0124 尋問
とりあえず、行動指針は決定した。
後は、捕らえた四人をどうするかである。
「冒険者っぽくは見えないですよねぇ」
涼が誰とはなしに呟いた。
「え? そうですか?」
ウィリー殿下が首を傾げながら言う。
確かに、装備などは近接戦を主体とする冒険者が使う装備に見えるのだが……。
「なんというか……冒険者が身に纏う粗野な感じを、この人たちからは受けません」
そういうと、涼はチラリとコーンを見る。
「おい、リョウ。なんでそこで、俺を見るんだ」
コーンは涼の視線に噛みつく。
「いえ、別に……」
涼はスッと目を逸らす。
「なるほど……」
そして、ロドリゴ殿が、四人とコーンを見比べて呟く。
「ロドリゴ殿、そこはなるほど、じゃないでしょう?!」
コーンは世間の非情さを嘆いた。
「違いは、無精髭ですな」
ロドリゴ殿は四人を見ながら言った。
「ああ……なるほど。コーンさんもそうですが、冒険者は無精髭剃ってない人、多い気がしますね。それに比べるとこの四人、確かに綺麗に髭を剃ってますね。まるで騎士団の様に……」
ルンの騎士団員たちは、全員身だしなみをきちんとしている。
セーラとの模擬戦のために、よく騎士団演習場に顔を出す涼は、見知った騎士たちの顔を思い浮かべて答えた。
「騎士団ぽいのに、わざわざ冒険者ぶった集団なんて……胡散臭い事この上ないだろう」
コーンが、正直な感想を口にした。
涼たち一行は、街道の脇に馬車を停めている。
当然、街道を行き交う人たちは、縄で縛られた四人を横目に見ながらも、何も口を出すことなく移動していく。
そんな中、捕らえた四人のうちの一人が目を覚ました。
「やあ、こんにちは」
コーンが、そんな男に声をかける。
「くっ」
男は、自分の手足が縛られており、他の三人も同様の状態であることを確認すると、唇を噛んだ。
「状況は理解できたようだな。それで? お前さんたちは何者なんだい?」
コーンの質問にも、当然何も答えない。
「なんつーか、俺はこういうの苦手なんだが……。なあ、リョウ、お前さん、いける口じゃないのか」
お酒好きだろう、と同じような口調で涼に話を振るコーン。
「なぜ僕に振ってくるのか意味が分からないのですが……。こういう場合、どうすればいいんですかね? 目に細い氷の針を突き刺すとか、凍らせた心臓を取り出して見せるとかすれば、少しは脅しになるんですかね?」
「いや、リョウ、それはやりすぎ……」
涼が拷問の仕方を問い、さすがにやりすぎな内容にコーンが引く。
それを聞いていた男の顔色は青褪めていく。
「心臓はさすがにあれですけど、目に突き刺すくらいならけっこういけるみたいですよ? 目そのものは刺しても痛くないらしいです。ぷちって刺さるから、刺された方は一生トラウマになって忘れられない思い出になるらしいですけど……」
そこまで聞くと、男の歯はカチカチ鳴り、表情も凍りついていく。
「なあ、あんた。俺も、痛い思いをさせるのは好きじゃないんだ。どうだろう、あんたらが誰で、誰の命令で動いているのかだけでも言ってくれないか? それだけ言ってくれれば、あいつが言ってるような……その、目に突き刺すみたいなのは防いでやれると思うんだ」
地面に座っている男と同じ視線の高さに顔を持っていき、コーンは優しく問いかける。
「い、言えない……」
それまで一言もしゃべらなかった男が、絞り出すようにして答えた。
涼が指先から、細い氷の針を生成し、消去し、生成し、消去しを繰り返して見せているのが、何らかの効果を及ぼしたのかもしれない。
