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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
127/930

0116 王都

本日二話目の投稿です。

前話『0115』幕間は、12時に投稿してあります。


新章開幕です。

しばらく、アベルを中心に物語は進みます。

涼の合流は、今しばらくお待ちください……。

ナイトレイ王国王都クリスタルパレス……から二キロほど離れた村。

夕方、その村の教会を四人の冒険者が訪れた。


扉を開けた神官は、ほんのわずかに驚いた表情を見せたが、何も言うことなく四人を迎え入れる。

そして、そのうちの一人を連れて、奥の書斎に入った。


神官は、書斎の一番奥の書架の側面に手を置き、何事か唱える。

すると、書架が動き、背後の壁が露わになった。

その壁には、人ひとりがようやく通れる大きさの穴が開いていた。


男がその穴の中に入ると、神官は再び書架に手を置き、元通りの位置に書架を戻すと、書斎を出て行った。


穴に入った男は、すぐ横にある石に手を当て、何事か唱える。

すると、穴の奥まで明かりが灯されていく。

その先は、とても長い通路になっているらしく、どこまで続くのか見通すことは出来ない。


男は、小さなため息を一つつくと、通路の奥に向けて歩き出すのであった。



三十分ほど歩くと、これまで一本道であった通路が、三つに分かれている場所に出た。

男は迷わずに、右の通路に入る。

しばらく歩くと、螺旋階段があり、そのまま上に登る。

行き着いた先には石の扉があり、男はその石の扉に手を置き、また何事か唱えた。

すると石の扉は独りでに開き、男は入る。

そして五十メートルほど歩いたところで、再び石の扉があった。


男は、剣を半ばほど鞘から滑らせ、柄で三回扉を叩いた。

しばらくすると、扉の向こうで、三回叩く音が聞こえる。

それを確認して、男は今度は七回叩く。


そうしてようやく、扉の向こうで鍵と閂らしきものを外す音が聞こえ、扉が開かれた。



「いらっしゃい、アルバート」

「失礼いたします、王太子殿下」

部屋の中で迎えたのは、『王太子』と呼ばれた顔色の悪い三十歳前後の男性であった。

そして部屋に入ってきたのは、『アルバート』と呼ばれた……ルンのB級冒険者アベルであった。




「二人きりなのだし、久しぶりに兄上と呼んでくれよ」

王太子と呼ばれた人物は、苦笑しながらゆっくりとベッドに腰を下ろした。

「わかりました、兄上」

アベルは少し照れながら言った。

それを聞いて王太子は、嬉しそうにうんうんと頷く。


「わざわざ、誰にも知られないように来てくれ、と伝言したのは、とても重要で、しかも厄介な問題が発生したからなんだ」


王太子は、隠し扉まで歩いたのが堪えたのであろう、少し肩で息をしながら言った。

「陛下が、『英雄の間』の鍵を放棄なされた」

「なっ……」


王太子の言葉に、アベルは言葉を継ぐことが出来なかった。




『英雄の間』

王城宝物庫の深奥にある、真の宝物庫とでも呼ぶべき場所。


全属性の魔法を操り、錬金術においても極北を極めたと言われる、ナイトレイ王国中興の祖、リチャード王によって作られ、以来数百年に渡り存在する。

リチャード王の時代から、世界のバランスを壊すと言われるいくつもの宝物が収められている。


またリチャード王の遺言として、この英雄の間の中にあるものを、下賜してはならないという言葉がある。

それほど、世の中に出てはならないものが収められていると言われているのだ。

そして、この英雄の間を開くことが出来るのは、英雄の間に登録された二人だけである。



「鍵は、代々、国王陛下とその王太子が持つ……」

アベルは、かつて王城にいた時に教えられた言葉を思い出していた。

「ああ、その通りだよ。その鍵を、つまり英雄の間を開く権利を、陛下は放棄されたのだよ」

そこまで言うと、王太子は立ち上がって、机に置いてある水差しからコップに水を入れ、一口飲んだ。


「『鍵』を持つ二人は、片方が鍵を放棄したり、死亡した場合、もう片方はそれが分かるようになっている。だから、今回わかったわけだけど……なぜ陛下がそんなことをされたのかは分からない。ただ、思い当たる節はある」

「どういうことですか?」

王太子の言葉に、アベルは聞き返した。


「陛下は、ここ……二年程、なんというかな覇気がないというか、そういう状態でいらっしゃることが多い。ぼんやりとされていると言うか……。かと思うと、時々溌剌とされていることもある。要するに、不安定なのだ」

