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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第七章 インベリー公国
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0103-2

二人のすぐ傍らに、ゲッコーが寄って来た。


「商人は自らの身を守る、それがまず必要です。そのうえ、部下の命も守ることができれば、さらに素晴らしいでしょう? リョウさんの氷の壁はそれを可能にします。すぐには無理でも、身につけて欲しいものです」

ゲッコーは優し気に、練習する子たちを見ながらそう言った。



「なあ、ゲッコーさん。優秀な商人の条件っていったい何なんだ?」

部下を眺めるゲッコーに、シャーフィーが突然質問をした。

「どうしました、藪から棒に」

「いや、ほら、俺もこの商会に護衛として雇ってもらったら、こんな感じで商隊で移動するだろ? 少しは商人とか、商売とか、そういうのについて知っておきたいなと思って……」

シャーフィーはゲッコーの方を見て言った。


「やる気があるのはとてもいいですね。しかし……優秀な商人の条件……とても難しい質問です。というのは、一口に商人と言っても、いろんな人がいます。それぞれに得意分野もあれば、むいている手法も違います。ただ共通して言えるのは、真摯に商売と向き合う、ということでしょうか」

「真摯に商売と向き合う……漠然とし過ぎだな」

シャーフィーは頭を傾げながら言った。


それに対して、ゲッコーは笑いながら言う。

「まあ、そうですね。いつも商売の事、お客様の事、部下たちの事を考えているかどうか、ですかね。いつも考えているかどうかを見るには、質問をしてみればいいのです。以前に考えたことのある内容であれば、即答できるでしょう? 例えば……シャーフィー、商売の基本って、何だと思いますか?」

ゲッコーは、シャーフィーに突然質問をした。

「しょ、商売の基本……なんだろう、やっぱり儲けることじゃないか?」

シャーフィーは考えながらも、答える。

「なるほど。それも一つの答えです。そして、今までシャーフィーは、商人や商売を見て、そういう風に感じてきた、考えてきたということでもあるのでしょう」

「ああ、そうかもしれん……」

ゲッコーが言ったことを、シャーフィーは何度も頭の中で反芻した。



そこに涼が戻って来た。

ゲッコーが涼にも同じ質問をする。

「リョウさん。リョウさんは、商売の基本とは何だと思いますか?」

「リピーターの確保です」

ゲッコーの質問に即答する。

「り、リピー……?」

リピーターという意味が通じないゲッコー。

「あ、すいません……えっと、お得意様の確保です」

「なるほど。それはなぜ?」

明らかに、シャーフィーの答えに対してよりも、興味深げな表情を見せるゲッコー。


「お得意様を確保してあれば、来年、再来年とどれくらいの規模で売れるかの予測が出来ます。それを元に予算を組みやすくなります。経営に見通しが持てるというのは、最低限に必要なことです。しかも、いい商品、いいサービスだと認識してくださっているお得意様たちは、ご家族やお友達にも宣伝してくださいます。宣伝費をかけずに評判が拡がる、しかも近しい人や仲のいい人が勧めてくれるものであれば、信用も高いでしょう。だからこそ、お得意様を確保し続け、増やし続けるために、良い品物を作り続けることは、会社……商会にとっても大切な事になると思います」

そこまで涼は一息で言うと、シャーフィーとラーは唖然とした表情で見た。

「なるほど。リョウさんは、かつて、真摯に商売と向き合ったことがあるのですね」

そう言うと、ゲッコーは何度も嬉しそうに頷いた。


「リョウさん、冒険者をやめて、ぜひうちで働きませんか?」

「いえ、それはちょっと……」




ハルウィルを出て三日目の夕方、ゲッコー商隊は、ようやく王国東部国境の街レッドポストに着いた。

ルンの街を発って十二日目の事である。


レッドポストは、経済規模としては東部第二の都市スランゼウイとほぼ同じ大きさ。

南東にインベリー公国と境を接し、国同士の関係の良さからここ十年の交易拡大により、都市と呼べる規模に発展した。

ちなみに、北東側ではハンダルー諸国連合と境を接する。

レッドポストは、公国、連合両方に対しての『国境の街』でもあるのだ。


ゲッコー商隊は定宿に入り、受付を済ませた。



「あ、リョウがいる!」

そんな一行の後ろから、涼が聞き慣れた声が聞こえてきた。

涼が振り返ると、そこには案の定、『赤き剣』の風属性魔法使いリン、その後ろに盾使いのウォーレンがいた。


「あれ? リンとウォーレン? どうしてここにいるんですか?」

「もちろんお仕事だよ?」

リンが首を傾げながら答える。

「うん、そうですよね……あ、いやそうじゃなくて、二人がいるってことは、もしかしてリーヒャもこの街にいます?」

涼はあることに思い至り、リーヒャがいるかどうかを尋ねた。


「アベルじゃなくてリーヒャを聞くなんて……いくらリョウでも、リーヒャは落とせないと思うよ。アベルとリョウが、リーヒャをめぐってのバトル……私としてはあまり見たくない光景ね」

