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002.水も滴る拾われ者

 

 

 

 

 

 エスメラの一日は、飲み水の確保から始まる。

 小屋から出て山を下り、ふもとの町の手前まで向かう必要があるのだ。

 そもそもエスメラは魔法で水を生成することが出来るのだが、わざわざ酌みに行くのは理由があった。

 

「まだ魔法で生成した物体の固定ができないから、仕方ないのよね。時間たつと消えちゃうし。理論上はその場に残り続けるはずなんだけど、まだ何か要素が足りないのかしら……」

 

 ぶつぶつと言いながらも背中に樽を背負い、えっちらおっちら歩くエスメラ。足取りが色々と心配になる様子である。自分の身の丈ほどの樽運搬は流石に荷が重いのだろう。

 そして歩きながらも、エスメラはグチグチと昨日訪れた女神のことについて考察を巡らせていた。

 

「アレが本物の女神かどうかっていうのは置いておいて、実際にミスリルを国に授けた存在っていうのは間違いないわよね……。口ぶりと、使ってる魔法の感じからして。でも絶対ロクなことにならないでしょ、聖剣の時みたいに――――」

 

 

 

『――――貴女に、邪剣「アポリア」を打ち直して欲しいのです。鍛冶師エスメラ』

『断るわ』

『……あ、あれ?』

『大体、アポリアって何なのよアポリアって。邪剣とか言ったっけ? 明らかに聖剣とか、ミスリルと対になりそうな金属で作られた武器っぽいけど』

『な、何故二言、三言でそこまで察することが……』

『なんでかしらね、大体言いそうなことが判るのよね。で、断るわ。何で断るかっていえば、それを直す意味合いがよくわからないってところかしら。なんで聖剣が折れたのにその邪剣ってのも直さないといけないのよ』

『そ、それは……、必要になるからです! 今後、この大陸において』

『だったら聖剣も直す必要があるわよね。たぶんだけど、一緒に直せってことでしょ?』

『? いえ、聖剣を貴女が今持っているということは、その折れた剣を修復するつもりということでは――――』

『直さないわよ』

『何故です!?』

『私はこれを、決して折れないように作った。それが折れたってことは、これが折れても仕方がないことがあったってことよ。いい? ミスリルって金属を造ったのがアナタだったら、私が言ってる意味がわかるんじゃない?』

『な……、な、何のことでしょう?』

『この金属は「外部からの元素の干渉を受け付けない」。そして「破損しても自己修復を行う」、「自らの知性を持つ」金属だと思うのだけど、違う?』

『…………どうしてそうお考えに? そうは、普通の鍛冶師ならば考えないはずですが』

『私がこれを加工出来たってことは、そう考えたからよ。だから成型出来たの。潜在的に存在する知性に「方向性を付けた」から、これを別な形にすることが出来たの。つまり何が言いたいかっていうと――――このミスリルの知性は既に殺されてる。いえ、存在は残っているのだから「考えることを放棄してしまった」。それだけの何かが起こったということ。

 さすがに私も、それだけ使いつぶされた自作を、私の「子供」を無暗に娑婆に戻すつもりはないのよ』

 

 

 

 けんもほろろ、女神は多く要求できずにその場を辞退した。エスメラの言葉におののかされたからというよりも、彼女の剣幕がそれ程恐ろしかったからという方が正確か。なまじ人の生活そのすべてを見ることが出来ないと言っていただけあり、女神は人間のもつ、生の怒りの感情に当てられてしまったらしい。

 

「まーこうして話してる私の愚痴も聞いているんでしょうけど、気持ちは変わらないわよアエロプス。ミスリルの金属について、私が考え至ったことに対して『隠し立て』してたのなら、きっとまだ何かもっと重大な事実を隠し持ってるはずだし。理由の遺憾もわからず修復なんて出来るわけないのよ」

 

 それこそ作り手として、私も責任をとりきれないわ。

 

 ため息をつき森を抜けると、貯水庫と手前の井戸が見える。そこにはエスメラからして見慣れた、若い奥様方が並んでいた。井戸端会議というやつである、文明度が高かろうと低かろうと人間のすることはそう大差なかった。

 頭を下げて声をかけると、奥様方は気の良い返事を返した。

 

「あら、これはこれは『メラ』ちゃん。今日もまた一段と美人さんでっ」「重そうに荷物抱えちゃって……。そんなにアレならウチの倅、あげるわよ? そしたら人手には困らないでしょうし」

「なんか外堀埋まりそうなんで流します。えっと、いつも通り水を汲みたいのでお願いします」

 

