真っ赤になり、表情はデレデレ……。




ゴードンにとって初めてのデートは、順調そのものであった。

後ろからついてくる、男二人は完全に無視し、その視界はナンシーで埋め尽くされていた。


回ったコースは、『王国魔法研究所』、別名『イラリオン邸』という建物のすぐ近くをグルグル回っていたのだが、美味しいお店や、素敵な服屋もあり、全く気にならなかった。

そもそも、王都の地理に詳しくないゴードンは、どこを回っているか理解していなかった。

後ろからついてくる男二人も、前を行くカップルに関係なく、勝手に店に入っては美味しそうな食べ物を買い、あるいは武器屋で売ってる品物に見入ったりと、楽しい時間を過ごしていたのである。



だが、悲劇は突然訪れる。



男二人はどこかに行ったため、ゴードンとナンシーは、オシャレなお店でランチを食べ、「ここは俺が」とゴードンがお会計をしている間に、ナンシーは一足先に店の外に出ていた。


ゴードンが、お金を払って外に出ると……あろうことか、口から血を吐いたナンシーが倒れていたのだ。

「ナンシー!」

慌ててナンシーを助け起こすゴードン。

「ゴードンさん……」

息も絶え絶えにゴードンの名を呼ぶナンシー。

「なぜこんなことに……」


いつも持ち歩いているポーションを、急いでナンシーに飲ませるゴードン。


飲み終えると、ナンシーは通りの向こうを指さして言った。

「あの、剣士に……」

ナンシーが指さした先には、一人の男が、こちらに背を向けて立っていた。

「あいつか!」


もう、ゴードンの目には何も入らない。


血を吐いて倒れているナンシーと、ナンシーを手にかけたと思われる男。

それだけである。


ナンシーをそっと道路に寝かせ、ゴードンは立ち上がると、怒りに燃える眼差しで杖を構える。

そして唱えた。



「<ブレイドラングトライデント>」



ゴードンが唱えると、杖の先から三本の炎が渦を巻きながら男に向かう。

ゴードンが持つ、対個人用最強呪文。



「アベル!」



どこからともなく、悲鳴にも似た女性の声が聞こえる。


「<サンクチュアリ>」

叫んだ女性が、三本の炎の渦の前に身体を入れ、唱えた。

緊急展開防御魔法……詠唱なく、一瞬で防御陣を展開する神官の奥義。


<サンクチュアリ>は正しく発動し、<ブレイドラングトライデント>を打ち消す。

だが、その運動エネルギーはそのまま保存され、女性は背後の壁に弾き飛ばされた。

「リーヒャ!」

狙われた男、アベルはリーヒャの方を見る。


ちょうどそこへ、角を曲がって出てきたリンとウォーレン。

「リン、ウォーレン、リーヒャを頼む」

アベルはそう言うと、道路の反対側に向かって走り出した。


最強の攻撃魔法を防がれたゴードンは、慌てて唱える。

「<ファイアーボール>」

速度重視。

だが、アベルは鞘から払った魔剣で、ファイアーボールを切り裂く。

「馬鹿な!」

ゴードンはその一言を残して、アベルの左拳を鳩尾にくらい、意識を失った。



だが、それで問題は終わらなかった。



その光景を見ていた人物が二人いたのだ。

