0123 成り行き
王都で爆発騒ぎがあった翌日。
王国第二街道。
王都クリスタルパレスから、東部最大都市ウイングストンを抜けて、東部国境の街レッドポストまで続く街道である。
東部国境は、インベリー公国ならびにハンダルー諸国連合と境を接している。
涼とウィリー殿下、ロドリゴ殿、そして護衛四人と、コーン率いる冒険者六人、合計十三人は、その第二街道を西へ、王都に向かって進んでいた。
ウィリー殿下らが乗る箱馬車は、比較的大きく、作りもかなりしっかりしたものであった。
第二街道は、街道沿いの街も多く、そこにある宿泊施設も充実しているため、基本的には夜は街に泊まることになる。
野営の見張りをする必要がないということは、誰にとっても有り難い事である。
その代わり、昼間はしっかり移動距離を稼がねばならない。
基本的にコーンが御者をしていた。
下手な御者を雇うより、そっちの方がいいだろうというコーンからの提案の結果であった。
暗殺教団の村を壊滅して以降、一行は一度も襲われていない。
そもそもが、ウィリー殿下が狙われた理由が、首領の永遠の命のためであったことを考えると、その首領が死んでしまった現在、狙われる理由は無くなっている。
そうとは言っても、弔い合戦を挑んでくる可能性なども皆無ではないわけで、移動中は決して気を緩めることは出来なかった。
だからこそであろうか、コーンは風に乗って聞こえてくる剣戟の音と、馬のいななきに気付いた。
「おい、北の方の森で何かやっているぞ」
コーンは御者台の仕切りを開けて、中の三人に呼びかけた。
護衛と冒険者も、馬車を中心に警戒を強める。
「確かに音が聞こえてきますね。厄介ごとの香りがします。殿下、いかがいたしましょうか」
ウィリー王子が言うであろうことは、なんとなく想像がついてはいたが、いちおう涼は問うた。
「もし、誰かが襲われているのであれば助けてあげたいですが……」
自分たちが襲われた時、誰も助けには来てくれなかった。
それは当然である。誰だって、厄介ごとには巻き込まれたくない。
あるいは、その時は本当に、誰も街道を通らなかっただけかもしれない……。
だが、数日前の自分たちのように、襲われている人たちがいるのであれば、何とか手を差し伸べたい……ウィリー殿下はそう思ったのである。
その結果、誰かが巻き込まれて怪我を負ったり、命を失ったりする可能性もあるのだが……そこまでは考えていないのかもしれない。
それでも、周りの大人たちは、そんな王子の心根を素晴らしいものだと思っている。
王子という身分でありながら、かしずかれて当然、提供されて当然、そう思う人物に育ってほしくないと。
「わかりました。では、我々冒険者六人で見てきます。リョウと護衛は、殿下のお傍に」
コーンが指示を出す。
そこには、涼に対する絶対的な信頼がすでにあった。
現状、最も大切なのはウィリー殿下の安全。
そして、それを確実に確保できるのは、涼。
だから涼を王子の元に置き、他で見に行く。
「わかりました。殿下は必ず御守りいたします」
涼は、コーンに約束した。
涼が<パッシブソナー>で改めて探ってみると、十人ほどの人間が動き回っているのがわかった。
距離は四百メートル。
森のような木々の多い場所だと、パッシブソナーの限界ギリギリの距離と言える。
さらに馬車の中にいたため、耳のいいコーンの方が先に気付いたのかもしれない。
コーンの耳恐るべし!
距離と数をコーンに伝えると、一つ頷いて、冒険者たちは走って行った。
とりあえず馬車は、街道沿いの木陰に停めている。
涼は箱馬車の屋根の上、ウィリー殿下とロドリゴ殿は箱馬車の中で待機した。
涼がパッシブソナーで見ていると、しばらく様子を見ていたらしいコーンらが、集団に突っ込んだ。
だが、涼が気になったのはそこではない。
(微妙な距離に移動してきたこの五人は……何だ?)
