0125 アーサー再び
箱馬車の御者台にコーンとマシュー、馬車の中にウィリー殿下、ロドリゴ殿、ルーカそして涼。
箱馬車の後ろを、氷の棺が乗った四台の<台車>がついてくる。
それらの前後を、ウィリー殿下の護衛と冒険者、騎馬の衛兵が守る形で、一行はストーンレイクに向かっていた。
「リョウさん、ありがとうございました。つい、私の随行員だ、とか言ってしまって……」
「殿下、問題ございません。危険を承知で助け出した二人です。あのまま引き渡すのは、コーンさんら冒険者たちに申し訳ないと思われたのでしょう?」
ウィリー殿下は、深く考えずに行った発言を謝罪し、涼はその心情を理解していた。
「皆さんにはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ない」
だが、替わって頭を下げたのは、ルーカであった。
「しかし、ルーカ殿はハンダルー諸国連合から追われ、さらに王弟殿下からも命を狙われるとは……かなり大物なのですね」
ロドリゴ殿が言う。
言外に、そろそろ身分と事情を明かしたらどうか、という意味である。
ルーカは、数度小さく頷くと、話し始めた。
「私は、ナイトレイ王国財務卿フーカの弟です」
(財務卿フーカ! なんて惜しい名前……)
涼が頭の中で思い浮かべたのは、もちろん、アレキサンドル・デュマの『ダルタニャン物語』に出てくる人物の名前である。
財務卿フーケ。フランスの支配を企むデルブレー卿……かつての三銃士アラミス、彼の手駒となってしまう悲劇の財務卿。
当然、実在の人物だ。
涼が心の中で失礼なことを考えている間も、ルーカの説明は進んでいく。
「王弟レイモンド殿下は、ハンダルー諸国連合の執政オーブリー卿と、密約を交わしました。私は、偶然それを知ってしまい……さらに、兄である財務卿を自陣営に引き込むために、ハンダルー諸国連合で虜囚の憂き目にあっていたのです」
(財務卿フーカがいるのであれば、もしかしたら財務監督官コルベールのそっくりさんもいたりするのでは……。コルベールと言えば、高校世界史の教科書にも、重商主義政策とセットで太字で出てくる有名人……)
涼は心の中で、妄想を膨らませてはいたが口は閉じたまま。
他の二人も、静かにルーカの話に耳を傾けていた。
「マシューたち、兄直属の部下によって私は助け出されました。しかし、レイモンド殿下まで私を殺そうとするとは……」
「私が聞いた話では、国王スタッフォード四世陛下と、王弟殿下の仲はあまりよろしくないということでした。兄君の財務卿殿を通して、王宮に訴えればなんとかなるのではないかと思うのですが?」
ウィリー殿下がルーカに提案する。
「確かに、国王陛下と王弟殿下は、仲がいいとは言えません。ただ……王宮は王宮で色々ゴタゴタしているようでして……」
ルーカは首を振りながら答えた。
「う~ん……」
ウィリー殿下も考え込んだ。
ウィリーが、ふと正面を見ると、涼が何回か小さく頷きながら考え事をしているのが見えた。
「リョウさん、何か思いついたんですか?」
「え?」
涼は、決して、物語の中の財務卿フーケはダルタニャンが逮捕したんだよなぁ、とかそんなことを思い出していたことを、表情には出さなかった。
「あ、アーサー・ベラシス殿に、その辺りも相談してみますか?」
「王都から来てもらう、国の重鎮の方ですよね。いいと思います」
ウィリー殿下が大きく頷きながら言った。
(なんとか誤魔化すことが出来た)
涼はホッとした。
「リョウ殿は、本当にベラシス顧問とお知り合いなのですか? あの場を収めるための嘘とかではなく?」
ルーカが鋭い質問をする。
「知り合いなのは確かですよ。大げさな言い方をすると、戦友、みたいなものです」
「おぉ」
涼の言葉に、反応したのはウィリー殿下であった。
「リョウさんは、いろんな経験をされているのですね!」
なぜかウィリー殿下が興奮している。
「私も、もっと鍛えれば、もっといろんな経験を積めるでしょうか……」
「そうですね、恐らくは……」
「今日から、宿は衛兵の方々が守ってくださるのですよね、そのベラシス様が来られるまで。ということは、襲撃の心配はないでしょうから、またギリギリまで魔法の練習をしても大丈夫ですよね!」
「そ、そうですね、恐らくは……」
水属性魔法使いの弟子は、とっても練習熱心であった……。
