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一文無しの男

 「さて」


 双魔はまた定位置で待機していた店員に手を振った。


 「はーい」

 「デザートとお茶を」

 「かしこまりました!空いたお皿、下げちゃいますね!」


 両手にお盆を持って下がっていく。そしてすぐにお茶とデザートが載ったお盆を持って戻ってきた。


 「どうぞー!」


 茶碗二つと小さな器がテーブルの上に置かれる。器の中にはバニラアイスと抹茶のケーキが一切れ盛ってある。


 「ティルフィング、食べていいぞ」

 「うむ!」


 ティルフィングはスプーンを手に取ってアイスを一すくい口に入れてニコニコと笑顔うぃ浮かべる。


 「ごちそうさんでした」


 それと同じタイミングでガタッと音を鳴らして無精髭の男が席を立つ。


 「ありがとうございましたー!」


 見送る店員に軽く頭を下げると男は爪楊枝を口に咥えたまま階段を下りていった。


 それから十分ほど、ティルフィングがデザートを食べ終わり、双魔もお茶を飲み切った。


 「そろそろ行くか」

 「うむ!我は満足だ!とても美味だった……また来たいぞ!」

 「ん、そうだな。また来るか」


 おしぼりでティルフィングの口元を拭ってやると席を立つ。


 「ごちそうさん」

 「はーい、ありがとうございましたー!」


 店員に見送られて階段を下りる。すると一階は少し騒がしい。


 「ん、なんだ?」


 階段を降りるとレジの前にはしばらく前に出ていったはずの無精髭の男が何故かまだ立っていた。レジ前の店員と共に困った顔をしている。


 事情は分からないが会計を済ませなければならないので店員に声を掛けた。


 「ごちそうさん、なんかあったのか?」

 「ああ、ありがとうございました!それがねえ……」


 店員は双魔に浮かべた笑顔から一転、無精髭の男に困惑した視線を送った。


 「このお客さん……お金がないっていうのよ」

 「…………ん?」


 双魔が男を見ると、男はボリボリと頭を掻いて苦笑いした。


 「へへへ……どうやら財布を落としたことに気付かなかったようで……」

 「そのポケットに入ってるのは違うのか?」


 上着のポケットが丁度財布と同じようなサイズに膨らんでいる。


 「ああ……コイツは」


 ポケットに手を突っ込んでゴソゴソとまさぐると中身を取り出して見せてくれた。


 「あっしの商売道具でさぁ」


 手の上には裁縫箱が載っていた。


 「じゃあ、アンタ、本当に無一文なのか?」

 「へへ……残念ながら」


 男は相変わらず苦笑いを浮かべたままだ。


 双魔は片目を閉じてこめかみをグリグリとすると溜息を一つついた。


 「はあ……仕方ない。アンタ、伝票を寄越しな」

 「へ?」


 そう言われた男は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべた。


 双魔は構わずに男の手の伝票をサッと取り上げた。


 「俺がこの人の分も出す。それでいいだろ?」


 自分の伝票と合わせて店員に差し出す。店員はホッとしたような表情でそれを浮かべる。


 「ええ、私どもはお代をいただければ何も問題はありません」

 「じゃあ、それで解決だな」


 ポケットから財布を取り出す双魔に無精髭の男が申し訳なさそうに声を掛けてくる。


 「お、お若いの……いいんですかい?」

 「ああ、気にするな……このまま自分の代金だけ払ってもいいけど気分が悪いからな。これも何かの縁だと思って奢られておいてくれ」

 「うむ、ソーマがこう言っておるのだ。お主が言わなければならない言葉は一つしかないぞ?」


 男を見上げたティルフィングが腕を組んで言う。


 「……へへへ……お嬢ちゃんの言う通りだな……すいやせん、ありがてぇ」

 「ん、いいよ。気にするな」


 三人分の勘定をぴったり払うと店員に見送られながら店を出る。


 「いや、本当に助かりやしたよ、お若いの」

 「だから、いいって」

 「今は何も差し上げられやせんが、いつかお礼をさせていただきやす。お名前を教えていただけやすか?」

 「名乗るような名もないし、大したこともしてない。いいよ」


 その言葉を聞いて男は何やら感銘したような表情を浮かべた。


 「こりゃあ驚いた……お若いのになんて奇特なお方だ……」

 「俺たちは用事があるからもう行くよ。縁があればまた会うだろうさ」

 「財布、見つかるとよいな!」


 ティルフィングの言葉を聞いて無精髭に覆われた口元が緩んだ。そして、頭を深々と下げる。


 「本当にありがとうございやした!」


 それに見送られて双魔とティルフィングは店の前を八坂神社の方へと後にした。


 「…………」


 一瞬立ち止まってちらりと、振り返ると無一文の男は微妙に跳ねるような変わった歩き方で四条大橋を洛中の方へと渡り消えていった。


 「おかしなやつであったな」


 「ん、そうだな」


 二人は手を繋いで目的地に向かうために十字路を右に曲がった。 


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