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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
129/930

0118 ケネス・ヘイワード

アベルが報告を読んでから、数日後。



「これはどういうことですか!」



王都、東門に近い位置にある王立錬金工房設計室で、声が上がった。

「主任、書いてある通りです……」

主任と呼ばれた男の怒声に、部下が答える。

もちろん、部下を叱責しているわけではないことは分かっている。

理不尽な書類への怒りだ……。



「『ヴェイドラ』の開発費支給を一時凍結……」

「はい……」

主任は、絞り出すように読み上げ、部下も無念な表情で頷く。


「彼らは分かっているのですか! この『ヴェイドラ』こそが、圧倒的に劣勢な対帝国戦での切り札になるものだということを!」

「主任……」

堪らず、再び声をあげる主任と、どうしようもないですという顔で答える部下。


「そもそも、この開発は国王陛下直轄事業なのに!」

「ですが、昨年、内務卿直轄に移管されましたし……」

部下の冷静な指摘に、ぐむむという表情になる主任。


「わかっている……わかっているが……」

主任と呼ばれた男は、顔をしかめながら呟く。



そして、おもむろに立ち上がった。

「内務省に行ってくる!」

そういうと、主任研究員ケネス・ヘイワードは設計室を飛び出していった。




「閣下、王立錬金工房主任研究員のケネス・ヘイワード男爵が、至急のお目通りを願っておりますが」

「通しなさい」

内務卿ハロルド・ロレンスは、取次にそう答えた。



執務室に入って来ると、ケネスはすぐに口を開いた。

「閣下、主任研究員のケネスです。本日は、『ヴェイドラ』の開発費を一時凍結する、という通達を聞いて、まかりこしました」

「ヘイワード男爵、もちろんこちらから説明しようと思っていたところでした。まあ、そちらの椅子にどうぞ」

そう言うと、ハロルドは、自ら応接セットの方に移動し、ケネスの向かいに座る。



「閣下、『ヴェイドラ』の開発は、我が国の防衛の、喫緊の問題を解決する、最も重要な手段です。正直に申し上げまして、『ヴェイドラ』無しでは、あの帝国には太刀打ちできません」

「男爵、私もその通りだとは思いますが、それはあまり大きい声では言わない方がいいですよ。特にこの王城ではね」

「あ……」


さすがに、騎士団や魔法団のメンツを、正面から潰してしまう言葉であることをケネスも気付いたのである。


「男爵のおっしゃりたいことはよくわかります。そして私もその通りだと思います。ですが、政権中枢にも、その辺りを理解できない方がいらっしゃいます……。今回の凍結は、開発費をロー大橋の復旧費用に回すためなのですよ」

「ロー大橋……」


ケネスも、ロー大橋が崩落し、南部と東部間の交通や流通に支障が出てきているのは知っていた。

また、その巨大さから、大橋の復旧に多額の費用が必要となることも理解していた。



だが、それでも……。



「そう、だが、それでも、国防は大切です。『ヴェイドラ』の開発が急がれるのは、そのためでもあります。ですが、申し訳ありません、私の力不足で、今回は涙を呑んでいただかざるを得なくなりました」

そういうと、ハロルドは頭を下げた。


さすがに、内務卿であり、伯爵位を持つハロルド・ロレンスに頭を下げられれば、いくら貴族に成りたてのケネスでも、その意味の重大さは理解できる。


「いえ、閣下、面をあげてください。私も興奮しておりました。申し訳ありませんでした」

「ああ、男爵、わかっていただけましたか」

ケネスも頭を下げると、ハロルドは笑顔を浮かべてその両手をとった。


「あと閣下、確認なのですが、例の魔石、二個目の購入までは予算は通っているのですよね?」

「ええ、あのワイバーンの魔石ですよね。二個目、購入に成功しました。ただ、もう、それで最後だそうですよ。一カ月以内には、ルンの街から送られてくることになっています」