「そんなことが……。それは病でしょうか?」

王太子の説明を聞き、アベルが最初に考えた可能性がそれであった。


「その可能性はある。だが、別の可能性もある」

「別の可能性?」

「そう。毒か魔法による精神支配」

王太子の一言に、アベルは目を大きく見開いた。


「馬鹿な! 我々もですが、陛下も『平静のネックレス』を肌身離さず着けていらっしゃるはず。あれは、あらゆる毒と精神に干渉する魔法を排除するネックレスです。それを着けていながら毒や魔法の影響を受けているとは……」

「本物の『平静のネックレス』ならね」

アベルの興奮した言動と見事な対比で、王太子は冷静に言葉を繋げた。


「肌身離さずとは言え、我々はともかく、陛下は国王の儀式を執り行われる。その中には、一切の御召し物を身に着けずに行うものもある」

「ああ……」



王太子の冷静な指摘に、アベルもその光景を想像する。

確かに、それらの儀式の間、ネックレスは外した状態になる。

その間に取り換えれば……。



「まさかそんなことが……」

「あくまで可能性の話だ。本当に、ただのご病気の可能性もあるからね。何度か、中央神殿の大神官様に来てもらって、<キュア>をかけてもらってはいるんだ」


怪我を治すのが<ヒール>である。

毒や病気を治すのが<キュア>である。


「大神官様は、昔からの陛下のお知り合い……」

「うん。それで忙しい合間に来てくださってね。確かに<キュア>をかけてしばらくは良い状態なのだが、数日するとまた、ね。<ヒール>に比べると、<キュア>は決して万能ではないそうなので、毒か病気かの判断も難しいらしいし……」

顔をしかめて、王太子はそう言った。



(もし毒であるなら、陛下のお傍に毒を盛る輩が……?)

アベルはそう考え、王太子を見た。

王太子は小さく頷く。

アベルが考えるようなことは、当然、すでに王太子も考えて手を打っているのだ。



「まあ、とにかく、その意識がはっきりされていた時に、鍵を放棄された様なんだ」

王太子は水をもう一口飲んだ。


「それで、アルバートに来てもらった話に繋がる。現在、鍵を持つのは私一人だ。だから、二人目の人物として、アルバートを登録する」

「私を……?」


「ああ。陛下は自らの意志によって鍵を放棄された。あれの登録や放棄は、明確な意識の無い状態の時には不可能だ。仕組みはよくわからないが、リチャード王の錬金術らしい。だから、放棄は、明確な意思の元になされたと考えるべきだ。そして、一度放棄したら、二度と登録することは出来ない。であるなら、私の次の王位継承権を持つアルバートが登録すべきだ。それも一刻も早く」

そういうと、王太子は肩を竦めて冗談ぽく続けた。


「こんな身体の私だからな、いつ何があるかわからん」

「兄上、冗談でもそういうことは言わないでください!」


王太子の冗談に、アベルは顔をしかめながら少し怒って言った。


「すまないな」

王太子は、アベルの怒りを軽く受け流した。

そして、少しだけ真剣な顔に戻り、言葉を続けた。


「それと、今すぐではないが…予定より早く、『家』に戻ってもらうことになるかもしれない」

「……そうですか」

王太子の言葉に、アベルは小さく頷いた。

それは、ここに呼ばれた時から、あるかもしれないと思っていたことだからである。




「当初の目的であった、有名冒険者にはなれたわけだしな。ルンのB級冒険者アベルと言えば、王国中の冒険者が一目置くほどだろう?」

王太子はそう言うと、小さく笑った。

言われたアベルは少し顔を赤くする。



「かのリチャード王以来、王国は冒険者の国。戦争においても、王国の冒険者は強大な戦力である。であるなら、いずれ王国軍を率いる私は、冒険者の心も掴まなければならない。だから、冒険者を経験したうえで王家に戻る。そうすれば、王国の冒険者は、今以上に王国とその民のために、強力な戦力となってくれるはず……かつて、アルバートがそう言った時、私は確信した。私の弟は天才だと」

