0108 ウィリー殿下
昨夜は、公城のゲストハウス、ウィリー殿下のお隣の部屋に宿泊した涼。
「服はこの服を着てください。殿下の物と似た仕立てになっております。あと、馬車の外に出る際には、フード付きのローブなどで顔を隠していただきたいのですが……」
「ああ、でしたら、いつも着ているこのローブで隠しましょうか」
ロドリゴ殿の提案に、涼はいつものデュラハンから貰ったローブを見せる。
「いいですね、ではそれで顔を隠してから。移動中は、基本的に馬車の中。野営では天幕を張りますので、そこでウィリー殿下と過ごしていただきます」
「わかりました」
箱馬車二台、荷馬車二台、ジュー王国からの護衛四人、インベリー公国の冒険者六人、そしてウィリー殿下とロドリゴ殿に涼。
これが一行の全てであった。
(一国の王子の移動にしては少ない気が……いや、まあ、たいして知ってるわけでもないけど)
「少ないでしょう?」
突然、後ろから声をかけられ、しかも思っていたことを言われたために、涼はビクッとした。
「い、いえ……」
「いいんです。実際、王族の移動としては、非常に少ないのです。ですが、我が国は決して裕福でも強国でもありませんし、しかも私、八男ですからね」
「八男……」
苦笑しながら、ウィリー殿下は言うのであった。
そして、それを聞いた涼は、またなんとも言えなくなってしまうのである。
「王家の血筋を残すためには、子だくさんの方がいいのは確かなのですが……さすがに第八王子ともなると、成人した後は騎士団に入るか、魔法団に入るかして、働かなければなりません。領地もあるのですが、そちらはあくまで、王室荘園の管理を任されているだけですので……少ない部下たちに荘園管理を任せ、私個人の食い扶持は自分で稼がないといけないのです……」
「世知辛い世の中ですね」
ウィリー殿下は苦笑し、涼は世の不幸を嘆いた。
王子様なのに、自分で稼がないといけないとか……いろいろ大変である。
「あ、でも、インベリー公国の国境までは、公国騎士団から二個小隊、二十人が護衛をしてくださることになっているのです」
公国内での襲撃の可能性は、極めて低そうであった。
移動を開始した馬車の中で、ウィリー殿下と涼はいろいろ話をすることになった。
馬車には、他にロドリゴ殿がいるだけであり、彼は基本的に余計なことは喋らない。
そうなると、ウィリー殿下もやはり暇なのである。
その間に、ウィリー殿下の涼への呼びかけも、「リョウ殿」から「リョウさん」へと変わっていった。
同じ馬車の中で、ずっと一緒である。
自然と打ち解けようというものだ。
ウィリー殿下は現在十五歳であり、ナイトレイ王国の王立高等学院というところに留学するらしい。
王族、貴族向けの学院で、ウィリー殿下以外にも他国からの王族が留学しているそうである。
(十五歳の殿下と背格好が似ている僕って……やっぱりモンゴロイドは若く見えるんですかね)
涼はそう思うのであった。
実際のところ、涼は見た目はほっそりしているが、触ると筋肉はしっかりついている。
そうでなければ、剣を振るうことなど出来ないのだから、当たり前と言えば当たり前であるが。
ウィリー殿下は、剣はあまり得意ではないらしい。
「魔法は、少しだけ使えるのですが……それでもあまり素質があるとは言えないみたいです。そもそも、ジュー王国は、魔法に関しては特に後進国でして……」
ウィリー殿下は、俯きながら言った。
「でも、少しでも使えるのなら、毎日練習すると使える魔力が増え、魔法制御も上達していきますよ」
「本当ですか!」
涼のアドバイスに、ウィリー殿下は目を輝かせて答えた。
「はい。僕も、最初は全然でしたけど、毎日練習しました」
涼はそういうと、懐かしいロンドの森の時代を思い出し、遠い目をするのであった。
実際は、森を出てまだ半年程度なのだが。
「才能があまりないと言われた私でも大丈夫でしょうか……」
「殿下……才能など関係ありません。努力が全てです。昔、ぐんそーと呼ばれたキシがそんなことを言っていました。彼は努力を続け、複数タイトルを取るほどのキシになったのです」
「なんだか凄いですね……」
ウィリー殿下はタイトルがよくわからなかったが、努力で何か凄いものを掴み取ったのであろうことは理解したのである。
(でも、魔法が使える、というだけでも才能がある部類になると思うんだけど……なぁ……)
涼は、心の中でそんなことを考えた。
「ちなみに、殿下は何属性ですか?」
「水なのです……」
涼の問いに、ウィリー殿下は伏し目がちに答えた。
戦闘に役に立ちにくいというイメージから、国に貢献できないとの思いからであった。
だが……、
「おぉ! 僕も水属性の魔法使いなんですよ! 水属性は、鍛えればすごくなりますよ!」
「本当ですか!」
本当にうれしそうな笑顔で、ウィリーは答えた。
それを見るロドリゴ殿も、嬉しそうである。