ゴードンたちが出てきた店の、隣からちょうど出てきた勇者ローマンと土属性魔法使いのベルロック。


ちょうど、アベルのパンチによって、ゴードンが地面に沈む瞬間に店から出てきた二人は、一瞬何が何だか理解できなかった。

ゴードンが腹を殴られて倒され、その向こうには、血を吐いたらしいナンシー。


そこで、勇者ローマンは理解した。

ゴードンを倒した男は敵で、そいつが悪いのだと。

ゴードンとアベルに向かって走りながら、聖剣アスタルトを抜く。

それを、アベルは視界の端に捉えていた。

そして、ローマンの渾身の突きをかわす。



こうして、いくつかの偶然と、いくつかの誤解と、いくつかの悪意により、勇者ローマン対天才剣士アベルの戦いが、王都の路上で始まった。




勇者ローマンがアベルに突っ込むと同時に、土属性魔法使いのベルロックも唱える。

「<ストーンジャベリン>」

だが、放った石の槍は、道路の向こう側から放たれた<エアスラッシュ>によって打ち消される。

そこでは、杖を構えた少女と思しき魔法使いがこちらを睨んでいたのだ。

「あの剣士の仲間か」

剣士同士の戦いは激烈さを増し、魔法使いは手を出せずにお互いを牽制する、そんな状況に陥った。



周囲には野次馬が……誰も寄ってこなかった。

近くの店は鎧戸を閉め、扉もしっかり中から閉められているようである。


道端で喧嘩が始まった時、野次馬が群がる場合と、誰も近寄らず建物に引きこもる場合の、二種類の現象が存在する。

その違いはなぜ生じるのか。

ひとえに、その喧嘩の『ヤバさ』である。

普通に想像してみればいい。

ライフルを撃ちまくっての喧嘩?……をしている者たちの周りに、野次馬がたかるだろうか?

巻き込まれたらまずいのだ、自分の命に関わるのだ……近寄らないであろう?


ローマンとアベルの剣戟は、王都の住人から、そう見られたのだ。

普通なら、誰かが通報し、衛兵などが駆けつけるのであろうが……電話など、離れた場所への通信手段のない現在の『ファイ』において、『通報』するのも簡単ではなかった。




(こいつ、恐ろしく速いし、剣が重い)

アベルは、ローマンの剣をさばきつつ、舌を巻いていた。

かつて、ダンジョン四十層で戦った魔王子のデビルほどではないにしても、人間でこれほどの剣速と重さは異常である。


現状は、それを技術と経験でさばいているが、かなり厳しい戦いであることは理解できていた。

(さっき倒した、火属性の魔法使いの連れみたいだが……今回の一連の騒動のために雇われた奴なのか? いや、あり得ないだろう。この腕は、まさに一国に冠絶する……それほどの剣の腕だぞ)



(まさかこれほどの剣士とは……。こんな剣士がゴロゴロいるんですかね、王国には。純粋に剣の腕だけで見れば、戦ってきた人たちの中でもトップクラスなのは間違いない……。どんな攻撃をしても、簡単に凌がれてしまう。レオノールとはまた違った意味で、高い壁を感じる……)


勇者ローマンは、少しだけ楽しくなっていた。

斬りかかった時には、ゴードンが倒され、ナンシーが血を吐いていた光景から、敵を倒す、という意識だけであったが、現在ではそれらの感情を超越したものがローマンの中にはあった。