「兄上、からかわないでください……」


若かりし頃、第二王子であったアベルが言った言葉を王太子は微笑みながら言い、それを聞いたアベルの顔は完全に真っ赤になっている。


「からかってなどいないさ。本気でそう思ったんだ」

王太子は優しげな眼で、アベルを見つめて言う。


「私が政を司り、アルバートが王国軍を率いる…それが理想だったからな」

「はい……」



しばし、どちらも言葉を発しない時が流れた。


それぞれに、過去の時間を思い出していたのかもしれない。



先に口を開いたのは、王太子であった。

「まあ、とにかく、今から一緒に英雄の間に行って、鍵の登録をしてくれ」

「私でよろしいのですか? 現在、王族としての立場から外れております。私よりも、ハロルドの方がよろしいのでは?」


ハロルドは、王太子の息子である。


「ハロルドは、まだ十二歳だからね。若すぎるよ。アルバートが家に戻ってきたら、王位継承権第二位になるだろう? 私が第一位、アルバートが第二位、そしてハロルドは第三位だ。順当に考えて、アルバートが登録した方がいい」

「……わかりました」

アベルは、引き受けることにした。


だが、気になることがある。

「兄上、登録するのは構いませんが、兄上の体調が……」

「今日はだいぶいい方なんだ。アベルが肩を貸してくれれば、こっそり英雄の間に行って帰ってくるくらいは大丈夫」


そういうと、王太子は二つのローブを手に持ち、一つをアベルに渡した。


「通称『隠者のローブ』だ。王立錬金工房で作られたもので、悪用厳禁だな。風魔法と錬金術で作り出されたやつで、余程の音を立てても気づかれない」

そうして、兄弟はこっそりと部屋を出るのであった。




事が済むと、アベルは来たのと同じ隠し扉から地下道に入り、地下の二キロの道のりを歩いて王都クリスタルパレスを出て、村の教会に戻った。




アベルが教会の食堂に入ると、『赤き剣』の三人が夕食を食べていた。


「アベル、おかえり~」

風属性魔法使いのリンが言う。


「ああ、ただいま」

「アベルの分の夕食も準備してもらっています」

そういうと、神官リーヒャがアベルの席を示した。


アベルは席に座り、黙々と食べ出した。

その間、他の三名も何もしゃべらずに夕食を食べた。



食べ終わってから、アベルは言った。

「明日王都に行く。ちょっと調べたいことができた」

「そう。ギルドには顔を出すの?」

「いや、しばらくは顔を出さないで動きたい」


リーヒャの確認に、アベルは首を振りながら答えた。


「でも、王都は、どこに宿泊するにしても宿のチェックは厳しいよ? どうする?」

リンが尋ねる。


王都は、宿への宿泊の際のチェックが非常に厳しい場所として知られている。

身分を証明する物を提示しなければ宿泊できず、衛兵による宿泊者名簿の確認も頻繁に行われる。


アベルたちの場合は、提示する物はギルドカードになるわけだが、ギルドカードを提示して宿泊すれば、その日のうちに宿からギルドに身分照会がなされる。

つまり、B級パーティー『赤き剣』が王都にいることは、ギルドに知られてしまう可能性大なのである。


「それは大丈夫だ。考えてある」

そういうと、アベルはニヤリと笑った。

その笑いを見て、リンはなんとなく嫌な予感がしたのであった。




特に問題なく王都に入り、『赤き剣』の四人は目的の場所に来ていた。



「やっぱり……」

そして、目的の場所に着くと、リンが崩れ落ちて膝をついた。



そこは……『王国魔法研究所』

別名『イラリオン邸』

ナイトレイ王国筆頭宮廷魔法使いである、イラリオン・バラハが長を務める研究所であり、中に無数の宿泊設備を備えた、泊まり込みが可能な施設である。



そもそも、『研究者』などという人種は、本来研究に没頭する者たちであり、家に帰るのも惜しい……、そういうものでなければ一流どころか二流にすらなれないものである。

そんな者たちにとっては、研究所と寝る所が同じところにあると言うのは、天国以外の何物でもないのだ。


ただし、かつてここでイラリオンの研究の手伝いと、自己の研究を行っていた『赤き剣』の風属性魔法使いにとっては、大変だった過去を思い出す、気が重くなる場所の一つでもある。




