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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0119 イラリオン

アベルは、居酒屋『溺れる者は酒に溺れよ』を出て三人と別れた所から、尾行されていることに気付いていた。


(俺を尾行するのはいいけど……あの三人、大丈夫かな)

別れた三人の心配である。

錬金工房に戻るケネスを、二人が送っていくと言っていたが……。

(さすがに『男爵』に危害を加えることは無いと思うがな)


錬金術師ケネス・ヘイワードは、男爵位を持つれっきとした貴族である。

貴族への襲撃は、その刑罰は驚くほど重くなる。

そう考えると、襲われる可能性は低いとは思うが。


残りの二人は……なんとかするだろう。

アベルは、あまり深刻には考えていなかった。



アベルが探っていた三人、騎士団長バッカラー、侍従長ソレル、財務卿フーカ。

いずれかの手の者であろうか。


尾行してくるのは、三人。

(最初は五人いたはずだから、向こうに二人行ったのか。こっちに三人ということは、やはり狙いは俺ってことだよな)


アベルは大通りから逸れ、さらに裏路地に入っていく。

この辺りは、若い頃からよく遊びまわった地域であり、十年近く経っても身体が道を覚えていた。



数分後。

路地の陰影、なぜか道の途中にある壊れかけの扉などを利用した神出鬼没のゲリラ戦によって、アベルは全く無傷のうちに、三人の意識を奪うことに成功した。

ちなみに、男性二名、女性一名の構成であった。


「さて……」


アベルはそう言うと、指笛を鳴らしてしばらく待つ。


一分ほどで、大きな影がやって来た。

「悪いなウォーレン、こいつらを一緒に運んでくれ」

ウォーレンは頷くと、男性二名を左右肩の上に担ぎ上げた。

アベルが、残った女性を担ぎ上げる。


路地を二回曲がると、そこは『王国魔法研究所』、別名『イラリオン邸』の前であった。

「地下の実験場、あそこに連れて行って尋問しよう」

アベルはそう言うと、ニヤリと笑った。




男は目を覚ました。

そこは、だだっ広い空間で、中央の椅子に、男は座らされていた。

手も足も椅子に縛り付けられ、全く動かすことが出来ない。


「くそっ」

尾行していたはずだった。

だが、気付いたら、対象が後ろから現れ、一撃で意識を刈り取られていた。


「あんな手練れだなんて聞いてねえぞ」

だが、いまさら言っても遅い。

三人で一人を襲ってさらう。

正直、余裕だと思っていた。

問題はさらった男の輸送手段くらいだと……。


だが現実は違っていたのだ。



「どうすりゃいいんだ……」

「全部吐けば楽になるぞ」

男の呟きに、想定外の反応が返ってきた。

その声を聞いて、男はギョッとした。

周りに人がいる気配が無かったからである。


そして聞こえてきた声は、襲撃するはずだった若い男の声ではなく……年老いた男の声だったのだ。

声の主と思われる老人が近付いて来て、男が認識できる距離にまでなった。


「まさか……イラリオン……」


男が呟いた瞬間、老人は一気に距離を縮め、持っていた杖で男の頭をポカリと叩いた。

「痛っ」

「様をつけんか、様を。イラリオン様、じゃ。全く、最近の若いもんは礼儀がなっちょらん」

プンスカと擬音をつけたくなるように怒るイラリオン。


それを見て、再び呆然とする男。


そして男は呟いた。

「なんでこんな大物が……」



イラリオン・バラハ。

ナイトレイ王国筆頭宮廷魔法使い。

『王国の強力な魔法使い』と言った場合、真っ先に名前が挙がる人物が、このイラリオン・バラハであろう。

ただし、あまり表に出ることはないため、顔はそれほど知られていない。

だが、この尋問されている男は、顔を見ただけでイラリオンだとわかったのだ。



「ふむ。わしが大物であることは分かっておるのか。お主が襲撃しようとした者は、その大物と密接な繋がりのある人物じゃったということじゃよ。悪いことは言わぬ、知っていることを全部吐いた方がよいぞ」


イラリオンはわざとらしく、杖で掌をポンポンと叩く。


「くっ……依頼人を裏切ることなど出来るか!」

男はそういうと、そっぽを向いて、口を閉じる。



「ふむ……お主、わしをイラリオンと知ってもその態度とは……魔法を甘く見ておるんじゃないか?」

「ど、どういうことだ」


「わしはこう見えても、王国一の魔法使いと呼ばれておる。王国一の魔法使いが振るう魔法……それを、お主は椅子に縛り付けられた状態で、その身に体験することになるのじゃぞ。ここから出た後、五体満足でいられると思うのかな?」