「実は、僕も、水属性だと言われた時にはちょっとショックでした。こう、やっぱり派手な火属性とか、便利そうな風属性、あるいは戦いでも役に立ちそうな土属性には劣るのではないかと」
涼の話を聞きながら、ウィリー殿下もうんうんと頷いている。
「ですが、そんなことはありませんでした。ええ、決して、他の属性に劣ってなどいなかったのです。かなり鍛える必要はありましたが、正直言って、これほど便利な属性は無いのではないか、今ではそう思っています。自信を持って断言できます。水属性の魔法使いは凄いと!」
「おぉ~!」
扇動家リョウ。
「野営で天幕が出来たら、そこでいろいろやってみましょう」
「はい!」
その夜、一行の野営地中央の天幕の中では、ウィリー殿下の練習が行われていた。
現状、ウィリー殿下が使える水魔法は、<水の生成>だけである。
「命の源たる水よ 出でよ <水の生成>」
そういうと、ウィリーの右手から水が生じ、床に置いた手桶に落ちていった。
(詠唱が違う……気がする……)
「殿下、その詠唱は……?」
「我が国独自のものらしいです」
「なるほど……」
ゲッコー商隊にいた子たちの『公国の詠唱』とは違うようだ。
「もし、王国の詠唱を教えていただければ、それで一生懸命練習します!」
ウィリー殿下の顔は、決意に満ちていた。
だが……、
「殿下、詠唱など飾りです。あんなものは必要ありません」
「え……」
決意に満ちていた顔の表情が、凍り付いた。
(<水>)
涼が心の中で唱えると、右手から水が生成され、手桶に落ちた。
「何も唱えなくても水が……」
「そうです。かつて、私に魔法の根源を教えてくれた存在に問うたことがあります。彼は、こう答えました。『魔法のキモはイメージです。明確なイメージを描く。そして経験を積んでいく』と」
「イメージ……」
「そう、イメージです。心の中に、どれだけ明確な絵を描けるか。そうすれば、黙っていても魔法が生成されるのです」
涼は、あえて重々しくそう言ってみた。
なんとなくその方が、カッコいいから。
「やってみます!」
ウィリー殿下はそう言うと、右手を前に出し、目を閉じ、心の中で何かを念じているように見える。
だが、何も起きない。
「殿下、一度目を開けて、自分の手を見てください。掌から水が落ちるイメージです」
涼がそういうと、ウィリー殿下は素直に目を開け、自分の右手を見た。
そして、今度は目を開いたまま、右手を前に突き出す。
しばらくすると……手の先から水が出た。
「出ました!」
「うん、よくできました!」
出来たら褒める。これは教育の王道。
その後、何度も何度もウィリー殿下は手から水を出し……魔力切れとなって、ダウンした。
公都アバディーンを出立して八日後の夜、インベリー公国における国境の街レッドナルの宿に一行は宿泊していた。
涼は、影武者という職務上、ウィリー殿下と同部屋である。
これ幸いと、ウィリー殿下は、今夜も魔法の練習に余念がなかった。
とはいえ、涼式魔法練習法(仮)に取り組んでわずか八日。
それほど大きな進歩があるわけではない。
水の生成の次に涼が教えたのは、氷の壁、<アイスウォール>であった。
八男とはいえ王子であり、しかも他国でしばらく過ごすのであるから、自分の身を自分で守ることが出来るようには、なっておいたほうがいいであろう。
しかも、剣術はそれほどではないらしいし。
ただ、実のところは『それほどではない』とは言っても、一通りは剣を使えるようだ。
もちろん、城の騎士などと打ち合えば数合で負かされるが、その辺の盗賊の輩程度であれば勝てそうである。
涼は、見せてもらった剣術を見て、そう判断していた。
なにはともあれ、水属性の魔法使いの弟子として、涼は厳しく指導しているのである。
「殿下、そろそろお休みになった方が……」
「あともう少しだけ! もう少しでまた何か掴めそうなのです」
「しかし昨晩もそうおっしゃって、魔力切れで倒れて……」
「もう少し……あっ」
そういうと、ウィリーは膝から崩れ落ちた。
「殿下……言わんこっちゃない、です」
水属性魔法使いの弟子は、とてもやる気に満ちているため、師匠がストップをかけなければいけないくらいで……。
わざわざ厳しく指導する必要はなかった……。
ウィリーをベッドに横たえ、涼は隣のリビングに移動した。
そこには、地図を拡げた護衛のコーンと、ロドリゴ殿がいた。
「リョウ殿、殿下は?」
「はい、魔力切れで眠られました」
「そうですか」
ロドリゴ殿は笑顔でそういうと、涼のお茶を淹れようとしてくれた。
仕える主人を、魔力切れでダウンさせるような影武者に対して、ロドリゴ殿は怒ったりはしない。
「殿下がこれほど一生懸命に打ち込まれるのを見るのは、実に久しぶりで……。爺は嬉しいのです」
過日、ウィリーを魔力切れでダウンさせたことを涼が謝った時に、ロドリゴ殿が言った言葉である。