「そうか、残念だ。リョウ!」
「ま、待ってくれ」
コーンが涼を呼び、涼が男に一歩近づくと、男は叫んだ。
「ん? どうした? あいつが近付いてくるまで、時間がないぞ」
「い、言いたいが言えない……たいちょ、リーダーが起きるまで待ってくれ」
(隊長って言いかけちゃった……。やっぱり騎士団とかなのか……)
涼は、武士の情けで黙っておくことにした。
「お前、冒険者じゃなくて騎士団だな」
コーンは武士ではなかった……。
「!」
男は絶句した。
その絶句と同時に、たいちょ……いや、リーダーと思われる、二人目の男が目を覚ました。
街道の西の方から、騎馬の集団が来るのを見つけたのは、ウィリー王子だった。
「向こうから騎馬の集団が」
遠目にも、それが衛兵であることが分かる。
リョウたちの状況を見ながら、街に着いた誰かが通報したのだろうか。
(あるいは、逃がしてしまった弓士が呼んだか……。だとしたら、敵側の衛兵……スランゼウイの時の様に、買収されている可能性すらあると)
ゲッコー商隊の護衛依頼で、泊まった街で襲撃されたスランゼウイ。
騎士団の副団長が暗殺教団にすでに買収され、捕えた教団員を奪われた苦い思い出だ。
「我々はストーンレイクの衛兵隊である。街道で、もめ事が起きているという通報があり、参った」
騎馬の衛兵八名が、涼たち一行に声をかけた。
「無礼であろう! こちらはジュー王国王子、ウィリー殿下であらせられるぞ。馬上から問いかけるなど言語道断! それがナイトレイ王国の礼儀か!」
一喝とはこの事。
馬上から問いかけた衛兵たちを、ロドリゴ殿の声が鞭となって打ち据える。
「なっ……」
「失礼しました!」
そう口々に言い、八人の衛兵は下馬する。
「大変失礼いたしました。ジュー王国の王子様とは知らず。申し訳ありませんが、王子の身分を証明される物を拝見させていただけますでしょうか」
隊長と思わしき人物が、先ほどとは打って変わって丁寧に問う。
「これを」
そう言うと、ウィリー殿下は首から下げていたネックレスを隊長に渡した。
受け取った隊長は、何やら裏を返し、さらに懐から取り出した錬金道具らしい名刺サイズのプレートを、ネックレスにかざす。
しばらく何かを確認した後……、
「確認いたしました。先ほどは大変失礼いたしました」
そういうと、ネックレスを返却する。
「いえ、分かっていただければそれで構いません」
ウィリー殿下が、余裕をもって答える。
さすが、王子として育つと、こういう場面でも堂々としている。
涼は妙に感心した。
「つまりこの者たちは、外国の王子に手をあげた、ということですな」
隊長は、地面に座ったままの囚われの四人を見下ろしながら言った。
「なっ……ちょっと待ってくれ。俺たちは、そんなつもりじゃ……」
先ほどようやく目を覚ましたリーダーと思しき男が、慌てたように叫ぶ。
当然である。
小国とは言え、外国の王子の身を害そうとしたなどとなれば、極刑は免れない。
場合によっては、家族にすら刑罰が及ぶのだ。
「そんなつもりはなくとも、襲ってきたのは事実だろうが」
コーンがダメを押す。
意識のある二人の顔色は、真っ白になっている。
「ま、待ってくれ。これを、この鞘の紋章を見てくれ」
リーダーは、衛兵隊長に必死に訴える。
隊長が顎をしゃくると、部下がその鞘を抜き、隊長の元に持ってきた。
「こ、この紋章は公爵の……」
そこまで言って、隊長はハッとして口を閉じる。
(公爵? どこかの公爵の騎士団?)
