0100-2
本日(6月14日)、日曜日の追加投稿を……なんとなくしてみました……。
次話『0101』は、いつも通り本日21時に投稿します。
カイラディーの街を出て、二日目の朝まで、何も問題は無かった。
昼食休憩に入ったところで、涼はラーに話しかけた。
「先ほどから、二人ほど、この商隊の様子を窺うかのように、距離を保って見張っているみたいです」
「なに!?」
涼の報告を受けて、ラーは涼を連れて、護衛隊長マックスの元に行った。
「マックスさん、二人ほど、この商隊を監視している奴がいるらしい。リョウがそう言ってるんだが」
「盗賊の斥候かもな。リョウ、視線を動かさないで、どの辺にいるか教えてくれ」
「前方四百メートル程の樹上、後方も同じくらいの距離の地上。それぞれ一人ずつですね」
涼は顔をマックスの方を向いたまま、掴んでいた情報を伝えた。
「四百メートル……そんな遠い奴、よくわかったな」
「水属性魔法に、ちょうどいい魔法があるんです」
想像以上に離れた地点の見張りに気付いたことに、マックスは驚いた。
涼の場合、<アクティブソナー>を使えば、一キロ近い距離であっても把握することが出来る。
だが、アクティブソナーは、相手が鋭敏であった場合、気付かれる。
少なくとも、誰かが探っている、ということは相手に知られる。
実際、『封廊』に取り込まれた際、最初にアクティブソナーを使ったら、悪魔レオノールは見えない距離から反撃してきた。
そういうものなのである。
だが、今回のように、<パッシブソナー>と涼は便宜上名付けているが、受動的なソナーであれば、相手に気付かれることは無い。
さて、世の中には『気配』とか『気配を感じる』などという言葉が存在する。
もちろん、科学的に定義されたものは、二十一世紀の地球においても存在していない。
だが、存在を疑う者はほとんどいないであろう。
それは、対象が発する匂いであったり、対象がいることによって生じた空気の流れの変化であったり、あるいは対象がいることによって生じた音の伝わりの変化であったり……そういった論理的に説明可能な、だが要素としてあまりにも極小なために実験しにくいであろう現象なのだろうと、涼は勝手に思っていた。
どちらにしても、気配を感じとる側が、何か行動を起こして気配を感じるわけではないのだ。
『対象』が動くから、あるいはそこに存在するようになったから生じた変化を、感じ取っているのだ……きっと。
例えば、自分は先に、水の中でじっとしているとしよう。
その真っ平らな水面に石が投げ込まれたらどうなるか。
待っていれば、その投石によってできた波紋はこちらまでやってくる。
それを捕捉することによって、投げ込まれた物の大きさ、波の崩壊具合から自分までの距離などを把握することが出来る。
投げ込まれた物は、自分の存在を捕捉されたのかどうかはわからないままに。
そして、涼の<パッシブソナー>もその延長線上にあるものである。
空気中に漂う水分子、これを伝ってやってくる情報を、涼は分析するのだ。
今までなかったものが生じたことによる変化、今までいなかった者が現れたことによる変化、あるいは、そこにいた者が動いたことによる変化などを。
護衛隊長のマックスは、護衛隊の斥候に、相手を観察させることにした。
そのことを涼とラーに伝え、二人には今まで通りの行動をしてくれるように頼む。
とりあえず、役目を果たした二人は、仲間の元に戻り、昼食をとるのであった。
「多少は役に立てたみたいで良かったです」
「おう、かなり離れた斥候も見つけられるなんて、水属性魔法ってすごいな」
涼は多少なりとも感謝されたことで安堵し、ラーは素直に涼の探索能力を称賛した。
「以前聞いたことがあるんですけど、冒険者ギルドには、僕以外の水属性魔法使いがいないんですよね?」
「ああ……。そういえば、いないな。水属性の魔法使いは、冒険者みたいな危ない仕事より、街中での仕事とか、それこそ、この商隊みたいなところで需要があるんだよ。この商隊にも、護衛隊じゃなくてゲッコー殿の部下の方に、水属性の魔法を使える人が何人かいたはずだ」
「なるほど! 商隊にいれば、水を積まなくてもいいですもんね!」
「そういうことだ」
涼が見回すと、確かに水属性魔法を使って水の補充をしているらしき、ゲッコーの部下たちがいた。
もちろん一度も話したことなどないのだが、その光景に、一方的な親近感を覚える涼であった。
その日の夕方、商隊は野営の準備に入った。
野営地の中央では、四十人分の夕飯をまとめて作っている。
商隊用の大釜で、スープ系の物が作られているのが、涼の所からも見えた。
「護衛依頼っていうと、冒険者は干し肉とパンが相場だ、と聞いていたのですが……この商隊は違いますね」
「さすがに国を代表する商人と、その専属の護衛たちだからな。旅慣れているというか、士気を保つのが上手いというか……。長い旅における食べ物の重要性を、ゲッコー殿が理解されているのだろうな」
涼は過去の依頼と比べても……と言っても、ウィットナッシュへの護衛依頼しか経験していないのだが、ラーはこの商隊のトップであるゲッコーが、色々な意味で優秀であることを指摘した。
