夕餉の支度
そうして時計が一周半ほど回った。
二人は談笑を続けていたが、ティルフィングは双魔の膝から降りて、途中で点けたテレビ番組を興味深そうに観ている。浄玻璃鏡は相変わらず目を閉じたまま全く動かない。
「さて、と」
鏡華が立ち上がる。
「そろそろ、お夕飯の準備しよか」
「ん、そうか。何かすることはあるか?」
「そやねぇ……コンロと土鍋、うちじゃ届かないところに閉まってあるからそれ出しといて」
「どこにあるんだ?」
「一緒に台所まで来て」
「ん」
双魔も立ち上がって鏡華の後をついていく。と言っても襖を一つ開けばすぐに台所だ。
「そこの上、開けてみて。ない?」
鏡華が指差した棚を開ける。すると中にそれらしき箱が入っていた。
「これか?よっ……と」
箱を取り出して作業台の上に置く。
「そうそ、それや。やっぱり背が高い人がおるとええわぁ」
鏡華は両手を合わせてニコニコしている。悪い気分ではないが双魔としてはむず痒くて仕方ない。
「っ……他に何かないか?」
言い方が少しぶっきらぼうになってしまったが鏡華は気を悪くすることもなくニコニコしたままだ。
「ほほほ……おおきに、あとはうちがやるから双魔は居間で待ってて」
「ん……分かった」
(…………相変わらず……何かやりにくいな……)
双魔は土鍋とコンロを手にティルフィングと浄玻璃鏡がいる居間へと戻った。ちゃぶ台の上に手にした二つをセットして座布団の上に座りなおす。
「ふんふふんふふーん♪」
ゴソゴソと冷蔵庫や戸棚を漁る音がした後、楽しそうな鼻歌と共に包丁で物を切る音が聞こえてくる。その音も様々だ。
ザクッ!ザクッ!っと豪快な音がする。白菜でも切っているのだろう。
それが終わるとトントントンとリズムの良い音が聞こえてくる。お次は葱でも切っているのだろうか。その次は………………
心地良い音に耳を澄ませていた双魔はうつらうつらと頭を揺らし始める。そして、座ったままの姿勢でいつの間にか眠ってっしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふんふふんふふーん♪」
鏡華は相変わらず楽しそうに料理を続けていた。材料はすでに切り終わり、今は鶏ひき肉に片栗粉、醤油、すりおろした生姜、それにみじん切りにした長葱を加えて肉団子のたねを作っている。
「うふ、うふふふふ……」
その端正な顔から笑顔が無くなることは一瞬たりともない。これも全ては双魔が来てくれたおかげだ。
(双魔ったら……ほんまに可愛ええわぁ……)
なかなか会いに来てくれないものだから拗ねて意地悪をしてしまったのだが、それに反応して照れる双魔は実に可愛かった。
「うふふふふ」
手際よく作業を終わらせると次は切っておいた鶏もも肉を熱したフライパンの上に載せて焦げ目をつけていく。
「さあて、これが終わったらあとは鍋に入れるだけやね……あらぁ?」
「…………」
双魔にそのことを知らせようと居間の方へ振り返るとティルフィングが顔を半分覗かせてじーっと鏡華を見ていた。
(この子……なんやうちのこと苦手みたいやねぇ……まあ、気にしてもしゃあないか……どうしたら仲良くできるんか……後で旦那はんに聞こ……)
「ティルフィングはん」
「っ!?」
名前を呼ばれたティルフィングは驚いてのかビクッと身体を揺らすとサッと顔を隠した。
「ほほほ、そんなに怖がらんと、うち何もしぃひんよ?どしたん?」
優しい声で襖の向こうに話しかけると、ティルフィングは襖の影からそーっと出てきて台所に足を踏み入れた。
「そ、そのだな……よい匂いがしたものでな」
「あらあらぁ、お腹、減ったん?」
「う、うむ!」
「双魔は?」
「ソーマは寝てしまったぞ?」
「あらまあ……そやったん?」
途中から動く気配がしなかったのでそんな気はしていたがまさか本当に寝ているとは思わなかった。
が、鏡華は無性に嬉しくなった。双魔がそれだけ自分とこの家に心地良さを感じてくれている証拠だろう。
「すー……すー…………」
居間を覗くと確かに双魔は穏やかな寝息をたてて寝ている。