突く、そのまま薙ぐ、絶妙の角度で剣を入れられて流される。

そこから強引に、逆袈裟で斬り降ろす。

そこにもまた、絶妙のタイミングで剣を入れられ、力が乗り切る前のポイントで受けられ、凌がれてしまう。

これまで経験したことのない、技術と経験による凌ぎ。

それは、ローマン自身に貴重な経験を積ませることになって行くのである。



この頃には、公爵邸から出てきていた、風属性魔法使いアリシア、斥候モーリス、エンチャンターのアッシュカーンも合流していた。

だが、ベルロック同様に、道路の向こうからの牽制によって、明確に手を出すことはできていなかった。


もちろん、勇者パーティーとしては、それで問題はないのだ。

なぜなら、戦っているのは勇者ローマンだから。

しかも相手は、レオノールでもなく、爆炎の魔法使いでもない。

一対一なら、万が一にもローマンが負ける可能性はないからである。


「でも、皇女様みたいな人もいるよ?」

斥候モーリスの呟きは、あえて誰も聞かないことにしていた。

あの皇女も、例外なのである。




涼とセーラは、くれぇぷを食べながら王都を歩いていた。

なんと、ウィットナッシュやルンの街で見た、あのくれぇぷ露店が王都にもあったのである。

売っていたのは、七十歳を優に超えているであろうお爺さんであった。

涼の強い希望により、購入されたのであるが……。


「うん! 確かにこれは美味しいな!」

「でしょ~?」

一口食べて絶賛するセーラに、ドヤ顔で胸をそらす涼。


涼は、セーラと味覚が似ている自覚があったため、絶対にくれぇぷも気に入るという自信があった。


「ちょっと前、ルンの街の東門付近にも露店が出ていて、美味しかったんだよ。チェーン店なのかな……この生クリームとバナーナの配合は鉄板です!」

「うむ。涼が強く勧めた理由がわかる。これは経験しておかないと、人生を損するな!」


美味しい物は人を幸せにする。

美味しい物は人生を豊かにする。

どんな世界、いつの時代であろうとも変わらぬ真実である。



そんな幸せに包まれながら歩いている二人の耳に、剣を打ち合う音が聞こえてきた。


「こんな王都の路上で、剣で戦っている?」

「音からすると、一対一だな。しかも戦っているのはその二人だけ……」

涼もセーラも、人並み以上の聴覚である。

戦っている人数くらいは、簡単にわかる。


どうせ二人が進む方向から聞こえているのだから、そのまま行けば何が起きてるかわかるだろう……二人ともそんな軽い気持ちで、くれぇぷを食べながら歩いて行った。


そこで見たのは……、

「すごい剣戟だ……」

「どちらもやるね」

涼が思わず呟き、セーラも感心した。



「でも、戦っている片方は……アベルに見えるのですが」

「そう、戦っている片方は……アベルだね。道路の向こうに、リンたちがいるから、あってると思う」

涼は思ったことを言い、セーラはそれを肯定した。




「すごい戦いになってるね。誰も近づけないよ」

斥候モーリスが誰とはなしに言う。

「ええ。あの相手、ローマンと互角に戦えるとか、一体何者かしら」

風属性魔法使いのアリシアの声も、囁くように小さいものとなっている。

「そう……そうよ! なんで聖剣アスタルトと剣戟が成立するのよ。普通の剣じゃ、一合打ち合っただけで砕け散るでしょ!」

「つまり相手の剣も普通じゃないの……ほら、よく見なさい、赤い光を帯びている。あれは魔剣よ」

斥候モーリスの疑問に、アリシアが答える。

「魔剣持ちって……ホントに、あの相手、何者なの……」

斥候モーリスは絶句する。


魔剣なんて、普通の冒険者の手には入らないのである。

そんなものを持っている人物が、偶然路上にいる……あり得ない確率。


モーリスは二度頭を振って、周りを見回す。

「さすがに、あんな剣戟じゃあ、野次馬も集まってこないね」

「ええ、誰だって自分の命は惜しいもの。路上にいるのも、私たちと、相手の仲間を除けば、二人だけね。ていうか、あの二人は逃げなくていいのかしら」

モーリスの言葉に、アリシアも周りを見回して答える。


何か食べながらの魔法使いらしき男が一人と、マントを羽織った超絶美女が一人……。


「って、あの野次馬の片方の女性、エルフだ……」

「ホントだ! さすが王都ともなると、魔剣持ちとかエルフとか、他だと珍しい人がいっぱいいるんだね」

「そ、そうかもね……」

モーリスが興奮したように言うが、じゃっかんアリシアは納得できないものを感じつつも相槌を打つのであった。




その間にも、ローマンとアベルの剣戟は続いている。



続いているのだが、アベルは理解していた。

(このままでは負ける)


