表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
134/930

0123 成り行き

王都で爆発騒ぎがあった翌日。

王国第二街道。


王都クリスタルパレスから、東部最大都市ウイングストンを抜けて、東部国境の街レッドポストまで続く街道である。

東部国境は、インベリー公国ならびにハンダルー諸国連合と境を接している。


涼とウィリー殿下、ロドリゴ殿、そして護衛四人と、コーン率いる冒険者六人、合計十三人は、その第二街道を西へ、王都に向かって進んでいた。

ウィリー殿下らが乗る箱馬車は、比較的大きく、作りもかなりしっかりしたものであった。


第二街道は、街道沿いの街も多く、そこにある宿泊施設も充実しているため、基本的には夜は街に泊まることになる。

野営の見張りをする必要がないということは、誰にとっても有り難い事である。

その代わり、昼間はしっかり移動距離を稼がねばならない。

基本的にコーンが御者をしていた。

下手な御者を雇うより、そっちの方がいいだろうというコーンからの提案の結果であった。



暗殺教団の村を壊滅して以降、一行は一度も襲われていない。

そもそもが、ウィリー殿下が狙われた理由が、首領の永遠の命のためであったことを考えると、その首領が死んでしまった現在、狙われる理由は無くなっている。

そうとは言っても、弔い合戦を挑んでくる可能性なども皆無ではないわけで、移動中は決して気を緩めることは出来なかった。


だからこそであろうか、コーンは風に乗って聞こえてくる剣戟の音と、馬のいななきに気付いた。

「おい、北の方の森で何かやっているぞ」

コーンは御者台の仕切りを開けて、中の三人に呼びかけた。

護衛と冒険者も、馬車を中心に警戒を強める。


「確かに音が聞こえてきますね。厄介ごとの香りがします。殿下、いかがいたしましょうか」

ウィリー王子が言うであろうことは、なんとなく想像がついてはいたが、いちおう涼は問うた。


「もし、誰かが襲われているのであれば助けてあげたいですが……」

自分たちが襲われた時、誰も助けには来てくれなかった。

それは当然である。誰だって、厄介ごとには巻き込まれたくない。

あるいは、その時は本当に、誰も街道を通らなかっただけかもしれない……。

だが、数日前の自分たちのように、襲われている人たちがいるのであれば、何とか手を差し伸べたい……ウィリー殿下はそう思ったのである。


その結果、誰かが巻き込まれて怪我を負ったり、命を失ったりする可能性もあるのだが……そこまでは考えていないのかもしれない。

それでも、周りの大人たちは、そんな王子の心根を素晴らしいものだと思っている。

王子という身分でありながら、かしずかれて当然、提供されて当然、そう思う人物に育ってほしくないと。


「わかりました。では、我々冒険者六人で見てきます。リョウと護衛は、殿下のお傍に」

コーンが指示を出す。

そこには、涼に対する絶対的な信頼がすでにあった。



現状、最も大切なのはウィリー殿下の安全。

そして、それを確実に確保できるのは、涼。

だから涼を王子の元に置き、他で見に行く。


「わかりました。殿下は必ず御守りいたします」

涼は、コーンに約束した。



涼が<パッシブソナー>で改めて探ってみると、十人ほどの人間が動き回っているのがわかった。

距離は四百メートル。

森のような木々の多い場所だと、パッシブソナーの限界ギリギリの距離と言える。

さらに馬車の中にいたため、耳のいいコーンの方が先に気付いたのかもしれない。

コーンの耳恐るべし!


距離と数をコーンに伝えると、一つ頷いて、冒険者たちは走って行った。

とりあえず馬車は、街道沿いの木陰に停めている。

涼は箱馬車の屋根の上、ウィリー殿下とロドリゴ殿は箱馬車の中で待機した。



涼がパッシブソナーで見ていると、しばらく様子を見ていたらしいコーンらが、集団に突っ込んだ。

だが、涼が気になったのはそこではない。


(微妙な距離に移動してきたこの五人は……何だ?)

争っている現場から、二百メートルほど離れた場所に、五人移動してきたのである。

だがその五人は、そこからは動いていない。

様子を見ているのかもしれない。

(関係ない人たちが見に来たのか? 様子をうかがっている? その可能性はあるよねぇ。面倒ごとには首をつっこみたくない、という人はいるだろうし)



そうこうしている間に、決着がついたようであった。

冒険者六人は全員無事。それ以外に、二人生きている。


「殿下、みんなが戻ってきます。それ以外に、二人ほど生き残りを連れてくるようです」

「そうですか! 皆が無事でよかったです。それに救えて……」

そこまで言うと、ウィリー殿下の声はとても小さくなった。


「殿下?」

「リョウさん。私の判断は間違っていたのでしょうか」


人を救うためとはいえ、部下たちの命を危険にさらした。

そこが気になっているのだろう。


「殿下、こういう問題に正解はありません。ある時にはそれが正しいでしょうし、別の時には非難されることにもなるでしょう。ただ、ご自分で決断を下したのであれば、その責任を最後まで引き受ける御覚悟だけは、持っていなければなりません。それと、もしもの事が起きた場合の行動も想定しておくべきです」

