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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第六章 ニルスの不思議な村
100/930

0093 家

『0000プロローグ』から数えて、ついに100話目です。

ここまで続けてこられたのも、読んでくださる皆様のおかげです。

ありがとうございます!

翌日。

午前中、涼は、セーラと北図書館で調べものをした後、お昼を飽食亭で食べ、アベルと約束した一時に冒険者ギルドに着いた。


アベルは既に来ており、どこかで見たことのあるちびっ子と受付の近くで話し込んでいる。

ギルドに入ってきた涼に気付いたのは、アベルよりもそのちびっ子の方であった。

涼が自分以外で唯一知る水属性の魔法使い、宮廷魔法団のナタリー。

アベルは涼が入ってきたことに気付くと、ナタリーに挨拶をして涼の所に来た。



「リョウ、時間通りだな」

「ナタリーはいいの?」

ナタリーは二人に頭を下げると、ギルドを出ていった。


「王都から俺宛の手紙が届いて、それを持って来てくれたんだ」

「イラリオン、だっけ?」

以前、ナタリーがアベルに持ってきた手紙は、王都のイラリオンという人物からの手紙だったことを涼は覚えていたのだ。

「変なところだけ覚えてるな」

アベルは苦笑すると、イラリオンからの手紙らしいものを胸にしまった。




「アベルさん、リョウさん、いらっしゃいませ」

アベルと涼が不動産部門に入ると、部門長のリプレートが立ち上がって挨拶した。

そのまま応接セットに通される。


「ご希望に添える物件が、一軒だけ見つかりましたが……」

三人にお茶が出されると、さっそくリプレートが切り出したが、その言葉は歯切れが悪かった。

「完璧に条件に適合する物件ではない、ということですね」

こういう言い方で切り出す場合、大枠は合格点だが、細かい部分に問題がある場合が多い。


「はい。問題点というのは、場所です」

「場所?」

二人が異口同音に尋ねる。

「はい。ご紹介する物件は、街の外にございます」

「!」


さすがにこれには、アベルも涼も驚いた。

涼は、庭の広さや周りの家など、いろいろ妥協する必要性もあるだろうとは思っていたのだが……それでもまさか街の外の家を紹介されるというのは想定外だったのだ。




以前、ロンドの森からこのルンの街に初めてやってきたとき。

アベルと一緒に、小高い丘の上からルンの街を一望したことがあった。



育った小麦の、黄金の海の中に佇むルンの街。


だがその周り、黄金の海の中には結構な数の家が建っていたのを覚えている。



農業に従事している者たちが、街中から街の外に移り住んだと。

その行き来もあって、ルンの街は夜でも城門が閉められることはないと。


「その、ご紹介いただける家というのは、農家の方の家ですか?」

「はい。私も、昨日見てまいりましたが、場所が街の外という点以外は、自信を持ってお勧めできる物件です」

涼の問いに、部門長リプレートはしっかりと答えた。


「では、とりあえず見に行きましょう」

涼がそういうと、リプレートもアベルも立ち上がった。

「ギルドの、箱馬車の使用を申請してありますので、表でお待ちください」

リプレートはそういうと、ギルド本館の裏手にある車庫に向かった。



「ギルドの箱馬車とかあるんですね」

「ああ、確か三台くらいあるはずだ。通称ギルド馬車。一台は、たいていギルマスが使っているが……。今回みたいに、ギルド職員が必要と判断した場合に使用許可が下りる。冒険者に貸し出されることは無いからな」

「残念です」

アベルは、涼が考えていたことを、先に否定した。




三人がギルド馬車に乗り込むと、馬車は大通りを北に向かって走り出す。

以前、領主館からの帰りに、ヒューに乗せてもらった馬車……あれであった。


しばらく走ると、ルンの街の中央、すなわちダンジョン入り口の二重防壁広場に着く。

そこを右折し、東大通りを東へ、つまり東門の方向へと向かっていった。

この辺りは、涼も勝手知ったる場所である。

なぜならば、行きつけの店『飽食亭』が近くにあるからだ。


物件が、東門に近いというのは、涼の中では高ポイントである。

同じ『街の外』でも、南門や西門に比べれば、遙かにありがたい。



馬車は、東門で簡単な手続きがあった。

アベルと涼のギルドカードと、リプレートと御者のギルド職員カードの確認である。

だが、その辺りの確認は一人数秒で終わるため、ほとんどストレスは無い。




東門を出て、五分ほどで目的地に着いた。


家の前に着けられた馬車から降りた涼がまず目にしたのは、広い前庭だった。

かなり遠くに、庭の端を告げる木の柵が見える。

庭は、縦四百メートル、横四百メートルほど……サッカーコートが楽に三面入るほどの広さである。


そして振り返ると、家が建っている。

典型的な農家の家……ではない気がするのだが。


「農家って、こんな家なんですか?」

建物自体は平屋である。だが、横幅がかなり広い。


中央に玄関があるのだが、両開きの立派な扉。

その中央の扉以外にも、見えているだけで二つの扉……入口がある。

窓と思われるものもいくつかあるが、現在は鎧戸が閉められている。

その辺りは、ロンドの森の涼の家を思い出させる。



「こちらは、農家ですが、かなり豊かなお宅だったようです。ひとり息子さんが、王都で技術者として認められ貴族になられたとかで、ご両親も王都に呼ばれたのですね。その際に、このお宅と農地を売りに出されたということです」

