0101 迎撃
本日(6月14日)二話目の投稿です。
前話『0100-2』を午前中に投稿しています。
お気を付けください……。
天幕に、ラーがやって来たところで、ゲッコーは話を始めた。
「今回の襲撃ですが、裏で糸を引いている者がいます」
「偶然通りかかった商隊を襲ったわけではなく、我々を狙い撃ちした、ということですね」
ゲッコーの切り出しに、マックスが補足する。
「そうです。私の命を狙ったのは確かなようですが、それが全てかどうかもわかりません。まだ他の、依頼した者には別の狙いがあったのかもしれません。今回はいくつも貴重な品物を運んでいますから……」
そう言うと、ゲッコーは自分のお茶を一口啜った。
「つまり、この先も襲撃があるかもしれないから、気を引き締めろってことですね。大丈夫ですよ、こう見えてもルンの街の冒険者ですから。俺らもリョウも、命のやり取りには慣れてますよ」
そう言うと、ラーは大笑いした。
「いや……もしかしたら契約解除してでも離脱すると言われるのではないかと……」
ゲッコーは少し笑いながら冗談とも本気ともつかないことを言う。
「またまたぁ、そんなことするわけないですよ。責任もって公都アバディーンまでの護衛依頼、完遂します。お任せください。なあ、リョウ」
「ええ、もちろんです」
ラーの振りに、涼も大きく頷いて答えた。
一度受けた依頼を途中で投げ出すのは、涼も嫌である。
「そうですか。それでは、改めてよろしくお願いします」
ゲッコーは嬉しそうに微笑むと、頭を下げたのであった。
「それにしても、ロー大橋を落としてまで目的を達成しようとする奴らとか、一体何者なんだろうな」
ラーの、呟きと言うには大きすぎる声。
襲撃のあった翌日、商隊はいつも通り朝食を済ませてから移動し始めた。
カイラディーの街を出て三日目である。
「ロー大橋って、そんなに大きいんですか?」
昨晩あの後、襲撃に関係した者たちが、ロー大橋も落とした可能性があるという話を聞き、さすがにラーも驚いていた。
「ああ、でかいな。幅四十メートル、長さ一キロ。計画自体は百年以上前からあり、計画されては放棄され、取り掛かっては中止され、を繰り返してきた橋だ。ようやく、十五年前に完成したんだ。それも、着工から完成まで五年以上かかったらしい」
「それは何とも凄そうですね……。一度見てみたかったです」
幅四十メートルの橋となると、けっこうな大きさである。
見ることが出来なかった涼としては、とても残念であった。
「報告では、一口に『崩落』って言ってたけど、どれくらい使えなくなったのかわからないからなあ。機会があったら、近くまで行ってみればいいんじゃないか? 橋の西岸にも東岸にも、街ができてたはずだから、観光がてら」
ラーは、そう言ってロー大橋観光を勧めるのであった。
昼食後、涼がまったり寛いでいると、ゲッコーの部下が五人やってきた。
涼の記憶が確かならば、五人とも水属性魔法を使っていた子たちである。
「あの、リョウさん、おくつろぎのところ申し訳ないのですが……」
「はい?」
「僕らに水魔法を教えてください」
一番年長であろう青年が頭を下げ、それに合わせて残りの四人も頭を下げた。
「え? あっ……と?」
突然の展開に驚く涼。
「昨日、僕らはリョウさんの魔法で救われました。今回の旅は、リョウさんがいらっしゃるのでいいのですが、僕らはこの先も、旅に出ることは多いと思います。今までは『水が出せる』だけで満足していましたし、実際それは長旅をする商人としては大きな武器なのでしょうけど、自らの身を守ることができるようになれば、さらにいいのではないかと」
「ああ、それで……アイスウォール、昨日の氷の壁が使えるようになりたいと?」
「はい!」
五人が一斉に返事をする。
上は先ほどから話している十八歳程の青年から、下は多分まだ十歳くらいの男の子まで……。
「う~ん……」
教えるのは構わないのだが、涼は他の人に魔法を教えた経験が無い。
さらに、アイスウォールがどれほどの魔力を消費するのかもよくわかっていないのだ……。
さてどうしたものかと思っている時に、涼の<パッシブソナー>が反応した。
勢いよく立ち上がって言う。
「緊急事態だ。この件は後で」
そう言うと、涼は辺りを見回し、マックスを見つける。
「マックスさん! 東の方向から多数の魔物が来る!」
涼が叫ぶと、マックスは急いで涼の元に走ってくる。そして走りながら大声で問うた。
「数と距離と時間は?」
「数は百以上、距離は五百メートル、時間は一分後。アイスウォールで周囲を囲います。全員、馬車の内側へ」
夜営と違い、昼食休憩であったために馬車十台は円陣のように固まっていた。
「全員馬車の内側へ! 急げ!」
マックスの叫びと同時に、ゲッコーをはじめ、その部下たちも機敏に行動する。
三十秒もかからずに全員の移動が完了する。
「リョウ、いいぞ」
「<アイスウォール10層パッケージ>」
アイスウォールが、馬車の外側をぐるりと囲んで生成される。
それが完了するのとほぼ同時に、魔物の先頭が野営地に到達した。
ガキン ガキン ガキンガキンガキン……
魔物がアイスウォールにぶつかって、かなりの衝突音が発生する。
それも連続で。
魔物たちは、ボア系を中心にしてはいるが、かなり雑多な種類で構成されていた。
東から西へ。
アイスウォールにぶつかった魔物も、起き上がってすぐに西に向けて走り出す。
そんな状況が五分ほど続き、ようやく魔物の群れは途切れた。
だが、涼の<パッシブソナー>は、森の中に五人の人間を捉えていた。
(百メートル程の所に五人……いつ現れた?)