ハロルドの答えを聞き、ケネスは喜んだ。



二個目を確保できただけでも良しとしよう。

これまでどうしても解決できなかった、出力の小ささの解決の目途が、これで立ったのだから。

「わかりました。今日はありがとうございました。これで失礼いたします」

そういうと、ケネスは内務卿執務室を後にするのであった。



その後ろ姿を、名状しがたい光をその瞳にたたえて、ハロルド・ロレンスは見送っていた。




「お、ケネスじゃないか、久しぶりだな!」

内務省を出たところで、ケネスは後ろから声をかけられた。


「おいザック、ケネス・ヘイワード男爵だぞ。だ・ん・しゃ・く! 俺ら、次男で貴族位を継げない奴らとは違うんだから。ちゃんと礼儀をわきまえろよ」

「おっと、そうだったな。これは、ケネス・ヘイワード男爵閣下、ご無沙汰いたしております」

そういうと、ザックと呼ばれた男は、非常にわざとらしく、丁寧に一礼する。


「ザック……わざとらしすぎ。しかもそのネタ、ここ一年、ずっと言ってるでしょ……。だいたい、男爵とかいいよ、たまたま作った物が認められて爵位を貰えた、ただの成り上がり者だから」

ケネスは首を振りながら二人に近付いた。



ザック・クーラーとスコッティー・コブック。

どちらも貴族の次男坊であり、王国騎士団に所属する騎士である。

また、ケネスとは数年来の飲み仲間であり、非公式飲み会組織『次男坊連合』のメンバーでもある。

「俺らも成り上がりたいんだけどな」

「騎士団で給料もらえてるだけでもありがたいでしょ」

騎士ザックのぼやきに、騎士スコッティーがつっこむ。


「それにしても、ケネスが内務省に来ているとか珍しいな」

「そういえば、今、錬金工房は内務省の所管になっていましたっけ」

ザックが感想を言い、スコッティーが理由を推測する。


「ええ。ちょっと予算の事で文句があって……」

錬金術師ケネスは、ため息をつきながら言った。

「主任研究員ってのも大変なんだな」

ザックがケネスの肩に手を置き、うんうんと何度も頷く。



そして、ふと思い出したかのように言った。

「そういえばケネス、今、王都にアベルが来てるんだ。知ってたか?」

「アベル?」

「おう。俺ら『次男坊連合』の会長だ」

そういうと、ザックは大笑いした。


「そう言えば、私、『次男坊連合』に入らされてるけど、『会長』に会ったこと、なかった気がする……」

ケネスが首を傾げながら記憶をたどる。


「ああ、それは、アベルは辺境のルンの街で活動しているから。今回みたいに、たまたま依頼とかで王都に来ない限り会わないからね」

スコッティーがケネスの疑問に答える。

だが、ケネスの反応は二人にも想定外であった。



「ルン!?」

錬金術師ケネスは、時々反応が大きくなる。


「そういえば、ケネスはルンの出身だったね」

スコッティーが、以前ケネスから聞いた話を思い出して言った。


「よし! じゃあ、今夜は四人で飲もう! この三人にアベルを誘って。ルン繋がりでアベルとケネスで、積もる話もあるだろうし。それに、『次男坊連合』の会長に、一度は会っておかんといかんだろ」

ザックが勝手に飲み会を決める。


「え……」

「こらザック、アベルはそんなに暇じゃないと思うんだけど」

「ダメだったら俺ら三人で飲み会だな!」

勝手に決まった飲み会に、錬金術師ケネスが絶句し、騎士スコッティーが懸念を表明し、騎士ザックがプランBも立案する。


「パーッと飲んで、ケネスは憂さを晴らした方が良いぞ」

そう言うと、ザックはまた大笑いするのであった。




錬金術師ケネス・ヘイワードは、約束の時間十九時きっかりに、いつも『次男坊連合』が使う居酒屋に着いた。


『溺れる者は酒に溺れよ』


なかなかに特徴的な名前の店であるが、個室が充実しており、酒も旨いうえに料理も美味い。そのため、一部で非常に人気のある店である。

高貴な身分の者たちが飲んだり、あるいは品行方正を保たねばならないと言われている騎士の様な職業の者たちが楽しんだりするのに、個室は大切なのだ。



いつもの見慣れた女将が、指四本を立てて、四番テーブルに来てるよと教えてくれるのに片手を挙げて感謝しながら、ケネスは四番テーブルの個室の扉を開けた。


「おう、来た来た」

先に気付いたのは、ザック・クーラーであった。

もう一人のスコッティー・コブックは、メニュー表に見入っており、反応が少し遅れた。

「二人とも早いね」

「いや、ちょうど今来たところ」

スコッティーがメニュー表から顔をあげながら、答える。


ケネスが席に着くと、それとほぼ同時に、個室の扉がノックされる。

「お連れ様がいらっしゃいました」

女将さんがそう言うと、扉が開いて男が入って来た。

「ここって、三日前にも来たよな? ザック、スコッティー、三日ぶりだな」

入ってきたのは、ルンのB級冒険者アベルであった。




「今日は、次男坊連合の会長たるアベルに初お目見えの、連合会員にして、男爵位を自らの手で掴み、王都で天才錬金術師の名をほしいままにする、ケネス・ヘイワード男爵の顔合わせだ」

