0107 連続護衛依頼
本日(6月21日)午前9時に、SSである、前話『0106 幕間』を投稿しています。
この『0107 連続護衛依頼』は本日二話目です。
公都アバディーン。冒険者ギルド。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
涼は空いている受付に顔を出した。
「すいません、僕はナイトレイ王国の冒険者なのですが……」
そう言いながら、涼は受付にギルドカードを出す。
「ナイトレイ王国のD級冒険者、リョウ様ですね。それで、ご用件は?」
「実は、王国に向かう商隊などの護衛依頼を探しています」
「なるほど。確かに、いくつかございますが……全てC級以上となっています……申し訳ございません」
「ですよね……」
受付嬢は、申し訳なさそうな顔をしながら、希望に添えないことを告げた。
そして、それは涼の予想通りであった。
正確には、スーの予想通りであった。
落ち込む涼。
(ラーさんにお金を借りるしかないか……。元はと言えば、僕が迂闊だったわけだし……仕方ない……)
信条に反するが、それで更に他の人に迷惑をかけるよりはいいか、自分さえ我慢すればいいんだし……と涼が考えていると。
後ろから声をかける者があった。
「その若さでD級なら、それなりの腕だろ? ナイトレイ王国王都までの護衛依頼を受けないか?」
涼が驚いて振り向くと、そこには三十代半ばくらいの、いかにも冒険者な風体の男がいた。
「コーンさん?」
受付嬢がもの問いたげな顔を向ける。コーンという名前の男らしい。
「ああ、例の依頼のやつだ。背格好が完璧に近い。正直、もう無理だろうと思っていたんだが、これはきっと神様のおぼしめしとかそういうのに違いない」
「えぇ~っと……?」
涼は全く理解していない。
何か変な依頼とか、怪しい雇用主などではないだろうか?
そう思っていると、受付嬢が小さい声で教えてくれた。
「この依頼自体は、冒険者ギルドを通した正式なものです。しかも、公爵様もギルドマスターも、出来る限りの協力をするようにと、受付にも通達されています。それで、そちらのコーンさんが、護衛冒険者の取りまとめ役をされている方です」
涼はその説明を聞くと、コーンの方を見た。
コーンは、説明している内容が聞こえていたのだろう。
うんうんと、何度も頷いている。
そして、一言付け加えたのである。
「ただ、護衛依頼ではあるが、『護衛される依頼』なんだがな」
「……はい?」
最後の一言で、余計に訳が分からなくなる涼であった。
詳しいことは移動しながら、ということで馬車に乗せられる涼。
見送るスイッチバックの面々……。
自分は、リョウで完璧だと思うが、依頼主が認めないと成立しない。
だから、今から一緒に依頼主の元に行ってもらいたい。
なにせ、出発は明日の朝だから、時間はもう今日しかないのだと。
そういって、涼はコーンと一緒に馬車に乗って移動しているのである。
「つまり、その、やんごとなき御方の影武者として、一緒に王都まで行ってほしいと」
「まあ、そういうことだ。食事付きだし、移動は馬車の中で歩く必要なし。王都に着けば、成功報酬として五十万フロリン。どうだ、いい依頼だろ?」
確かに素晴らしい依頼である……だが、そんな美味しい依頼なら他にも引き受けたがる人は多いだろうに……。
「まず、そのやんごとなき御方に、少なくとも遠目からは区別がつかない者でないといけない。で、いわゆる冒険者ってやつらはみんなガタイがよくてな……」
「ああ、確かに、僕は冒険者の中ではかなり華奢な方ですからね」
「そうなんだよ。あ、いや、侮辱してるわけじゃないからな? 見たところ魔法使いだろ? 魔法使いはそういう感じなのが多いし、見た目と実力は関係ないからな」
涼が頷くと、慌てて否定する辺り、コーンは悪い人ではなさそうである。