「リョウ?」
魔物の群れが通り過ぎても、未だに涼がアイスウォールを解除しないことを不思議に思ったマックスが問いかけた。
その問いを片手で制して涼は考え続ける。
(距離百メートル……ギリギリ届くか? まあやってみよう。<アイスバインド>)
狙い違わず、一番近くにいた不審者の手足を、氷の鞭で拘束する。
だが、その瞬間、拘束した相手の生体反応が途切れた。
つまり、殺されたのである。
「なに!?」
これはさすがに想定外であった。
拘束されただけで殺される……そんな切り捨て方をするのは尋常ではない。
しかも、これだけでは終わらなかった。
ゴオゥ
アイスバインドで拘束したあたりから、強烈な炎が立ち上がったのである。
「まさか!? <スコール><氷棺>」
<スコール>で強烈な雨を降らせて消火し、『氷棺』で死体を囲う。
その氷棺に対しても、残った四人が攻撃をしたようだが、一切の攻撃が効かないと知ると、東の方へと撤収していった。
「ふぅ」
ようやく一息ついた涼は、周囲から視線を向けられていることに気付いた。
「ああ、すいません。ゲッコーさん、マックスさん、ラーさん、ちょっと説明したいので……」
涼がそういうと、三人は集まって来て、他の者は少し四人から離れた。
「何かがあったのはわかったが……」
「火が上がっていましたね」
「まあ、リョウがやることだ、心配してはいないがな」
マックス、ゲッコー、ラーそれぞれが、感想を述べる。
「はい。実は、先ほどの魔物の襲撃に紛れて、五人ほど接近してきていました」
「なんだと!」
「しばらく待っても潜んだままでしたので、魔法で捕らえようとしたのですが……捕らえた一人を、残った奴らがすぐに殺しました」
「な……」
涼の説明に、マックスが驚いた。裏でそんなことが起きていたとは……。
「さっきの炎はそれですか?」
ゲッコーが質問をする。
「正確には違います。殺した仲間の死体を、焼却しようとしたのだと思います。つまり、死体すら残さないような相手です」
「なるほど……徹底していますね」
自分の命が狙われているのに、ゲッコーは冷静に反応した。
完全に腹をくくっている。
この辺りは、さすが海千山千の大商人であろうか。
「燃やされないように、氷漬けにしました。それも攻撃していたみたいですが、無理と見て、東の方へ去って行きました」
「本当に……厄介な連中に狙われたようです」
涼の説明に、ゲッコーは苦笑しながら頭をかいた。
<氷棺>に入れた相手の周りには、確認に来たものを殺すための罠が仕掛けられているかもしれない。
涼のその説明で、罠発見と解除にグン、涼、マックスの三人で、<氷棺>に入れた相手を見に来ていた。
案の定、不用意に入り込んだ者をまとめて燃やし去るための罠が仕掛けられていたが、グンによって問題なく解除された。
「これは……なんというか、凄いな」
氷棺に入れられた死体を見て、マックスが呟く。
「では、棺を消しますね」
涼はそういうと、氷棺を消し去った。
死体の検分は、マックスとグンに任せ、涼は周囲を見て回った。
(この死体以外にも四人が潜んでいたはずなのだが……ほとんど枝も折れていない。わずかに、草がへこんでいるだけ。森の中での行動に、相当慣熟しているのか……それとも、別の理由か……)
もちろん、涼には、いわゆるレンジャー的な知識はない。
せいぜい、ネット上に転がっていた知識や、中高大の友人たちが喋っていた知識の断片があるだけである。
そんな涼の耳に、マックスとグンの会話が聞こえてくる。
「ダメだな、見事に何も持っていない」
「身元を特定できる物はもちろん、武器も短剣だけ……何か、燃えた跡はあるがわからん」
「せいぜい、全身黒ずくめの服装ってことくらいか?」
涼は振り返り、二人が検分している遺体を見た。
(全身黒ずくめの服装? 最近どこかで見た記憶が……。ああ、ウィットナッシュか。砂場で、ニルスたちがあの火魔法使いと戦っている時に、周りに転がっていた死体だ。後から聞いたら、あれって皇女様を狙って来てたんだよね。あの遺体とこの遺体……似てる……かな? まあ、悪い奴なんてみんな黒ずくめの服装だし、わかんないや)
独断と偏見で、もの凄く適当なことを考えた涼であった。
(あれ? でもあいつら、わざわざこの遺体を燃やそうとしたんだよね? 特定されないんだったら、別にそこまでしなくてもよくない?)