研究所は、研究棟、実験棟の他、屋外での実験設備、屋内での実験設備なども完備され、王都内にありながら広大な敷地を有している。

そんな中、四人が向かったのは研究棟の最上階……別名の由来にもなっているイラリオン・バラハの研究室であった。



研究室前に着くと、アベルはノックなどせずに、勝手にドアを開けて入っていく。

「爺さん、いるか」

声をかければそれでいいだろう……それがアベルとイラリオンの関係である。

「その声はアベルか。その辺の椅子に座っておれ」

なぜか執務机の向こう側……誰もいないのだが、そこから声が聞こえる。


椅子に座っていろと言われたアベルは、それを無視し、声の聞こえる机の向こうを覗き込んだ。

そこには執務に使う椅子があり……椅子の上には、人の頭大のすこしだけ角が丸くなっている木製の箱が置いてある。

声は、その箱の中から聞こえてきたようだ。


アベルがその箱に手を伸ばし掴もうとした瞬間、隣の部屋との扉が開き、一人の老人が現れた。

「椅子に座っておれと言うたじゃろうが」


アベルは、言われた瞬間、ビクッとして、伸ばした手をひっこめた。

もちろん、残りの三人は最初から言われた通りにおとなしく椅子に座っている。


「まったく……昔から子供のまんまじゃ……」

入って来た老人、イラリオン・バラハは首を振りながら、応接セットに腰掛ける。

「いや、いちおう、これでも成長したんだが……」

「誰も信じんわい、そんなこと」


イラリオンはそう言うと、卓上のベルを二回鳴らす。

すると、正確に十秒後、扉がノックされ、若い女性が入って来た。


「お呼びでしょうか、所長」

「うむ。来客じゃ。悪いが、五人分、茶……いや、コーヒーを淹れてくれ」

「かしこまりました」

女性は一礼し、出て行った。


言い直したイラリオンを、アベルが興味深げに見やる。

「ついに、研究所でもコーヒーが出るようになったのか……」

「今、顔を出したスーラーは、元々南方の出身らしくてな。美味いコーヒーを淹れる」

イラリオンは頷きながらアベルの問いに答えた。



再び入って来たスーラーが五人分のコーヒーを並べて出ていくと、イラリオンは応接セットの机の上に、掌大の箱を置き、スイッチらしきものを押した。


「盗聴防止の錬金箱じゃ。最近、ようやくここにも支給されてきたわい」

「錬金術の発達は目覚ましいな……。俺の友人が錬金術にのめり込んでいたが……いずれはこういうのを作れるようになるのかな」

アベルが感心したように盗聴防止の錬金箱を眺めながら言う。


「かのアルバートに友人とは……確かに成長したのかもしれんな。そういえば……アーサーが言っておったな、水属性の魔法使いのことか」


アーサーとは、宮廷魔法団顧問アーサー・ベラシスのことであろう。

大海嘯の調査のためにルンの街を訪れ、アベルたちも含めてダンジョン内で九死に一生を得たのである。



「なんだ、爺さんも知っているのか。俺の命の恩人でもある」

「ふむ……。リンや、そなたの目から見て、その水属性の魔法使い……リョウという名前じゃったか、どうじゃ? 魔法使いとして優秀か?」

「なぜ俺じゃなくてリンに聞く……」

アベルは、イラリオンが自分ではなくてリンに確認するのに不満を述べた。


「お主に聞いたところで、魔法使いの何たるかなどわからんであろうが。リンの方が、はるかにわかっておるわ」

イラリオンは断言し、アベルは不満そうに頬を膨らませる。

それを横から見ているリーヒャは微笑んでいる。



「お師匠様、リョウは、こと魔法に関する限り、化物です」

イラリオンの質問に、リンは断言した。

その答えに、イラリオンは少しだけ眉を動かした。

「リンをして化物と言わしめるか……。して、どう化物なのじゃ?」

「リョウは多くのオリジナル魔法を操ります。なぜそんなことが出来るのかわかりませんが」


リンの報告を横で聞きながら、アベルは何度も頷いている。

なぜか我が事のように……ちょっと偉そうに腕を組みながら。


「ふむ……アーサーから聞いてはいたが……実に興味深い。ぜひ会って話をしたいものじゃ」

イラリオンのその言葉に、アベルはギョッとしてイラリオンを見やった。

「爺さん、会って話をするのはいいが、それだけにしておけよ。絶対リョウを怒らせるんじゃねえぞ」

「怒らせるとどうなるんじゃ?」

「街や村の一つくらいは、簡単に凍りつく……」



見たわけではないが、アベルはなんとなく思ったことをそのまま口に出した……それが王国東部で、現実に起きているとも知らずに。



「街一つを凍らせる水属性魔法か……ぜひ見てみたいのぉ」

「絶対本気にしてないだろ」

イラリオンはコーヒーを飲みながら言い、アベルは呆れた表情でそんなイラリオンを見ながら言う。


「いやいや、世の中には、爆炎の魔法使いみたいなのもおるしの。あれの逸話にあったじゃろう? 街を焼き払ったのが」

「多分、それ<天地崩落>とかって魔法だろ」


そのアベルの一言に、イラリオンは目を大きく見開いた。

この会合が始まって初めて、イラリオンは大きく驚いたのである。


「アルバート、いやアベル、なぜ魔法名を知っている?」

飛びかからんばかりの勢いで、イラリオンはアベルに尋ねた。その気迫というか圧力は尋常ではない。

魔法の研究者として、魔法に関して自分がまだ見たことのないものがある……そう聞いただけで興奮し、しかもそのことに関して、目の前のアベルが情報を持っている!