その差は、ほとんど無い。

それどころか、技術で上回るアベルが、時々ローマンに薄い傷をつけているほどであり、そのたびに勇者パーティーの面々を、ハラハラさせているくらいである。


だが、精神的なスタミナの削られ具合が、ローマンとアベルでは全然違っていた。

それこそ『思い切り』を体現して迫るローマンの剣、それを技術でさばきつつ反撃するアベルの剣。

アベルは、さばくのを一度でも失敗すれば致命的なダメージを負う。

元々、速度と重さで上回るローマンである。

それが与えるプレッシャーたるや、対峙した者にしかわからないのかもしれない。

一撃当たれば負け、その現実が、最初からアベルを捉えている。


その中で、破綻せずに技術で凌いでいるアベルは、間違いなく剣の天才であろう。

だが、そんな天才アベルだからこそ、この先に生ずる、避けようのない破綻を感じとっていたのだ。




「あのアベルに、剣でここまで押し込むというのは凄いなぁ……」

涼が感想を言う。

だが、先ほどまで相槌を売ったり、そこ、右から、それはフェイント! とか小さい声でいろいろ言っていたセーラが、無言であるのが、涼は気になった。


「セーラ?」

「あ、ああ。すまない。あのアベルの相手の剣なのだが……多分、聖剣アスタルトだと思うのだ」

「おぉ、聖剣! そういえば、アベルの剣も赤く光ったりするから魔剣とかの類なんだよね」

セーラが言い、涼は聖剣という言葉に強く反応した。


ファンタジーと言えば、魔剣や聖剣! それこそ王道。


「そう、アベルのは魔剣だ。相手の聖剣アスタルトというのは、西方諸国で生まれた勇者が、代々引き継ぐ剣だと聞いたことがある」

「勇者!」

(やっぱりこの世界にも勇者っているのか!)

涼は、勇者の存在を、今、初めて聞いたのである。


「そして、あの者の周りには、驚くほどの精霊が集まっている。精霊に教えてもらったのだが、『勇者ローマン』と言うらしい」

「なんと……。というか、セーラ、精霊と話せるの……そっちのほうが驚きです」

「エルフは、生まれた時から精霊との関わりは深いからな」


ちょっとだけ得意そうに言うセーラ。

涼が、それを見て可愛いと思ったのは内緒である。



「勇者がいるってことは、魔王も……あれ? そう言えば魔王子とかいたな……」

「魔王子がいた?! リョウ、どこにだ? それは大事件だぞ! そんなもの、放置してはおけない」

「ああ、大丈夫。ダンジョン四十層にいたんだけど、無事倒したからもういない」

「そ、そうか。ああ、あの強制転移の事件だな? しかし魔王子がいたとは……」

「それより、セーラ。勇者が、もし、ここでアベルに殺されちゃったりしたら、大変なことにならない?」


涼は、いきなり核心を問う。

それを聞いて、セーラは少しだけ目を見張った。


「確かに……もしそんなことになれば、魔王を倒す者がいなくなる……。王国と、西方諸国との間の外交問題にもなるかもしれん」

「なるほど……。あの剣戟、もうすぐ破綻するよね?」

「うむ。アベルの方が、分が悪いな」

涼の見立てと、セーラの見立ては一致していた。


「でも、アベルの事だから、最後近くになれば賭けに出て逆転の一手を放ってくると思うんだ」

「もし、それが成功すれば、勇者は死ぬかもしれないと。確かにそれは困るな」

「うん、というわけで、そろそろあの剣戟を止めるよ。ウィットナッシュの時は、アベルが仲裁に入ったからね。今度は僕が入る。セーラは申し訳ないんだけど、さっきのくれぇぷを、二個買ってきてくれない?」

「う、うむ……よくわからないが買ってこよう。あっちは任せた」

そう言って、セーラはくれぇぷ屋の方に行った。


「さて……」

涼は小さく呟くと、剣戟の方に歩き始めた。




斥候モーリスが、その魔法使いに気付いたのは、追い抜かれてからであった。

「え? ちょっと、あなた。そっちは危ないよ」

気付けなかったのも不思議だが、何事も無くそのままローマンとアベルの剣戟に近付いて行く魔法使いに近付くことは出来なかった。

そして気付けば、魔法使いは剣戟のすぐそばに立っていた。



「双方剣を引け!」



涼の声に、アベルとローマンがそれぞれ後方に飛び退る。


(<アイスウォール10層>)