「どうしたリョウ?」
遺体をまじまじと見ながら、何やら考えている様に見える涼に、マックスは声をかける。
「いえ……あいつら、わざわざこの遺体を燃やそうとしたのはなんでだろうなと思いまして……」
「それは残していけない何かが……身体か!」
そういうと、マックスは遺体の服を剝がし始める。
「隊長、そんな趣味が……」
「馬鹿! 身体に何か特徴があるんじゃないかってことだよ。グンも手伝え」
そういうと、二人は遺体の服を脱がし始めた。
何カ所かは、燃やされた際に皮膚と服が焦げ付き、焼けただれている。
だが、なんとか剝がし、見つけたのは、ちょうど心臓の位置にあるタトゥーであった。
「このタトゥーは……何だ?」
「頭が二つの鳥……」
「それに剣が突き刺さっている……?」
マックス、グン、そして涼も見た。
(双頭の鷲、の紋章? それを剣で突き刺す? そんなのは聞いたことない……まあ、この『ファイ』という世界について、全然知識ないんだから当然なんだけど)
しばらく三人はそのタトゥーを見ていたが、マックスがおもむろにナイフを取り出し、胸の部分を削ぎ始めた。
「た、隊長!」
突然の行動に、グンが驚いて声をあげる。
「仕方ないだろ。これしか証拠が無いんだ。ゲッコーさんなら、もしかしたら知ってるかもしれんしな」
そう言いながら、手を休めることなくタトゥーのある胸を削ぎ取った。
「う~ん、こんな紋章は見たことないですねぇ」
剥ぎ取ったタトゥーを見たゲッコーであったが、彼の知識の中にも該当する紋章はなかった。
「だいたい、剣が突き刺さった鳥というのが……本当に紋章なのか疑問です。とはいえ、彼らにとって何か重要な意匠であることは間違いないでしょうが。これは、頭に留めておくべき重要なピースな気がします。マックス、よくやりました。リョウさんとグンも」
そういうと、ゲッコーは三人に、大金貨を一枚ずつ渡し、剥ぎ取ったタトゥーを持って自分のテントに戻って行った。
タトゥーは気になるが、どうも問題として解けそうもないので、涼は考えるのをやめて、ラーたちの元に戻った。
「リョウ、おかえり。もうすぐ出発するらしいぞ」
「わかりました。ラーさん、ご存じないですよね?」
涼は、さきほどあったことを手短に話した。
「剣の突き刺さった双頭の鷲? なんだろうなぁ。双頭の鷲に、かなり深い恨みでも持ってるのかねぇ」
ラーは頭を傾げながら答えた。
「なるほど、その可能性もありますね」
そこまで考えたところで、前から声が聞こえてきた。
「出発します」
商隊から五キロほど離れた森の中。
五人の黒装束の者たちがいた。
「申し訳ありません、ナターリア様」
戻って来た四人から報告と謝罪を受けたナターリアと呼ばれた女性は、小さく首を振っていた。
「氷の壁か……。ゲーの手足を拘束したのも、氷と言ったな」
「はい」
「やっかいな魔法使いがいるようだな。これは少々困った……。して、報告は以上か?」
その問いに、戻って来た四人の間に動揺が走る。
だが、答えないわけにはいかない。
「実は……ゲーの遺体の処理に失敗いたしました」
「なに!」
初めて、声に不快さが混じった。それを聞いて、四人は怯える。
「も、もうしわけ……」
「謝罪はいい、なぜ処理に失敗した?」
四人は起きたことを答えた。
燃やしたのだが、突然土砂降りになり、火が消された。
そして瞬時に、ゲーの遺体が氷漬けにされ、その氷はどんな攻撃をしても傷一つつかなかった。
そのため、撤収してきたと。
「また氷か! これは相当に厄介だな……」
(ロー大橋を落として合流してみれば、別動隊が遺体処理を失敗する失態。冒険者が入ったとはいえ、二十名程度の護衛ならいくらでも方法はあると思っていたのだが、入った冒険者の中になにやら厄介な水属性魔法使いがいると。これは、手を出すべきではないだろう。本部から、一度ロー大橋崩落の報告に戻れと命令が来ていたな。行き掛けの駄賃にゲッコー暗殺もと思っていたが、欲をかきすぎては全てを失うか)
「我らは、本部にロー大橋崩落の報告に戻る。その旨、本部に連絡せよ。ゲッコー暗殺は未だ取り掛かっていないと、ついでに伝えよ。向こうで、勝手に別の隊に暗殺の仕事を割り当てるであろう」
部下にそう告げると、ナターリアは呟くのであった。
「水属性の魔法使いなんて使えないと思っていたのだが……認識を改めねばな」