争っている現場から、二百メートルほど離れた場所に、五人移動してきたのである。
だがその五人は、そこからは動いていない。
様子を見ているのかもしれない。
(関係ない人たちが見に来たのか? 様子をうかがっている? その可能性はあるよねぇ。面倒ごとには首をつっこみたくない、という人はいるだろうし)
そうこうしている間に、決着がついたようであった。
冒険者六人は全員無事。それ以外に、二人生きている。
「殿下、みんなが戻ってきます。それ以外に、二人ほど生き残りを連れてくるようです」
「そうですか! 皆が無事でよかったです。それに救えて……」
そこまで言うと、ウィリー殿下の声はとても小さくなった。
「殿下?」
「リョウさん。私の判断は間違っていたのでしょうか」
人を救うためとはいえ、部下たちの命を危険にさらした。
そこが気になっているのだろう。
「殿下、こういう問題に正解はありません。ある時にはそれが正しいでしょうし、別の時には非難されることにもなるでしょう。ただ、ご自分で決断を下したのであれば、その責任を最後まで引き受ける御覚悟だけは、持っていなければなりません。それと、もしもの事が起きた場合の行動も想定しておくべきです」
「もしもの場合?」
「はい。今回の件で言うなら、もしコーンさんたちが死んでしまった場合、どうするのか? 国に残っている遺族などへの、様々なことがありましょう? あるいは、大怪我をしてしまった場合は? 彼らを置いて王都に行くのか、怪我の具合次第で残していかざるを得ない状況もありましょう。あるいは……助けた者たちが追われる者たちであった場合……以前の殿下のようにです」
それを聞くと、ほんのわずかにウィリー殿下の身体が強張った。
なぜウィリー殿下が狙われたのか、あの後、涼は説明をした。
暗殺教団の首領は、その血を欲したのだと。
怯えることは無かったが、それでも明確に自分の身体を狙われたショックは、そう簡単には消えないものだ。
涼は、それを理解したうえで、このたとえ話をしている。
これは、ウィリー殿下が乗り越えるしかないことだから。
「追われる者であった場合、どうするのか。この場で追ってくる者たちを倒せればいいですが、この後も狙われ続けた場合、どうするのか。いろいろと考えるべきことはあります。これから先は、それを考えたうえで、判断できるようになるといいかと思います」
「大変そうです……」
「もちろん大変です。すぐに出来るものではありませんので、少しずつやるのがよろしいかと思います」
起きるかもしれないケースを予測したうえで、判断を下す。
どんな世界、どんな場面、あるいはどんな職位の者であっても、必ず経験することだ。
ウィリー殿下はまだ十六歳と若いが、若いうちからその経験をしておくのは悪くない。
涼はそう思っていた。
コーン率いる六人の冒険者、それに二人がもうすぐ涼たちの目の前に現れそうになった時、それまで止まって様子見をしていた五人が動き出した。
コーンたち八人を追うように動く。
涼は箱馬車の上に立ち上がり、八人を視界に捉えた。
助け出した二人は傷を負っており、はやくは走れなさそうである。
「<アイスウォール8>」
追ってくる五人から攻撃された場合でも、死なないように氷の壁である。
森の中では、弓矢であろうが魔法であろうが、遠距離攻撃は非常に難しい……だが不可能というわけではない。
転ばぬ先の杖だ。
先に手を打っておくに如くはなし。
そして案の定、五人の場所から二本の矢が放たれた。
矢は弾道を描き、救い出された二人の首に……、
カキン カキン
刺さる前に氷の壁に弾かれた。
驚いたのは狙われた二人。
すぐ後ろで、何かが硬質な物に当たる高い音が聞こえたのだから。
慌てて振り向き、地面に落ちた矢を見る。
「こっちへ!」
そこに、箱馬車の上に立った涼が叫んだ。
二人は一瞬の躊躇も見せずに、馬車の方へ向かってきた。
ほぼ同時に、コーンたちも馬車の前に着く。
「リョウ?」
「全滅させた相手とは違う者たちが、五人、まだ潜んでいます」
コーンの問いに、涼は答えた。
その涼の答えには、コーンと冒険者、追われた二人、そして馬車の中にいるウィリー王子とロドリゴ殿も驚いていた。
「先ほど放たれた矢は、距離二百メートルから、正確に二人の首筋への着弾コースでした。恐ろしいほどの腕前です」
「二百メートルで首にって……そんなの、国でトップレベルの弓士だぞ……」
コーンが首を振りながら言う。相当に難しい射撃だ。
敵が動いた。
「二人ずつ、左右に分かれて展開。近付いて来ます。一人だけ、先ほどの地点から動かず。氷の壁で迎撃します。全員、馬車の周りへ」
涼がそう言うと、八人とも馬車に背を預けるように立つ。
馬車の窓から、ウィリー殿下が顔だけ出している。
「コーンさん、支援します。他は守りで。<アイスウォール10層パッケージ>」
馬車の周りを、コーン以外の全方位を、氷の壁で囲む。
「お前ら、その二人を守れ」
コーンが、残りの冒険者に指示を飛ばす。
追ってくる者には、自分一人で対処する気だ。
守りは万全。
あとは……、
