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003.君の名は

 

 

 

 

 

 エスメラの拾った少年の看病は、実に長く時間がかかった。転居を繰り返していたエスメラが一か所に留まることを余儀なくされるほどに。自分の生活サイクルを変更することに強いストレスを感じる彼女にとって、それは異例のことであった。

 胸に刺さった聖剣を抜き、傷口に聖刀「バー」を用いて時間を固定。出血を極端に抑えつつ、欠けた聖剣「カー」を併用し傷口の時間を逆行させていく。それぞれに宿した時空間魔術をフル回転である。一日にエスメラが使用できる魔力量にも限度があり、また瀕死どころか「ほぼ死亡」状態の人間の蘇生という難事であった。いかに彼女が天才であり、非凡な魔術の才能をもっていたとしても、こればかりは中々進みが芳しくない。

 とはいえ、これを繰り返すことおよそ半年。彼女が三度散髪しショートヘアからミドルヘアになる頃、なんとか胸部の大穴消失と心臓の再生までは完了した。

 

「やっぱり本来の用途外の使い方はダメね。これ以上は正直もうやってられないわこんなの……。もともともっと『概念』への挑戦みたいな想定で作った時空間魔術だし」

 

 少年の全身にかけていた時間を固定する魔術を解除すると、今度は本格的にエスメラは治療に入る。全身の傷口に薬を塗り、スライムからとれる純粋な魔水(エーテル)を染み込ませ乾かした包帯を巻く。一度元素が抜けた純粋な水で洗われた布であり、それゆえ傷薬に使われてる魔物部位の薬効を阻害しない。おそらくこの大陸において、この当時に受けられる最先端かつ最高の医療である。

 エスメラは時に不器用さ、手慣れていなさを発揮しながらも、献身的に少年の看病を続ける。その甲斐もあってか化膿することもなく、順調に傷は回復していった。幸いにも骨が折れていることはなかったこともあり、また内蔵にも問題がなかったのか、症状は悪化せず。しかし、少年の意識は回復しなかった。

 いまだ食事時、胡乱気な視線を向ける程度――――離乳食程度の租借しかできない少年に辟易するエスメラである。他人の歯を磨くことさえ当然やったこともなし、排泄の世話や全身を洗うことも当然。それも自身の子ならともかく、同い年くらいの相手ときている。いかんせん色々と調子が狂っていたエスメラであった。

 女神が再び訪ねてきたのは、そんな折である。

 

「さすがに心の時間までは逆行させるわけにも行かないし……。って、あれ、アンタまた来たの? 言っとくけどお茶の一つも出さないし、信仰とか絶対しないわよ?」

『あ、あはは……。か、仮にも一応は本物の神様なんですけどね……』

 

 明らかに迷惑そうなエスメラの様子に、美しさの概念を凝縮したような女神は困惑したような笑みを浮かべていた。と、彼女はエスメラが看病する少年を見て驚いた顔をする。

 

『彼は……』

「あー、角はバーで斬って削いどいたわ。あのまま左右非対称な状態の『魔角』なんて体に存在させてたら、内部の元素が暴走して爆発するし」

『いえ、あの、一体彼は何方の……?』

「…………へ? 何、アナタ知らないの? 仮にも運命の女神とか言ってるのに? 私たちこの大陸に住むすべての生命の運命をつかさどってるとか喧伝されてるのに?」

『そ、その言い方をされると強くは言えないのですが……。運命をつかさどることが、その全てを知覚することと同義ではないということですね』

 

 女神の言葉に「あっそ」と興味のない反応を返し、エスメラは少年を見る。

 半竜人――――いわゆる魔族の血を引いているような少年であったが。既に頭部の角は両方とも「切断」されている。全身にも鱗が存在せず、見た目だけでいえばもはや只の人間そのものだ。ぼんやりと目を開け、焦点の定まっていない目でエスメラを見る彼。彼女は呆れたように微笑みながら、口元をぬぐった。

 

「よだれ垂れてるじゃない。ダメよサファー(ヽヽヽヽ)、そんなんじゃお肉はまだ先ね」

「――――」

 

 意思疎通が出来ているのかいないのか。不明ではあるものの、少年はぼんやりとしていた目を閉じた。と彼女は隣を見れば、女神は少年とエスメラとのやり取りを、驚愕をもって見ていた。怪訝な表情になるエスメラ。

 

「何、どうしたのよ」

『いえ……、意外に思いまして。その、彼は一体? 何故貴女が世話を――――』

「――――今の発言で理解したわ。アナタ、神様の力を全然使いこなしきれてないわね。私がサファーを拾って世話してるのは成り行きだけど、それすら把握できてないってことは」

『っ!?』

 

