0096 団体戦
昨日のゴードン対クリムトの模擬戦後。
結局、勇者パーティーの風属性魔法使いアリシア、土属性魔法使いベルロック、最後になんと勇者ローマンまでが、一対一の模擬戦を行った。
ローマンの相手は、騎士の家系で、子供の頃から剣を嗜んできた第一中隊長エミール・フィッシャーであったのだが……さすがに、全く相手にならなかった……。
勇者パーティー一行は、準備された別館で朝食。
フィオナたち三人は、演習場内の食堂で朝食を食べた後、師団長室で報告会を開いていた。
そう、三人。
いつもなら、第四演習場にこもっている副長オスカーも、朝食と朝の報告には訪れるのであるが、今朝は姿を見せなかったのだ。
「殿下、副長はいかがいたしましょうか」
さすがに、心配な様子を顔に浮かべながら、副官ユルゲンがフィオナに尋ねる。
「うむ、何もせずに放っておけ」
「よ、よろしいので?」
「今日あたり出てくるだろう。その前兆だ」
フィオナは、オスカーが気持ちの整理に、ようやく目処が付いたのであろうことを理解し、微笑みながら答えた。
「師匠が出てくるというのならば……午前中に団体戦を申し込むか。師匠が出てくるのがまだ先になりそうなら、いつでもよかったのだが……今日、明日にも出てきそうなら早い方がいい」
「副長が出てきたら、ローマン殿が副長しか見なくなるからですか?」
「うむ。我々がローマン殿に相手をしてもらえなくなる。それはもったいないであろう?」
マリーの確認に、フィオナは笑って答えた。
(副長復帰の目途が立ったから、殿下に眩しい笑顔が戻ってきた)
マリーは心の中で喜んだ。
「本日は団体戦をしてはどうか、ということでしたが?」
勇者パーティーの折衝役、聖職者グラハムがフィオナに確認する。
変な言質を取られないように、勇者ローマンは数歩下がったところで他のメンバーと待っている。
(グラハム殿も苦労の多い事だ)
その苦労を強いているフィオナ自身が、心の中で笑いながら思った。
「七対七でどうでしょうか。そちらのパーティー並みの戦力を七人揃えるのは簡単でないというのは理解していますが、勇者パーティーとの試合など、こちらとしては一生に一度もない経験。ぜひ、お願いしたい」
「いえ、そちらの師団が優秀な人材を抱えているというのは、昨日の模擬戦で、我々も理解しております」
昨日の模擬戦は、魔法戦でゴードン、アリシア、ベルロックという、火、風、土が戦い、勇者側が全勝したものの、師団側もかなり善戦した内容であった。
火属性魔法使いのゴードンなどは、自分だけではなく、アリシア、ベルロックも決して楽勝でなかったのを見て、完全に認識を改めていた。
それほど、差のない試合だった……。
もちろん、対勇者戦は除く。
「わかりました。七体七の模擬戦、お受けいたします」
そういうと、グラハムはフィオナに一礼し、後ろに下がっていたパーティーメンバーを呼び寄せた。
「ありがたい。さて、問題はうちのメンバーだな。昨日はずっと立ち合いをしていて不満そうであったユルゲンをメンバーに入れよう。立ち合いが別の者になるが、グラハム殿、よろしいか?」
(来たか!)