涼は心の中で考えた。
もちろん、どの公爵なのかは知らない。名前を聞いても、全くわからない自信もある。
「そう、そうだ、俺たちは怪しい者じゃない。これも何かの間違いだ。あんたもストーンレイクの衛兵なら、その紋章の意味はわかるだろう?」
囚われの男は、随分と口が達者なようである。
衛兵隊長の表情は、明らかに公爵の紋章の方を大きく気にしていた。
これまた当然であろう。
ウィリー殿下は、確かに王子ではあるが、ジュー王国は小国な上に、ナイトレイ王国とは国境を接していない。
そんな遠国の王子と、恐らく自国の公爵の紋章を持つ者たちとを天秤にかければ……仕方のないことかもしれない。
「隊長殿。その鞘を少し見せていただけますか」
逡巡する衛兵隊長に向かって、ウィリー殿下は丁寧に声をかけた。
「え……あ、はい、どうぞ」
衛兵隊長は、囚われの男の鞘をウィリー殿下に渡す。
ウィリー殿下はそれを一瞥して、すぐに衛兵隊長に返した。
「隊長殿が気にかける理由は、理解できました。その者たちが、フリットウィック公爵家の者たちであるなら仕方のない事でしょう」
「さ、さすが……殿下はこの紋章をご存知でしたか」
衛兵隊長は大粒の汗を流しながら、言った。
遠国の、しかも王子が、ナイトレイ王国の、公爵家とはいえ紋章を知っているのは想定外だったのかもしれない。
「ええ。レイモンド殿、つまり王弟殿下の紋章ですね」
その言葉は、ここにいる多くの者たちの間に衝撃を走らせた。
その中でも、最も激しく動揺したのは、ルーカである。
その表情は、恐怖などではなく、怒りに近いものであったろうか。
(王弟に狙われていると知って、それでも二人は王都に向かうのだろうか)
涼は、それを確認したいと思ったのだが、事態はそんな余裕を与えてくれなかった。
「その王子様はともかくとして、そっちの二人は罪人だ。公都カーライルに行ってもらう必要がある」
囚われの襲撃者リーダーが、衛兵隊長に向かって言ったのである。
そっちの二人というのは、もちろんマシューとルーカのことである。
その言葉に対するウィリー殿下の反応は、速く、激烈であった。
「それは認めません。この二人は、すでに私の随行員です。ジュー王国王子として、その要請を正式に拒絶します」
ウィリー殿下は、烈火のごとく怒っていた。
涼もコーンも、初めて見る表情である。
だが、ある意味当然なのかもしれない。
コーンらの命を危険にさらしてまで助け出した二人をここで見捨てたら、なんのための行動だったのかということになる。
ウィリー殿下としては、そんなことを認められないであろう。
「王子、おっしゃることは分かるのですが……」
衛兵隊長は、囚われの男、つまり公爵家の者たちの方になびきつつあった。
(この手の人間は、権力か暴力になびく。まあ、どっちも力か……。誰か僕にも有力者の知り合いがいて、力になってくれるといいのですが……そもそもストーンレイクや王都に知り合いがいない)
涼は、自分の人脈の無さを嘆いた。
(いや、王都になら、いる!?)
涼は衛兵隊長に近付き、小さな声で囁いた。
「衛兵隊長殿、ここはもっと責任ある立場の方を呼んで、その方に判断をしていただいた方がよろしいのではないでしょうか?」
自分が、難しい判断とそこから生じる責任から逃れることが出来るのなら、多くの者が飛びつく。
「王子や公爵が絡む問題です。軽々に判断をされるのは、後々難しいことになるのではないでしょうか」
「な、なるほど。確かに、それはそうかもしれん」
涼の囁きに衛兵隊長は乗って来た。
「おい、待て。そんなことは許さん……」
「襲撃者は黙っていてください。<氷棺4>」
囚われの男が口を出してきそうだったので、涼は捕らえている四人全員を氷の棺に入れた。
「これはいったい……」
「襲撃者が逃げるといけませんので。大丈夫です。生きております」
「そ、そうか……」
衛兵隊長は、完全に涼の『暴力』に飲まれていた。
(あとは権力……)
「さて、判断する責任ある立場の方ですが、やはり王国の重鎮クラスでなければ難しいのではないでしょうか?」
「あ、ああ……だが、いずれもお忙しい方ばかりで……」
「僭越ながら、王都にいらっしゃる宮廷魔法団顧問、アーサー・ベラシス殿ならば国の重鎮として問題ないレベルだと思われます。アーサー殿ならば、すぐに王都から来ていただけると思いますが、どうでしょうか」
「お、お前、いや、あなたはベラシス顧問とお知り合いで?」
ルンのダンジョン四十層から、共に帰還した仲である。
「はい。ルンの冒険者、涼の要請だと言っていただければ、すぐに来ていただけるでしょう」
「そうか! ……だが、もし王都にいらっしゃらなかったらどうする?」
(もう知り合いはいないのだけど……。仕方ない、アベルの人脈を……)
「その場合は、イラリオン殿をお呼びください。アベルの友人、涼の願いだと伝えていただければ」
「なんと! あなたはイラリオン様ともお知り合いでしたか! もちろん、すぐにでも。おい、急いで王都のベラシス顧問とイラリオン様の元に早馬を」
(アベルによく手紙を届けていたイラリオン……アーサーより大物っぽい……)
「では、皆さん、とりあえずストーンレイクに移動してください。そこで、ベラシス顧問かイラリオン様の到着をお待ちいただきます。で、この氷漬けの者たちは……」
「ああ、お任せください」
涼はそう言うと、<台車>を四台準備するのであった。