「やっぱり普通は、干し肉とパンですか?」
「やっぱり普通は、干し肉とパンだ」
涼の確認に、ラーは力強く頷いた。
そこへ、護衛隊長のマックスがやってくる。
「二人とも。昼の件だが、うちの斥候が確認したところ、間違いなく盗賊の斥候だそうだ。襲ってくるとしたら、今夜から明日の夜までのどこか、だと思う」
「昼間、ということもあるんですか?」
涼が思わず問うた。
襲うなら夜陰に紛れて、のほうが成功率が高いのではないかと思ったからだ。
「盗賊共の方が戦力が多くて、姿を見せれば戦わずして降参するだろう、と思っていれば昼間出てくるかもしれん。そういうのを見定めるための斥候でもあるからな」
「なるほど……」
戦わずして勝つ、それこそが最上。
「とりあえず、夜襲の可能性を頭に入れといてくれ。あと、リョウの魔法は、防御が凄いと聞いたのだが、本当か?」
「そういえばアベルさんも言ってたな。リョウに氷の壁を張られたら手も足も出ないって」
マックスの問いに、ラーが答えている。
「氷の壁か! リョウ、ものは相談なんだが、夜襲を受けたら、真っ先にゲッコーさんのところに行ってくれないか?」
「ゲッコーさんのところ?」
「ああ。ゲッコーさんとその部下たちは、野営では出来るだけ集まってテントを張って休んでいる。これは、もしもの時に護衛隊が彼らを守りやすくするためなんだが。もし可能なら、彼らが集まっている所を、その氷の壁で囲んで守ってくれるとありがたいんだ。どうだろう」
この商隊が真っ先に守るのはゲッコーさんとその部下。
運んでいる品物ももちろん大切ではあるが、まずは人材の保護が最優先になっているということである。
人材こそ宝。
商売の本質的基本である……本来は。
「もちろん大丈夫です。じゃあ、夜襲されたらゲッコーさんのところに行って、そこで氷の壁を張って皆を守りますね」
「頼む。これで俺らも後顧の憂い無く戦える」
そういうと、マックスはいい笑顔を浮かべた。
「あと、見張り番は、昨日と同じ班分けだ」
そう告げると、護衛隊長マックスは二人の元から去って行った。
見張りは、二十人が一班五名の四班に分かれ、各二時間ずつである。
「リョウは、最初だったか?」
「はい。最初の見張りです。ラーさんは三番目、でしたっけ?」
「ああ。二時から四時までとか……一番襲ってきそうだよな」
ラーは、苦笑しながらそう言った。
ゲッコー商隊の野営地から、四キロほど離れた洞窟の入口に、男たちは集まっていた。
二十人を超える男たちは、見るからに盗賊、と言わないまでも、堅気の仕事をしている者たちには見えなかった。
「護衛は二十人か……確かに、けっこうでかい隊だな」
「それだけ、稼ぎも多いという事かな」
「もらった情報では十五人ということだったが……」
「誤差の範囲かと」
この場を取り仕切っている男は、左目が潰れていることもあってか、他の者を圧倒する雰囲気を纏って、口を開いた。
「まあいい。奪った品物は全て俺らの物。恨みのある商人、ゲッコーと言ったか? そいつを殺してくれ……変な依頼だぜ」
「とはいえ、時間、荷馬車の数の情報など、何から何まで、全てお膳立てされてますからね」
「あったりめえだ。そうじゃなきゃ、わざわざこんな旧街道くんだりまで出張ってくるかよ」
左目が潰れた男はそう言うと、目の前の酒を呷った。
「夜襲は、いつも通り三時だ。準備しやがれ」
深夜三時。
野営地まですぐの距離で蠢く影が約二十。
「よし、かかれ!」
左目が潰れた男が号令を下す。
一斉に、盗賊たちが野営地に突っ込んだ。
野営地を囲んでいた陣幕を切り払い、あるいは押し倒して盗賊たちは侵入する。
だが……、
「誰もいねえ!」
「火はついてるが……」
「おい、どういうことだ!」
そんな盗賊たちの声に応えるかのように、野営地の外から矢と魔法が飛んでくる。
「くっ、はめられたか!」
「罠だぁ」
盗賊たちの叫び声が、野営地の中を飛び交う。
矢と魔法によって、半分ほどに減らされた盗賊たち。
「突っ込め!」
そこに、護衛隊長マックスの声が響き、全方位から野営地の中心に向かって商隊の護衛とラーたち冒険者が包囲を一気に縮めて近接戦に移行した。
激しいが、ほとんど一方的な戦闘は、五分もかからずに終結。
その間、涼が行ったのは、言われた通りゲッコーとその部下合計二十人を、アイスウォールで囲って安全を確保することだけであった。
ゲッコーの部下の内で水属性魔法を使っていた者たちが、アイスウォールを手で触ったり、甲で叩いたりしていた光景に、ちょっとだけ微笑ましいと思ったのは内緒である。
(とにかく、危険にさらされずに任務全う。よかったよかった)
涼はそう思っていた。
どうも最近、ルンの街で、涼は周りにいる人たちから『戦闘狂』と思われているようだと感じていた。
その理由は、模擬戦などで笑顔を浮かべながら戦っているかららしい……。
戦闘の相手であるセーラからも「リョウは楽しそうに戦うよね」、
笑顔でそう言われたことがある……。
いや、それセーラもだから……。
決して、涼だけが戦闘狂なわけではない!