そう首を振りながらリンが言うと、その後ろでウォーレンも同じように、無言で首を横に振った。


「うん、そんなつもりはまったくありません。リーヒャって、高位の神官です?」

「うん? 誰かおっきな怪我とか、部位欠損みたいなのやっちゃった? 部位欠損は、欠損してから二四時間以内って時間制限があるよ? 他なら、まあリーヒャならたいてい、なんとかできるよ?」

リンの答えを聞くと、我が意を得たりと言わんばかりに、涼は大きく頷いた。


そして、すぐそばで二人の会話を聞いていたゲッコーの方を向く。

「ゲッコーさん、こちらはルンの街の冒険者『赤き剣』のリンとウォーレンです。リン、ウォーレン、こちら、インベリー公国の商人ゲッコーさん。護衛依頼で、僕とラーさんたちはゲッコーさんに雇われ、インベリー公国に向かっているところです」

涼がお互いを紹介する。



「B級パーティー『赤き剣』ですね、もちろん存じ上げております。ルンの街のマスター・マクグラスとはよくお取引させていただいておりますので、この先も何かありましたらご贔屓ください」

ゲッコーの自己紹介に、リンとウォーレンも簡単に自己紹介した。

もちろん、ウォーレンの分もリンが。


「リョウさんがお二方を紹介してくださったというのは、神官リーヒャさんの回復魔法で問題が解決するだろうということですね?」

「はい。ただ、もしゲッコーさんが、考えがあって公都についてから例の件を処理したい、とお考えなら無理にこの街でやる必要はないとは思いますが……」

ゲッコーの問いに、涼も少し探るような目をしながら問い返す。


だが、それを聞いてゲッコーは笑った。

「いやいや、そうは考えていないですよ。早く解決できるならそれに越したことは無い、と思っています。『赤き剣』にご協力いただけるなら、ぜひお願いしたいですね。もちろん、正規の報酬はご用意させていただきます」

そういうと、ゲッコーはリンとウォーレンに頭を下げた。


「私では何とも判断がつかないので……もう少しすると、二人が戻ってきますので、直接お尋ねください」

リンはちらりとウォーレンの方を見て、ウォーレンが頷くのを確認してから、自分にはわからないと答えた。


しばらくすると、アベルとリーヒャが宿に戻って来た。




宿内にあるカフェ……現代日本で言うなら、ホテルラウンジと言うべき場所であろうか。

そこで、一同は話をすることになった。


『赤き剣』の四人、涼、ゲッコー、マックス、そしてシャーフィー。

それぞれに挨拶と状況の説明が行われた。


「つまり、そのシャーフィーの胸にある呪われたタトゥーを剥ぎ取る。その傷を、リーヒャに癒してほしいと」

アベルが理解した後、自分の言葉で問い直す。


このプロセスは大切である。

お互いの誤解が生じる前に、齟齬が無いか確認するのである。


「はい、そうです。もちろん、高位の神官に対する喜捨と同額をお支払いする用意はあります」

ゲッコーは一度頷いてから答えた。

アベルは、リーヒャの方に、どうだ?という顔を向けた。

「私は構いません。うちのパーティーも、依頼が終わって、明日ルンに向けて帰るだけでしたから。ただ、先ほど見せていただきましたけど、そのタトゥー……剝がせます?」

「ああ、俺も昔、知り合いの錬金術師に診てもらったことがあるんだが、普通のタトゥーは皮膚に墨を入れているだけだから、皮膚を剥げば完全に取れるのだが、こいつはその下にまで浸潤しているとか言われた……。つまり肉もごっそり剥ぎ取る必要がある。だが、心臓は傷つけてはまずい、と……」