イラリオンが脅すと、さすがの男も歯をカチカチ鳴らしながら、顔が真っ青になる。


「ひ、卑怯だぞ! この縄を解け!」

「なんじゃ、縄を解けば、わしは存分に魔法を放って良いのか? お主の身体はそれで大丈夫なのか?」


イラリオンは余裕の表情。

自分の高名さを存分に使って脅す。年の功であろうか。


「それ、まずはお主の名前から言ってみてはどうじゃ?」




イラリオンが、休憩に自分の執務室に戻ると、なぜかそこでは女子会が開かれていた。


「あ、師匠、おかえりなさい」

イラリオンに最も早く気付いたのは、リンであった。

「う、うむ……お主ら三人で……何をしておるのじゃ?」

そう、そこには女子が三人いたのである。


リン、リーヒャ、そして知らない子。



なんとなくだが、リンとリーヒャに尋問を任された、襲撃者の一人の様な気がする。

イラリオンはそう思った。


「お茶会です。あ、こちら、王都のC級冒険者のオリアナさん。さっきの襲撃は、財務卿の部下からの依頼だったらしいです」

リーヒャがそう言うと、紹介されたオリアナが立ち上がった。


「お、オリアナです。ご高名なイラリオン様にお会いできて嬉しいです」

そういうと、思いっきり頭を下げた。

「う、うむ……。まあ、ゆっくりしていきなさい」


イラリオンは、そう言うのが精一杯であった。



自分が、あれほど苦労して手に入れた情報を、この子たちは簡単に手に入れてしまっていたのだ……。

しかも自分は、襲撃者を一人残してくるために、わざわざ気絶させてからここに来たのだが……なぜかここでは、お菓子によって襲撃者の一人を情報提供者として取り込んでいるのである。


なんとか意思の力で、膝から崩れ落ちることだけは我慢したが、その身を襲ったのは、えも言われぬ敗北感であった。



そのわずか三十秒後。

別の男の尋問から戻って来たアベルは、先ほどのイラリオンと同じような報告を聞き、そのまま膝から崩れ落ちたのであった。




「えっと、私たちは、王都の冒険者ギルドに所属するC級パーティー『明けの明星』です。今回のは、当初、ギルドを通した正式な依頼として引き受けました。さる御方の護衛と、不審人物の排除となっていました」