「技術者から貴族とは、相当優秀な人材だな」

部門長リプレートの説明に、アベルが大きく頷きながら言った。


「あちこち点在していた農地の方は、他の農家の方々が買われたそうなのですが、このお宅とそれに付属していたこの前庭、これが一年近く買い手がついていないのだそうです」

「一年放置にしては、草とか綺麗に刈り取られていますね」

涼は前庭も納屋の横辺りも、綺麗に刈られていることに気付いた。


「ああ、それは多分、E級・F級依頼で空き家の手入れがあるから、それじゃないか」

アベルが答えた。

「それが、ここの物件はギルドへの依頼は無かったのです。そのために、ギルドの不動産部門でも未チェックでした。申し訳なく思っております」

部門長リプレートは涼に頭を下げた。最初にアベルと涼が不動産部門に行った際に、この物件が登録されていなかった件を謝ったのである。

ギルドに空き家手入れの依頼がくれば、当然不動産部門はチェックしているはずだからだ。


「ん? だがこんなに綺麗なのは……ああ、おやっさんとこの清掃会社か」

「はい。シュミットハウゼン殿の会社が管理を手掛けておいでの物件でした」

アベルの気付きを肯定するリプレート。


「清掃会社ってのは、元冒険者の方がやっているとかいうやつ?」

「おう、それだ。リョウも知ってるのか。顔は怖いが善い人だ。清掃関係で頼みたいことがあったら使うといい。冒険者には割引してくれるらしいぞ」


涼が知っているのは、初めて宿舎に行った際に、受付嬢ニーナが教えてくれたからである。

宿舎の掃除は、元冒険者の清掃会社が行っていると。



一通り中を見て回る三人。


清掃が行き届いており、すぐにでも住めそうである。

最初に見えた中央扉以外の扉も、普通に家の中と外を繋ぐ扉であった。

物の出し入れをするのに、中央扉だけでは不便なためについているのかもしれない。

ある種の勝手口であろう。


リビング、食堂、厨房、いくつかの寝室、さらにいくつかの大きめの物置部屋、しまいには農家なのに書斎らしき部屋まである……。

「これは豪農というやつですね」

涼は小さく呟いた。


その家の中でも驚いたのは、厨房の調理台だ。

御影石と思われる黒い巨大な調理台であり、料理をする者にとっては非常に使いやすいであろう調理台である。

この家で、誰がもっとも権力を持っていたのかを如実に表す設備であった。




一通り回って……、

だが、涼は気付いた。

気付いてしまった。

「お風呂が……ない……」



その様子は、顔に『絶望』と刻まれた彫刻。



「た、確かに……。もしやリョウさんは、お風呂が必要な……」

「はい……」

絶望に打ちひしがれた涼を見て、自分の手落ちに気付いた部門長リプレートの顔にも、『絶望』が刻まれた。



そう、絶望は伝染する。



「自分で作るしかないんじゃないかぁ?」

アベルだけは適当であった。


だが、その適当なアベルの一言が、涼を復活させる。

「そうか! 自分で作ればいいんですよね! リプレートさん、家の改造って何か許可をとらないといけないのですか?」


「ああ、いや、それが必要ないんですよ。それも、この物件がお勧めな理由でして。街の中ですと、関係各所から許可を取り付けないといけないのです……自宅の壁の修理をするのですら許可が必要なのですよ。ですが、ここのような街の外ですと、街道にさえ手を付けなければ好きなようにできます。お風呂場をつけるのももちろん可能です。必要なら、大工などの手配もうちの方で出来ます」

涼の問いに、リプレートは答え、顔を覆っていた絶望もどこかに消え去っていた。


「よかった。で、こちらのお宅の値段なのですが……?」

「はい、物件、手続きにかかる費用など全て含めまして、五千万フロリンでいかがでしょうか。端数は勉強させていただきました」

「買います」

涼は即決であった。



涼にとっては、街の外であることは特に問題ない。

冒険者ギルドで依頼を毎日受ける、などという模範的な冒険者的活動など、そもそも行っていないから。


『飽食亭』を含め、東門の近くには、庶民的な、だが標準以上の美味しい店が数多くあるということを、涼は知っていた。

また、北図書館にも、さらに北にある領主館にも、今まで住んでいた宿舎からより、むしろ近くなっているのもポイントが高い。


そして何より、この広い庭である。


ロンドの森の家の周りにあった結界以上の広さなのだ。

さすがにこれほどの広さの庭がついてくるとは予想外であった。

お風呂が無かったのは残念であるが、作れば問題ない。

これほどの好条件の物件を断る理由は、涼には無かったのだった。


次話『0094 勇者の訪問』より、6話程度『間章』と言いますか、短めの章が投稿されます。

帝国側のお話です。

この後、『第一部 中央諸国編』の最終章(まだまだ先)まで繋がっていく内容となりますので、ぜひお読みください。

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