そう、声を大にして言いたい……涼の心の叫び……。
さて、一方的な戦闘であったため、護衛隊ならびに冒険者には、死者、重傷者は出ず。
最後の近接戦で、かすり傷を負ったものが二人出ただけであった。
翻って盗賊側は、二十人のうち十八人がすでに死亡していた。
降参した二人も、情報を引き出すために殺されていないだけ。
「基本的に、盗賊は捕まえたらその場で全員殺すことになります」
商人ゲッコーは、戦闘が終了しアイスウォールを解除した涼に向かって、そう説明した。
「すぐ近くに街があればともかく、そもそもそんなところで盗賊が襲ってくるわけがないので……たいてい街から離れています。そうなると、街まで連れて行くのも大変で、リスクが大きい。かといってその場で解放すれば、別の商隊が襲われたりする可能性が出てくる……。そのため、盗賊はその場で殺すのが、中央諸国では不文律になっているのです」
説明しながらも、ゲッコーの顔色はあまりいいとは言えなかった。
「犯罪奴隷、とかそういうのにしたりはしないのですね」
「ええ。中央諸国では人間の奴隷は完全に禁止されていますからね。亜人奴隷も、帝国以外では禁止です。殺害と言うのは、倫理的にもあれですが、経済的にももったいない気はします。まあ、だから奴隷にしろというのも……それはそれで、違う気もしますけどね」
経済的にもったいない……この辺りは、さすが商人……なのかもしれない。
奴隷が完全禁止というのは、実は、涼は初めて知った。
ついでに、帝国だと亜人奴隷がいると……。
そう、『亜人』というのも初めて聞いた……エルフやドワーフは、どうなのだろう?
「帝国では、人間以外は全て亜人です。エルフもドワーフも……」
ゲッコーは何とも言えない表情を浮かべながら、頷いた。
涼がそんな感じでゲッコーと話していると、護衛隊長のマックスが一人の部下を連れてやってくる。
「ゲッコーさん、安全は確保されました。周囲にも、盗賊の生き残りはいません」
「そうですか、ご苦労様。で、生き残りから何か情報は引き出せましたか?」
「それが……グン、直接報告しろ」
マックスはそういうと、後ろに連れて来ていた斥候らしき人物に命令した。
「はい。それが、あいつら東街道付近で活動している『東の狼』という盗賊団で。そんなやつがなんでこのタイミングで旧街道に、ってことでそこを重点的に『訊いて』みたんですが、幹部の方に情報が来てたらしいんです。今日、旧街道を馬車十台の商隊が通ると。しかも、しばらく東街道は通行止めになると」
そこまで聞いて、ゲッコーはひどく驚いた。
「まさかロー大橋が崩落したというのも、事故ではなく誰かの妨害工作?」
「ええ、可能性はありますよね」
ゲッコーの疑問を、マックスが肯定した。
「ですがロー大橋は要衝。確か、かなり大規模な駐留軍が守っていたはずです。工事だけで五年以上かかりましたからね。その駐留軍の目をかいくぐって崩落させた者たちがいたとしたら……相当な力を持つ勢力でしょう。しかも話の流れ的に、我々を狙っている可能性がある……?」
ゲッコーは口に出しながらも、いろいろと情報を整理しているかのようである。
「残念ながら、『東の狼』の連中に、情報を流した奴らについては、捕まえた二人は知らないという事でした。ただ……」
「どうしました、グン?」
言い渋るグンを、ゲッコーが促す。
「幹部からの指示では、ゲッコーさんを殺すようにというのがあったと……」
その言葉に、ゲッコー以外が驚いた。
だがゲッコーだけは、見た限り特に動揺も無く……。
そして、ゲッコーは冷静に言葉を紡ぐ。
「わかりました。ご苦労様でした。マックス、リョウさん、ちょっと話があります。あと、グン、ラーさんを呼んできてください」
ここに来て、ついに、ようやく、盗賊襲撃イベントです!(すぐ終わっちゃいましたけど)
本日は二話投稿予定です。
次話『0101』は、いつも通り本日(6月14日)21時に投稿します。
よろしくお願いいたします。