道は見えず、されど光はその手の中に
ここまでが昨日の出来事だ。そして、双魔が目覚め、体調にも問題がないことが確認できたので新生評議会のメンバーがヴォーダンに呼び出しを受けたのである。
本来ここには自分を合わせて五人の役員がいるはずなのだが……何故か四人しかいない。
議長であるロザリンが立つべきはずの位置には毛並みがいい大きな犬が行儀よくお座りの姿勢でじっとしている。
新緑の毛色が美しく、凛々しい表情をしているが、人懐っこさと言うか、愛嬌が滲み出ている感じがする。
「ふむ、先の選挙において君たちが遺物科評議会の新たな役員となった。儂は君らに全幅の信頼を置いてこれを承認する。各自よく励みなさい」
「「「はい!」」」「はあ……」「ワン!」
三人の気合が入った返事と、双魔の気の入っていない返事、そして犬の鳴き声が揃う。
「うむ、よろしい。それでは各自軽く自己紹介をしなさい。そのあと、皆でお茶でもしよう」
ヴォーダンの提案にいち早く反応したのは眼鏡を掛けた大男、フェルゼンだ。
「では、俺から自己紹介をしよう!会計を務めることになった、三年のフェルゼン=マック=ロイだ!フェルゼンでもなんでも好きに呼んでくれ!よろしく頼む!」
爽やかな笑みを浮かべて口元から覗いた白い歯ろ眼鏡ががキラリと光った。
「じゃあ、二番手は僕が!二年のアッシュ=オーエンです!アッシュでいいです!前期も書記をやっていたので分からないことがあったら聞いてください!よろしくね!」
二人は勢いよく自己紹介を済ませてしまった。その勢いに乗れなかった双魔は隣に立っているシャーロットへと視線を送った。
「…………」
「…………」
同じようなことを考えていたのかシャーロットとバッチリ視線が合ってしまった。
(…………俺に先にやれと……そう言うんだな)
シャーロットの視線に険が帯びたので仕方なく双魔が折れた。再び片目を閉じてこめかみをぐりぐりする。
「……はあ……二年の伏見双魔だ。副議長をすることになった。好きに呼んでくれていい。よろしく頼む」
「一年のシャーロット=リリーと言います。この度は庶務の職を務めさせていただくことになりました。シャーロット、とお呼びください。よろしくお願いいたします」
双魔の自己紹介に間髪入れずにシャーロットは自己紹介を済ませた。そして、四人の視線は犬に注がれた。
「…………!ああ、オレも自己紹介しなきゃな」
視線に気づいた犬が喋りだした。
「ッ!?」
「おお、犬が喋ったぞ!」
「アハハ……」
シャーロットが驚いて身体をビクつかせ、フェルゼンが面白そうに笑う。アッシュは犬の正体を知っているのか笑うだけだ。
「アンタ、ゲイボルグだろ?」
双魔は片目を閉じたまま犬に声を掛けた。
「オイオイ、兄ちゃんそりゃあねえぜ。見ての通り俺は自分で名乗れるっての!まあ、それはさておきご名答!俺はケルトの大英雄たるクーフーリンが槍、必中の魔槍ゲイボルグ!今のご主人様は出不精なんでね。大体代わりオレが来るからよろしくな!ワン!」
双魔の予想通り、新緑の大きな犬はゲイボルグだった。人型をとる遺物が多い中、動物に変化する遺物は珍しい。
ゲイボルクは双魔の横槍に少し不服を示したが、すぐに機嫌を直したのか、尻尾をフリフリとして見せた。
「…………」
シャーロットは警戒するように双魔の影に隠れる。どうやら犬が得意ではないらしい。
「フム、自己紹介も済んだようじゃな。それではお茶会にするとしようか。遺物にも声を掛けてある故、すぐに来るじゃろうて」
ぎこちなくも穏やかな空気の中、学園を担う一角となった双魔たちは賑やかな茶会を楽しむ。
これから何が待ち受けているのかを頭の片隅で考えながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
双魔たち新な評議会役員がヴォーダンによって承認された日の夜。
剣兎に捕らえられたベルナールは大日本皇国の大使館内にある牢で拘束、軟禁されていた。
(クソッ!)
本国は元々自分を危険視していたらしく身柄の引き渡しを求めることもなく処分を日本と魔導連合に委ねたらしい。
それでも、ベルナールは諦めていなかった。どうにかして脱出しようと試みる。魔術を発動出来ないようにはされているが幸い、牢の中で自由に動ける。舐められているようで屈辱的だったが今は置いておく。
(……見張りは二人か)
どのように脱出するか思案していると牢の外に蒼色の髪が特徴的な女が音も立てず、気配も感じさせず、元からそこに立っていたかのように現れた。身に纏った白いドレスの裾がフワフワと揺れている。
「何者だ!」
「………………」
声を潜めて尋ねると女は声を出さずに微笑んで見せた。
「そうか!組織の使いだな!私の脱出を補助する…………ため……に?」
喜びの余り、厳しかった表情を綻ばせたベルナールだったが、女の笑みの意味は違った。
一瞬の出来事だった。鉄格子の外から牢の中に差し込まれた女の蒼髪がベルナールの胸に深く突き刺さっている。
「…………何……を?」
それが最期の言葉となった。傷口から蒼い炎が吹き出し、全身を包む。やがてベルナール=アルマニャックは一片の灰すら残さず蒼炎の中に消えていった。
「……………………お姉様を目覚めさせてくださったことにはお礼を申し上げます。ありがとうございました。残念ながら組織なんてありませんの……それでは御機嫌よう…………ウフフフフフ」
既に命尽き、残滓なき憐れな魔術師にドレスの裾を摘まんで一礼すると女は溶けるように闇へと消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして、双魔は再び夢を見ていた。
白、桃、薄紫、様々な色の少し背の高い花が咲き乱れる何処か。
銀色の長く美しい髪の女性と少女が楽しそうに遊んでいる。
少女は弾けるような笑みを浮かべて駆け回り、女性が穏やかな笑みでそれを見守る。
陽光は優しく彼女らを照らし、吹く風は花の香りをのせて柔らかに彼女たちを撫でる。
微笑ましく、穏やかで、優しい夢を見た。
眠る双魔の表情はどこまでも安らかだった。
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コスモスの花言葉 『平和』、『調和』、『優美』、『愛や人生がもたらす喜び』
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今回で第1部が完結となります!ここまでお付き合いいただいて本当にありがとうございます!ほとんど初投稿のようなものでしたが、思っていたより多くの方々に読んでいただけてとても嬉しいです!しつこいようですが、改めてありがとうございます!!
さて、ここまで読んでくださったということは!この作品に興味を持っていただけたのだと拝察いたします!という訳で!ぜひブックマークや評価をお願いいたします!レビューも渇望しております!何卒……。
長くなってしまいましたが、今後もどうかよろしくお願いいたしますm(__)m