衛兵の護衛付き宿で二泊した次の日のお昼前、衛兵隊長の来訪が告げられた。
そして、ウィリー殿下の部屋に衛兵隊長と一緒に入ってくる、宮廷魔法団顧問アーサー・ベラシス。
まずはウィリー殿下に挨拶をし、それから顧問アーサーは涼と再会を祝した。
白いひげを長く伸ばし、魔法使いの灰色のローブを羽織り、大きな杖を持つ、魔法使い然とした魔法使い。
「リョウよ、久しいの。お主からの協力要請など珍しいこともあるもんじゃ。取るものもとりあえずやって来たぞ」
「ベラシス様、ありがとうございます」
顧問アーサーは上機嫌に言い、涼も笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べる。
「あの時も言ったであろう、アーサーでよい」
そして、ふと顧問アーサーは周りを見回す。
「そういえば、わしは公爵の家の者がどうこうということを聞いてやって来たのじゃが……その者たちがおらぬようじゃが」
「はい。実は、ここには入りにくいために、中庭の方に……」
「入りにくい?」
衛兵隊長が説明し、顧問アーサーは首をひねる。
そうして、中庭に面した窓に近付き、そこから中庭を見下ろした。
「おぅ……なんとも見事な氷漬けじゃな……あれは絶対リョウの仕業じゃろう」
アーサーはニヤリとして涼の方を見る。
「襲撃者でしたので、逃げないようにと……」
「手と足を紐で縛られた上に氷漬け……しかも生きたままか……。わしは絶対あの中には入りとうないわい」
後半は、とても小さな呟きになっていた。
起きた事象の説明と、それぞれの希望がアーサーの前で述べられていく。
氷漬けの者も、一人だけ解凍されて、部屋に連れてこられている。
名前はバダーと名乗った。
「ふむ、だいたいのことは理解した」
顧問アーサーは、話を聞き終わると、出された紅茶のおかわりを申し出た。
おかわりが注がれるまで無言。
注がれたおかわりを一口飲んで、顧問アーサーは口を開いた。
「まず、マシューとルーカ、二人はウィリー王子の随行員として、王都まで行くこと。これを阻害すれば、外交問題となることは必定。襲撃しゃ……いや、バダーであったか。戻って責任者にしかと伝えよ。ただし、お主らは、まず罪を償わねばならぬ。まあ、襲撃は未遂というか、滑って転んだということなので二十日の禁固刑が妥当であろう。ストーンレイクで収容してもらおう。これは、わしから代官に伝えよう」
ウィリー王子側の希望が、ほぼ全て通った判決であった。
まあ、そのために涼の知り合いである顧問アーサーに来てもらったのである。
八百長裁判、万歳。
「彼らの解凍は、明日出発する際に行います」
涼は、衛兵隊長と顧問アーサーに約束した。
ちなみに、解凍されたバダーは、再び氷の棺に入れられて、中庭に立たされた……。
「そうそう、わしは一足先に来たが、うちの魔法団の者たちが今日のうちにストーンレイクに到着するのじゃ。ウィリー王子やリョウを、王都まで護衛したいらしい」
「は?」
顧問アーサーの突然の言葉に、涼は素っ頓狂な声を出してしまった。
「ルンでお主に救われたことへの感謝を表す行動、らしいぞ。殿下、そういうことなので、ぜひ宮廷魔法団による護衛を許可していただけんじゃろうか」
「はい! もちろんです。よろしくお願いします!」
(まあ、外国の王子の王都入り……馬車一台だし、少しでもお供が多い方が見栄えがいいでしょうかね……)
そう考えて、涼は自分を納得させるのであった。
翌朝、約束通り四人を解凍した涼は、宿前に停めてある馬車の元に行った。
そこには、ずらりと整列した魔法団の一行が……。
「け、けっこう多くないですか?」
涼は、すぐ横に来ていた顧問アーサーに小さな声で問う。
「五十人らしい……」
顧問アーサーも想定以上の人数だったのか、少し声が上擦っている。
「五、六人くらいだと思っていたのですが……」
馬車を護衛して歩く五十人の魔法使い。
それはそれで、かなり壮観であった。
「リョウ……けっこう多くの方を救ったんだな……」
変わらず御者台に座るコーンが、小さい声で涼に囁いた。
「あ、はい……そうみたいです……」
二日後、王都クリスタルパレスに到着した一行が、王都民の話題をさらったのは言うまでも無かった。
幕間を二話挟みます。
明日(7月7日)12時と21時に投稿します。