0012 耕す……?
なんとか家に戻ってきた涼。
カイトスネークの死体は、凍らせて貯蔵庫に入れた。
蛇を食べたいとは思わない。
例え、「淡白でけっこう美味しいんだよ~」と、東南アジア帰りの大学の友人に言われたとしても、食べたくはない。
ただ、何らかの素材としては使える可能性があるし……そう、蛇皮の財布とかバッグとか、地球でも見たことがあるし……。
「鞄……まあ、麻袋でもあんまり問題ないんだけど……何より、糸とか紐が無いんだよね。紐の代わりは蔦でやれるけど、服に蔦を使うのもねぇ」
『衣』に関しては、未だ非常に難しいスローライフinロンドの森。
『食』は、イチズクだけではなく、まるでリンゴな『リンドー』も今回の遠征で手に入った。
念願の、新たな果物である。
スローライフを送るのには、食の充実は大切!
「それにしてもカイトスネークに出くわすとは……あれはヤバかった」
毒を使う魔物に遭遇したのは、涼は初めてだった。
『魔物大全 初級編』には「毒液を吐く」としか書いてなかったのだが、まさかあれほど広範囲の、言わば毒霧を吐いてきたのは完全に想定外であった。
「散水用に作っておいた<スコール>が戦闘に役立った……ホント、何がどこで役に立つかわからないね」
空中に散布されたカイトスネークの毒を地面に落とし、流し去った水属性魔法<スコール>は、ジョウロでの水やりが元々のイメージだ。
まあ、ちょっと水の勢いと量が多くて、範囲が広いけれども。
その散水の対象は、以前とって来たイチズクを移植したもの。
森に入っていけば実がなっているのだが、ふと夜に食べたくなったりしたときに、庭になっていたらいいよねぇ……そんな軽い気持ちで植えてみただけだったのだ。
もちろん農薬も、化学肥料も、そして有機肥料も使わない自然栽培!
だって、その方が美味しいから。
決して、それらどれもが手に入らないからではない! ないったらない!
生産量を追求するのならば、大量の施肥というのは良い方法なのかもしれない。
だが、スローライフなら……そこまでの必要はないのだ。
しかし、遅々として進まない『食』の分野もあった。
稲である。
蒔いたり食べたりするための『籾』状態のお米は、かなり大量に保管してある。
全て、北の森の湿地帯で手に入れてきたものだ。
だが、涼が行いたいのは稲の改良。
そのためには、水田を作る必要がある。
必要があるのだが……例えば土属性魔法が使えれば、『耕す』というのを魔法でできるのかもしれない。
それが無くとも、鍬を作り、自力で耕すということはできるであろう。
しかし涼には水属性魔法しかない。
「土属性魔法も無く、鍬の様な農具も無く、農耕馬なども無い状態からの開墾……」
成功する絵が全く浮かばない。
とりあえず、なんとなく、水田候補地にアイシクルランスを撃ち込んでみる。
「<アイシクルランス2>」
微妙だ。
「空から落とそう。<アイシクルランス128>」
二十メートル上空に発生させた一二八本のアイシクルランスを、自由落下で水田候補地に落とす。
ズサズサズサ
突き刺さった。
「あ、うん……突き刺さる……だけだよね……。突き刺さった後に、破裂したりしないかな……」
突き刺さったうちの一本に対して爆発するイメージを……、
「その前にガードしておかないと」
結界内の、言わば庭ということもあり、アイスアーマーすら身に纏っていない。
「<アイスウォール5層>」
最も堅牢なもので、爆発(予定)物と自分の身体とを隔てる。
元々アイスウォール自体は透明なために、作業には支障はない。
改めて……突き刺さったアイシクルランスの一本に対して爆発するイメージを頭の中に浮かべる。
バキン。
爆発……というより、氷が砕けて周囲に飛び散った。
「これじゃあ耕せない……」
二本目のアイシクルランスには、もっと細かい氷の結晶に分かれて爆発するイメージを頭の中に浮かべる。
トシュン。
再び氷は砕けて周囲に飛び散ったが……先ほどよりも砕け散った氷の粒一つ一つは小さかった。
「やっぱり耕せそうにない……」
氷を破裂させる、というのがダメなのだろうか。
破裂というより、やはり欲しいのは『爆発』なのだ。
「水の爆発と言えば、水にナトリウムを入れると爆発するあの実験だよねぇ。でも、それはこの場合現実的じゃないし。そうなると、水蒸気爆発……?」
水蒸気爆発とは、マグマの様に高温な物質と、地下水などの低温な物質が接触すると、一瞬で水が水蒸気となり爆発する現象だ。
水は水蒸気になると体積が約一七〇〇倍に膨れ上がることから『爆発的に』現象が起こる。
「でも高温な物質が無いよねぇ。いや、むしろ、アイシクルランスそのものを瞬間的に水蒸気にしてしまえば、水蒸気爆発と同じような現象になるんじゃないかな」
最初に水をお湯にした時のように、水分子H₂Oそのものの振動数を増やすイメージだ。
振動数を増やしていけば物質の温度は上がる。
百度を超えると水蒸気に……。
水蒸気にさらに熱を加えると、百度を超える水蒸気、過熱水蒸気と呼ばれる状態になる。
地球では『過熱水蒸気オーブンレンジ』なども市販されている。
そういう意味では、ごく一般的な現象なのだろう。
刺さったアイシクルランス一二六本全てで試してみたが、全然爆発などしなかった。
一見、涼の水蒸気爆発は上手くいきそうな気がするが、残念ながら根本の認識も間違っているために、水蒸気爆発のようなことは絶対に起きない。
涼の化学的知識など、その程度のものだ。
そもそも、『爆発』という現象そのものが、圧力が急激に発生あるいは、圧力が急激に解放される結果、起きる現象なのだ。
氷だと……う~ん。
 