 道を開けてもらい、井戸水を酌む。この際に呪文を唱えている。つまり魔法で筋力強化しているが、周囲の奥様方にはいまいち何をやっているかは理解できないようだった。

 水を汲み取りながら、エスメラは奥様方の話に少し混じる。人里離れた山の中で鍛冶師をしている彼女にとって、この会議はわずかなりとも残る世間とのつながりと言えた。

 

「――――それにしても、本当に勇者サマサマよねぇ。中央王国が魔王に襲われてた時なんて、こっちに物の売買が全く来なかったもの」「ここ含めて周辺に国も多くあるけど、あそこが全体の中継地みたいになっていたのよね」「まぁだからって、全然ウチの倅共は出稼ぎとか考えないんだけど!」「「あははははは――――」」

 

 いや、混じってはいたがほとんどまともに反応を返す余裕はなかった。奥様方のパワフルさに気圧されている形である。彼女たちの会話に胡乱に頷いたりするくらいで、会話に混じれてはいなかった。

 

「メラちゃんは最近どうよ」「山の登り下り毎日大変じゃない?」

「いえ、もう慣れました……。あと実際、鉄鉱石とかの金額を考えると、自分で採掘して剣にした方が安上がりなので」

「でも、御金とか尽きない?」

「税代わりにここの豪族の武器を直したりしているので、意外と儲かってはいます」

「あらまぁ」「優良物件じゃない」

「あ、ですけど私の話についてこれない男性はお断りです。聞くつもりもない男性もお断りですし、受け入れるつもりもない男性もお断りです」

 

 けんもほろろ。

 エスメラの拒絶が指すのは彼女自身の我儘ということではなく、彼女自身の先見性と能力に由来するものだった。

 

「そもそも魔術……、魔法と若干概念をかえてるんですが、その話すら理解に及ぼうとしないのなら、私と生活なんてしけいけませんし」

 

 

 

 一言で言ってしまえば、エスメラは天才である。

 なにしろたった十五歳前後で、魔王を討ち果たした聖剣を作り上げた程に優れた刀鍛冶だ。

 いくら天涯孤独の身、生きるためには何かしら手に職を付けて大成しなければならぬといえど、限度というものがある。

 そのことに気付いた彼女は、十三歳、この時代における成人早々に隠居生活を志した程だ。

 自分ほどの能力やら知性やらは必ず国にとって邪魔になる、というか目の敵にされて殺されかねない。

 それを受け入れるだけの素養と教養が今の時代は存在していない。

 時世で考えても、おそらく自分が生きている時代にそれが完成されるとはとても思えない。

 ならば、自分の生命を守ることが出来るのはもはや自分だけである――――。

 国に取り入るという案も考えないではなかったが、何度か各地の豪族やら有力者やらと話してその芽がないことは理解できた。

 痛い目こそ見なかったが、彼女の話す力学だの物理法則だの魔法概念の研究だのといったところに、誰しもが理解が及ばなかった。それどころか「神に対する冒涜である」と言いかねない物もいた。時に「そんな難しく意味不明なことを考えずに我に嫁に来い」と力任せに誘うものもいた。

 はっきり言って、エスメラは生まれた時代を間違えたと痛感する。

 聖剣を打てるようになる過程で様々な、つまり科学文明が発展してから気づかれ始めるような多彩な概念を独学で理解し吸収した彼女は、一を聞いて十を知るどころか二十も三十も理解した彼女は。根底にある飢餓感、もっと知りたいと言う研究者らしい精神を抑えきれない。つまりその感情を、どこの誰しも満たせはすまい。

 誰に使えても理解されず、理解されないが故に手を貸されず、隔離される――――。

 それでも信頼のおける場所ならばまだマシだったが、彼女は彼女の都合もありそれが不可能であった。

 結果、現在は流れの刀鍛冶として各地を放浪しているのだ。

 既に単独で「時空間魔術」を扱えた彼女にとって、社会性さえ犠牲に捧げれば生活に困ることはない。

 それでも鍛冶や研究に打ち込みたいがために、お金を稼いで自分の食料を確保する時間を省略しているのだった。

 

 

 

 まぁもっとも、エスメラ本人はそれを深謀遠慮などと自尊しない。

 むしろ自虐する。

 誰よりも先へ行ってしまう彼女は、つまり誰からも理解されず、深く関われば腫れもの扱いか迫害されるからだ。

 だからこそ適度に距離をとっている、こういった軽い付き合いは彼女にとって助かるものがあった。

 くみ上げた水を樽いっぱいに注ぎ切って、彼女は蓋を閉める。

 