フィオナの提案を聞いて、グラハムは思った。これは勝ちに来ていると。
(副官というからには、戦闘能力が全く無くて調整に長けた人材か、逆に一般の師団員を圧倒する力を持った者かのどちらかだと思っていましたが、後者か。これは厄介そうだが……こちらにはローマンがいる以上、万が一はないでしょうが……)
「はい。もちろん構いません」
立ち合いの変更を受け入れるグラハム。
「ユルゲン、マリー、第二中隊長ニン、第三中隊長シュトック、第四中隊長エルザ、それと次席回復士マーマ。立ち合いは、昨日勇者と戦った第一中隊長エミール。うむ、こんな感じのメンバーだな」
「殿下、横から失礼いたします。師団側のメンバーは六人しかいないのですが……」
恐る恐るといった感じで、フィオナに問いかける副官マリー。
「もちろん私も出るから、それで七人だ」
「ああ、やっぱり……」
予想通りの答えにうな垂れるマリー。
副官マリーとしては、フィオナには安全な場所にいてもらいたいのだが……。
「隊の回復に次席のマーマはもらったが、主席のフィンと救護小隊は全員待機している。余程のことが起きても対応できる。心配するな」
そういうと、フィオナはマリーににっこり微笑んだ。
「ルールは昨日とほぼ同じです。即死攻撃は不可。降参、気絶、七人全員が戦闘継続不可能と立ち合いが判断した場合に、試合終了とします」
五十メートルの距離を取って、勇者パーティーとフィオナパーティーが向かい合う。
「オープニングから全力砲撃。勇者パーティーを本気にさせろ」
フィオナは、自パーティーにむかって囁いた。
そして、立ち合いである第一中隊長エミールの声が響き渡る。
「それでは、試合開始!」
「<ライトジャベリン>」
「<ファイアージャベリン>」
「<ソニックブレード>」
「<ファイアーレイ>」
「<風一色>」
「<石槍殺間>」
「<天地崩落>」
帝国皇帝魔法師団の中でも、最精鋭七人による全力の魔法攻撃。
全力展開された演習場の魔法障壁が、一部弾け飛ぶ。
轟音が辺りをつんざき、光が奔り、砂煙が一帯を覆う。
「あの……即死攻撃は禁止……」
立ち合いの、第一中隊長エミールの言葉は、誰にも届かなかった。
「団長……天地崩落を放ったぞ……」
「マリーさんもユルゲンさんも全力だ……」
「死んだだろ、これ」
観客席に陣取る師団員たちが驚きながら囁きをかわす。
勇者パーティーの周りは、吹き上がった砂塵が落ち着き、ようやく周りから確認できるようになると……。
「無傷……」
観客席の、誰の口から呟かれた言葉であろうか……だが、多くの師団員が抱いた感想も同じものであった。
マリーの<風一色>、ユルゲンの<石槍殺間>、そしてフィオナの<天地崩落>……いずれも、個人の対多人数攻撃魔法としては、帝国最強の一角である。
それを受けて無傷とは……にわかには信じられなかった。
だが、それはあくまで観客席に座る師団員の話。
演習場にいるフィオナパーティーのメンバーは、当然という顔をしていた。
「魔法障壁は破りましたが、勇者の聖剣を突き破れませんでしたか」
呟いたのは副官ユルゲン。
勇者パーティーの先頭には、聖剣を構えたローマンが立っていた。
「むぅ……魔法障壁が、ほとんど耐えられずに消滅しました」
「生成した土壁も役に立たんかったわい」
「風の防壁も、あっちの風属性の範囲攻撃に撫でられただけで消えた……」
聖職者グラハム、土属性のベルロック、風属性のアリシアがぼやく。
「つまり、ローマンが聖剣で打ち払わなければ、さっきの一撃で全員やられてたってのか!」
「いや、ゴードン、あんたも魔法障壁展開しなさいよ」
ゴードンの怒りに満ちた声に、斥候のモーリスがつっこんだ。
「みんな!」
勇者ローマンの声が響き渡る。
「手加減無しの本気でいく」
そのローマンの言葉に、パーティー全員が頷いた。
「OK <パーティーヘイスト><エンチャントウインド>」
それまで、一言もしゃべらなかったアッシュカーンがトリガーワードを唱えると、勇者パーティー全員が風に包まれ、勇者ローマンの聖剣と斥候モーリスのダガーが緑に輝いた。
「殿下、彼女はエンチャンターです。勇者パーティー全員のスピードが上がります」
「!」
第四中隊長エルザの言葉に驚くフィオナパーティーの面々。
戦闘において常に冷静、それを信条とするフィオナですら例外ではありえなかった。
だが、それを極力、表には出さない。
「中央諸国にはいない魔法職だな。来るぞ!」
フィオナの言葉と同時に、先ほどのお返しとばかりに、勇者パーティーからの魔法攻撃がフィオナパーティーに降り注ぐ。
同時に、勇者ローマン、斥候モーリス、そして先ほどエンチャントをかけた風属性魔法使いのアッシュカーンが白兵戦を挑みに突っ込む。
迎え撃つのは、モーリスに対してマリー、アッシュカーンに対してユルゲン、そして勇者ローマンに対してはフィオナであった。
「皇女様がローマンの相手かよ……」
