0009 木材加工
「ご飯が手に入ったから、次は味噌汁が欲しくなるけど……これは多分無理だろうなあ」
涼は以前、様々な条件から、この家が赤道と北回帰線の間辺りであろうと推測した。
実際それを裏付けるように、コショウや野生稲が手に入った。
さて、味噌汁を作るにはどうしても必要なものがある。
それはもちろん、『味噌』である。
その味噌を作るのに必要なのは、大豆だ。
だが大豆の原産地は、日本などの東アジア。
このロンドの森では暑すぎる。
しかも湿度も高い。
大豆は、水はけのよい土地で生育しやすい……だから畑に大豆をまくときも、高い畝を作って水はけがよい状態で育てる。
それらの条件から、おそらく自生はしていないであろうと。
「まあ、それは仕方ない。お米が手に入っただけでも僥倖」
普通に生活する分には、家から半径百メートルの結界というのは十分な広さである。
だが、ここに水田を作るとしたら……かなり手狭となる。
「どうしても結界外に作ることになるよなあ。しかもそうなると、木を切り倒して開墾とかすることになる……のかな……?」
魔法や剣で高速で開墾……。
「うん、ウォータージェット、まだ木の切断とかできないよ」
地球だと、チェーンソーで木を切り出す。
製材所では、巨大な回転ノコで木を切る。
「もしかして、ウォータージェットじゃなくて、水で作った回転ノコなら遠距離攻撃として使えるんじゃないかな」
頭の中にイメージする。右掌の上に半径十センチほどの丸ノコが生じ、回転を始めるイメージである。
「<水ノコ>」
イメージ通りの水で出来た回転ノコが生まれる。
「さあ、飛んで行け!」
バシャ
手から離れた瞬間、地面に落ちた。
「あぁ……」
膝から崩れ落ち、跪き首を垂れる。
その姿勢のまま、涼は十秒ほど固まった。
その姿勢のまま言葉を発する。
「プロセスを洗い出そう」
水を発生させる。
発生させた水を回転させる。
飛ばす。
「うん、三工程。やっぱり三工程目は、まだダメなんだね」
俯いたままで確認する。だが、おもむろに涼は立ち上がった。
「まだだ。まだ終わらんよ」
どこかの赤い彗星のようなセリフを吐き、涼は結界の外にある木に近付いて行った。
そして、再び唱える。
「水ノコ」
しかし今回は飛ばさず、掌で水ノコを保持したまま、木の幹に当てる。
キュィィィィィン
ちょうど、チェーンソーで切るのと同じくらいのスピードで、幹を切ることに成功する。
「木材の加工には使えるね」
とはいえ、現状、何かを切り出したとしても、接着剤や釘が無いわけで……、
「組み木細工なら……うん、無理」
工作は、難しそうである。
「回転運動か……」
そこで涼は固まった。
「あれ? 何かおかしくないかい?」
涼の頭に浮かんだのは、レッサーボアの革をなめした時に使った<氷ローラー>であった。
「氷ローラーの工程って……」
空気中から水の分子を集める。
集めた水の分子を凍らせる。
凍らせたローラーを回転させる。
「三工程……だよね……できてるよね、なんで……?」
何かが大きく間違っている。
「<アイシクルランス>」
右手にアイシクルランスが生成される。
「この場で回転」
飛んで行く弾丸のように、自転した。
「発射」
シュッ ボト
いつもの通り、地面に落ちた。
だが、今日の涼は崩れ落ちない。
左手に細長い氷の器を生成。その中に水を満たす。
そして満たした水に対して
「<アイシクルランス>」
氷の器とくっついた状態で、氷の槍が生成される。
「発射」
氷の器ごと、かなりの速度で前方に飛んで行く。
ここで一呼吸。呼吸を整える。
「大丈夫、飛ばせる。昔の僕とは違う」
自己暗示に近い……だがとても大切なこと。
これまで、涼のイメージの中で凝り固まってしまったものを、打ち砕かなければならないのだから。
頭の中でイメージする。
アイシクルランスの生成。
その槍が右手から飛んで行くイメージ。
何度も繰り返し、目の前に幻として見えるほどに。明確にイメージする。
「<アイシクルランス>」
右手の先に、アイシクルランスが生成される。
「発射」
素晴らしい速度で、前方に飛んで行った。
「これは……いつのタイミングかはわからないけど、少なくとも革をなめした時よりは前の段階で、飛ばすだけの技能は身についていた、ということだよね」
魔法で大切なのはイメージ。
それは、良きにつけ悪しきにつけ。
『アイシクルランスは飛ばせない』というイメージが涼の頭にこびりついていた、ということなのであろう。
確かに、転生して数日の段階ではまだ飛ばせなかったのだろう。
だが、その後の修行の成果でいつしか飛ばす技術は身についていた。
だが、『飛ばせない』というイメージが邪魔をしていたということなのだろう。
メンタルブロックとでも言うのだろうか。
「僕のこれまでの苦労はいったい……。とはいえ、これはかなり大きな力を手に入れたと言えるよね。これは、勝ったな!」
次の日、涼は絶体絶命の状況に追い込まれていた。