その瞬間、二人の間に見えない氷の壁を張って、強制的に分断する。


「リョウ、口を出すな。たとえ、相手がお前であっても、俺は何をするかわからんぞ」

「アベルに僕は殺せません」

はっきりと言い切る涼。


アベルは、負け試合とわかっていても、途中で終わるつもりなど微塵も無かった。

そして、その戦いを強制的に終了させられるのは、とうてい受け入れられない。

たとえそれが、涼であったとしてもである。



しかし、そんなアベルの心情など無視して涼は進めていく。


「アベルは少し黙っていてください。で、そちら。勇者ローマンで間違いはありませんね?」

「え……はい」

「なんだと?」

涼が確認し、ローマンが肯定し、アベルは動揺した。


「そう、こちらは勇者ローマンです。少なくとも、魔王を倒すまでは、死んでもらっては困ります」

「むぅ」

アベルが呻く。

「で、そちらの勇者ローマン殿。今戦っていた相手は、王国のB級冒険者アベルです。怪しい人物ではありません。ルンの街では、ギルドマスターの代理を務めることもある、立派な人物です」


「王国のB級冒険者……」


ローマンの呟きは、涼の耳にも聞こえた。

「王国の冒険者で、何か気になることでも?」

「いえ……私たちは、実はデブヒ帝国のオスカー・ルスカ殿、つまり爆炎の魔法使いの元で修行をしてから、こちらにやってきました。それというのも、オスカー殿すらもライバル視する水属性の魔法使いが、『王国の冒険者』にいると聞いたからです。もし、それについての情報をお持ちであれば、ぜひ聞かせて欲しいと思いまして……」



ローマンは、すでに剣を収め、丁寧に質問した。



「は? その水属性の魔法使いって……」

「なるほど。ローマン殿は、水属性の魔法使いをお探しと。王国における水属性魔法の大家と言えば、シュワルツコフ家です。その情報が、何か役に立つかもしれませんね」

「なるほど、シュワルツコフ家ですね。わかりました! ありがとうございました」


アベルの失言を涼はシャットアウトし、捻じ曲げて情報を提供する……横で聞いていたアベルは、素直に感謝する勇者ローマンを、不憫なものを見る目で見ていた。

さっきの質問の答えをアベルは知っている。

そう、それはもちろん、ここで我関せずといった顔で仲裁をしている、水属性の魔法使いの事である。



「では、お二人に、仲直りのしるしを。セーラ」

涼がそう言うと、一瞬でセーラが涼の横に現れ、涼にくれぇぷを二つ渡した。


(<アイスウォール解除>)

人知れず張っていた氷の壁を解除し、涼はくれぇぷを、勇者ローマンとアベルに渡した。


「人は、美味しいものを食べると幸せになります。これでも食べて水に流すがいいです」


涼は二人にくれぇぷを渡すと、満足したように一つ頷いた。

「もし、まだ不満があると言うのなら、僕とセーラがお相手しましょう。アベル、セーラがいつでも剣で相手してくれるらしいですよ」

「うむ、いつでも相手になろう。私も、リョウとの模擬戦で、少しは強くなったからな」

涼がアベルを挑発し、セーラもそれに乗っかる。


「いや、以前でも強かっただろ……あれより強いとか、ありえねぇ……」

アベルの呟きは、きっちりとセーラの耳に聞こえていたが、セーラはほんのわずかに微笑んだだけであった。

「では、我々はこれで失礼しよう。リョウ、行こう。あっちの通りに、老舗の有名なカフェがあるんだ。美味しいケーキセットがあるんだよ」

「おぉ~。それは楽しみです」


そういうと、涼とセーラは去って行った。

世界に平和をもたらして。



「てか、何で、あの二人が王都にいるんだ?」

アベルの言葉は、誰にも届かなかった。


少し長くなりすぎました……9000字……すいません。

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