思わず、そんな言葉を口からこぼしたのはゴードン。
さすがに無理だろ……ゴードンはそう言葉を続けようとして……続けることが出来なかった。
パーティーのちょうど中間でぶつかったローマンとフィオナは、激しい剣戟を繰り広げる。
ローマンは剣士である。
しかも勇者である。
さらに、今はヘイストによってスピードも向上している。
だが、そんなローマンに対して、フィオナは一歩も引かずに打ち合った。
そもそも、普通は勇者と剣を打ち合うということ自体が、滅多に起きない『現象』なのだ。
勇者ローマンが持つ聖剣アスタルト。
これと打ち合うということが、普通の剣では不可能だから。
ただの一合で砕け散る。
だが、フィオナが持つ剣も、尋常な剣ではなかった。
帝室が誇る二つの魔剣のうちの一振り、宝剣レイヴン。
一振りの中に、風と火という二つの属性を宿すと言われる神話級の剣。
遠い昔、神々が協力して作り上げた伝説を持つ漆黒の剣。
代々、皇帝が佩いた剣である。
だが、現皇帝のルパート六世はフィオナに持たせた。
見た目、男性が持つよりも女性が持つ方が映える、細剣に近いというのもあったのかもしれないが、それ以上に、宝剣レイヴンがフィオナを気に入ったからだと、ルパートは周りの者に語ったことがある。
それ以上の説明はなく、皇帝であるルパートに強く言える者もおらず、以来、フィオナが持ち続けている。
フィオナが十歳の時に下賜されて八年、そのほとんどをフィオナと共に生きてきた、ある意味相棒。
その相棒は、人生の中でも滅多に戦うことのないレベルの相手を前にして、潜在能力の全てを開放していた。
宝剣レイヴンがその身に宿す『風属性』により、剣速を含めたフィオナの動きそのものの速度が上がる。
まさに疑似ヘイスト状態。
さらに、フィオナ自身の持つ火属性魔法使いとしての資質を、『火属性』も同時に宿すレイヴンが底上げする。
それは、剣戟の合間に攻撃魔法を放つという、想像は出来ても現実には不可能なことを可能にしてしまう。
息を吐くように魔法を放つ……いや、それ以上にスムーズに、フィオナからローマンに向かってファイアージャベリンやピアッシングファイアが放たれる。
ローマンにしてみれば、たまったものではない。
単純に、フィオナの手数が増えているのだ。
正確には、受けずに躱さなければならない攻撃が混じっているということだ。
普通は、剣戟の最中に魔法を放とうとすれば、どうしてもわずかな隙が生じる。
そのため、相手が同等以上のレベルであれば魔法を放てず、相手が劣るレベルであればわざわざ魔法を放つ必要などなく……結局、剣戟の最中に魔法を放つという現象など発生することはありえなくなる。
(だが……皇女殿下はそれを可能にしている)
激しい剣戟を繰り広げながら、勇者ローマンは目を見張っていた。
剣で戦いながら、非常にスムーズに魔法が放たれる。
剣戟を重ねながら、ローマンは嫌でも気づかされた。
この戦闘スタイルは、閃きやその場の思い付きでなされたものではなく、これまでの長い間の訓練で築き上げ、練り上げられてきたものだと。
普段の訓練から、剣と魔法の同時攻撃を訓練しているのだと。
フィオナ自身は、四歳になる時から剣を学んできた。
十人いる姉たちは、誰一人そんなことはしなかったのだが、フィオナがどうしてもと言って、父である皇帝ルパート六世にお願いした結果なのだ。
なぜ剣の練習をしたいと言い始めたのか?
ルパートが腰に差していた剣を見初めたから。
「このレイヴンか? フィオナが一生懸命に剣を練習して、きちんと振れるようになったら貸してあげよう」
ルパートがその時に言ったのは、半分冗談であったが、半分は本気であった。
一生の『相棒』との出会いというものは、時として運命的なものだ。
ルパートは、もしかしたらこれがそうなのかもしれないと、すでに、その時点で感じていたのだ。
そして六年後……フィオナ十歳の誕生日の日、宝剣レイヴンはフィオナの相棒となる。
それはフィオナが、最も大切にする人に出会う、一週間前の出来事であった。
四歳の時から鍛え上げ、十歳からはレイヴンと共に鍛え上げてきたフィオナの剣術。
その全力を知る者は、師団の中でも、師匠たるオスカーだけであった。
だが、今日、その全力が師団員の前で示された。
「すげぇ……」
声にならない声が観客席を支配する。
皇帝魔法師団は、もちろん全員が魔法使いである。
だが、魔法使いだからと言って近接戦ができないわけではない。
魔力が切れたらそれでおしまい。
敵に近付かれたらそれでおしまい。
そんな脆弱な集団で、いいわけがない。
魔法が強いのは当然として、近接戦も強くなければならない。
それが、戦場に立つ皇帝魔法師団員に求められる姿である。
その先頭に立つ師団長フィオナ。
師団員も、フィオナが剣も強いというのは知っていたが、これほどまでとは思っていなかったのだ。