 エスメラの指摘に、女神アエロプスは息をのむ。構わずエスメラは、女神に対して考察を進めた。

 

「運命を司ってるからといって、って言ったけど、じゃあアナタの仕事は何なのよってことになるのよね。そうなるとやっぱりその『運命』っていう概念が何を指し示すかを考えなければならない。運命、つまり命運ぶ巡り合わせ。起こりうる事象、そのあらまし。それを司るってことは、つまりそういったことを俯瞰して、あるいは干渉して、ということにつながるはずよね。でもそれを十全に振えていない。確かにこうして話してる限り、アナタの知能が人間レベルなのはおおよそ察しがつくけど、すべての事象を同時に観測することが難しいというのも理屈としてわかるけれど、それでも私の前に出向く前にサファーのことを知らないで来るなんて有り得ないでしょ。……絶対有り得ないでしょ」

 

 それはもはや、不始末を糾弾するヤクザないし、不正を詳らかに開陳する探偵のごとくである。ありていに言って、エスメラの言葉には棘があった。彼女の態度には義憤に満ちていた。

 

「何より私のことだって、ほとんど理解していないんじゃない? 理解してたらそこまで無警戒でいられるはずはない。そしてここまで色々言ってのける私に直接干渉してこないってことは、『こない』んじゃなくて『できない』理由があると見るべき。違う?」

『…………』

「反応しないと、もっと色々考えるわよ。たぶんこうして『本性(ほんせい)を暴かれる』のって、アナタにとっては致命傷でしょ」

『さ、察しているのでしたらお止めください、神として死んでしまいます……』

「とか言ってもアレよね。アナタ、まだ神様として体を成してないんじゃない? たぶんそのせいよね、私ごときにこうして翻弄されてるのって。だってアナタの神話とか全く聞かないし」

 

 エスメラからすればこのアエロプスとて、ぽっと出の宗教の神である。

 様々な地域を練り歩き見分を広めてきた彼女にとって、この女神の宗教も「その他一般」の一つでしかなかった。

 理由としては明白で、この時代、大陸にといては大きな宗教組織も存在していない時代である。宗教が完全にコミュニティ同士をまとめるための手段として成立している時代であり、戦争がすべからく宗教戦争めいた時代でもある。

 そこにおいて、創造神と語られる神も多くあり、このアエロプスとてその一つにしか見えないのだ。

 とはいえ、実際に目の前に出てきている事実をエスメラは否定しない。そもそも女神が作った金属であるミスリルで、聖剣を打ったのは彼女である。実物がある以上、重々しく扱うことはないが、最低限対等にやりとりをしていた。

 …………まぁ、それが彼女の信者の目にどう映るかとかはさておいて。

 

 エスメラの指摘に、アエロプスはびしり、と固まった。

 

『…………ち、知名度が、まだないのですね私たち……』

「たちって何よたちって。複数形? 聞いてあげるから話しちゃいなさい」

『ええ。私たち四人です。少なくともこの大陸においては、神と呼べる存在は四人のみでしょう――――』

 

 なお語り始めるアエロプスであるが、こちらもこちらでエスメラの不遜な態度に何も言わない。神としての度量が広いのか、それとも何か別な理由があるのか。

 

 

 

 どこまでも果てのない海があった。

 灼熱の海は、水ではなく土砂で出来ていた。

 やがてその土砂が冷め、陸地が出来た。

 できた陸地に雨が注ぎ、水の満ちた海となった。

 

 できた大地には多くの神々が、陸と共に生まれた。

 だが一番力の強かった神は、他の神々を下に置いた。

 その神は大陸を手に収め、多くの生命を生み出した。

 だがその生命は、何一つとして笑顔を浮かべることはなかった。

 

 やがて四つの神が、大いなる神を討ち果たした。

 四つの神は大いなる神に変わり、大陸を守護した。

 あるものは地を。あるものは空を。あるものは海を。

 そしてあるものは、その全てのあらましを。

 

 

 

『――――それぞれ空がオキュペート、陸がケライノ、海がポーダージェ。そしてそのあらましとしての運命を私、アエロプス』

「聞く限りにおいては意外と普通っぽいけど……。それって、いわゆる『正典』ってやつであってる? 『外典』じゃなくて」

 

 宗教的に正しいとされるそれか、と確認するエスメラ。アエロプスは頷き、エスメラはそれを鼻で笑った。

 

「ま、その話自体からどう展開されるのか分からないけど、ともかく大体察しがついたわ。その大いなる神から世界を『簒奪』したのねアナタたち四人は」

『も、もうちょっと聞き覚えの良い言葉があるのでは……?』

「いえ、正しいと思うわよ。簒奪以外にどう表現しろっていうの。詳しい事情については興味ないから聞かないけど、だからもともとアナタたちが持ってる力っていうのは、自分たちが作り出したそれじゃないと。