「右から来る二人は、僕が足止めしますので、左から来る二人を、コーンさんお願いします」
「おう、わかった」
涼の指示に、コーンが答える。
(知らない二人もいるし、あまり派手じゃない魔法がいいでしょう。そうなると、やはり、あれですね! まずは足止め <アイスウォール>)
「なんだ? 見えない壁が……」
右手の方から、困惑した声が聞こえてくる。
アイスウォールで囲って、移動不能にしたのは成功したらしい。
まずは、左の二人。
「来ます!」
涼の合図に、コーンが得物を構える。
追手の二人は、雄叫びをあげながら突っ込んできた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁ……うおっ」
だが、もう少しでコーンの前に到達する辺りで……滑った。
(<アイスバーン>)
「うりゃぁぁぁ……ぶへっ」
突っ込んできたもう一人も……滑って転ぶ。
コーンは、一瞬、何が起きたか理解できなかったが、男たちが転がったのを見て、ほとんど反射的に動いていた。
近付いて行き、頭を蹴飛ばして気絶させる。
起き上がろうとしていたもう一人も、頭を蹴り上げて意識を飛ばす。
「次、右からの二人が来ます!」
間髪いれずに、涼からの指示が飛ぶ。
「おう、任せろ!」
コーンは馬車の右側に移動し、再び剣を構える。
(<アイスウォール解除>)
それと同時に、突っ込んでくる追手の二人。
「シャァァァァ……ぬあっ」
同じようにコーンの前で滑って転ぶ。
そこに、今度は待っていたかのようにコーンの蹴りが炸裂する。
「おりゃぁぁぁぁぁ……ちょっ」
最後の一人も、滑って転んで蹴り上げられて……戦闘は終了した。
(そういえば残ったままの一人は……いつの間にかいなくなっている)
涼の<パッシブソナー>の範囲内には、すでにいなくなっていた。
「突っ込んできた四人、全員近接戦の装備なのですけど……残った一人が弓士で、一人で高速の連射、しかもどちらも精密射撃、ということなのでしょうか……」
「お、おう……だとしたら、とんでもねえ腕だな、その弓士は」
涼が四人の装備を見ながら言うと、コーンがそれに答えた。
馬車に備え付けられていた紐で、四人を縛る。
その間に、涼は街で購入しておいたポーションを追われていた二人に渡した。
「感謝する」
「ありがとう」
二人二様の感謝の言葉である。
そうこうしている間に、ウィリー殿下とロドリゴ殿も馬車から降りてきた。
まず、ロドリゴ殿がウィリー殿下を示して口を開く。
「こちらは、ジュー王国王子、ウィリー殿下である」
それを聞いて、助けられた二人は大きく目を見開いて驚く。
身なりの良さから、貴族の子息であろうとは思っていたが、まさか王子であったとは……そんな表情である。
「じ、自分はマシュー、こっちはルーカです」
二人はそう言って、ウィリー殿下に頭を下げる。
それを受けて、ロドリゴ殿が、涼を含めた護衛と冒険者を紹介した。
とりあえず、それぞれの自己紹介は終わった。
そうなると、当然、「なぜ戦っていたのか」である。
そう聞かれると、マシューは、ルーカの方を見た。
その視線を受けて、ルーカは一度頷いた。それを確認して、マシューは口を開いた。
「実は、我々はハンダルー諸国連合に囚われていた、このルーカを救出する部隊でした」
『囚われていた』『救出』、恐ろしいほどの厄介ごとに巻き込まれた……リョウは人知れずため息をついた。
ロドリゴ殿とコーンらも、そう感じたであろうが、表情には一切出さないあたり、さすがに鍛えられている。
「王都に向かっていたのですが、追手を掛けられ、ついに私一人に……」
(王都……ということは、王国から見た場合、犯罪者というわけではなさそうです)
涼は心の中でそう考えていた。
ハンダルー諸国連合にとっては犯罪者……なのかもしれないが、ナイトレイ王国にとっては、少なくとも王都に入ることが出来る人間ではあるのだろう。
「ちょっとロドリゴ殿」
そう言って、コーンがロドリゴ殿と、少し離れた場所で話し始めた。
この二人をどうするか、という相談であろう。
護衛と考えれば、多いに越したことは無い。
暗殺教団の襲撃は無くなっているが、襲撃者は教団だけではないからである。
ただ、外国から追手を掛けられるような者たちであるのも事実なのだ。
抱え込めば厄介なことになる可能性はある。
ここから王都に向かって二時間ほど歩けば、次の街ストーンレイクがある。
そこから王都クリスタルパレスまでは、二日の旅程。
(どっちもどっち、となると、ウィリー殿下の気持ちを考えて、二人を連れて行く、ということになるのかな)
涼はそう考えていた。
そして、ロドリゴ殿とコーンが二人に提案したのも、王都まで同行しないかということであった。
「それはもちろん、我々としては有り難いですが……」
「自分らは追われています。また追手を掛けられる可能性も……」
マシューとルーカは、提案を有り難いと思いながらも、懸念されることを言った。
「そうなったらそうなった時に考えましょう」
ロドリゴ殿はそう提案し、ウィリー殿下は嬉しそうに頷くのであった。