リーヒャの確認に、シャーフィーも昔言われたことを思い出しながら答える。


ここで、その場にいる多くの者が、頭の中で実際に剥ぎ取る光景を想像している。

この辺りは、冒険者である。

魔物の心臓から、日常的に魔石を抜き出していることが関係しているのであろう。



「なかなか厄介そうだな。なあ、リョウ、なんかほっそい水出してただろ? あれ、使えないのか?」

アベルが涼の方を向いて言う。

恐らくウォータージェットのことであろう。


「あれ? 僕、アベルの前でウォータージェット使ったことありましたっけ?」

「例のダンジョンでの三体、あれで首を斬り落としたんだろうと、後で見当がついた。見た瞬間は全くわからなかったが。ちなみに初めて見せてもらったのは、ゴーレムだ」

涼は、アベルにウォータージェットで何かを斬って見せた記憶は無かったのだが……。

アブレシブジェットでゴーレムを切断して魔石を取り出したのを覚えていたらしい。

それとダンジョン40層で、強いデビル三体の首を一瞬で斬り落とした時のことを覚えていたらしい。


「あれは特別秘密魔法ですので、口外禁止です」

涼はそう言うと、右手の人差し指を自分の口の前に持っていって立てた。

「特別秘密魔法ってなんだよ……」

アベルは呆れている。


とはいえ、周りの者たちは、なんとかなるのかという目で涼を見ている。

答える必要がありそうだ。



「ああ……えっと、残念ながらその魔法では無理です。一見、肉もスパッと切れるのですが、実際には切れた箇所の周りにも水が入り込んで、周辺の組織が損傷してしまうのです。その後、回復魔法で修復できるのか、ちょっとわからないのですよね」


ウォータージェットによる怪我というのは、現代地球においても存在していた。

損傷部位とその周辺は、なかなかに特殊な破壊のされ方となるらしく、ウォータージェットマシンの製造会社が、医療関係者向けにわざわざ情報を出していたくらいである。


まあ、涼自身としては、リーヒャの回復魔法が凄いなら、なんとかなりそうな気はしているのだが……部位欠損すら治すわけだし。

(もっと習熟すれば手術に使えるようになるのかな……ウォータージェットを使ったメスあったし……。まあ、今だと、リスクをさらに増やすだけか……)

リスクは少ない方がいい。

どうしてもとなれば、最終手段として採用しようとは思っているが。



「心臓手前に設置してある氷の膜の範囲を広げて、心臓とその周辺の重要な血管までカバーしましょうか。もし、タトゥーを切除する際にナイフとかが深く入ってしまっても、大丈夫なように」

「ああ、それがいいと思う」

涼の提案に、真っ先に賛成したのはマックスであった。

現在の流れであれば、マックスがナイフを入れて剥ぎ取るという可能性が高いと、彼自身が感じているからであろう。

死体からとはいえ、以前にタトゥーを剥ぎ取ったことがあるのは、マックスだけだからである。



「なあ、リョウさん、一つ質問があるんだが……」

シャーフィーが、言いにくそうに、わざわざ片手を挙げて質問する。

「はい?」

「俺の心臓って、氷の膜が張ってあるんだろ? それって、冷たくないのか?」

「ああ~」

シャーフィーの疑問に、リンが思わず頷いていた。

リンも同じ疑問を持っていた様である。


「冷たかったら、シャーフィーの心臓、止まってますよ?」

「お、おう……それはわかってるんだ。確かに止まっていない。動いている。だから、不思議でな……。いちおう自分の身体の事だし、教えてもらえると嬉しいな、と」

涼のもっともな回答に、シャーフィーは何とも言えない顔をして返答した。



「そもそも氷というのは、水になる際に周囲の熱を奪っていきます。だから、氷を手で持ったりすると冷たく感じるのです。ですがシャーフィーの体内に生成した氷は、魔法によって、永久に氷のままです。水になることはないので、周囲の熱を奪っていきません。それが一つ。もう一つは、そもそも、生成した氷の膜に、周りからの熱の移動を僕が禁じているから、温度の変化は起きないんですよ」

「熱の移動を禁じるとかできるの!?」

反応したのは、風属性魔法使いのリンであった。

「まあ、水関係だから、水属性の魔法使いの僕にはできます」


本当は、分子振動について話をするべきなのだろう。

低温で分子振動の小さい氷の膜自体の分子振動を一定で維持し、氷の膜の周囲、高温で分子振動の大きい個所から、振動が伝わらないようにしていると。

だが、それをここで説明できるほど、涼には化学の素養は無い。

細かな質問などされたら、答えるのは無理。

なので、ざっくりと「熱の移動を禁じる」と言ってみたのだ。


「か、風関係なら、私できるようになるかな……。寒い日とか、乗り切れるようになるかな……」

リンがぼそりと呟いた言葉は、涼には届かなかった。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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