「もしもの場合?」


「はい。今回の件で言うなら、もしコーンさんたちが死んでしまった場合、どうするのか? 国に残っている遺族などへの、様々なことがありましょう? あるいは、大怪我をしてしまった場合は? 彼らを置いて王都に行くのか、怪我の具合次第で残していかざるを得ない状況もありましょう。あるいは……助けた者たちが追われる者たちであった場合……以前の殿下のようにです」

それを聞くと、ほんのわずかにウィリー殿下の身体が強張った。



なぜウィリー殿下が狙われたのか、あの後、涼は説明をした。

暗殺教団の首領は、その血を欲したのだと。

怯えることは無かったが、それでも明確に自分の身体を狙われたショックは、そう簡単には消えないものだ。


涼は、それを理解したうえで、このたとえ話をしている。

これは、ウィリー殿下が乗り越えるしかないことだから。



「追われる者であった場合、どうするのか。この場で追ってくる者たちを倒せればいいですが、この後も狙われ続けた場合、どうするのか。いろいろと考えるべきことはあります。これから先は、それを考えたうえで、判断できるようになるといいかと思います」

「大変そうです……」

「もちろん大変です。すぐに出来るものではありませんので、少しずつやるのがよろしいかと思います」


起きるかもしれないケースを予測したうえで、判断を下す。

どんな世界、どんな場面、あるいはどんな職位の者であっても、必ず経験することだ。

ウィリー殿下はまだ十六歳と若いが、若いうちからその経験をしておくのは悪くない。

涼はそう思っていた。




コーン率いる六人の冒険者、それに二人がもうすぐ涼たちの目の前に現れそうになった時、それまで止まって様子見をしていた五人が動き出した。

コーンたち八人を追うように動く。


涼は箱馬車の上に立ち上がり、八人を視界に捉えた。

助け出した二人は傷を負っており、はやくは走れなさそうである。


「<アイスウォール8>」

追ってくる五人から攻撃された場合でも、死なないように氷の壁である。

森の中では、弓矢であろうが魔法であろうが、遠距離攻撃は非常に難しい……だが不可能というわけではない。


転ばぬ先の杖だ。

先に手を打っておくに如くはなし。



そして案の定、五人の場所から二本の矢が放たれた。

矢は弾道を描き、救い出された二人の首に……、


カキン カキン


刺さる前に氷の壁に弾かれた。

驚いたのは狙われた二人。

すぐ後ろで、何かが硬質な物に当たる高い音が聞こえたのだから。

慌てて振り向き、地面に落ちた矢を見る。



「こっちへ!」



そこに、箱馬車の上に立った涼が叫んだ。

二人は一瞬の躊躇も見せずに、馬車の方へ向かってきた。

ほぼ同時に、コーンたちも馬車の前に着く。


「リョウ?」

「全滅させた相手とは違う者たちが、五人、まだ潜んでいます」

コーンの問いに、涼は答えた。


その涼の答えには、コーンと冒険者、追われた二人、そして馬車の中にいるウィリー王子とロドリゴ殿も驚いていた。

「先ほど放たれた矢は、距離二百メートルから、正確に二人の首筋への着弾コースでした。恐ろしいほどの腕前です」

「二百メートルで首にって……そんなの、国でトップレベルの弓士だぞ……」

コーンが首を振りながら言う。相当に難しい射撃だ。




敵が動いた。

「二人ずつ、左右に分かれて展開。近付いて来ます。一人だけ、先ほどの地点から動かず。氷の壁で迎撃します。全員、馬車の周りへ」


涼がそう言うと、八人とも馬車に背を預けるように立つ。

馬車の窓から、ウィリー殿下が顔だけ出している。


「コーンさん、支援します。他は守りで。<アイスウォール10層パッケージ>」

馬車の周りを、コーン以外の全方位を、氷の壁で囲む。

「お前ら、その二人を守れ」

コーンが、残りの冒険者に指示を飛ばす。


追ってくる者には、自分一人で対処する気だ。

守りは万全。


あとは……、

「右から来る二人は、僕が足止めしますので、左から来る二人を、コーンさんお願いします」

「おう、わかった」

涼の指示に、コーンが答える。


(知らない二人もいるし、あまり派手じゃない魔法がいいでしょう。そうなると、やはり、あれですね! まずは足止め <アイスウォール>)