「ともかく、まぁ、ここでお世話になってから半年くらいですけど、またそのうち流れますので」

「寂しいわねぇ」「ウチの町、女手そんなに居ないから……」

「すみません。でも、とりあえず計算って概念を理解できてから来てくださいってことで」

 

 なおエスメラの断り方も中々に挑戦的なものだった。

 彼女は苦笑いと共に頭を下げた。木々の険しい山の中、山中には本来川辺など、水源が存在するには存在する。しかしそれでも彼女がこうして下まで降りてくるのは、人恋しさもあるのだろう。

 とはいえ、彼女はそれを認めようとはすまい。あくまで社会性を完全に断たないようにしたいと言い張るはずだ。

 

「ふぅ疲れた」

 

 しかし途中、休憩所代わりには使っている実情である。樽を降ろし一息ついて、両手を合わせ何事か呪文を唱える。と、地面から盛り上がった泥の器のようなそれが、一瞬烈火のごとく燃え盛り、鉄の鍋のような形状に。色が黒く鎮火し、熱量がなくなったのを確認した後、エスメラは川辺にて水をすくう。

 そして鍋の上部に氷の板を形成すると、再び鍋を烈火のごとく燃え広がらせる。

 しばらくたった後、鍋の蓋が解け液体になるころ、その内部へ新たに形成したブロック氷を投入。温度を冷ました。

 

「この一連の工程を全部ひとりで出来るっていうんだから、魔術はこの大陸に普及させないといけないわよね」

 

 ここまで器用に扱うのはそう居ないでしょうけど。そんなことを言いながら、エスメラは鍋に口を付けた。

 冷たい。清涼感が彼女の全身を駆け巡る。

 

「まだ日中だけど水浴びもしちゃおうかしら」

 

 指をはじくエスメラ。と、彼女を中心とした周囲一帯に薄らぼんやりとした靄がかかる。

 その中でいそいそと服を脱ぐエスメラ。全体的にスレンダーであるが、膨らみ途中の胸や腰のくびれなどは成長期の少女らしさが垣間見える。これを可愛らしいとするかいやらしいとするかはさておき、この時の彼女はいつになく表情が浮かれていた。いくら研究者を気取っていても、流石に女子、身だしなみを気にするのか楽し気であった。

 ばしゃばしゃと水を浴びながら汚れを落としていくエスメラ。なお彼女の体表面に触れた瞬間、水は煮沸を冷却を繰り返している異常現象である。

 やっていることの意図は消毒と明白であっても、ここまで精緻な魔法、ひいては魔術の操作を敢行出来る者もそうはおるまい。いや、そもそも今のこの大陸、この時代においては衛生の概念さえまばらときている。肥溜めに貯めるという風習自体は形成されはしているものの、つまりはその中においてエスメラは様々な意味で異常であった。

 と、自分の胸に流しながらぼそりと呟く。

 

「あの女神の胸、結構大きかったけど、幻影であるなら実際は小さいかもしれないのよね。……んー、それが救いと言えば救いかしら。いや、別に私、胸の大きさが小さいことを気にしてはいないけど。

 ……なんか言えば言うほど、言い訳めいてくるわね」

 

 ため息をつくエスメラ。と、ばしゃり、と彼女の耳に異音が届く。

 靄の霞の一か所、川の流れの途中が黒い。影がそこにあるということは、何者かがそこに居ると言うことだろう。

 

「川辺の生物ってことはないだろうし……」

 

 言いながら再び指をはじく。と、今度は彼女の体の局所、大事なところのみ靄が強く濃くかかる。そしてそのまま堂々と、エスメラは影に歩みより――――。

 

「――――へっ」

 

 その相手に驚嘆した。

 少年だった。髪の色は白く、全身傷だらけ。服もボロボロでその見てくれだけでも十分に何事か合った有様であったが。それをしてなお少年が異常である証拠が二つ。

 一つは、側頭部に角が二つ、真上に向けて起立していること。片方は折れており、もう片方は鈍く光っている。

 そしてもう一つは――――少年の胸の中心部に、折れた刃が貫通していたこと。

 

「これって、カーの……」

 

 エスメラは作り手として、当然のごとくその破片の正体を看破した。彼女がミスリルより作り出した聖剣「カー」、その折れた剣身の残り半分。切っ先にかけてのそれだ。

 そして、どう見ても致命傷であるにもかかわらず、それでもなお少年は息をしていた。今にも死にそうであるが、それでもなお生命を継続するだけの底力が、少年の全身から迸っていた。

 

「…………そーゆーことか。因果は巡るものかしらね。この場合、コイツじゃなくて私の不始末だけど」

 

 エスメラは苦悶の表情を浮かべる彼に、自虐的な笑みを向けた。

 

 

 

 

 

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