城では、八男ということで、いろいろと鬱屈した部分もあったらしい。
しかも優しすぎるために、余計に周りに迷惑をかけたくないから、おとなしくしておこうというのもあったらしい。
そういう過去を考えると、この留学は、もしかしたら良かったのかもしれない。
良い転機になるのかもしれない。
ロドリゴ殿は、そう考えることができるようになったと、話してくれたのだ。
地図を見ていたコーンが、涼の方を見て話し始めた。
「リョウ、明日の昼に国境を越える。インベリー公国の騎士団が護衛してくれるのはそこまでだ」
「つまり、明日からがこの旅の本番、ということですね」
涼も一つ頷いた。
今夜のように、夜寝る時にギリギリまで魔力を使い切ってダウン、そんな状態は明日からは許されないということである。
襲撃される可能性がある以上、常に余力を残しておかねばならない。
不幸は、一番弱った時にやってくるのだ。
「明日の夜は、街に泊まれるのですよね?」
「明日の夜というか、この先は、必ず夜は街泊まりだぞ?」
「え、そうなんですか?」
涼は驚いた。
涼の持つ勝手なイメージとして、旅のほとんどは野営、というのが頭にあったからである。
実際、これまでの護衛依頼などでは、野営することの方が圧倒的に多かった気がするし。
「国境を越えたら、ナイトレイ王国の『第二街道』が王都まで続いている。それこそ、『東街道』をしのぐ、王国東部で最もよく使われる交易路だ。そんな街道沿いだから、街や大きい村が点在している。こう言っちゃなんだが、公国とは違う。さすが三大国の一つだよ」
コーンはそう言うと、宿泊予定にしている街の名前をあげていったが、涼の知っている街は一つも無かった。
当然である。
ゲッコー商隊で通った東街道ならともかく、第二街道沿いで知っているのは、『第二街道』『東街道』共通の国境の街、レッドポストくらいであるのだから。
そのレッドポストは、明日の午前中早い時間帯には通り過ぎる。
「街に泊まれるのであれば、襲撃される可能性も低くなりますかね」
涼は、お茶を淹れてくれたロドリゴ殿にお礼を言って、誰とはなくそう言った。
「まあ、野営するよりは、はるかに低いわな。だが、昼間襲撃される可能性もある。よく使われる街道と言っても、常に人で溢れているわけでもない。それどころか、すれ違いざま襲ってこられたりしたら厄介だしな」
コーンが地図を睨みつけながら、そう答えた。
そう、シャーフィーがゲッコー商隊を襲った時のように、普通の商隊を装ってすれ違いざま、というのは襲撃する側にとっては有利な状況である。
シャーフィーの時は、襲撃者の中に発信機的な物を仕込んだままの者がいたために、涼は遠くから気付くことが出来たが、普通はそうはいかない。
そもそも、襲撃者が誰なのかもわからない以上、常に気を張っておかなければいけないわけである。
仕事とはいえ、護衛は大変なのだ。
「以前、父上に、冒険者になりたいと言ったことがあるんです」
「……え」
翌日、無事に国境を越え、ナイトレイ王国内に入ってから、ウィリー殿下が涼に言った言葉である。
「自由に生きることが出来る……冒険者って、その象徴みたいなイメージを持っていたんです。だからそう言ったのですが、父上はとても悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしておっしゃいました。王家に生まれた者は、そこに生まれたという、ただそれだけの理由で、背負わねばならない責任が生じる。それを投げ出すことは出来ない。だから私が冒険者になることは許可できないと。言われた瞬間には、正直よくわかりませんでした。ただ、父上の悲しそうな顔を前にして駄々をこねることは出来ず……」
「そこに生まれただけで背負わねばならない責任……」
涼の場合には、勝手に背負った責任であったが、少しだけ、ほんの少しだけ理解できる気がした。
「部下や、その家族、あるいは国に生きる人々全て、そんな人々と関係を持って生きている他国の人たちの家族にいたるまで……多くの人への責任が生じるんですね、その行動一つひとつで」
涼のそんな呟きにも似た小さな声に、ウィリー殿下は驚いて涼を見た。
「そう、そうなんです! リョウさん、冒険者ですよね? すいません、ちょっと驚きました。以前、別の冒険者さんからは「嫌ならそんな身分なんて放り出しちゃいましょう」って言われたりしたのです。苦笑いするしかなかったのですが……リョウさんは何か違いますね」
かつて、日本にいた頃、投げ出せなかった涼だからこそ、少しだけ……分かる気がしただけである。
明日(6月23日)、凄く短い幕間(いわゆるSS)があるので、二話投稿します……。
(幕間)0109:12時投稿
(本編)0110:21時投稿
いずれも予定ですが……。
よろしくお願いします。