そんな会話をしているうちに、馬車はひときわ大きな門の前に着いた。
「ここは?」
「公城だ。依頼主は、ここに滞在されている。な? まともな依頼だろ?」
確かに、公城と言えば、インベリー公国を治める公爵の居城。
そこに滞在しているということは、どこかの王族や上級貴族の関係者などであろう。
馬車は、特に中を見られることもなく公城の中へ入っていった。
いくつかの門をくぐり、公爵の公邸やゲストハウスが立ち並ぶ一角で、二人は馬車を降りた。
「あのゲストハウスの二階だ」
そういうと、コーンは先に立って歩き出した。
それについていく涼。
だが、建物に入る前に、涼は驚くべき人に出会った。
「あれ、リョウさん?」
「あ、ゲッコーさん、こんにちは」
先ほど、依頼を完了させて別れたばかりのゲッコーがいたのである。
「どうしてリョウさんがこんなところに?」
「王国への帰りの依頼の件で……」
「もうお帰りになられるのですか? もう少し公国を堪能していただければよろしいのに」
「もうしわけありません、こちらにもいろいろと事情が」
(主に金銭的な問題ですが)
涼は心の中で泣きながらゲッコーと話した。
ゲッコーと別れた涼は、コーンと共にゲストハウスに入った。
「リョウは、ゲッコー殿と知り合いなのか?」
コーンが先ほどの光景から、興味深げに聞いてきた。
「はい。王国のルンから、ゲッコーさんの商隊の護衛依頼で、さきほどこの街に着いたのです」
涼がそう話すと、コーンはなるほどと、何度も頷いた。
自分の見る目は間違っていなかった……そういう感じである。
二階に上がった二人は、一番奥の部屋の前に着いた。
「コーンです」
コーンが扉をノックする。
「どうぞ」
中から声が聞こえ、二人は部屋の中に入った。
そこは二間続きの部屋で、手前の部屋には応接セットがしつらえてあった。
現代地球で言うと、高級ホテルのスイートルームといった感じである。
そこにいたのは、椅子に座った十六歳ほどの少年と、その斜め後ろに控えた、いかにも『爺や』という感じの六十歳を優に超えた男性の二人であった。
十六歳ほどの少年が、コーンの言う『やんごとなき御方』なのだろう。
確かに、華奢というほどではないが、線の細い感じであり、涼と雰囲気も似ている。
優しく、柔らかな印象を与える顔立ち、栗色の髪、黒に極めて近い濃い灰色の目。
年上の女性などであれば、多くの者が庇護欲を掻き立てられるに違いない。
「ウィリー殿下、ロドリゴ殿、例の依頼にまさにうってつけの人材が見つかりましたぞ。こちら、ナイトレイ王国のD級冒険者、リョウ殿。ちょうど、王国に向かう依頼をギルドで探しているところでした。しかも、今すれ違ったのですが、この国の大商人ゲッコー殿とも知り合いで、護衛依頼をしてきたとか。そういう意味でも信頼できる人材です。あと、依頼については、簡単な説明は行いました」
「リョウです」
そういうと、涼はお辞儀をした。
「ふむ」
一言そういうと、『爺や』、おそらくロドリゴ殿は、涼を上から下まで見て、大きく頷いた。
「まさに適材。明日出発ということで、正直、半ば諦めていましたが見つかりましたな。では、改めまして。リョウ殿、こちらはジュー王国の王子、ウィリー殿下です。この度、ナイトレイ王国に御留学されるために、王都に向かわれます。その際の護衛の一人として、あなたを雇いたいというのが今回の依頼です。引き受けていただけますでしょうか」
「わかり……」
「待て爺」
ロドリゴの説明を受け、涼が依頼を引き受けようとした時、当のウィリー殿下自身が口を挟んだ。
「それでは説明が足らぬ。きちんと、この依頼の危険な部分を説明すべきだ」
「しかし殿下……」
ロドリゴは顔をしかめ、コーンを見る。
コーンも顔をしかめている。何か問題があるらしい。