魔法の探求にその人生の全てを捧げたと言っても過言ではないイラリオン。

アベルを解体してでもその情報を引き出そうとしている……ようにアベルは感じたかもしれない。



「ああ、えっと、ウィットナッシュでちょっとあってな。激昂した爆炎の魔法使いが、その魔法を使って、空から無数の爆炎を降らせたんだ。その時は、標的が狭かったが、本来は広範囲を破壊する魔法だろうし、確かにあれなら街一つ灰に出来るかもなと……」

アベルはウィットナッシュの事件を思い出しながら言った。


「例の襲撃事件か。帝国の皇子、皇女がいたのは聞いていたが、爆炎の魔法使いも来ておったとはな……。まあ……そんなものを近くで撃たれて、アベルはよく無事だったな」

「ああ。その<天地崩落>を全て迎撃してみせたのが、リョウだ」

「なんと……」

アベルは静かに断言し、イラリオンは驚愕して言葉を失った。



そして……、

「よし、わしは今からルンの街に行ってくる。さらばじゃ」

イラリオンは立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

焦ったのはアベルたちであった。


「待て待て待て。爺さん。そもそも、今リョウは、ルンの街にいない」

「なんじゃと?」

「俺らが来る前、東部のレッドポストで別れたんだが、リョウたちはそこから依頼で、インベリー公国に向かっていたから……順調に依頼が進んだとしても、まだ、絶対ルンの街には辿り着いていないぞ」

「なんということじゃ……」


そういうと、イラリオンは両膝、両手を地面につき、絶望のポーズとなった。

「やっぱ、研究者って人種は理解できん……」

アベルの呟きは、イラリオンの耳には入らなかった。




しばらく時間が経ち、イラリオンはようやく立ち上がる。

そして何事も無かったかのように、応接セットの椅子に座った。

「して、アベルたちがここに来た理由を聞いておらんかったな」

「何事も無かったかのように……。しかも、今ごろ理由かよ……」

衝撃から復活したイラリオンはアベルに訪問理由を尋ね、アベルは呆れながらも答える。


「まあ、ちょっと王宮でいろいろあってな。いくつか内密に調べたいと思ったんだ。それで、その間の宿としてここを使わせてほしい」

「ふむ……宿として使うのは全然かまわん。どうせいくつも部屋は空いておる。じゃが、王宮でいろいろというのは……陛下がここ最近、大きく変わられたとかそういう話か?」

「ああ……やはり爺さんも気付いていたのか」


イラリオンが指摘し、アベルも驚くことなく肯定する。

「まあな。一応、筆頭魔法使いじゃから王宮に行くこともある。じゃが、以前のように、陛下と一対一で話す機会は無くなった」

そういうと、イラリオンは少しだけ寂しそうな顔をした。



アベルと違い、現国王スタッフォード四世は自ら魔法を操り、魔法への造詣も深い王で、昔からよくイラリオンとは魔法について語り合っていたからである。

立場も高くなり、夜を徹して議論するようなことはなくなったとはいえ、それでも茶飲み話的に話すことはそれなりにあったのだ。


だが、ここ二年、そういうこともなくなっていた。



「なあ爺さん。王都で、ここ三年ほどで、最も力を持つようになった奴って、誰だ?」



利益を得た者を疑え。基本である。



「ふむ……力を持つようになった者……騎士団長バッカラー、侍従長ソレル、財務卿フーカあたりはすぐに名前が浮かぶのぉ」

「なるほど……」

名前が出てきた三人は、アベルも知っている。


アベルがまだ王宮にいた八年前にも、すでに出仕していた者たちだからだ。

だが当時の地位は、今に比べるとかなり低かったはず……。


「まあ、情報ありがとうな」

「あまり無茶するでないぞ」

そう言うと、イラリオンは残ったコーヒーを飲み干すのだった。


長い……ですね。

8000字を優に超え…すいません。

章始めなので、許してください……。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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