 ん? でもそうすると、そもそもアナタたちが人間レベルの知覚しかないのって――――」

『そ、その話はもうお止めくださいまし。とにもかくにも今、この大陸は四人で統べております。私以外はそれぞれ身を実体として窶し、あらましを見守っているのです』

「見守ってるね……」

『ときに私たちの姿や、私たちの使徒の姿を見て誤解し異なる神とする者たちもいるかもしれませんが、これが真実です』

「真実とか気軽に言うんじゃないわよ、神様の口から語られた真実とか一番眉唾物じゃない」

『ええ!?』

 

 ばっさり切って捨てるエスメラである。一体ここに至るまで、どれほど多くの地域信仰を見て振り回されたか。見た目未だ小娘にしか見えない彼女の振る舞いに、アエロプスは目を白黒させた。

 

「だってそれが本当に真実だっていうのなら、わざわざ『これが真実です』って喧伝する必要はないでしょ」

『いえ、普通喧伝するものでは?』

「それって先に言ったもの勝ちが成立する理屈じゃない。嘘八百並べ立てて周りを信頼させてあわよくば自分の利益に持ち込むって、あー嫌だ嫌だ。

 所詮、人間なんて自分の手と足が届かないところはすべて不確定宇宙なんだから、そこに輪郭を与えるなら理論を振りかざす必要があるわ。同条件において多くの場所で同様の現象を再現し確認できるっていう、そういう理論を」

 

 そしてやはりエスメラのスタンスは研究者のそれであり、神話の時代であるにもかかわらず神話そのものにケンカを売っていた。

 

「私にもし本当に、その『アポリア』を修復させたいのなら、アナタが言った根拠を提示しなさい? 今後この大陸で必要になる理由と、今、私が打ち直す必要がある理由と――――それによって発生する責任問題と」

『責任、問題?』

「――――私はカーを打ったことで発生した、魔王討伐と、勇者失踪の両方に責任問題があると思ってる。そもそも魔王についてだって安直にすべてを信じることは出来ないと思うわ。『邪竜(ヤスナトラ)』だっけ? 中央王国が何十年も戦っていた相手」

 

 邪竜とは、魔族たちが信奉する破壊神が生み出した存在と言われている。現存する魔族の一種である竜族(ドラゴノイド)と性質を類にするものの、本質的に世界を蹂躙しつくすその有様は筆舌に尽くしがたい差がある。邪竜は一種の災害と言って良い。

 

「人体を溶かし骨にする呪い――――これを振りまく邪竜が討伐されたほぼその直後に魔王が出てきたっていう流れから、魔王が国に雇われて邪竜を亡ぼしたとかじゃないかと思ってるんだけど」

『…………』

「当たらずしも遠からず。で、その後魔王が中央王国に反旗を翻して勇者に討たれるわけだけど、この一連の流れって色々邪推できると思うのよね。魔族だから我々の倫理観が通じない、って風に中央王国は喧伝してるけど、そんな訳ないじゃない。意思疎通位は出来るわよ、じゃなきゃ森人(エルフ)なんてとっくの昔に滅ぼされてるし」

 

 エスメラの問いに、アエロプスは答えられない。

 可能性として――――。

 邪竜を倒した魔王が国に裏切られ反旗を翻したか。

 邪竜を倒した魔王に国が不正を働き、行動を起こされたか。

 そもそも邪竜を倒す魔王に対し、何か潜在的に問題を起こしたか。

 

「情報が足りなくてせんのない話なんだけど、どう? 何か申し開きはあるの?」

『……嘘でも何か、ここで答えられれば良かったんでしょうけれども、生憎、多くは知らないのです』

「…………あっ、そ。じゃあ、ミスリルを中央王国に渡したのはどうして?」

『あのままでは人類が死滅する未来が見えました――――この大陸において、魔族、人族は双方ともにある程度存続している必要があるのです』

「しないとまずいの?」

『ええ。どちらかだけが残った状態というのは――――滅びます。細かくは語れませんが、間違いなく滅びます。

 そしてこれは、聖剣と邪剣にも言えることです』

 

 こればかりは断言するアエロプス。

 エスメラはその目をじっと見たうえで、「そう」と視線をそらし。

 

「だったらさっき言った条件をちゃんと満たしなさい。アナタでダメなら、誰か同伴するでもいいから。私、まだしばらくはサファーの面倒を見るのに忙しいから、ここに居るし」

『……サファー?』

「いい名前でしょ? 私がつけたの」

 

 すやすやと、しかし寝苦しそうに眠る少年。彼の胸の傷痕をつうと撫でながら、エスメラは自慢げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

次回は来月以降予定

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