「二人が説明せぬというのならば、私がする。リョウ殿と言ったな。この依頼は、はっきり言って、極めて危険なものだ。実は私の影武者として雇われたのは、リョウ殿が初めてではない。国を出る際に冒険者ギルドが、私に背格好の似た冒険者を斡旋してくれたのだ。だが、我らは賊に襲撃され、その冒険者は連れ去られ……数日後に死体となって見つかった……」
ウィリー殿下は、悔しそうに、本当に悔しそうに話した。
自分のせいで、自分の身代わりとして人ひとり死なせてしまった、そう思っているのである。
「彼の犠牲で、我らは距離を稼ぎ、なんとかこの公都アバディーンにたどり着くことが出来たが……また襲撃されないという保証はどこにもない。だから、この依頼は危険なものなのだ」
「なるほど……」
ウィリー殿下の説明を聞き、涼は頷いた。
コーンもロドリゴ殿も、説明で嘘はついていない。
だが、最も困難な個所を伝えなかっただけだ。
伝えれば、せっかくみつけた適材の涼が、依頼を受けてくれないと思ったからである。
酷い話ではあるが、逆によくある話でもある。
それだけ、目の前の王子さまの影武者を何としても手に入れたいという一心だったのだろう。
「一つ質問があるのですが……」
涼は疑問をぶつけてみることにした。
「うむ、何でも質問してくれ」
ウィリー殿下は、一つ頷き、涼に質問を促した。
「殿下は、王都に御留学されるために向かう、ということでしたが……そのように危険な道中というのであれば、御留学を中止されてはいかがでしょうか」
涼の質問を聞いて、ウィリー殿下の顔には、一瞬、皮肉めいた表情が浮かんだ。
「そういうわけにもいかんのだ。名目は留学なのだが、実質はナイトレイ王国に人質として向かう。私が向かわねば、国にとって非常に難しい状況が発生するのでな……命の危険があるからと言って旅を止めるというわけにはいかないのだ」
人質として送られる者を、道中で拉致。
(まるで徳川家康だな)
話を聞いて真っ先に涼が思ったのは、そのことであった。
竹千代(のちの徳川家康)は、今川家に人質として送られたのだが、途中で拉致され尾張の織田家に送られてしまった。そんな話である。
とはいえ、その織田家で、まだ若かった織田信長と親交を結び、それがのちに天下を動かすことになるのだから、歴史とは不思議なものである。
現状、このウィリー殿下を襲撃している者の目的はわからないため、また襲撃されるかもしれない、そう考えるのは当然であろう。
だが……。
「殿下、ご説明ありがとうございます。ですが、私は私で、なんとしてもナイトレイ王国に戻らなければなりません。D級ですと、国をまたぐ護衛依頼はなかなかないのも事実です。そんな中、この依頼に出会えましたのはまさに僥倖。危険であることは承知いたしました。ですがそれを含めて、この依頼、お受けしようと思います」
「おぉ!」
涼が依頼受諾を告げると、ロドリゴ殿とコーンは同時に声を出した。
「そうか。ではリョウ殿、よろしく頼む」
ウィリー殿下はそういうと、涼の手を握って微笑んだ。
その後、一度ギルドに戻った涼は、ラーたちに依頼が見つかったことを報告した。
ただ、王都まで行くため、ルンの街に戻るのが、だいぶ先になりそうで、そのことをルンの冒険者ギルドに伝えて欲しいということと、領主館にいるセーラに手紙を届けて欲しいと告げた。
ラーは驚いていたが、横からスーが手紙を受け取り、自分が責任を持って手紙を届けると約束した。
その際に、スーが大きく頷いていたのが印象的だった。
涼には、その理由はわからなかったが……何かを大きく誤解したのかもしれない。
かくして、ウィリー殿下を王都まで護衛する依頼が始まるのであった。
終わるかなと思ったら、そのまま続けて新しいクエストが!……という、
ロールプレイングゲームで言う所の、連続クエストみたいな感じです。