アベルに促されて、オリアナが説明する。

「それで、今夜、不審人物の居場所が判明したので、拉致してこいと言われ……」

「それで俺の後をつけたのか」

「はい……」

さすがにうつむきがちに返事をするオリアナ。


「俺と別れた三人にも、尾行をつけただろ」

「はい。あっちは、どこの誰なのかを確認のために尾行しているだけです」

向こうの三人に危害は無さそうだと聞き、アベルは安心した。

「本当に申し訳ありませんでした。財務卿様直属の補佐官からの依頼と指示だったので、頭から問題ないと思い込んでいました」

そう言うと、再びオリアナは頭を下げた。


国の中枢からの依頼である。

疑えというほうが無理であろう。

その難しさは、似たような依頼を、これまでに何度もこなしたことのある『赤き剣』の三人共、理解できた。

そのためであろうか、オリアナたちを責める者は誰もいなかった。



アベルを襲撃した黒幕は分かったが、拉致をする詳しい理由までは、オリアナたちは知らされていないらしい。

だが、アベルの中で、財務卿フーカへの印象が、一気に黒くなったのは事実である。


「これは……俺が捕まって、潜入するしかないだろうな」

アベルがぼそりと呟く。


それに反応したのは、やはりリンとリーヒャであった。

「はいは~い、それははんた~い。アベルの身が危険すぎます~」

なぜか語尾を伸ばしながら反対を主張するリン。

「私も反対。アベル、前回『潜入』した結果、どうなったか覚えてないの?」

「え?」

「前回の潜入、密輸船に潜入して……アベルは流されたのよ? もしリョウがいなかったら、アベルは死んでるんだから!」


そう、アベルは密輸摘発の依頼で、密輸船に潜入したのだが、予定より早く船が出港したのである。

しかもその密輸船は、嵐に遭い、さらにはクラーケンにも襲われ、ロンドの海岸に打ち上げられたのだ。

運良くアベルだけはまだ生きていたが、それとて、涼がすぐに回収しなければ、他の死体同様に再び海中に引きずり込まれていたに違いない状況であった。


前回の『潜入』がそんな感じであったために、リーヒャが感情的に反対するのは、アベルにも理解できる。


とはいえ、他に有効な方法も思いつかない。

今回は陸上だし……という説明は何の慰めにもならないために言うべきではないし……アベルは何とはなしにイラリオンの方を見た。



「なんじゃ、爺の知恵を借りたいか?」

イラリオンは、何か自信ありげに答える。

言い方はムカつくが、アベルは他の手段が思い浮かばない。

「爺さん、何かいい方法があるのか?」

「要は、アベルが行方不明にならず、身の危険も回避できればいい、そういうことじゃろう?」



そういうと、イラリオンは立ち上がり、戸棚に向かった。

そこから持ってきたのは、親指大の球と、掌二つ分ほどの大きさで、厚さが五センチほどの鉄製の箱であった。

箱の表面には、短針のみの時計の様なものが埋め込んである。


「さる錬金術師が作った、追跡装置じゃ。この球を持っている者を、こっちの箱で探ることが出来るらしい」

そういうと、イラリオンはほんの少しだけ球に魔力を流す。そうすると、球は一瞬だけ輝き、すぐに光を失った。

だが、同時に、鉄製の箱の時計部分が光を放ちはじめ、短針が球の方を向く。

そして、時計部分の光が、かなりの速さで明滅し始める。

涼がここにいれば、「発信機か!」と叫んだことであろう。


「この短針で方向を、点滅のスピードで距離を表すそうじゃ。風魔法の<探査>を使っておる。ほれ、ダンジョンを調べた時に使ったであろう? 残留魔力検知機。あれに使っておる仕組みらしいぞ。ただ、その箱の方、受け取る方を小さくするのが大変じゃったらしいがの」