「錬金術で男爵位か。それは凄いな!」

「ザック、いろいろ盛り過ぎ……」

ザックの怪しげな前口上、アベルの素直な感想、そしてケネスの照れが入った反論。


「何を言うかケネス。我ら連合会員初の、そして現在唯一の貴族位だ。照れるようなことじゃないぞ」

なぜかザックが胸を張って答える。

「つまり、他の……十四人は、未だに誰も貴族位を掴めていない、ということだな」

「うむ、そうだ。アベルを含めてな」

アベルが確認し、それをザックが肯定する。そして二人は大笑い。



「まあ、とりあえず飲もうぜ。まずはビールでいいよな」

「エールじゃないのか?」

ザックの言葉に、首を傾げながらアベルが言う。


「ふっふっふ、アベルよ。今、王都の流行りは、『まずはビール』なのだよ。その後、ワインやエール、その他諸々に流れていくのだよ」

ザックが、右手の人差し指を一本立てながら、先生口調で説明をした。

「知らなかった……」

アベルは、時の流れを思い知ったのであった。




「三人は、三日前にもここで会ったのですよね?」

「そうそう。アベルが、もの凄い秘密な情報を渡せというから、ここでこっそりと渡したんだ。そんな暗い会合だったからな、『まずはビール』という始まりすら省略されてしまったんだよ……悲しい話だ」


錬金術師ケネスの問いに、騎士ザックが芝居がかって、非常にわざとらしく答える。


「なんだその、元凶は全てアベル、みたいな展開は……」

アベルが呆れた目でザックを見る。

「ケネスも気を付けた方が良いぞ。アベルは嫌がる奴からは力ずくで奪っていく、そんな奴だからな」


ザックがコソコソといった感じを出しながら、その実、普通の声量でケネスに言う。


「よしわかった。ザックは俺に喧嘩を売っているんだな。スコッティー、すまんが、ザックは元からいなかったと思ってくれ。今日を最後に奴の姿は消える」

「残念です。ザック、善い人を亡くしました……」

「いや、お前らが言うと、なんか冗談に聞こえないからやめてくれ」


アベルが脅し、スコッティーが肯定し、ザックが謝った。

それを見ていたケネスは大笑いである。




「そう言えば、アベルはルンの街の冒険者だとか」

「ああ、そうだ」

「こんななりだが、凄腕のB級冒険者なんだぜ」

ケネスが問い、アベルが応え、なぜかザックが威張って言う。


「実は、うちの家族もルンの街に住んでいたんです」

「おぉ! こんなところで、そんな縁が繋がるとは……。俺がルンに拠点を置いたのは……七年前だな」

「ああ、じゃあ入れ違いですね。私がルンを出て王都に来たのがちょうどそれくらいですから」


ちょうどお互いが入れ違いになったことを確認するアベルとケネス。



「両親を呼んだのが一年前くらいですね」

「ケネス男爵位についてきた荘園に、ご両親を住まわせているんでしょ?」

「はい。元々農家だったのですが、父の足が悪くなってきて、広い農地での作業が難しくなっていたんです。それで、私の代わりに荘園領主代理、とかをしてくれないかと誘ったら来てくれまして。今は、領民と楽しく過ごしています」