「なんだ? 見えない壁が……」

右手の方から、困惑した声が聞こえてくる。

アイスウォールで囲って、移動不能にしたのは成功したらしい。



まずは、左の二人。

「来ます!」

涼の合図に、コーンが得物を構える。


追手の二人は、雄叫びをあげながら突っ込んできた。

「おらぁぁぁぁぁぁぁ……うおっ」

だが、もう少しでコーンの前に到達する辺りで……滑った。


(<アイスバーン>)

「うりゃぁぁぁ……ぶへっ」

突っ込んできたもう一人も……滑って転ぶ。


コーンは、一瞬、何が起きたか理解できなかったが、男たちが転がったのを見て、ほとんど反射的に動いていた。

近付いて行き、頭を蹴飛ばして気絶させる。

起き上がろうとしていたもう一人も、頭を蹴り上げて意識を飛ばす。



「次、右からの二人が来ます!」

間髪いれずに、涼からの指示が飛ぶ。

「おう、任せろ!」

コーンは馬車の右側に移動し、再び剣を構える。


(<アイスウォール解除>)

それと同時に、突っ込んでくる追手の二人。

「シャァァァァ……ぬあっ」

同じようにコーンの前で滑って転ぶ。

そこに、今度は待っていたかのようにコーンの蹴りが炸裂する。


「おりゃぁぁぁぁぁ……ちょっ」

最後の一人も、滑って転んで蹴り上げられて……戦闘は終了した。



(そういえば残ったままの一人は……いつの間にかいなくなっている)

涼の<パッシブソナー>の範囲内には、すでにいなくなっていた。


「突っ込んできた四人、全員近接戦の装備なのですけど……残った一人が弓士で、一人で高速の連射、しかもどちらも精密射撃、ということなのでしょうか……」

「お、おう……だとしたら、とんでもねえ腕だな、その弓士は」

涼が四人の装備を見ながら言うと、コーンがそれに答えた。



馬車に備え付けられていた紐で、四人を縛る。

その間に、涼は街で購入しておいたポーションを追われていた二人に渡した。

「感謝する」

「ありがとう」

二人二様の感謝の言葉である。


そうこうしている間に、ウィリー殿下とロドリゴ殿も馬車から降りてきた。


まず、ロドリゴ殿がウィリー殿下を示して口を開く。

「こちらは、ジュー王国王子、ウィリー殿下である」

それを聞いて、助けられた二人は大きく目を見開いて驚く。

身なりの良さから、貴族の子息であろうとは思っていたが、まさか王子であったとは……そんな表情である。


「じ、自分はマシュー、こっちはルーカです」

二人はそう言って、ウィリー殿下に頭を下げる。

それを受けて、ロドリゴ殿が、涼を含めた護衛と冒険者を紹介した。




とりあえず、それぞれの自己紹介は終わった。

そうなると、当然、「なぜ戦っていたのか」である。

そう聞かれると、マシューは、ルーカの方を見た。

その視線を受けて、ルーカは一度頷いた。それを確認して、マシューは口を開いた。



「実は、我々はハンダルー諸国連合に囚われていた、このルーカを救出する部隊でした」



『囚われていた』『救出』、恐ろしいほどの厄介ごとに巻き込まれた……リョウは人知れずため息をついた。

ロドリゴ殿とコーンらも、そう感じたであろうが、表情には一切出さないあたり、さすがに鍛えられている。


「王都に向かっていたのですが、追手を掛けられ、ついに私一人に……」

(王都……ということは、王国から見た場合、犯罪者というわけではなさそうです)

涼は心の中でそう考えていた。

ハンダルー諸国連合にとっては犯罪者……なのかもしれないが、ナイトレイ王国にとっては、少なくとも王都に入ることが出来る人間ではあるのだろう。


「ちょっとロドリゴ殿」

そう言って、コーンがロドリゴ殿と、少し離れた場所で話し始めた。


この二人をどうするか、という相談であろう。

護衛と考えれば、多いに越したことは無い。

暗殺教団の襲撃は無くなっているが、襲撃者は教団だけではないからである。

ただ、外国から追手を掛けられるような者たちであるのも事実なのだ。

抱え込めば厄介なことになる可能性はある。


ここから王都に向かって二時間ほど歩けば、次の街ストーンレイクがある。

そこから王都クリスタルパレスまでは、二日の旅程。


(どっちもどっち、となると、ウィリー殿下の気持ちを考えて、二人を連れて行く、ということになるのかな)

涼はそう考えていた。



そして、ロドリゴ殿とコーンが二人に提案したのも、王都まで同行しないかということであった。

「それはもちろん、我々としては有り難いですが……」

「自分らは追われています。また追手を掛けられる可能性も……」

マシューとルーカは、提案を有り難いと思いながらも、懸念されることを言った。


「そうなったらそうなった時に考えましょう」

ロドリゴ殿はそう提案し、ウィリー殿下は嬉しそうに頷くのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