そういうと、イラリオンは球を指で弾いた。

すると、その音が箱の方から聞こえる。

「特筆すべきは、この球が拾った音を、箱の方に送るということじゃ。これで、何が起きているのか、箱を持つ者たちにも理解しやすいというものじゃな」

涼がこれを見れば、「盗聴器か!」と言ったに違いない。



イラリオンは箱を机に置き、球をアベルに渡す。

「凄いな。錬金術は、こんなものまで作れるようになったのか……」

アベルが呟くように言う。

「ほっほっほ。それを作った奴が天才なだけじゃよ。王都広しと言えども、錬金術師の天才は二人しかおらんわい」

アベルの呟きに、イラリオンが笑いながら答える。


「もしかしてその片方って、ケネスとか言う名前か?」

「ほぅ。知っておるか。いかにも、ケネス・ヘイワード男爵じゃ」

アベルの問いに、大きく頷いて答えるイラリオン。


「この……王都の冒険者たちの片割れが追って行ったのが、その男爵だ」

アベルは、椅子に座って小さくなっている王都のC級冒険者オリアナを見やった。

「なんと……。国王陛下が手ずから叙任された男爵を追って行ったのか……。それは上に知られるとまずいことにならんかのぉ」


イラリオンはわざとらしく言ったが、言われたオリアナは顔を真っ青にしている。


いくら財務卿の部下の命令とは言え、国王陛下が叙任された貴族……そこに手を出せば必ず国王陛下の知るところとなる。

誰が、国王陛下に睨まれた一介の冒険者風情を守ってなどくれるだろうか。

パーティーもろとも切り捨てられるのは目に見えている。


そんなオリアナの方を、イラリオンは見た。

「のう、お主らが、協力してくれるのであれば、わしがとりなしてやっても良いぞ」

「ほ、ほんとうですか!」

イラリオンの提案に、オリアナは飛びつく。

「もちろんじゃ。この、イラリオンの名にかけて誓おう。どうじゃ、協力してくれるか?」

「はい、もちろんです!」

そう言うと、オリアナは何度も何度も頷いた。


そんな二人のやり取りを見やるアベル。

この爺さん、やっぱり喰えねえ……アベルの目は、そう語っていた。



イラリオンとアベルは、地下の尋問室(仮)に移動していた。

そこには、イラリオンが気絶させた『明けの明星』のメンバーが……いたのではあるが、すでに気絶から覚めていた。


「なんじゃ、もう起きておったのか。はやいのぉ」

「貴様、いきなり気絶させやがって! この拘束を解きやがれ!」

「解けと言われて解くわけがなかろう」

そんな口論を、アベルは我関せずと見ている。


そうしていると、リーヒャとリンが、オリアナを連れて入って来た。

「オリアナ! 大丈夫か? 酷い事されてないか?」

拘束された男は、それまでのイラリオンと口論していた姿とは打って変わって、オリアナを気遣う。

「ヘクター、私は大丈夫」


そして、捕まった『明けの明星』最後の一人が、ウォーレンに担がれて運ばれてくる。

「アイゼイヤ……」

ヘクターと呼ばれた、イラリオンに気絶させられた男ができたのは、辛うじて名前を呼ぶことだけであった。

ウォーレンに担がれて入って来た『アイゼイヤ』は、頭だけは出ていたが、それ以外は紐でグルグル巻きにされた、良く言ってミノムシにしか見えなかったからである。


最初から、ウォーレンに担がれて運ばれること前提の拘束であった。




「さて、王都のC級パーティー『明けの明星』の諸君。リーダーのヘクター、オリアナ、アイゼイヤの三名じゃな。お主らが財務卿の部下に雇われておったことは既に分かっておる。おっと、自己紹介をいちおうしておこう。まあ、言うまでもないと思うが、ナイトレイ王国筆頭宮廷魔法使いである、イラリオン・バラハじゃ」


そして、アベルの方を指さして続ける。

「お主らが攫おうとしておったこの者は、ルンの街のB級パーティー『赤き剣』のアベルじゃ」

イラリオンは、アベルの正体を明かした。


「B級……」

「どうりで……」

「むぐぐ……」

約一名、身体が紐でミノムシなだけでなく、口の周りも猿ぐつわを噛まされているようだ。


「さて、お主らが直面しておる問題はじゃ……」

ここでわざとらしく一呼吸入れて言葉を区切る。

「問題は、大逆罪の疑いのある財務卿に加担したという事実じゃ」

その言葉は強烈であった。

三人ともが、頭を何かに殴られたかのようにぐらりと揺れ、倒れそうになる。


『大逆罪』とは、王室への反逆の罪であり、王国においては、『国家反逆罪』よりも罪が重くなることすらある。

ほぼ、死罪か無期懲役しかない。

それに加担したとなれば、彼らに科される量刑も死罪か無期懲役……。


「そんな……」


ようやく、絞り出すように声を出したのはリーダーのヘクターであった。


「とは言え、何も知らずに協力させられた挙句、使い捨てにされようとしているのを見るのは、あまりに憐れ。もし、わしらに協力するのであれば、国王陛下にとりなしてやろうと思うが、どうかな?」

「そ、それは本当なのか」

ヘクターが応える。パーティーリーダーということもあり、最も責任感がありそうである。

「無論じゃ。この、イラリオン・バラハの名において誓おう」

イラリオンは大きく一つ頷いて答える。


ヘクターは、オリアナ、アイゼイヤの方を確認する。二人とも小さく頷く。

「わかった。イラリオン……様の恩情にすがろうと思う」

それを聞いて、イラリオンは満足そうに微笑むのであった。



「そうであった。もう一つお主らに伝えておかねばならん。お主らの片割れ、二名が別の者を追って行ったな?」

「ああ、追って行っている」

イラリオンの質問に、ヘクターが答える。


「その中の一人は、国王陛下自らが叙任されたケネス・ヘイワード男爵じゃ。れっきとした貴族であり、しかも陛下自らの叙任となれば、何かすると大変なことになる」

「あ、あの二人にさせたのは身元の確認だけだ! 決して、陛下の貴族にどうこうしようとの意図はない!」

ヘクターが必死に叫ぶ。


「うむ。それが事実であることを祈るのみじゃ。さて、お主らに協力してほしいのは、このアベルが潜入するのを手伝ってほしいということじゃ」

「潜入?」

イラリオンの説明にヘクターが首をかしげる。

「先ほど言った通り、財務卿の大逆の証拠を掴むためじゃ。さすがに国の重鎮、しかも大逆ともなれば、いくつもの証拠が必要になるでな。お主らは、計画通りアベルを捕まえて、財務卿の部下の元へ連れて行く。基本的にそれだけじゃ」

「それだけ?」

ヘクターが拍子抜けしたように答える。


これだけ脅されたのだ。

そうとうな無理難題の協力をさせられるのではないかと身構えていたのだが、提示されたのは当初の予定通り、捕まえて連れて行くこと。

「うむ。協力してもらえるな?」

「ああ、わかった。二言は無い」


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