「ほほほ……気持ちよさそうに寝とるね……そしたら、ティルフィングはん。お鍋の具材運ぶの手伝ってくれる?双魔起こさないように静かにね」
「う、うむ、分かった」
ティルフィングに下ごしらえが終わった鍋の具材を運んでもらう間にコンロにガス缶をセットする。土鍋には買っておいた市販の鍋つゆを入れて火をつける。
少し温まってきたのを確認してから具材を野菜から入れていく。
白菜、大根、蕪。完全に温まってから表面を軽く焼いた鶏肉、豆腐、平茸などを入れる。スプーンを使って小さ目に成形した肉団子も崩れないように静かに入れていく。
「後は、油揚げっと」
油揚げを汁に沈むように入れる。これであと少し煮れば食べられるはずだ。部屋の中には食欲を誘ういい匂いが立ち込めている。
「キョーカ、いい匂いだな!まだか?」
ティルフィングは目をキラキラさせて鍋の中身をじっと見ている。
「ほほほ、もう少し待って……双魔、双魔、お鍋できるよ?起きて」
寝ている双魔の肩を優しく揺する。
「ん……んー…………」
もう少しで起きそうな気配はさせているが中々起きない。
「ほほほ……しゃあない子やねぇ」
そう言うと鏡華は悪戯っぽい笑みを浮かべ、双魔の耳元にゆっくりと顔を近づけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん……ん…………ん?」
肩を揺すられて双魔は微睡の縁までやってきていた。美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐっている。
(……寝てたのか)
意識がまだぼんやりしていて目も開かない。
「しゃあない子やねぇ」
そんな声が遠くで聞こえるような気がする。その次の瞬間、鼻腔には食欲を感じさせるものではなく、ドクンっと胸を高鳴らせる蓮花のような甘い香りが近づいてきた。
(…………ん?)
目を開こうとしたその時。
「早く、起きひんと、いたずら……してまうよ?……フゥー」
耳元で甘い声が聞こえたと思うと、息をゆっくりと吹きかけられる。くすぐったさで意識は完全に覚醒した。
「…………鏡華……何してるんだよ」
目を開くと目の前に鏡華の綺麗な暗褐色の瞳があった。とんでもない至近距離である。
「あらぁ、起きたん?」
「起きたん?じゃない……起こしたんだろ?」
「ほほほ……確かに。双魔、お夕飯できたよ」
鏡華が顔を離すとちゃぶ台の上で蓋穴から湯気を上げる土鍋が目に入る。いい香りが湯気に乗って部屋中に漂っている。丁度、食べごろのようだ。
ティルフィングはそれを凝視しながら少し涎を垂らしていた。
「ソーマ!起きたのか!早く食べるぞ!我はもう我慢できないぞ!」
「分かった分かった……ほら、涎垂れてるぞ」
「?むぐ……むう」
そばにあったティッシュ箱から何枚かティッシュを引っ張り出してティルフィングの口元を拭って立ち上がった。
「手を洗ってくるから待ってろ」
台所に入って手を洗っていると居間から鏡華が声を掛けてきた。
「何か飲む?」
「いや、大丈夫」
タオルで手を拭いて居間に戻ると座布団に座る。浄玻璃鏡を見ると目を開いて鍋を眺めていた。
「あらぁ、玻璃も食べる?珍し」
「……せっかく……婿殿も……いることだ……此方も……ご相伴預かろう」
「そう、じゃあ、食べよか、煮え具合も丁度ええ塩梅やし」
「ああ、じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」「いただきますだ!」
こうして、ティルフィングの鍋初体験が幕を開けるのだった。
こんばんは!まだ冷える時期に書いていたのでお鍋の話です!今はもう暑くなってきて鍋より冷やし中華ですかね?本当は食べるシーンまでいきたかったのですが、ちょっと長かったので今日はこの辺で!
いつも読んでくださってありがとうございます。ブクマとかレビューお待ちしてますのでよろしければお願いいたします。あ、あと評価もですかね?
それでは、良い夜を!