スコッティーの問いに、ケネスは嬉しそうに答えた。



ナイトレイ王国における『荘園』とは、簡単に言うと、貴族に下賜された村、である。

王室直轄地であったり、取り潰された貴族家の領地の一部であったりと、来歴は様々であるが、総じて大きくはない。

ただし、荘園から徴収される税は、その貴族、『荘園領主』の物となるため、豪奢な生活を送ったりしなければ、荘園からの税だけでも十分生活していけるのだ。


ケネス・ヘイワード男爵の場合には、それ以外にも『王立錬金工房』の主任研究員として収入もあるため、なりたての男爵としては、収入は多い方であった。



「たいしたもんだな」

アベルは、鳥の山賊焼きを食べながら親孝行なケネスに感心した。


「ルンに残してきた家も、最近ようやく売れて、完全に後顧の憂いは無くなった、って感じです」

ケネスの話に、うんうんとアベルは頷きながら食べる手を止めない。

「ああ、その家なんだろ。例の、ごつい石がキッチンに使ってあるのって」

「ええ。母が料理好きなんですが、広い調理台が欲しいって言って、父が知り合いの石工さんに特注で切り出してもらったやつです」



それを聞いて、今まで動き続けていたアベルが止まった。



「どうした、アベル」

「ちょっと待った。ケネス、そのキッチンって、『ミカゲイシ』とか言う黒い大きくて立派な石か? そして家は扉が三か所ある……?」

不自然に止まったアベルを訝しむザックを無視して、ケネスに尋ねるアベル。


「その『ミカゲイシ』というのは分かりませんけど、黒くて大きい立派な石ですね。家の扉も、確かに三か所ありますね。どうして知っているんですか?」

「あ、ああ……。その、なんだ、ケネスの家を買ったの、多分俺の友人だ……」


なんとなく言いにくそうに言うアベル。

それを聞いたケネスは、大きく目を見開いて驚いた。



「そうなんですか! いやあ、買ってくれた人にありがとうってお伝えください。半年以上売れなくて、値段下げないといけないかなって両親と話していたところだったんですよ。それを買っていただいて……しかも全額即金で」

「ああ、まあ、金はあるやつだから……」

「何やらアベルの様子が変……」

汗をかいているアベルを見て、スコッティーが指摘する。


「その……ケネスの家を買った奴なんだが……少し、家を改造したんだよ……いや、見た目は変わってないから!」

「え?」


「ほら、ケネスん家って、風呂無かっただろ?」

「はい。家のすぐそばを川が流れているので、みんなそっちで体を洗ってましたね。冬場は、庭に樽を置いて、そこにお湯を入れて入ってましたけど……」

アベルの質問にケネスは思い出しながら答えた。


「その買い取った奴は、風呂が無いとダメな奴でな。それで家の一部を、でかい浴室に変えたんだ。それで……ケネスはその家に思い入れもあるだろうが、それを改造したから……」

「ああ、なるほど。私は気にしませんよ。使い勝手がいいように変えていく、それは悪い事だとは思いませんし」

「そうか」


ケネスの言葉に、アベルはあからさまにホッとしていた。




「ルンの街にいるアベルの友人ですか……」

スコッティーが呟くように言う。

「ああ。俺の命の恩人でもある。しかも、二度も救われてるしな」

アベルは、再び食べることを再開し、常に手も口も動かしながら、しかも喋っている。

非常に器用である。


「冒険者?」

「そうだ。非常に珍しいことに、水属性の魔法使いで冒険者だ」

「それは珍しいな!」

ザックが驚いて言う。


「そんなに珍しいの?」

その辺りの事に、あまり詳しくない錬金術師ケネスが、メニューを見ながらザックに尋ねる。

「ああ、極めて珍しい。水属性魔法というのは、およそ戦闘に向いていないらしくてな。王立魔法団にも、ほとんどいなかったはず。冒険者だと……王都でもゼロなんじゃないか?」

ザックが、上を見ながらいろいろ思い出しながら答えていく。


「それが命の恩人……ああ、戦闘で助けるのだけが命の恩人とは限らないですしね。生きていくのに水は必要です」

スコッティーが、戦闘以外で救ったのだろうと推測する。


「まあ、そうなんだが……そいつは、純粋に戦闘で救ってくれたんだよ。そういえば、そいつがはまっているのが錬金術だったな」

アベルの言葉を聞いて、メニューから勢いよく顔をあげるケネス。

「家を買ってくださった方ですよね。錬金術にはまっているのですか! ああ、私で役に立つことがあったらいくらでも手伝ってあげるのですけど」

勢い込んで言うケネスを見て、苦笑するアベル。



「もし、その機会があったら手伝ってやってくれ。そいつの名はリョウだ。ルンの街の冒険者、水属性の魔法使いのリョウだ」


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